第3話ボランティア部

 月島高等学校の入学式。


 正門は新しい学生服に身を包んだ、新入生たちで溢れかえっていた。校内に咲いている桜は少し散り始めていたが、依然として十分な美しさがある。そんな桜並木の道を通り、優希は胸を躍らせながら、ある場所へと向かっていた。優希の心は今、さながら、新しいおもちゃを買ってもらうためにおもちゃ屋へと向かう子供の心境に近かった。


「ここだ、失礼します!」


 優希は手にしたビラを確認し、ある部室の扉を開いた。部屋の中には本を読んでいる一人の女子生徒がいた。


「入部希望者?」


 彼女が優希に気付くと、本を読む手を止め、とても落ち着いた声で優希に尋ねた。


「あ、え、ひゃい」


「ひゃい?」


 優希は幼いころ、母の同僚である看護師たちによく遊んでもらっていた。しかし、どの看護師も一癖も、二癖もある人物ばかりで、そのせいか皆独身だった。彼女たちは母性をもてあましていた。その結果、行き場のない母性は優希へと直行した。優希はそのころの過剰な愛情がトラウマとなり、女性が苦手になってしまった。慣れた女性と接するのは大丈夫だが、初対面の女性だと途端に緊張してしまい、腑抜けてしまうのだ。


「まぁ、いいや。私の名前は樋口眞銀(ひぐちましろ)。今、3年生でここの部長やってるの。とは言っても3年生は私だけなんだけどね。君は?」


 スッ


 一ノ瀬優希と書かれた教科書を差し出した。眞銀は、教科書を一瞥して優希の顔を見る。彼女は鋭い目をしていたが、よく見るととても美人だった。


 大和撫子。


 辞書を引けば「彼女のことと」書いてあるのではないかと思うぐらい、その言葉が彼女にお似合いだった。風が大和撫子のセミロングの髪を無造作になでる。


「一ノ瀬君か。じゃあ、後ろの君は?」


 その言葉を聞いて、優希は後ろを振り向いた。


「ひゃっ」


「ひゃっ」


 優希が驚くと、ドアから少し顔をのぞかせていた人物も連鎖して驚く。顔をのぞかせていた人物は眼鏡を掛けた、小柄な女子生徒だった。


「同じ系統か」


 眞銀が呟いた。


「わ、私は前田歩乃果(まえだほのか)って言います。」


 少し間を開けてから、ギリギリ聞き取れる、か細い声で女子生徒が自己紹介を始めた。


「前田さんね、よろしく。って言っても部員はこれで全員なんだけど」


「え?」


「正式には2年生があと4人いるんだけど、玉にしか来ないから」


 沈黙が流れる。


「で、でも樋口せんぱ」


「期待させて悪いんだけど、私も内申点が欲しくて所属してるだけだから」


 眞銀は優希の言葉を遮り、読んでいた本に視線を落とし、冷たい声で言った。再び沈黙が訪れる。


 優希は部室を見渡すと、壁に貼られた一枚の紙を目にした。ボランティア活動に関するスケジュール表だった。町の清掃から幼稚園や介護施設の訪問などの予定が書きこまれていた。


「これは」


優希は眞銀に問いかけた。


「まぁ活動自体は一応やっているから。明日、幼稚園のお手伝いに行くけど、来る?」


「はい!」


誘いを聞いた優希は、とても嬉しそうに返事をした。


「わ、私も」


歩乃果も後に続いて返事をする。


「そう。」


 眞銀は、優希たちの返答に軽く言葉を返すと、本を読むのをやめ、明日のことについての説明をした。そして、本日のボランティア部は解散となった。

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