第2話一ノ瀬優希

「ずっと友達だよ」


 バサッ


 優希は夢の途中で目が覚めた。体を起こし、まだ完全に起きていない頭を無理やり働かせ、寝ぼけ眼で洗面台へと向かう。ぬるま湯で顔を流しながら、優希は昔のことを思い返していた。顔を洗い、髪を整えると食卓へと向かう。


 リビングに着くと、華奢で綺麗な茶髪の女性が、机の上にご飯を並べていた。おいしそうに並べられた料理のにおいが、優希の鼻をくすぐる。


「おはよう」


「おはよう母さん。今日仕事は?」


「とくに問題ないから帰っていいって」


 優希の母、一ノ瀬明美(いちのせあけみ)は看護師である。雰囲気はとても柔らかく、彼女に影響してか周りが透き通って見えるような錯覚を覚える。そして、誰にでも優しく物怖じしない性格で、患者や病院のスタッフから人気がある。


 明美が患者の部屋へ入ると、餌を待っていたヒナが親鳥の帰りを待っていたかのように、患者たちが彼女の周りに群がる。彼女も自分の立場を無意識に理解しており、患者たちに優しさという餌を与える。優希も幼いころからそんな彼女を見て育ってきたので、心の中に彼女譲りの優しさが芽生えていた。


「オアシス部だっけ? どう」


 明美はエプロンを脱ぎ、椅子に腰掛け優希に尋ねる。


「んー実はね……」


 優希は、昨日受けた依頼のことを話した。優希の頭の中は、依頼人の女子生徒は満足そうな顔と、相手の男子生徒がひどく落ち込んでいる顔が交互に反芻されていた。


 オアシス部のモットーとして全ての生徒の幸せをと掲げている以上、優希は納得できていなかった。男子生徒には「何かあれば相談に乗るよ」とは言ったものの、固まった男子生徒には、恐らく優希の言葉は届いていないだろう。


「なにそれ。今どきの子は分からんね」


怪訝そうな顔をして、明美が言った。


「いや、僕たちもよく分かってないよ」


優希はごはんとみそ汁を、交互に口に運ぶ。


「でもよかったね。オアシス部をつくって、もう半年くらい? うちの自慢の息子が、謹慎と停学をくらったときは驚いたけどね」


 とは言いつつも驚いた様子はまったくなく、いたずらに成功した子供のように彼女は笑っていた。


「んー」


 何も言わないでくれと言わんばかりに、優希は目を閉じご飯をかきこむ。


「まぁ、でも分かってるから」


「何が?」


 彼女は優希の頭に優しく手を置く。


「もう僕、十六なんだけど」


 その言葉を聞いた彼女は、ハイハイと言ったような素振りをして手を引っ込め、自分の前に並んだ食事に手を付け始めた。優希もどこか照れくさく、黙々とご飯を食べ続けた。

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