第24話
「ぐっ」
動かない。首領の首を両断せんと振るった刀。それを首領は摘みとった。
親指と人差し指で挟み込まれた刀は、秀蔵が全力で引いてもびくともしない。
秀蔵はあっさりと刀を手放して掌底を放つ。剣気で強化された掌底だ。一〇ミリメートルある鉄板であろうと凹ませる威力を持っている。
「潔いなぁ」
剣士でありながらあっさりと剣を捨てた秀蔵に楽し気に笑う首領。
「ほれ。返してやらぁ。もっと足掻いてみなぁ」
「くそっ」
秀蔵も遊ばれている事も勝てないこともわかっている。
この大男は強い。師匠以上に強いと。
だからと言って諦めることなんて出来ない。
「あぁ、この女が邪魔だなぁ」
「っ!?」
「母さん!?」
首領は担いでいた瑞希を部屋の隅に放り投げる。傷つかない程度に加減はされているのだろう。それでも目の前で母親を乱暴に扱われた秀蔵の怒りが増していく。
「はぁぁぁあ!」
「おぉ」
飛斬。剣気を込めた一閃を振るい、込められた剣気を斬撃として飛ばす技。
世界の情報の一端に触れた事で今まで知らなかった剣気の扱い方を知った。
これはその一つ。
首領は感心しながらも簡単に防いでしまったが。しかし一瞬首領の視界が塞がれた。
その間に間合いを詰め一突き。玲那が見せた突きに迫る威力。
「んー、所詮は小細工だなぁ」
そんな攻撃も当たらなければどうってことは無い。首を傾げ空いた空間を空く貫く。
「本当の猛者には死角ってもんを期待すんなよ? 強いやつってのは基本心眼を会得した奴らだからなぁ」
ならばと突いた刀を無理やり首めがけて振るう。無理のあった態勢もあってあまり力は込められなかった。合間に大剣を挟み込まれる。
豪剣。剣に高濃度の剣気を込める事によって剣自体の威力を増す技。
刀が大剣に触れた途端、勢いからは考えられない衝撃が首領を弾く。
「今のは驚いたぜぇ」
縮地。移動の瞬間剣気を破裂させる事でゼロから一瞬で速度を跳ね上げる技。
首領の背後に回り込み、もう一度豪剣を振るった。
「だが、まだまだ甘ぇなぁ」
効かない。掲げた大剣が秀蔵の攻撃を阻んでしまった。今度は弾くどころか一歩も動かせられなかった。
まだ。もっと、もっともっと深みに。
秀蔵の目が僅かに青く輝いた。
より深く世界を知る。この状況を打破できる術を見つけだす。
「フッ!!」
空断。物を斬るのではなく空間そのものを断つ技。
大剣に妨げられようが、この剣は防げない。
「んっ」
首領の目が僅かに真剣さを宿す。
今、秀蔵は物凄い勢いで首領がいる高みに迫っている。
この僅かな間でどれだけ成長する気なのか。
体を半身ずらす事で紙一重を撫でる秀蔵の刀。返すように大剣が振るわれる。軽やかな動作だが、あの剣には豪剣を超える威力があるのはわかっていた。
刀を振るった直後、秀蔵は躱わせない。
躱さない。
秀蔵に大剣が触れ、すり抜けた。
朧月。自分の在り方を朧げにすることで実体をあやふやにする技。
これには首領も目を見開いていた。
それを隙と取った秀蔵が放つ一撃。
絶剣。因果律を歪め、剣が当たった事にする技。
首領の首を見定め、柄を握り込み、最強の、必中の一撃を放たんとして、全身から血を吹き出して地面に倒れ込んだ。
「あ、ぐはぁッ……」
「無茶しすぎだなぁ」
この一戦の間で秀蔵は成長した。成長しすぎてしまった。自分の体を置き去りに高みに登りすぎたのだ。
その高みに体は耐えきれず、壊れる。
空断。朧月。絶剣。
これらはかつて最強の剣士に贈られる称号。その時代ただ一人の剣士に捧げられる「剣神」の名を得た者たちが使った技だった。
その技は振るうだけで身を滅ぼす。
秀蔵は限界を見誤り自滅したのだ。
「しかし、くくっ、あいつが自慢するだけのことはあるなぁ」
「ぅッッ!! ぅぉうッッ!!」
部屋の隅に転がされていた瑞希が覚束ない足取りで秀蔵の元に駆けつけ縋り付く。
血塗れでぴくりともしない秀蔵は一見死んでいるようにも見えて。
「安心しなぁ。お前さんの息子は生きてるよ」
「ぅぁ……。ぁぁ……」
生きているとは言え重症なのは違いない。
首のない男の死体を漁り携帯を見つけた首領は救急車を手配する。
「さて、おい女ぁ」
「ッッ、フゥーッッ、フゥーッッ」
秀蔵を背に怒りを湛えた目で首領を睨みつける。
「くくっ、荒れてんなぁ。まぁ、これに懲りたらまともに生きるこった。あんまり
首領はご機嫌にその場を立ち去る。
軽々と街の上空を跳ねながら笑みを溢した。獰猛な、血に、戦いに飢えた強者の笑みを。
「あれは時期に登ってくるなぁ。くくっ、楽しみだ」
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