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ステージは1ステージのみだった。

最後の長尺のバラードは、たおやかに朗々と吹いたかと思えば、

急にフリーキーになって咆哮したりした。

また心を揺さぶられる。


演奏が終わるとしおみさんはすべてを出し尽くし魂の抜けた人みたいになっている。

声をかけたかったけどそっと会計に向かった。

階段のところでまた来てくれた。

本当は来てくれるのではないかと期待していた。


振り返って放心したようになっているしおみさんを見た。

ありがとうと言って頭を下げた。

それでも見ていた。

何か言いたいと思った。

何も浮かばなかった。

芽生えた恋心がじゃまをした。


「また来てください。」

その静かな一言が僕の心に染み渡っていった。

「ありがとう。」

僕の素直な気持ちだった。

しおみさんが笑顔になった。

美しい笑顔だった。


頭を下げて階段を降りた。

緊張して階段を転げ落ちるのではないかと思った。

ゆっくり慎重に降りた。


駅まで向かう道のりで緊張が徐々に解けて僕も自然と笑顔になった。

思い出し笑いをしている人みたいに。


「また来てください。」

声に出して真似をした。

行きます必ず。

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