バレンタインの苦い余韻

@asamira

第1話バレンタインの苦い余韻

 昼休み。

 俺は机にげんなりしていた。

 それは、今日がバレンタインデーという日だからである。

 朝から恋愛の話題でもちっきり。

 中にはリア充を潰したいと叫ぶ奴もいる。

 それも含めクラスは甘酸っぱい雰囲気で溢れていた。

 

 だがそれは、俺にとって、ただの甘ったるい戯言にしか過ぎなかった。

 

「赤城ー! お前は誰が好きなんだぁ?」

 

 (また来た……。何回お前は同じことを聞くんだ……)


 そこへ来たのは雪見という、クラスの中でもカーストの高い女子だった。


 「もう、黙っててくれよ……」


 俺はため息とともに答える。

 みんながみんな、恋愛を好きだというわけではない。

 そんなこと、一切興味がない人だっている。

 俺もその一人だ。

 それなのに、学校に来てから恋愛話に巻き込まれすぎて、今。

 ぐったりしているという状況である。

 その後も何度か雪見が絡みに来たが、無事、今日という日は過ぎていった。

 

 そう、過ぎていくはずだった。


 帰宅前の校内。

 部活の用事で帰宅が遅くなってしまった赤城は校門へ走る。

 すると。


「ゲッ……」

 

 俺は若干後退りをする。

 そこには………。

 雪見がいた。

 ん?

 だが、それはいつもの雪見ではなく、顔を赤らめた、下を向く彼女がいた。

 こんな彼女を見たことがなかったので、俺は黙ってしまう。

 しばらく沈黙が続く。

 すると。


「あのさ!」

 

 雪見から口を開いた。

 

「あんたにあげる!」


 彼女は目を瞑って、こちらにチョコを持った両手を伸ばしてきた。


 もうすっかり夕方で、太陽が眩しい。

 

 チョコレートは美味しい。

 甘くて苦くて、いろいろな種類があるチョコを、俺は嫌いではなかった。

 だが、この日にもらうチョコ。

 それは相手への好意(恋意)を示すものだ。

 

 彼女の顔は本気だ。

 だが、俺にとってそんなもの、言っちゃえばくだらないものでしかなかった。


「いや、いらない」


 断った。

 

 また沈黙が続く。

 彼女の瞳からはだんだん色が消える。

 すると、雪見は怒ったような、悲しいような顔で後ろを向き走り出した。

 少し、罪悪感はあったものの、自分はいらないと言っただけだ。

 悪いことはしていない。

 と、自分を肯定しながら、家に帰り、今日という日が本当に終わった。

 

 次の日、雪見は学校に来なかった。

 昨日のこともあり、少し心配していたが、どうやらそれは必要なかったらしい。

 だって今、俺の周りには、途中から来た雪見を含めた女子六人が俺を囲み睨みつけているのだから。

 

「ねぇ、なんで雪見さんの告白断ったわけ?」

 

 口を開いたのは、雪見と同じく、カーストトップクラスの女子である。

 告白というか……、チョコいらないって言っただけだろ……。

 

「なんでって、断っちゃダメか?」


 俺も半分怒りを声に交えて言う。

 

「雪美ちゃん頑張って作ったんだよ!?」


 また違う女子が喚く。

 幸いこの日は、この程度で済んだが、次の日も、また次の日も俺は悪口を言われ続けた。

 しばらくしてから、ノリで男子も加わり、先生は見て見ぬ振りをする。

 悪口もエスカレートしていく。

 そんな最悪な日々が続いた。

 今日も俺はぐったりしている。

 腕の枕に額をつけて、その中で、今日もまた……。

 泣いていた。


 春も近づくある日、俺は中学の頃まで一緒だった女子に呼び出された。

 嫌な予感がしつつも、待ち合わせ場所に行くなり、俺はまた告白された。

 本当は断りたい。

 だが、あの日から俺は断ると言うことがトラウマになっていた。

 もう、嫌だ。

 

「うん。付き合おう」


 これでいい。これが正解だから。

 俺は彼女の返事を待っていた。


「あのさー……赤城くんって、本当に答え方下手だよね。断りたいのバレバレなんですけどー」


「答え方が下手……?」


「だって、告白の返事で嫌な顔しながら泣くとか、ノーしかなくない?」


 そう。

 俺はまた泣いていた。

 それがわかると、俺はその場でさらに号泣した。

 

 しばらくしてから俺は彼女に事の顛末を話した。

 話し途中の俺は、周りから見ても自分から見ても幼くて。

 でも、はずかしい感情なんてなかった。

 それ以上に彼女を慕っていたから。

 同い年なのに先輩のように見えていたから。

 

 次の日、俺は雪見を体育館裏へ呼び出した。

 

 昨日、俺が話を終えた後。

 彼女は言った。

 

「やっぱりねぇ。答え方が下手なんだよ。もうちょっと相手に寄り添って返事ができない? 頑張って作ったチョコにそんなこと言われたら、嫌われるに決まってるじゃん」


 その通りだ。

 本当は心のどこかで、そんなこと分かっていた。

 だから、俺はここでやり直す。

 告白の返事をやり直す。

 

 雪見は黙ったままだ。

 だから今度は、俺から口を開いた。


「俺、恋愛とかに興味がなくて。告白とか受け取りたくないんだ。ごめん」


 それを聞くと雪見は後ろを向き歩き出す。

 

 それから。

 彼女たちからのいじめは消えた。

 俺たちの関係も、バレンタインの苦い余韻も終わった。

 ただ、俺のこれからの、人との関係がなんとなく、うまくいきそうな気がした。

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