真夜中の侵入者

「できるだけ早く準備を整えるから、待っていて頂戴」

「良い結果をお待ちしております」

「リディアーヌ様。またお会いいたしましょうね」

「ええ、ジャンヌ様。どうかお元気で」


 アンリエットたちがソレイルへと帰国した。

 しっかりと買い込んだ服飾関係の品やこっちの酒、菓子、つまみ類、工芸品などを馬車に満載し、本国へと護送されるレティシアに先だっての出発である。

 レティシアの護送は彼女たちが国へ戻って手筈を整えたうえで行われる。

 王族が他国でやらかした罪について説明し、理解を求めた上で護送の手配、さらに調印の準備を進めなければいけないのだから大変である。


 一方、俺はわりと暇だ。

 本決定前に荷造りを完成させてしまうのも逆に困りかねないし、各種手続きに関しては上層部の仕事であって俺の出る幕はない。

 毒殺未遂事件もあって「あまり出歩くな」と言われている。

 知人への挨拶回りも前々から進めているので急ぐ必要がない。

 結局、やることと言えば勉強と魔道具作りくらいである。


「妃教育はソレイルへ赴いた後、あちらの形式で覚え直す事になるでしょう。ですが、ある程度応用は利くでしょうから引き続き教育を受けてください」

「かしこまりました、お養母さま」


 予定が王子の婚約者から王の嫁に代わっただけ。礼儀作法等々、高水準で学んでおいて良かったと言うものである。

 そんな中、


「待たせてすまなかった。学園襲撃の件における其方の功績、その褒美を受け取るが良い」

「大変貴重な品、有難き幸せでございます」


 リクエストして作ってもらっていた俺専用の剣をようやく受け取ることができた。

 長さは一般的な成人女性用より少し小ぶりなくらい。柄は両手でも持てるようにやや長め。刀身は刃が入っていない代わりに厚く丈夫に作られている。精緻な装飾が施され、複数の宝石が嵌めこまれた美しい剣だ。

 宝剣、と言っても差し支えないだろう。


「今後はこちらを携帯させていただきます」

「うむ。護身のためにも、遠慮なく使ってやってくれ。……どうせなら『斬れる』剣の方が良かったかもしれぬな」

「いいえ。必要ない時は斬らなくて済む方が好都合でございます」


 儀礼用の剣なら公の場に持ち込んでもうるさく言われないし、殺したくない相手に鈍器として使ってもいい。

 既に宝石が嵌まっているあたり思った以上に大盤振る舞いしてくれたようだが──これならそのまま魔道具としても加工できる。

 これだけの品をもらってしまったのであればちょうどいい。


「陛下。お礼に一つ、献上させていただきたい品がございます」

「礼? 褒美なのだから特に礼は不要なのだが……」


 アンナではなくオーレリアが布に包まれた小箱を差しだす。父が受け取り、中を確認して息を呑んだ。そうだろう。これを運ぶためだけにオーレリアにも来てもらったのだから。

 父から手渡された王もまたその品物に絶句する。


「これは……!?」

「ウォーターオパールで作成したお守りでございます。周囲の金属装飾が新型魔石と同じ効果を発揮し、注がれた魔力を維持した上で、必要な際には宝石に籠められた『治癒の魔法』が自動発動します」


 対象が誰であるかに関わらず、当人を健康な状態に戻すように設定した。もちろん過信は禁物だが、毒、切断、打撲、火傷などおよそあらゆるダメージや状態異常に効果があるはず。

 効果の大きさも「心臓を貫かれても止血と応急処置が可能」な程度にはある。

 持ちこたえている間に誰かがかけつけてくれれば本格的な治療ができるし、お守りに魔力を補充してやれば当然追加の治療が行われる。


「それが本当ならば国宝級の品ではないか……!?」


 誰かの上げた声が正直心地いい。

 聖属性──治癒魔法に適性のあるウォーターオパールを贅沢に使った上、他の作業と並行しながらとはいえ俺とオーレリアの二人がかりで一か月以上もかけて製作した品だ。少しくらい驚いてもらわないとつまらない。


「念のため効果の実証をしていただいた方が安全かと存じますが、その際も十分、安全にご配慮くださいませ」

「わかっている。……其方らが私を害そうとする、などとは思っていないがな」


 国王は苦笑交じりの笑みを浮かべて俺を見つめた。


「しかし、これほどの品であれば其方自身が持っているべきであろう。最も危険なのが誰か理解していないわけではあるまい?」

「恐れながら、最も失われてはならない命は国主である陛下以外にございません。わたしの我が儘でオーレリアとヴァイオレットを連れて行くのですから、せめて御身を守る助けになればと」


