陰謀?の首謀者

 騎士団では別途、アンリエットとジャンヌの暗殺未遂事件について調査が行われていた。

 結果、ソレイル側が下働きとして連れて来ていた少女が一人、行方不明になっていることがわかった。城に入る際に使用人から下働きまで全員分のリストを作っていたお陰だ。

 どこに行ったのかと尋ねても「知らない」の一点張りだったが、ここで毒入りチョコレート事件が発生。こちらを調べると食料のうちチョコの材料がごっそり減っていることがわかった。レティシア配下の使用人の一人がこっそり薬屋に出入りしていたことも判明。


「リディアーヌよ。毒物を運んできた者はこの者達で間違いないか?」


 連行されてきたのは使用人の男女二人。

 メイドに視線を送るとしっかりとした頷きが返ってくる。事前に作った似顔絵にもそっくりだ。


「間違いありません」

「違う! 俺はやっていない! どこにそんな事をする理由がある!?」

『いや、あるでしょいくらでも』

「そうよ! これはアンリエットの陰謀だわ! わざと怪我をする事でわたくし達に罪を着せて失脚させようとしているの! 捕らえるならあの女よ!」

『あんたたち二人のために腕一本失いかけるとか、ちょっとリスクが大きすぎるんじゃない?』


 騒ぎ立てる馬鹿母子を王と父の厳格な声が制する。


「ここはリヴィエール王国である。例え他国の人間であろうと罪を犯せば等しく罪に問われる。ソレイルの王族ならびに我が息子の婚約者の殺害を企てたとなれば最上位の罰が必要となろう」

「責任の所在は明確にせねばならぬ。上からの命令に逆らえぬ事情は汲むべきと考えるが……其方ら、何か申し開きはあるか?」


 これを受けた使用人二人は自分の受けた命令について慌てて喋り出した。

 名前の出て来た上司の名前は書き留められ、捕縛の命令を受けた騎士団長が伝令を送る。これに青くなったのはグレゴールたちだ。


「貴様ら、覚悟はできているのだろうな……!?」

「黙れ」

「ぐっ!?」

「止めなさい! わたくしはソレイルの王妃なのよ!?」


 二人がかりで取り押さえられ、床に跪く彼ら。


「まだ自分達の過ちが理解できていないようだな。……アンリエット王妃は怪我の後、城で療養を行っていた。これは心ない者から守るためであると同時に行動を監視するためでもある。毒入りの菓子をリディアーヌへ贈るよう命令する事は不可能に近いのだ」

「な、ならば別の何者かの陰謀です! わたくし達は本当に何も──!」

「であれば、部下からの忠誠を得られなかった事、所有物の管理を疎かにしていた事が其方らの罪だ。陰謀があったか否かについては拘束した後に調べれば良い」

「この、アンリエット! この恨みは絶対に晴らすからな!」


 もはや、周囲の視線は完全に冷ややかである。

 重い罪を犯した上に雑な言い逃れ。他国の王族だから拘束で済まされているのであって、こっちの貴族なら一発二発は既にぶん殴られている。

 国王は興味を失ったように視線を外すとアンリエットを見た。


「アンリエット。何か申し開きはあるか?」

「いいえ。彼らの罪に関しては貴国のご判断に従います。その上で、もし希望を申し上げる事が許されるのでしたら一つだけ申し上げたい事がございます」

「申してみよ」

「ありがとうございます。……もし、レティシア並びにグレゴールを処刑なさるおつもりであれば、どちらか一名はソレイルへ引き渡して頂けないでしょうか。処刑された、という事実のみを伝えた場合、貴国への反感を買う恐れがございます」

「ふむ。なるほど、良かろう、検討する」

「陛下のご厚情、誠に感謝いたします」


 既に処刑が前提で話が進んでいる。

 次いで、レティシアたちを御しきれなかったアンリエットの罪へと話が及んだ。隣国の第一王妃はこれを粛々と受け入れる。俺を嫁入りさせた場合の補償とは別に、俺の命を脅かした罪や国の保有する馬車を損壊した罪などについて賠償金が積み上がっていく。

