使者と王都での騒動 2
火球を受けても倒れなかった男はモニカが氷の槍でとどめを刺す。
自爆魔道具は使用者の命をもエネルギー源とする。下手に生かすよりは良いと思ったのだが、後から出てきた五、六人の中に爆発する者はいなかった。さすがに全員分用意できるほどの余裕はないと言うことか。
念のために距離を取ったまま様子を見ていると、後方から新しい気配。
「死ね、リディアーヌ・シルヴェストル!」
新手が二人。
宝剣に手をかけつつ不可視の斬撃を放ち、彼らの首、手足を切断した。モニカに倣い、俺も氷の槍を降らせて分解したパーツを破壊。
どこにどんな形状で魔道具を隠しているかわからないための措置。功を奏したのか、それとも最初から持っていなかったのか爆発は来なかった。
全身を一発で吹き飛ばせれば話が早いのだが、市街地で炎系の魔法はできるだけ控えたい。
「さっきの火球は騎士団を呼ぶのにちょうど良かったと思うんだけど……どうしたものかしら」
念入りに攻撃した結果、前にも後ろにもグロい死体が出来上がってしまった。外に出てこようとしたアンナがそれを見て口を押さえながら引っ込んだくらいだ。
俺としてもあまり見たい光景ではないが、前世で見たホラー映画なんかのお陰で多少は耐えられる。血とか自分のを毎月見ているし。
「城も襲撃されたようです。騎士団も手一杯かもしれません」
「面倒ね。残しておくわけにもいかないけれど、回収するのも骨だわ」
移動するにしてもどこへ向かうべきか。
城も気になるが、家の方も心配だ。敵の増援があるとしたら下手に移動するよりこのまま馬車を中心に防衛した方が良い可能性もある。
しばし悩んでいるとこちらへ向かってくる靴音。純血派ではなく、最寄りの屋敷の主とその護衛だった。
「爆発音に起こされ慌てて確認すれば、夜間の警備人員が全員殺されていた」
「こちらは城からの帰り道に襲撃を受けました。自爆されないように全員殺すしかなかったのですが……」
彼らと情報を共有。貴族街に平民がこんなにいて気づかれなかったのは、気づくべき警備の人間が黙らされていたかららしい。
屋敷の壁まで爆破されたこの家はとんだとばっちりである。
「わたしたちが倒した相手はそれほどの手練れに見えませんでした。警備兵を殺した者と顔を合わせませんでしたか?」
「いや。我が家に残されていたのは警備兵の死体と爆発の跡だけだ」
「妙ですね。だとすると何処へ消えたのでしょう?」
俺は少し考えてから家へ戻ることにした。騎士団がやってきた場合の対応などはこの可哀そうな紳士に一任する。
「リディアーヌ様、何かお考えが?」
「自慢できるほどの考えじゃないわ。……ただ、狙いはわたしなんじゃないかと思っただけ」
再び馬車に揺られながらセレスティーヌに念話を送る。幸い屋敷は無事だった。可能な限りの兵を動員し、警戒にあたらせているという。
『杞憂だったかしら。いいえ、でも』
屋敷に到着する。警戒中の兵たちが敬礼で出迎えてくれ、俺たちの無事を喜んでくれた。
「誰か怪しい人間が来なかった?」
「いいえ。屋敷の中、および周辺は警戒していますが、今のところ異常はありません」
忍び込んできたあの女暗殺者だけか。少人数の方が見つかりづらいのだから理には適っているが、
「……なっ!?」
「モニカ、どうしたの?」
夫──つまり騎士団長と念話していたモニカが不意に声を上げた。彼女は珍しく動揺した様子で俺を見つめ返してくる。
「混乱の隙を突かれ、拘禁中だった例の暗殺者を取り逃がしたそうです」
「──っ」
『ああもう、だから注意しろって言ったじゃない!』
セレスティーヌにアラン、シャルロットは屋敷の食堂に集まっていた。
「お姉様!」
「リディ、無事で良かった。怪我はないかい?」
「大丈夫よお兄さま。シャルロットも怖かったでしょう? ……お養母さま。残念ながら状況は予断を許さないかと」
「ええ。旦那様も含め主要な人間への被害は出ていないようですが、城も城壁が一部損壊、自爆してくる敵の対処に追われているようです」
自爆魔道具の大盤振る舞いだ。グレゴールたちが持ち込んだのが一つではなかったと見るべきか?