 高位貴族三人の魔力には釣り合わないが、文字通りお守り、保険という意味ではそこそこ役に立つだろう。

 嘆息。


「……わかった。これは有難く受け取っておく。代替わりした暁には新しい王に引き継ぐとしよう」

「心より感謝致します、陛下」







 レティシアの護送、および引き渡しは特に襲撃を受けたりすることもなく終わったらしい。

 副団長率いる騎士の一隊が無事に帰ってきた後、しばらくしてソレイルから書状が送られてきた。

 第二王妃レティシアは無事(?)塔への幽閉が決定、レティシアの子供たちも継承権はく奪の上で貴族に格下げ、私財の大半について没収が決まったという。

 今後、男子は騎士団に入れられて根性を叩き直され、女子はメイドとして他者に仕える生活だそうだ。


『甘い措置ね。罪と認めさせるだけでも一苦労だったとか?』


 処刑となると「横暴だ」という声も強くなる。社会的に死ぬとしても命が助かっていればまだ反対は少ないだろう。

 個人的にはさくっと殺してしまった方があと腐れなくていいと思うが、処刑が新たな火種を作ることもある。

 あるいは敢えて泳がせるつもりなのか。


 調印式の日取りも追って決定。

 式には代表としてアンリエットが出席するらしい。これはまあ予想通り。

 我が国はアルベールが代表。序列で考えるとシャルルが適任だが、向こうから攻撃されることも想定した人選だ。荒事ならアルベールの方が向いているし、第二王子なので最悪死んでも大事に至らない。


『当人としてはこれを利用して点数を稼ぐつもりでしょうね』


 ちなみに俺は式に出ない。

 嫁入りを正式決定するだけで結婚式ではないからいなくてもいい。むしろ攫われたり命を狙われた方が困るからだ。

(もちろん可能性としては低い。ただ、嫁入り話自体がフェイクという危険も一応は残っている)

 条件の微調整についてはアルベールに裁量権がある。大きな変更が入るようなら「やっぱりナシで」と帰って来ることも含めて、だ。


「この分だと嫁入りはオーレリアの年季明け以降になりそうね」


 春になってからやってきたアンリエットたちが二か月近く滞在し、帰ってからあれこれあった後、調印式の日取りが三か月ほど後に決定。

 式が終わる頃には季節は夏を通り越して秋だ。


「どうせなら後一年延ばせないか、と、ノエルが嘆いておりました」


 護衛として傍に控えるモニカが思い出したように言う。

 来てもらうようになってから約一年半。合間に世間話を交わすことも多くなった。とはいえもちろん、騎士団長夫人である彼女はソレイルに連れて行けない。

 現在、学園の二年生であるノエルも同じだ。


「わたしとしてもついてきてくれたらとても心強いのだけれど、さすがに一年延ばすのは不都合が多いのよね」


 アンナにオーレリア、ヴァイオレット。よく知っている相手がごっそり居なくなると知ってノエルは少々ご機嫌斜めである。

 俺が上手く女王になった場合、ノエルは第一の騎士である。

 叶うなら一緒に行きたかったという気持ちはよくわかる。ただ、学園を中途退学した見習い騎士なんておそらく向こうでも白い目で見られる。ソレイルに赴くなら卒業後が望ましい、というのがノエルの両親および俺の共通見解である。


「別に後から来ちゃだめ、というわけでもないんだし、一年間は訓練に励んでもらうしかないわ」

「一年空ければ他の騎士に取り入られる、というのが気に食わないのでしょうけれど」


 敵地と言っていい場所に護衛なしで一年間、なんてできるわけがない。

 こっちから連れて行くのかアンリエットに用意してもらうのかはともかく、騎士についてもらう必要はある。

 最有力候補はジャンヌである。あの子なら実力はともかく、俺をちゃんと守ろうとしてくれることだけは信じられる。


「ノエルのお兄さまに来てもらえたらちょうどいいんだけど」

「国から男性騎士を連れて行くとなると別の陰口が心配ですね」


 愛人と離れたくないから連れてきたんじゃないか、とかそういう類だ。

 となると連れて行くなら女性騎士。ろくにいない中、セリアの護衛も絞りだしている状況でモニカ以外の人員なんて用意できないので、この国から連れて行くのはわりと絶望的だ。