 アンリエット本人も狙われたという事実を加味し、ある程度金額は差し引かれたものの、ソレイルにとってはかなりの打撃だろう。


「賠償金の一部はレティシア、ならびにグレゴールの私財より支払わせていただきます。もし、お許しいただけるのであれば品物の形で代替させていただく事も可能です」

「悪い話ではないな。品物によっては嫌悪感も残るが、貴重な品もあるだろう。……リディアーヌ、何か欲しい物はあるか?」

「はい、陛下。可能であれば宝石を希望します。魔石の良い材料になりますので」

「ははは、魔石の材料か。其方らしいな。良かろう。ジャン、賠償金の徴収および物品の回収についてはアンリエットと相談の上で進めよ。……シルヴェストル公爵家には迷惑をかけた。其方やセレスティーヌも欲しい物があれば優先的に持って行くが良い」

「はっ。陛下のお言葉、有難く頂戴させて頂きます」


 と、ここまでの会話をグレゴールたちは辛い姿勢のままで聞かされたわけだが。


「処刑などと! 本国にいるわたくしの息子たちが黙っていませんよ!?」


 だから片方連れて帰って罪人として処罰する、という話である。

 他人であるリヴィエールの人間が全て行ってしまうと確かに禍根が残るが、正妃であるアンリエットが処刑を実行すればそれは「自国も同じ判断」という証明になる。


「リディアーヌ・シルヴェストル! 貴様が素直に我が妻になっていれば!」


 なっていたら俺もソレイルもお先真っ暗だっただろう。

 と、玉座の間の外から小規模な戦闘音が聞こえてくる。レティシアたちに心酔する騎士が暴れ出したか。大きな騒ぎにはなっていないし応戦している様子なので直に収まりそうだ。

 冷ややかな目で見下ろしてやると、


「くそっ、この死にぞこないが……!」


 吼えたグレゴールが身体の周囲に炎を纏わせる。

 当然、拘束していた騎士も魔法防御は行っていたものの、さすがは王族というべきか、炎は防御を超えて騎士たちの腕を焼いた。

 拘束が緩んだことで巨体が自由になる。

 石の床に手をつくと魔法によって変形させ、即席のハンマーを作り出すグレゴール。警戒していた騎士がすぐさま取り囲み、モニカや騎士団長も剣を抜くが、


「ねえ、モニカ。ここはわたしにやらせてくれないかしら」

「しかし、リディアーヌ様」

「大丈夫よ。お守りもたっぷり持っているし、一発ぶん殴ってやるだけだから」

「……そこまで仰るのでしたら」


 渋々、といった様子でお守りに回ってくれるモニカ。彼女の防御魔法があれば身に着けた魔道具に頼るまでもないだろう。

 まあ、そもそも怪我をするつもりもないが。


「無様ですね、グレゴール殿下。こんな小娘一人殺せないなんて」

「リディアーヌ・シルヴェストル! お前はグレゴールには相応しくないわ! まして女王だなんて!」

「それは貴女が決めることではありません、レティシア王妃殿下。毒殺はあなたの発案でしょうか? 陰険な女はいつも毒に頼りますね」


 今日は装飾剣を持ってきていない。

 モニカの剣を借りてもいいが、必要ないだろう。ジャンヌとも約束したことだし、


「この、小娘が!」


 再び炎を這わせて周囲を牽制したグレゴールが真っすぐこちらに向かって走り出す。

 俺もまた彼を迎え撃つように床を蹴り、斜め下方向への力を得た。

 振り上げられるハンマーは間に合わない。

 俺は風の魔法でさらに勢いをつけると、隣国王子の四角い顔を思いっきり踏みつけた。


「殴るより威力が出ると思ったんだけど、ちょっとはしたなかったかしら」


 靴底とヒールを顔にめり込まされた王子は悶絶、背中からばったりと倒れて乱暴する力を失った。


「現行犯が追加ね。まだ文句があるかしら、レティシアさま?」

「──っぁ!?」


 ソレイルの第二王妃はその場で失神。

 外の騒ぎも直に収まり、騎士三名が捕縛・拘禁されることとなった。






 アンリエットの嘆願は受理され、第二王妃レティシアはソレイル側に引き渡されることが決まった。ただし、リヴィエール側で国境まで護送した後、ソレイル王国から受け取りの人間が来ることが条件。