「それだけではありません。わたしが捕らえた女暗殺者が逃走しました。……おそらく、彼女と同等の手練れが逃がしたのでしょう」
貴族屋敷一つの野外警備兵を全員殺した何者か。次善の策として屋敷で待っているのかと思ったが……タイミング的に仲間を逃がしに行った、と考える方が妥当だ。
彼女たちは果たしてどこに向かうのか。
「お養母さま。屋上のバルコニーをお借りできませんか?」
「リディアーヌ。まさか、囮になるつもりですか?」
「はい。敵の狙いにわたしが含まれているのなら、わかりやすい場所で待ち構えた方が被害を少なくできます」
屋上バルコニーは星を見たり日光浴をしたり、有事に弓兵を配置したりするために設けられているスペースだ。小中学校の屋上程度のさほど広くはない(当社比)空間だが、高いところに明かりと共に待っていれば目立つだろう。
「屋敷に引きこもった結果、警備兵を軒並み殺されるようなことは避けたいのです」
「賊を食い止めるためにこそ兵がいるのです。貴女が自らを危険に晒す必要はありません」
「いいえ。……あの女はわたしが倒す。心残りなくソレイルへ赴くためにも必要なの」
どうやら向こうの王族は暗殺が大好きらしい。物騒なことこの上ないが、だからこそ内側から大掃除が必要だ。
もしアンリエットがグルだった場合は泣かす。
しばし睨み合う俺たち。セレスティーヌはため息をついて、
「兵を連れて行きなさい。それから、夜明けを迎えたら屋敷の中へ戻る事。……絶対に傷を残さないのを前提とした上で、です」
「ありがとうございます、お養母さま」
「お姉様、危険です!」
「大丈夫よ、シャルロット。この程度で躓いているようじゃ女王なんて夢のまた夢だもの。……お兄さま、シャルロットとお養母さまをお願いします」
「……わかった。騎士も連れて行くかい?」
「いいえ。モニカがいるもの。こっちはそれで十分だわ」
あまり人数が多くなっても動きづらい。俺は食堂にアンナを残し、代わりにオーレリアを拾ってから屋上のバルコニーへ出た。
据え付けの照明を起動させ、俺たちの存在をアピール。
「後は任せておきなさい、リディアーヌ」
火の粉の鱗粉を散らしながら飛ぶ炎の蝶が空へと浮かび上がる。
「師匠もそれ、使えたんですね」
「何度も見せられていれば真似くらいできるわ」
炎は何よりのアピールになる。
そのまましばし、師によるデモンストレーションを眺めていると、だんだんと薄くなりつつある夜の闇を最大限利用するようにしながら屋根をつたって駆けてくる二つの人影。
速い。
身体強化なしの人間の速度か、と言いたくなる。あんなのはさすがに一般の兵ではどうしようもないだろう。実際、バルコニーから弓で狙っても全く当たらない。蝶を消したオーレリアとモニカが氷の針を雨のように降り注がせても大半をかわされ、当たりそうになった一部もマントを利用して防がれてしまった。
そうしているうちに二人は屋上まで到達。
どちらも女だ。片方は片腕。さすがに装備までは取り返しきれなかったのか、一人分を二人で分けたような装備構成になっている。
「まさか本当に来るなんてね」
当然、こっちも準備は万端。
着替えている暇はなかったが、ドレスのスカートにはスリットを入れて動きやすくしてある。宝剣は鞘に納めたまま右手で握った状態。刀身で斬るつもりはないのだから抜くか抜かないかは些細な問題でしかない。
「誰の命令なのかしら? 冥途の土産に教えてくれない?」
「答える必要はない」
計四人。護衛として配置された兵が二人ずつ斬りかかるが、女たちは最小限の動きでかわし、逆に兵の一人に蹴りを叩き込んだ。悲鳴を上げて転ぶ仲間にもう一人が動揺したところで俺とオーレリアにナイフを投擲。
見えているナイフは当然、障壁で防いだが──彼女らはその隙に再び動き出している。護衛を無視して俺たちの方へ。
舌打ちするオーレリアと背中合わせに電撃。速度があり殺傷力を調整しやすく、動きを止めさせる副次的効果も見込める。極めて優秀な術だが、予想していたように放たれたナイフが避雷針の如くそれを吸収してしまう。