 なら、向こうに用意してもらうのが手っ取り早い。今まで接点のなかった相手なら男性騎士でも「昔からの愛人」とは言われないわけだし。


「ノエルが来てくれるか、忠誠心のある騎士が育つまではオーレリアとヴァイオレットが護衛代わりかしら」

「心配ではありますが、リディアーヌ様の場合には魔道具と魔法がありますからね」

「ええ。護身用の道具は出来る限り用意しておくつもりよ」


 最も重要な武器として宝剣の魔道具化も優先的に進める。この剣はこれから長期にわたって頼りにしていきたいところである。

 アンナがにっこりと笑って、


「向こうへ行ったら慌ただしい毎日でしょうから、今は少しでも羽根を伸ばしてください」

「そうね。アンナも今のうちに休みを取っていいのよ」

「いえ、私はリディアーヌ様のメイドですから」

「もし休むのが苦痛ということであれば、護身用に体術など指南しましょうか?」


 やんわりと休みを断ろうとしたアンナは、モニカから優しく声をかけられて硬直。その後、震える声で「適度にお休みをいただこうと思います」と宣言した。

 モニカは笑顔のまま「残念です」と呟き、


「可能であればご令嬢程度取り押さえられるようになって欲しいのですが、緊急時にすぐさま動き出せる程度の心構えで手を打ちましょう」


 結局、アンナは『さすがにメイドの領分を超えてるんじゃない?』という特殊訓練を受けさせられていた。






「アルベール殿下、ご武運をお祈りしております」

「ああ。何事も無く終わるに越した事はないが、交渉もある意味では戦だからな。負けに終わる事のないよう励んで来よう」


 あっという間に時が流れ、調印式に向かう一団の出発日。

 見送りに出た俺に第二王子アルベールは笑って答えてくれた。首にかかった鎖が軽く持ち上げられると、そこから出てきたのはウォーターオパールのお守り。


「父上が持って行けとさ。まったく過保護な事だ」

「殿下を心配なさっておいでなのです。あなたさまは決して捨て駒なのではないと」

「わかっている。これを無事に終わらせれば少しは点数になるだろう」


 ぽん、と、頭に手が乗せられ、


「おっと。そろそろ子供扱いも終わりにした方がいいか」

「構いませんよ。下手に女性扱いされるよりも心地良いですから」

「そうか」


 俺たちは笑って別れた。


『これで、あとは待つだけね』


 この機を狙った国王暗殺の可能性もなくはないが、王の護衛は俺の役割ではない。むしろ仕事を増やさないように屋敷に籠もって時を過ごし──。

 アルベールが出発してから二日後の夜、事件は起こった。


 夜の静寂を切り裂くようにして鳴り響くベルの音。


 自室の窓に仕掛けておいた警報の魔道具だ。音によって意識を急浮上させた俺はベッドから跳ね起きると、傍に置いてあった宝剣を手に取る。

 もう一方の手で放った魔法の明かりが寝室を照らし、室内に立つ黒ずくめの『女』の姿を照らし出した。

 覆面のせいで顔は見えない。スカート等で隠しているが服のあちこちにはナイフ等々が仕込まれている。


「夜遅くに何の用?」


 開け放たれた窓。

 侵入者であることは間違いないが、相手に襲い掛かってくる様子はない。一定の距離をあけて立ったままこちらを見つめて、


「アンリエット殿下からの救援要請をお持ちしました」


 と口にした。


「レティシア派の残党による調印式襲撃計画がございます。リディアーヌ様へ至急お知らせせよ、と」


 それを聞いた俺は一瞬驚きに身を震わせ、


「そう」


 宝剣を一閃──することもなく魔法を用いて不可視の刃を生成、女の左腕を一瞬にして斬り飛ばした。


「顔は変えてるんだろうけど、声帯までは弄らなかったのね。……声でバレバレよ、あなた」


 しばらく動けなくなる程度に加減した電撃を放ち、倒れたところで駆けつけてきたアンナと共に彼女を拘束、とりあえず腕は再生させずに傷だけ塞いで身ぐるみを剥いだ。


「アンナ、至急城へ連絡を……いえ、やっぱりいいわ。ヴァイオレットと念話できるんだから、あの方とも繋がるでしょう」


 俺は念話をリオネルに繋げ、緊急事態を国王へ伝えるよう話をつけた。

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