 王子グレゴールについては諸々の罪で処刑である。


「こんな王子がのさばっている国、いっそ滅ぼしてしまえばいいのではないか?」

「確かに手っ取り早いが、思い切った判断はなかなか難しいところだな」


 嫁入りの件の調印が成るまでの間、俺とリオネルの婚約は継続している。ただ、二人っきりだと気まずいというか、あんまり婚約者らしい関係を続けて変に誤解されてもまずいので、今回の逢瀬には兄王子のアルベールも同席してもらった。

 第一王子のシャルルは既に国政の手伝いを行っていてわりと忙しいし、アルベールの方が気楽な話をするにはちょうどいい。

 いつものリオネルの部屋ではなくアルベールの私室。王族らしく高級な家具が並んではいるが、なんとなくラフというか「ああ、男の子の部屋だな」感があって意外と落ち着く。

 そんなアルベールは「ソレイルの流儀に倣ってみるか」などと嘯きつつブランデー入りの紅茶を美味そうに飲んで、


「この際、距離の離れている教国は置いておくとしてもだ。我が国もソレイルも他の国とも国境を接している。これがどういう事だかわかるだろう?」

「我が国がソレイルを攻めると、他国も戦争に乗り出す可能性がある……という事ですね、兄上?」

「そうだ。でもって、そいつらがソレイルを攻めるとは限らない。逆にソレイルを援護して恩を売ろうとする国があるかもしれないし、手薄になった隙にリヴィエール王国こっちを攻めてくる所だってあるかもしれない」

「我が国は聖女の出現によって羨ましがられていますからね。敵に回る国は多いかもしれません」


 あまり険悪になると逆効果だが、駆け引きの範囲内でうちの国力を削いでおきたい、と考えるのは利害が対立している以上は当然の話である。


「加えて言えば、ソレイルを攻め落としたとして統治する余力があるか? という話もありますね。属国として元の王族に統治させるのでは結局、膿を落とすことはできません」

「使えそうにない王族は全員処刑して頭の良い奴だけ残すって手はあるけどな。例えばあのアンリエット殿下だって馬鹿王子共よりは上手くやるだろ」

「仮にも王族があっさりと処刑されていくものだな」


 逆に王族だから、という話もある。

 関わるのが国政という大きなものになるので責任も比例して大きくなる。失敗しただけならまだしも、私欲を満たすために余計なことをしたり足を引っ張ったとなれば完全にアウトだ。

 レティシアは国へ帰った後で罪人として糾弾され、よくて一生幽閉、悪ければ処刑。彼女の息子たちも廃嫡になる方向で話を持って行く予定らしい。

 グレゴールの件の後始末が済み次第帰国することになったアンリエットが教えてくれた。


「ところで、リディアーヌ。グレゴール殿下の助命は求めなくて良いのか?」


 人一人分ほどのスペースを開けて座っているリオネルがそっとこちらを見ながら尋ねてくる。


「其方は人命が損なわれるのが嫌いだろう? 何度かそういうことがあったと聞いているが」

「特にグレゴール殿下へかける情けはございません。わたしは単に人死にが嫌いなのではなく、わたしのせいで命が失われるのが嫌いなのです」


 ジゼルの件は俺が我が儘放題だったのも原因の一つだし、あの頃はまだ覚悟も決まっていなかった。さらに言うならあの女を生かしたのは温情ではなく嫌がらせだ。


「グレゴール殿下は自分の意思でわたしを狙って失敗しただけです。処刑を嘆願するならともかく、助けてくれと願い出ることはありませんよ」

「そうか。……お前は本当に覚悟を決めたのだな」

「決めたというか、わたしはもともと、感情任せに人を傷つけられる人間ですからね」


 苦笑して答える。良いか悪いか──前世の価値基準で言えば悪いのだろうが、この世界では殺されないために殺すのは一つの処世術だ。

 これにリオネルは微笑んだ。笑った、のではなくどこか優しげに微笑んだのだ。


「良いのではないか。お前はお前らしくやればいい。無理して令嬢らしく振る舞ってもボロが出る」

「……なにを仰るのかと思えば、リオネルさま? 実はあまり褒めていませんね?」


 俺は心の中で感謝しながら、彼をジト目で睨みつけた。

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