第23話

 男の魔の手が瑞希に触れようとしたその時、嗄れた声が割って入った。


「誰だ貴様」


 いつの間にか切り裂かれた壁。そしてそこに立つ大男。その一切に気づけなかった事に男は警戒心を最大限まで高める。


「俺かぁ、俺ぁ仲間からは首領って呼ばれてるもんだ」


 首領と名乗った大男は片手に握った二メートル近い大剣を軽々と扱い切先を男に向ける。


「本当なら関与する気はなかったんだが仲間がどうしてもって頭下げるんでなぁ。不可侵不干渉の掟を破って態々人の住む領域まで来てやったんだ」


 首領はだるそうに、面倒くさそうに言葉を続ける。


「テメェらが誰を食い物にしてどんな悪さしてるかもどうでもいいがなぁ。その女だけは諦めてくれや」


 男は首領の言葉を遮れない。向けられた切先が僅かでも動いた瞬間斬ると、そう告げていたから。


 首領はのしのしと歩き大剣を軽やかに振るう。瑞希を縛り付けていた枷が切り裂かれ自由を取り戻す。


「ぅ……ぁ……」

「あぁ、騒がれると面倒だから口枷ははずさねぇぞ?」


 背を向けた首領を隙と見た男が隠しもていたナイフを突き込む。

 みすみす獲物を奪われて堪るかと、ちっぽけなプライドが男の命運を分けた。


「え?」


 男の視界がゆっくりと落ちていく。地面に落ちた衝撃とびちゃっと降り注ぐ赤い液体に首を切り落とされたのだと理解し、あっさりと意識を散らしていく。


「無駄なことをしなけりゃまだもう少し生きてられたってのになぁ」


 背中の鞘に大剣を収めた首領が瑞希を担ぎ上げる。

 突然のことに瑞希も抵抗するが首領の丸太のような剛腕はびくともしない。


「暴れんな。助けてくれとは頼まれたがぁ傷つけるなとは言われてねぇからなぁ。手足の一本でも折るか?」


 冗談を言っている風ではない。首領は本気でそう思っているのだ。


「ぃゃ……」

「んじゃ大人しくしてるこった」


 自分を助けてくれた存在。しかし善良なものでは無いのは確かだ。瑞希は恐怖を抑え込み、じっと時が過ぎるのを待つ。


 いつだってそうだ。正彦がいなくなった時も、秀蔵が帰ってこなくなった時も、今こうして事件に巻き込まれている時ですら自分は何もできない。自分は無力な存在なのだと思い知らされる。


 もっと力があれば家族も自分も守れたのかもしれない。


「……」


 秀蔵もこんな想いを抱いて、だからこそ必死に争っていたのだと。今なら少しだけ理解できる。


 瑞希がおとなしくなったのを確認し首領は自分が斬り壊した壁へと向かう。

 そこから外を見て何かに気づいた。


「おぉ? 何か面白そうなもんがこっちに向かってきてんなぁ」


 目では見えない距離。しかし首領の感覚がしっかりと捉えている。高速でこちらに向けて一直線に駆けつけてくる存在を。


「あぁ、あいつの……。聞いてたよりずっと育ってんじゃねぇか。くくっ、ついでにちょっくら遊んで帰っか」


 姿を霞ませながら一瞬のうちに首領の目の前に現れた存在、秀蔵の眼には憤怒の感情が宿っている。


 それを刀に乗せて、振るった。


「母さんを、離せッッ!!!」

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