『師匠はすばしっこい相手が苦手なのよね。運動が大っ嫌いだから』
面倒なので突風を生み出して牽制。さすがにこれは対処できないのか斜め後ろに飛んで勢いを殺す。ついでとばっかりに引っ掴まれた兵の一人が風に巻き込まれて屋根を転がっていくが……まあ、大きな怪我にはならなさそうだ。
むしろ人数が減って動きやすくなった。
残った兵が斬りかかる。敵がそっちに気を取られたところで立て続けに電撃。これもナイフで防がれたが、武器のストックはどんどん減っていく。
『魔法が使えない以上、対処の方法は限られてくる。いくら戦闘技術と身体能力が優れていても防げない攻撃はある』
兵がさらに一人バルコニーから放り捨てられる。こちらに迫ろうとしてくる二人のうち、オーレリアに向かった万全な方をモニカが迎え撃った。
「前の小娘よりは腕が立つようだな」
「ノエルだってあの頃よりずっと強くなっているわ」
俺に向かってきたのは片腕の方──あいつだ。
電撃では駄目だとレーザーで狙えば、瞬間、光が空へと打ち上げられた。ぴかぴかに磨かれたナイフの表面で跳ね返ったらしい。偶然? いや、電撃を防ぐつもりだったのだとしても攻撃のタイミングと狙った部位はバレている。
『どうやって? まさか、目を見ればわかるとでも言うわけ!?』
レーザーは光なので反射する。
もしも精巧な鏡で正反射させられれば俺がカウンターを受ける恐れさえある。そもそも『合わせる』ことさえ困難だと思っていたが……一体、どこまで超人なのか。
もし、こんなのがいっぱいいるのなら純血派の言い分もわからなくはない、などと余計な思考を浮かべつつ、俺は宝剣を跳ね上げるように持ち上げ相手に突きつけた。
「っ」
途端、無理な姿勢変更を行ってまで横に跳ぶ彼女。見えない斬撃に殺されかけたことは記憶に新しい。あれは彼女でも「事前察知してかわすしかない」のだろう。
『やっぱり初見で殺しておくんだったわ』
とにかく俺は宝剣を通して魔法を起動。生み出された炎が鞘を破壊しながらバルコニーの床を焼く。避けられたせいで炎は当たらないが、これでいい。
晒された刀身が照明を受けて美しく輝く。
奥行きのある不思議な質感は、ある方法によって加工された金属ならではのものだ。
「まさか」
くるっと振り返って切っ先を女へ。『突き』の形で放った不可視の刃を彼女は床に転がって回避。
無防備になったその身体を、俺は不可視の斬撃で断ち切った。
二つに分かれて転がる胴体。さすがにもう、起き上がってくることはない。
「できれば、詳しい話を聞きたかったわ」
情けをかければかけるほど、こいつは強くなって帰ってくる。ここで殺せなかったら次は不可視の斬撃にさえ対応されるかもしれない。情報を持ち帰らせないためにも葬るしかなかった。
可能であればもう一人は無事に捕らえたいところだが。
「リディアーヌ様。こちらもちょうど終わったところです」
見れば、もう一人は首から下を凍結させられた状態で気を失っていた。モニカが牽制している間にオーレリアが凍らせ、身動き取れなくなった相手の意識をモニカが心の魔法で奪ったらしい。えげつないというか素晴らしいというか迷う連携プレイだった。
「二人ともありがとう。……体温低下で死なれたら困るから、解凍しつつ身ぐるみ剥いで拘束しましょうか」
100℃近い熱湯に丸ごと放り込んでも起きなかったのでそのまま目的を完遂した。
しばらくすると城の方も混乱が収まったらしく、拘束した女暗殺者(二号)は騎士団に回収してもらった。もちろん、今度こそ逃げられないように、と口酸っぱく文句を言った上でだ。
「これでなんとかなるかしらね」
事後処理は大人たちに任せ、睡眠不足+消費した魔力からゆっくり休んだ。
目覚めた俺はアンリエットとアルベールが敵の襲撃を無事片付けた、という知らせを受け、本当に安堵したのだった。
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