第13話
「いやぁ、結構苦労するんだよ? 亜人特有の気配ってのを隠蔽するの。頑張って頑張って、もう誰にも気づかれないだろうって思ってたのにさぁ」
ねっとりと、男の言葉には負の感情が纏わりついていた。
秀蔵の耳を侵し、意識を悪意で染められそうになる。
「でも君に会えたのも僥倖かなぁ? だって僕にはまだ先があるって分かったんだからさ」
本当に嬉しそうに、男は笑みを浮かべた。
両手を合わせ、幸せですと言わんばかりに朗らかな笑み。
「あぁ、本当によかった。僕に気付ける人がいて」
一瞬、男の口調がブレる。
「あれ、今僕なって言った?」
狂気を感じさせる笑みを浮かべながら、つーっと目尻から一筋の雫が流れていく。
秀蔵は一歩後ずさる。この男は真面じゃない。狂ってる。心が壊れているんだと。
「君なら僕を。勝手に喋るなヨォ。お願いだ。あぁうるさいうるさいうるさいなぁ。殺」
言葉の途中、男は突然自分の頬を殴りつける。
理解できない言動。あまりにも異常な男に緊張感から秀蔵の鼓動が早まっていく。
「はぁ、本当煩いんだから。で、なんの話だっけ? あぁそうそう」
剣を抜いた。男が剣を抜いた瞬間、空間が支配される。絶対王者と思わせる気迫に心臓が僅かな間動きを止めた。
秀蔵の生殺与奪の権はすでに男の手の中。
死の一歩手前、いや、死が秀蔵に触れている。この状況に秀蔵の剣気が生きたいと暴れ狂う。
その様が嘗ての魚を彷彿させた。あの時の魚はきっとこんな気持ちだったのだろう。
その時に殺すことの気持ちの悪さを理解した。
そして今殺されることの恐怖も理解させられた。
「君を殺そうとしてたんだ」
男が徐に剣を振り上げ振るう。
早いとか、遅いとか。そういう次元じゃない。
あの剣は何もかもを切り裂くだろう。
そう思わせる剣気が宿っていた。
しかしその剣気に僅かに違和感を感じた。それが秀蔵が助かる抜け道になると、勘がささやいた。
秀蔵は行き足掻く。
無意識に剣気を練り上げた。今までは感じ取ることしかできなかったそれを。
生きようと足掻く剣気が秀蔵の意思を汲んで全身を覆い尽くす。さらには掌を通して刀に流れ込んだ。
今できる最大の術。
男の剣が秀蔵の刀に触れた瞬間秀蔵の意識は消し飛んだ。水平に吹き飛ばされグルメフェスのために建てられたテントを薙ぎ払い、広場を囲う生垣を貫き、道路を飛び越えその先にあるビルのテナントのガラスを突き破って店内に転がり込む。
「き、さまぁあぁぁああああああああ!!!!!!」
その瞬間を正彦は目撃してしまった。
愛する息子が、死んだと。殺されたのだと。
それほどの威力を感じる一撃。
正彦もわかっていた。その男が格上の存在であることを。
剣豪どころではない。剣聖、下手すれば上級剣聖と同等の力を有する存在だと。
だからどうした。
それがこの男に剣を向けない理由になるのか。
なるわけない。
「殺す! 絶対に殺してやる!!!!」
「ハハっ、はははは! たのしーな! うれしーな! みんな不幸で、あぁ、すっごく幸せだぁ」
正彦の剣を容易くいなしながら男は宣言する。
「劇の幕を閉じよう!!」
建国記念日というめでたい日に行われた使徒崇拝による大規模テロ。同時に起きた亜人の集団現界。
それによって死傷者数約一〇〇〇人。行方不明者数約一五〇人にも及ぶ甚大な被害を齎した。
現界した一〇〇を超える亜人の討伐に各地から剣士が緊急招集されグルメフェス会場を中心に数キロにわたって戦場と化した。
犯行を行った使徒崇拝はいつの間にか姿を消しており、現場に僅かに残ったメンバーの死体を捜査するも大した情報は見つからず。
このテロは歴史に残る大事件となる。
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