第15話

 使徒崇拝のテロから四年。


 強さを求め我武者羅に戦い続けた。もう誰も奪われない様に。守りたいものを守れる様に。


 いつも先導し道を開いてくれた正彦はいない。それでも歩みを止めることはできない。瑞希に止められようと、秀蔵は止まれない。


 血の滲むような鍛錬を積んだ。

 歯を食いしばり只管に自分を追い詰める日々。

 海堂に無茶はよせと叱られようが、こうでもしていないと気力を保つことができなかった。


 あの日、死を目前にしたことで潜在能力が引き出されたのか。秀蔵は剣気の扱い方を覚えた。


 十全とは言えずとも、その一端に触れた途端秀蔵に出来ることが飛躍的に拡大した。


 まず一定領域における空間の把握。

 目に見えない秀蔵にとって地形とは最大の敵だ。しかしそれがこの能力を得たことで拭払されるのだ。


 次に身体能力の向上。

 剣気を練り込んだ体は鍛え上げた筋力以上の力を発揮させる。人並外れた力を持つ達人に部類される剣士たちは皆、意識してか無意識かの違いはあれどこの能力を行使していた。


 剣気の扱いを極めるほどできることが増えていくらしいが、今の秀蔵にできるのはこの二つだけだった。


 この四年間で秀蔵は以前と比べ物にならないほど強くなった。

 階級で言えば上級剣客と同等の力を持つほどに。


 しかしここ最近、その驚異的だった成長は止まっていた。

 壁を感じたのだ。このままでは更に強くなることはできない。

 下級剣豪にまで昇格した海堂に相談するも、自分にこれ以上伸ばすことはできないと言われてしまった。


 秀蔵の道は閉ざされてしまった。


 進むべき方向を見失い、秀蔵は手を伸ばす。この手を引いてよ、と。剣だこのできたゴツゴツとした手の感触を思い出し、途方に暮れた。








「秀蔵」


 初心に立ち直ってみよう。そう思いいつからかしなくなった瞑想をしていると海堂が訪ねてきた。


「海堂さん、こんにちは」

「おう、元気にやってるか?」

「まぁ、うん。ぼちぼちとね」


 一時は自分を諭そうとする海堂を煩わしく思っていたこともあった。しかし時間が経ち、心も成長した今、海堂が心から秀蔵を心配して言ってくれていたことを理解している。


 秀蔵にとってはもう一人の父親と言って良い存在になっていた。


「その様子じゃぁ、あんまり思わしくないみてぇだな」

「……正直にいうとね。まだ迷子になってるみたい。もしかしたらここが俺の限界なのかな、って……、少し心配なんだ」


 思わずこぼれた弱音。


「おいおい、たった一度壁が立ちはだかっただけでそれかぁ? 「俺」なんて一丁前に言ってるくせしてよ」


 落ち込む秀蔵を茶化す様に海堂は軽口を叩く。昔みたいにガシガシと乱暴に撫でられ乱れた髪を整える。


「うっ、なんかそう改めて言われると恥ずかしくなってくるんだけど」

「俺や正彦の真似して言い始めたんだってなぁ? くくっ、可愛いとこあるじゃねぇか」

「もー!」


 海堂とたわいもない会話を続ける。行き詰まったことの焦燥感が徐々に薄れ秀蔵の心に僅かな余裕が生まれた。


「そういやぁ協会から昇格試験を受けさせてくれって連絡が来てたぞ? そろそろ受けてみたらどうだ?」

「あー、今はいいや」


 既に剣士として活動している秀蔵は協会に剣士登録が済まされている。しかし登録以降昇格試験を受けることはなく下級剣士という実力から乖離した階級になっていた。


「正彦のこと気にしてんのか?」

「……」


 秀蔵が昇格試験を受けないのは面倒だとか実力を隠したいからだとか、そういう理由ではない。秀蔵が昇格試験を受ければ少なくとも中級剣客は確実だろう。


 それが秀蔵が昇格試験を受けない理由でもあった。


「追い抜いちまうもんな」


 中級剣客になれば、下級剣客よりも上位の存在になる。それが嫌だった。


 正彦が行方不明になる前の階級が下級剣客だ。きっとテロに巻き込まれることなく日常が続いていたらもっと上の階級になっていただろう。


 だから追い抜いてしまうことが、正彦の生存を否定する様で嫌だった。


「ったくよぉ。くだらないこと気にしやがって」


 そんな秀蔵の葛藤を海堂は容易く蹴飛ばした。


「あの親バカがそんなこと気にすると思うか? きっと大喜びするぜ。お祝いだお祝いだってなぁ。んで陰では気にしてたりなぁ」


 そのあまりにも想像できてしまう光景に、自然と頬が釣り上がった。


 海堂と話すといつもこうだ。

 自分の悩みを、その持ち前の豪気さで吹き飛ばしてくれる。


「今度協会によってみるよ。それですぐに海堂さんも追い越してあげる」

「はっ、いうじゃねぇか」


 そうだ。立ち止まってるわけにはいかないんだ。


 秀蔵は折れそうになっていた膝を叩き力強く、確かな一歩を踏み出す。

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