第14話

 使徒崇拝による大規模テロから一ヶ月が経過した。


 某病院の一室。個室となっているその病室で瑞希は椅子に座って項垂れていた。


 瑞希の目に映るのはは身体中に包帯を巻き多くの管が繋がったま眠る秀蔵だ。


 秀蔵の唯一と言っていい肌が露出した右手を握りしめてじっと動かない。


 この一ヶ月、毎日だ。毎日こうして瑞希は秀蔵の目覚めを待っていた。


「瑞希さん、秀蔵の具合はどうだ?」


 いつの間にかやってきた海堂が瑞希に尋ねる。


「傷は、驚異的な速度で治って行ってるそうです。この子の剣気が生きようとしてるんだろうって。でもいつ目が覚めるかはまだわからないそうです。本当に目が覚めるのかも、わからないそう、なんです」


 淡々と抑揚のない言葉。

 溢れ出そうになっている感情を、必死に押し留めているのだ。


「主人は、正彦さんは、どうでしたか……?」

「あいつは……」


 事件が終息し、メチャクチャになったテナントの中から死にかけの秀蔵が発見された事で二人がテロに巻き込まれたことを知った。

 運良く生き残った人から使徒崇拝と思わしきメンバーや亜人と正彦が戦っていたというのもわかっている。


 しかし事件以降、正彦の姿は消え音信不通となっているのだ。


「そう、ですか……」


 息子が死にかけ、夫は行方不明。

 海堂はかける言葉を見失ってしまう。


 今瑞希にどう声をかけても響くことはないだろう。

 憔悴する瑞希を助けられるのは、今も眠る秀蔵だけだ。


 早く起きろ。起きて母さんを安心させてやれ。


 剣気を込めた想いを秀蔵の向け、海堂は静かに病室を立ち去った。









 秀蔵は夢を見ていた。

 幸せな夢だ。

 正彦と瑞希。それに加え新島一家の四人とキャンプに行く夢を。何年も前に行った剣術特訓キャンプの様に海堂に厳しく鍛えてもらうのだ。


 修行の合間には大河や宗谷と川で遊んでご飯はみんなで協力して作って。


 できたカレーは絶品だった。市販のカレールーにごく普通の食材だというのに、みんなで作ったからかとても美味しく感じたのだ。


 焚き火を囲いゆったりとした時間を過ごす中、隣に座っていた正彦が立ち上がった。


「父さん?」

「秀蔵、母さんを頼むぞ?」

「なんで? 父さんはどこに行くの?」

「ずっとそばにいる。いつもお前を見ている」

「どういうこと? なんで、あれ……父さん?」


 正彦の剣気が徐々に薄れて消えていく。

 あぁ、嫌な感じだ。


 空に浮かぶ澱み腐った血の様な赤い月が瞬くほど、正彦が消えていく。


「待って! 待ってよ父さん! どこにいくんだよ!」

「……早く……起き…か……さん………安心させーーーーー」












「父さんッッ!!!!」


 秀蔵の意識が覚醒する。天井に向け伸ばした腕は包帯が巻かれ管が刺さっている。


 途端に全身を激痛が襲う。


「しゅう、ぞう……」

「母さん……」


 瑞希に声を掛けられるまでそばにいたことに気づけなかった。

 瑞希の僅かな剣気が、いつにも増して小さかったから。衰弱し、弱まっていたせいで気づけなかったのだ。


「あぁ……、ああッ、うあぁぁぁぁああああああ!!!」

「あぐぅっ」


 感極まった瑞希は大粒の涙を溢しながら秀蔵に抱きついた。

 そのせいでまたも激痛に襲われるが、こんな大泣きする瑞希を突き放すことなんてできない。


 瑞希が秀蔵の前で泣いたのは初めてのことだった。

 だから秀蔵は嫌でもわかってしまった。


「父さんは、どうしたの」


 正彦が消えていく夢。憔悴した瑞希。そばにいない正彦。


「うっ……ぐすっ……」


 瑞希は必死に涙を拭い、答える。


「行方不明、なの……。死んだのか、生きてるのかもわからない……。ずっと、一ヶ月も探してっ、なのにッ!」


 拭っても拭っても、涙は止まらない。

 秀蔵は瑞希を抱きしめて、背中をさする。


 今秀蔵にできるのはそれだけだった。

 そうする事しかできないほど、心の裡はギリギリだったのだ。

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