使者と王都での騒動

「何故だ」


 かつて二度も俺の邪魔をしてくれた女暗殺者は口にあてられていた布が取り払われるなりそう尋ねてきた。

 覆面を取り払った顔はやはり以前とは変わっている。


「腕を落とした理由なら、あなたに恨みがあるからよ。生かしておいた理由なら、あなたの発言が本当だった時に困るからね」


 城へ連れて来られても困ると指定されたのは騎士団の本部だった。

 女は窓の無い部屋にガチガチに拘束された状態で座っている。もちろん思いつく限りの武装解除は行った後だ。

 普段ならまだぐっすり眠っている時間なので少々眠い。

 急ぎだったのでドレスも普段着用の比較的シンプルなものだ。


「口の中に吹き矢まで仕込んでいたのは驚いたわ。それから自爆用の魔道具も装備していたみたいね」

「必要な装備だ」

「敵対派閥から狙われた時のため? それとも、この国の誰かを殺すためかしら」

 

 周りには数人の兵士が守りを固めている。俺の前にも副団長が立ち、万一にも攻撃が届かないようにしている。

 裸に剥いた上に口の中まで調べたのでもう武器はないと思いたいが。


「で、調印式が襲われるっていう件だけど」

「嘘ではない」

「ええ。あなたが持っていた書状は本物みたいね」


 アンリエットの直筆で、筆跡は俺が覚えているのと一致した。グレゴールの兄──レティシアの長男が旗頭となり、レティシア・グレゴール派の騎士が参加してアンリエットおよびアルベールを襲撃する計画があるらしい。

 リヴィエール側に救援を要請したい、と書かれている。


「今、手の空いている騎士が準備を進めているわ」


 そう言うと彼女は安堵したように小さく息を吐いた。


「感謝する」

「? ああ、勘違いしないでね。まだ救援に向かうと決まったわけじゃないの」

「何?」


 準備しているのは念のため。他の可能性も考慮したうえで早急に動けるようにするためだ。


「質問なんだけど、あなたは今、誰の命令で動いているのかしら? アンリエットさま? それとも別の人?」

「もちろん、アンリエット様だ。あの方からお前に書状を渡すよう命令された」

「そう。アンリエットさまから私に、ね」


 俺は思わず笑ってしまった。吐息が小さく音を立てる。


「リディアーヌ様?」

「副団長さま。わたしはこの書状が罠だと思います。救援に向かうべきではありません」

「──何故だ」

「書状を持ってきたのがあなただからよ」


 簡単な話だ。

 俺は嫁入りの条件として彼女の首を要求した。それをあのアンリエットが忘れるわけがない。となれば、彼女を寄越したのは「好きにしていい」というメッセージだろう。


『やっぱり知ってたんじゃない、というのはこの際置いておくけれど』


 一度はしらばっくれておきながら今になって譲ってくれたのは事情が変わったからに違いない。例えば、別の人間からも指示を受けているとわかったから、とか。


「襲撃の情報はあなたからアンリエットさまに持っていったんじゃない? そして、アンリエットさまはそれを鵜呑みにしなかった。これは罠だと伝えるため、あなたをわたしのところへ送り込んだのよ」


