第12話

「走れ! 逃げろ!」


 正彦の判断は早く、異常事態を察知し、使徒崇拝の名を聞いたときには剣を抜き剣気を練り上げていた。


「行け!」

「ッ、はい!」


 本当に逃げて良いのか。剣士を目指す自分がこの事態を放置するのか。一瞬の迷いは正彦の一喝で消し飛んだ。


 周囲を逃げ惑う人々の剣気を頼りに地形、障害物を予測する。しかし完璧に予測はできないため何度もモノにぶつかり、段差などに蹴躓き転びそうになるが、鍛え上げた体幹で転倒を防ぐ。


 どこに逃げれば良いのか。


 いつも外で行動する時は誰かしらがそばにいた。

 そばにいる誰かが道を開いてくれるから秀蔵は外でも不安を抱くことなく活動できていたのだ。


 しかし今秀蔵は一人だ。周りに人はいても秀蔵のそばには誰もいない。

 見えないことが、今はとても怖かった。


 無我夢中で走っていた秀蔵の前方で新たな悲鳴が上がる。


 この先でも何かが起きていると判断し方向を変える。


 しかしどの方向に向かっても、その先で何かが待ち伏せていた。


 完全に包囲されている。

 奴らは、この事件を引き起こした連中は誰も逃す気がない様だ。


 ならば今の秀蔵に何ができる? 何をするべきか?


 震える手が腰の刀に伸びた。


 戦え。戦うしかないんだ。


 意識を沈め半瞑想状態になる。

 間合いを認識していつ攻撃を受けても大丈夫な様に。


 逃げ惑う人々が間合いに入り込むたび、刀を振りそうになる。

 間違えるな。彼らは敵じゃない。

 必死に自分に言い聞かせ敵を探る。


 間合いに嫌なものが入り込んだ。

 淀んだ剣気。正彦や瑞希、海堂などの善良な人のものではない。


 敵だ。


 認識するのが早いか。振られた刀が斬り裂いた。


 嫌な感触と共に暖かい何かが秀蔵に降りかかる。


「ぐあぁ!?」

「この餓鬼!」


 斬った。しかし浅い。逸る気持ちがタイミングを狂わせた。


 返す刀で切り付けた相手を仕留める。

 命を奪った感触。えずきそうになるのを抑え込み、間合いにいるもう一人に斬りかかる。


「クソ餓鬼がぁ! ぶち殺してやる!」


 しかし打ち払われてしまった。相手は剣を持っているらしい。それは、つまり。


「剣士……」


 何年も前に海堂に言われた言葉。

 殺すことに愉しさを覚えた者は亜人を斬るだけに収まらず人を斬ると。


「お前はッ」


 これが、こいつがそうなのだろう。


「お前がッ!!!」


 込み上げる怒り。自らの夢を穢された様に感じ、殺意が溢れ出る。


「ぁっ……」


 秀蔵の、あまりにも濃い殺意、殺気に呑まれ目の前の相手は抱いていた怒りすら忘れてしまった。


「はぁぁああ!!」


 硬直したその一瞬。秀蔵がはなった袈裟斬りが相手を肩から両断した。


 敵が消えたことで秀蔵の昂った感情が落ち着いていく。被った血が気持ち悪い。鉄臭さと死の匂い。


 怒りで抑えられていた険悪感が蘇り手が震える。


 殺した。魚じゃない。想像の中の敵でもない。生きている人間を。


 力が抜けそうになるが、この戦場とも言える場所でそんな隙を晒せるわけがない。


 耐えろ、と心臓を叩き己を鼓舞する。


 秀蔵は走り出すと同時に自分でも戦えたということを実感する。

 自分は、もう剣士なのだと。


 そんな思い上がりはすぐに崩れることになる。


「ぁ、ぃや……」

「あれぇ、君、僕の事に気付いてるねぇ」


 先程殺した相手は精々が下級剣士。今の秀蔵は実力的には中級剣士だ。


「君目が見えないみたいだね。あぁ、だから他の感覚や第六感が鋭いのかな?」


 そして目の前にいる相手は。


 一見人間にしか見えないが、カラーコンタクトの奥で澱み腐った血の様な赤が瞬く。


「ぁ、亜人……」

「せいかーい」


 少なくとも二等以上。剣豪に匹敵する存在だった。

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