Ⅲ.三度寝の夢中で本心と向き合う。

(どうしたん急に?)

 俺はスマホ片手に悩んでいた。どうすればいいのだろうか。始に言われた通り、立椛に聞いてみたのはいいものの、どう返答するのが正解なのか分からない。思い切って、俺のこと好き?なんて聞いてみるか、いや、そんなことしたら終わりだ。もっと慎重に行かなければ。頭を使うんだ。気が付くと、今にも日付は変わろうとしていた。

(いや、昼はちょっと冷たく当たりすぎたかなと思って。)

 悩んだ末、とりあえず適当に誤魔化す。俺が立椛のことが気になっているなんて、決して勘づかれてはいけない。弱みを握られて笑い者にされる。それは嫌だ。そんな事になるなら友達のままでいる方がずっといい。

 そもそも、俺は立椛のことが好きなのか?自分でも分からない…。

「お前は素直じゃないからな。本心見れなさそうだ。」

 今度は、始に言われた言葉が脳内を駆け巡る。日付は変わっている。だが一向に眠れない。俺は窓の外を眺めた。満月なら、丁度南中する時刻だ。だが今日は下弦の月。ようやく地平線から顔を出す頃だ。もっとも、住宅街の町並みに隠れ、月の姿は見えないが。眠れそうに無いから、少し考え事でもするか。


 半田立椛。人間不信の俺にとっては稀な、本心で語り合える友達だ。だが、なぜ本心が見せられるのだろうか。そう自分に問いかけてみる。

 本当は何となく勘づいている。でも、怖いんだ、〝本当の自分〟を見るのが。〝思い出したくない過去〟に近づきたくない。怖い、怖い、怖い。布団に頭を埋め、何かを振り払うように頭を振った。堰を切ったように、あの時の記憶が蘇る。


 ピロン、間の抜けた着信音がした。立椛からだ。返事が来ている。

(なんか悪いものでも食べた?反省するなんて、零らしくないよ。大丈夫、全然気にしてないから。いつものことでしょ笑)

 俺らしいって、何だよ。ふと呟いた。

(そうか。)

 返事にすらならない間の抜けた返答をすると、俺は電気を消し、布団に入った。眠れなんてしないけど。


 教室に入り、席についた。眠くて仕方が無い。机に突っ伏すと、睡魔に襲われた。だが、俺の睡眠の妨害をするようにして、所謂〝陽キャ〟の声が響く。

「おっはよー!」

 五月蠅い奴らだ。どいつもこいつも邪魔ばかりする。俺の事なんてどうでもいい、と思っているに違いない。どうせ俺は、誰にも認められはしない。朝日差し込む明るい教室の中で、一人孤独な暗い気持ちに沈む。

 そうか、そういうことか。謎が解けたような気がした。立椛は俺の事を認めてくれている。だからか。やっぱり俺は、立椛のことが…。

 もう自分は騙せない。また本当の自分に一歩近づいてしまった。だが、もっと大きな謎が残っている。なぜ俺は、立椛に本心を見せられるのだろうか。

「…川君、神川君、先生来たよ。」

 後ろの席の生徒に肩を揺さぶられた。俺はゆっくりと起き上がりながら目を開くと、溜息をついた。寝てないんだよ。


「あれ、今日は本読んでないの?」

 昼食の弁当を食べ終わり、眠りに落ちようとしていた時のことだ。

「誰だよ…、あぁ、なんだ、立椛か。」

 眠い目をこすって身体を起こす。眠くて仕方ない。

「そんな眠いの?」

「悪いかぁ?」

 下を向きながら適当に答える。

「何の用だよ。」

「よかった、いつもの零だ。」

 立椛は笑って言った。

「はぁ?」

 突然の言葉に驚きながら、俺は、立椛の方を見た。

「昨日のLINE、どうしたの?」

 あぁ、あれのことか。特に深い意味は無いんだが。

「まあ、な。俺の事嫌いじゃない?」

 突然口から出た言葉に、俺自身も驚いた。一瞬、本心が現れたのだろうか、ほぼ無意識の内に尋ねていた。

「だから、なんでそんなこと聞くの、嫌いな訳無いじゃない?」

 立椛は呆れたように微笑んだ。

「嫌い、じゃ、無いんだな。」

 首を回しながら立椛の方を見た。ゴキゴキゴキと、鈍い音を立てて骨が鳴る。

「うん、嫌いじゃ、ないよ。」

 しばらく沈黙が続いた。俺が返事をしなかったからだろうか。

「食べる?」

 俺は開けていないタッパーを立椛に差し出した。

「何これ、パイナップル?こんな季節に?」

 立椛は俺を見つめる。

「今は食べる気分じゃないんだよ。食べる?」

「じゃあ一つ貰おうかなぁー。」

 気の抜けた返事をして立椛はパイナップルをひとかけら取った。

「うん、美味しいやん。それにしてもこんな秋の終わりにパイナップル買って来るなんて、面白いね、零の家の人。」

 悪かったな、買ってきたのは俺だよ。心の中で呟く。

「黙らないでよ。なんか気まずいって。」

 立椛が言う。

「お前、うるさい。俺がコミュ障なこと知ってるだろ?それと、そろそろ時間じゃないのか?」

「あ、ほんとだ。じゃあ、またね。」

 立椛は慌てて自分の教室に戻っていった。気のせいだろうか。耳元にかかった髪の下から覗いた耳が、赤く染まって見えた。俺はタッパーのふたを開けると、パイナップルをひとかけら取り、口に入れた。

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