 調印式を襲撃すると見せかけた救援部隊狙いといったところか。

 俺の発言に副団長は顎へ手を当て、


「……確かに。アルベール殿下は襲撃を前提として準備をしておいでです。予想通りだったからと言って安易に救援を送る必要はない」

「はい。それにそもそも、本当に警告のつもりならアルベールさまに連絡すべきはずです。どうしてわざわざわたしに伝えてきたのでしょう」


 まあ、俺も当事者だし、城へ忍び込むより難易度は低い。実際リオネルへの念話も可能だったわけで、上層部に繋ぐには適任と言えば適任なのだが。


『アルベールさまが危ない! 助けに行かなくっちゃ! ……なんて言うわけないじゃない、そんなの飛んで火にいる夏の虫よ』


 副団長が指示を出し、騎士の一人が伝令のために出て行く。ここまでの情報、および推測は団長や国王、父に伝えられ最終的な判断が下されるだろう。


「副団長さま。この女はもう用済みかしら? 斬っても構わない?」

「お待ちください、リディアーヌ様。まだ尋問の途中ですし、貴女が手を汚される必要はございません」

「残念。……まあ、情報を引き出すために生かしておいたんだものね」


 腕一本斬り落としてやったからある程度留飲は下がった。

 不可視の斬撃は距離が離れるほど精度と威力が落ちる、という欠点があるものの、近接距離においてはレーザー以上の初見殺しだ。

 初動も何もないので対策のしようがほぼない。この女にも通用する、ということがわかったのは収穫だった。

 俺は女を見つめて、


「今、どんな気持ちかしら? あなたの目的は果たせそう?」


 アンリエットは俺からの要求内容について彼女に伝えなかったのだろう。

 つまり、彼女は飼い主から捨てられたわけだ。


「私は暗殺者だ。命じられた仕事を全うするだけ。……失敗すれば死が待っているのは当然のこと」


 女は淡々と、表情を変えることもなく答えた。

 受けた命令にもよるが、シャルロット誘拐の件も失敗と言えば失敗だ。アンリエットだけでなく、もう一人の飼い主の信用も落ちているのか。

 飼い犬というのは大変だ。俺の寝込みを襲っていれば最低限の任務は達成できたかもしれないのに、それ以上を強制された結果がこの有様。


「副団長。どうか十分にご注意ください。自分の身体の関節を外して拘束から抜け出すくらいのことはするかもしれません」


 副団長は一瞬「そんなびっくり人間がいてたまるか」という顔をしたものの「了解しました」と真面目な表情になって頷いてくれた。


 騎士団本部から出た俺はそのまま馬車で城へと送られた。

 夜の城というのは結構不気味だ。幸い、主だった通路は照明が灯されており明るかったのが幸いである。全部を魔法で賄うのは魔力的に厳しいからか、照明にはオイル式のランプも併せて用いられている。

 会議室にはアルベールを除いた首脳陣が勢揃い。さすがに王妃は休んでいるらしく不在で、代わりに(俺が念話で叩き起こした)リオネルがいる。

 というか、俺が参加する必要はあるのだろうか? まあ今更だし、護衛対象を一箇所に集める意味もあるのだろうと思いつつ挨拶をして席へ着く。話は既に大方伝わっており、今の議題は救援要請を完全に無視するか否か、だった。


