自分は語彙がアレですので^p^気の利いたコメントは出来ませんが、確かに従業員(家族・パートナー)を雇わず、常連客(友人達)もいない、でも様々な客が立ち寄る茶屋の様な人間というのも憧れはありますねー
それは煩わしい人間関係の否定であると同時に、それでも沢山の人と触れ合うという、いい意味でも贅沢な欲望かもしれませんね
どうしても食事を自分だけで賄うのも厳しいですし、茶葉の仕入れ等最低限の人間との付き合いも出来るでしょうし(自宅の茶畑等もあるでしょうが^p^)、自力では治せない雨漏りがしたら直して貰う事も必要ですし難しいですよね
それでもそういう生き方を追求していくのも、人生としてありじゃないかと
作者からの返信
コメントありがとうございます。
私と出会ったあなたも、茶屋の客人です。
人生という長い旅路で出会った、一つの茶屋。
私との交流が、「茶を出す」ということです。
私との別れが、「歩き出す」ということです。
どうです、茶は美味しかったですか。
小説と併せて、意味を考えてみてくださいね!
感謝!
私はその茶屋で、「お疲れ様です」と言って、お茶を出してあげたいですね。
旅をして疲れた時に、茶屋に寄ってくださった方に「癒し」を与えてあげたいです!
作者からの返信
「お疲れ様」…!いいですね!
癒しを読み取ってくれたことも素敵です!
人生の旅路はとても長いですよね。それを歩いてきて、偶然わたしと出会った。
そのことにまず、「お疲れ様」ですよね…。
誰でもその歩みを止めてしまいたくなるものです、一度は。
でも癒しでまた歩いていく原動力を与えていくなんて、なんて素敵なんでしょうね…!これを読んでくださった華ノ月さんにも、
「お疲れ様です。」感謝!