「救援部隊を出させるのが敵の狙いだとして、作戦がそれで終わりとは限らないだろう? こちらが動かないのであれば調印式の参加者を挟撃する腹積もりかもしれぬ」


 リオネルが簡潔に説明してくれる。

 確かに、救援部隊を道中で叩くつもりならその部隊は国内に入っているはず。ソレイル側に待機している部隊と共同作戦、という可能性はある。

 人数的に大した規模にはならないはずだが……自爆の魔道具と平民を用いるつもりなら攻撃力は十分に確保できる。


「アンリエットさまは敵の計画をある程度把握しているはずです。であれば当然、十分以上に警戒しているのでは?」


 必要と判断すればアルベールとの情報共有も行うだろう。両国の協力があればそうそう心配はない。


「救援要請自体がソレイルの罠、という可能性もあると思いますが……」

「アルベールもその可能性は承知していた。あらゆる可能性を考えて対処するそうだ」


 そうか、念話か。

 親子間なら連絡がつく。危険性を知っていれば奇襲を受ける心配はぐっと減るはずだ。


「敵は本当に国内へ侵入しているのでしょうか? 国境の警備とて甘くはないはずです」


 これはリオネル。

 王もこれには頷いて、


「易々と侵入されたと思いたくはないが……我々もあらゆる可能性を考慮すべきだろうな」

「あるいは、国内の攻撃部隊は純血派で構成されているのかもしれませんね」


 シャルルの発言にも一理ある。

 リヴィエールの国民なら国内にいるのは当たり前。彼らに武器を供給するだけなら難易度はぐっと下がる。

 まあ、だとすると純血派は革命どころか売国する気満々、ということになってしまうが……。


「賊の活動が予想される以上、街道の警備は詰めるべきか」

「アルベールへの救援はともかく、治安維持のために騎士の派遣は必要でしょう」


 騎士+兵士からなる小規模なパトロール部隊を複数作り、街道の見回りをさせることになった。

 敵が馬鹿正直に街道を通るとも限らないが、やらないよりはマシだ。併せて聞き込みを行えば不審な人物の噂を聞けるかもしれない。

 俺は嘆息し、呟くように言う。


「できるのであれば純血派を殲滅してしまいたいですね」

「騎士団の大規模調査によって少数ではあるが捕縛者も出ている。年単位で活動が制限されていた以上、大した数は残っていないと思いたいところだな」


 アルベールたちは明日にも辺境伯領に到着。三日後には調印式に臨むことになる。あまり時間はない。騎士団には早急な部隊編成および見回りの開始が命じられた。

 併せて、連絡のつく地方領主たちにも警戒の強化が指示される。辺境伯にはアルベールから伝達できるし、公爵領にも父から祖父へ念話が可能だ。

 なお、俺は「家で大人しくしているように」と厳命された。


「リディ。くれぐれも軽率な真似は控えなさい。誰と婚礼を上げるにしろ、お前の身体はお前一人の物ではないのだ」

「かしこまりました、お父さま。……わたしだってこの状況で出しゃばるほど考えなしじゃないわ。安心して」


 小規模で隠密行動とかされるとむしろ俺とは相性が悪い。堂々と大人数で来てくれればむしろ魔法で「どーん!」と吹き飛ばせるのだが。


「ならば良い。……モニカ。リディアーヌを頼む」

「心得ております。この命に代えましても必ず」

「うむ。……夜分遅くに呼び出して済まなかったな、リディアーヌ。明るくなるまで城に泊まって行くといい」

「ありがとうございます、陛下。ですが、母や妹が心配ですので屋敷に戻りたいと思います」

「そうか。ならば馬車を回そう。くれぐれも気を付けるのだぞ」


 程なくして「準備ができた」との知らせが来る。俺は皆に一礼してから立ち上がった。


「リディアーヌ」

「そんなに心配そうな顔をなさらないでください、リオネルさま。モニカもいるのですから大丈夫です」


 リオネルがすかさず呼び留めてくる。お前はいつからそんなに心配症になったのか。


「むしろ、リオネルさまこそお気をつけください。使用人や兵の顔はちゃんと全て憶えていますか? ものを口にする時は必ず毒見を通してくださいね」


 彼の瞳を見つめて問えば、むっとした様子で返事がきた。


「城に出入りする人間が何人いると思っている。……心配されずともわかっている。私とてこんなところで死ぬつもりはないからな」

「お互い長生きいたしましょう。……それでは、また」


 城の入り口で馬車へと乗り込む。そこで俺は少し考えてからモニカにお願いをすることにした。


「モニカ。御者台に同乗してくれないかしら?」

「自爆対策ですね。……ですが、それでは中の警護ができなくなります」

「中にいる分には基本的に安全だもの。生半可な矢は通らないし、わたしもアンナも防御用の魔道具を持っているから」


 アンリエットたちがやられたように馬車ごと直接爆破されるのが一番危ない。そう告げるとモニカもすぐに納得してくれた。


「かしこまりました。では、異常があれば即座に警告いたします」

「怪しい人間は全て排除して構わないわ。お触れも出ていることだしね」


 馬車爆破の一件後、「貴族の馬車へ不用意に近づいてはならない」とあらためて周知されている。殺されても文句言えないぞ、という脅し付きだ。よって、前に飛び出てきた時点で悪いのは相手方である。


「さすがになにも起こらないと思うけれど」

「用心するに越したことはないでしょう。夜は視界も利きませんから」


 俺とアンナを中に、モニカを御者台に乗せて走り出す馬車。

 馬車にはランタンが吊るされている他、魔道具のライトまで付いている。お陰である程度の見晴らしはあり、普通に進む分には何の支障もない。

 問題は、異常が起こった時だ。

 城と公爵邸の中間あたりに差し掛かった時、俺たちの耳に馬のいななきと小さな爆発音が届いた。


「ちょっと、噂をすれば、っていう話なわけ!?」


 急に加速し始める馬車。次いで衝撃。近づいてきた不届き者をモニカが炎の魔法で撃退、念を入れてとどめを刺すために撥ね飛ばした、といったところか。

 と。


「何者です!? そこをどきなさい!」


 悲鳴に近いようなモニカの声。ただ事ではない。

 無茶を承知で窓を開け前方を見ると、五、六もの男が前方に立ちはだかっている。容易には撥ねられない人数で強引に止めに来たのか。

 馬車は自動車ほど無茶がきかない。御者はやむなくスピードを落とし、モニカは炎の矢を複数作り出して男たちを攻撃する。しかし、魔力の防壁が矢を阻んで致命傷を防いでしまう。


「貴族を殺せ!」

「俺たちで国を変えるんだ!」


 夜明け前に相応しくない怒号が響く。モニカは矢ではなく火球を生み出すも、男たちが構わず向かって来るのを見て舌打ちする。距離が近いと爆風がこっちにまで影響してしまう。


「いいわ、モニカ! 撃ちなさい!」


 馬車から飛び出しつつ指示。即座に放たれる火球。着弾し、爆風が生まれると同時に俺は風を放って自分たちへの影響を阻止する。そこへ別方向から飛来する矢。魔道具の一つが効果を発揮して矢を弾く。

 振り返った俺は魔法で暗視を強化しつつ、レーザーで射手の心臓を貫いた。

 ぐらり。倒れて屋根から落ちていく射手は空中で爆発を起こし、とある屋敷の壁に穴を空けた。

 ほぼ同時に城の方からも爆発音。

 救援要請を囮に騎士の数を減らした上、純血派を使っての王都襲撃か。


『いいわ。向こうから来たのなら仕方ないもの! 予定通り、ここで面倒な奴らを一掃してしまいましょう』

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