友人たちとのお茶会と嫌な贈り物
「リディアーヌ様がこの国を出られるなんて……私、これからどうしたら良いのでしょうか」
久しぶりに開いた友人たちとのお茶会。
俺たちの間では可愛い妹分、あるいはマスコットのように扱われている少女、サラ・モレは薄紫色の瞳に涙を滲ませた。
「もう。泣かないで、サラ。モレ家の資金繰りも以前に比べたら良くなってきているのでしょう?」
「それは、確かにそうですけれど」
サラが俺たちのグループに入り、俺や他の令嬢から庇護を受けるようになったことでモレ家の当主──サラの両親はこれまでとは身の振り方の変更を余儀なくされた。
身の丈に合わない買い物をしたり、他の貴族に唆されて賭けごとを行ったりする度にちくちくと警告(サラをメイドとして雇おうか、とか弟のコームを養子にしたいとか)が行くので思うように散財ができなくなったのだ。
サラ自身もだんだん自信がついてきて両親に意見できるようになってきたため、姉弟が食べるもの着るものに困ったりすることはなくなっている。
「リディアーヌ様がいなくなってしまったらまた元通りになってしまうかもしれません」
「じゃあ、いっそのこと本当に誰かのメイドになってしまう?」
他のメンバーを見渡せば、複数人が「我が家なら大歓迎」と言ってくれる。サラが自分で稼げるようになれば家がどうなろうと問題ない。ついでにコームを養子にできればなお良しだ。
するとサラは少し考えてから首を傾げて、
「では、リディアーヌ様についていってもいいですか……?」
「それは少し難しいかもね」
メイドならオーレリアとアンナがいる。実務経験のないサラを敢えて連れて行く必要が薄いし、何より彼女の身を守ってやれる保証がない。それに、向こうに行ってしまえば今まで会ったこともない貴族の中から結婚相手を見つけなければならなくなる。
「コームとも離れ離れになってしまうし、国内に留まった方がいいと思うわ。我が家のメイドになりたい、と言うのなら賛成よ」
「……そうですか」
しゅん、としてしまうサラ。
それを見ていたヴァイオレットがくすりと笑う。普段は来たり来なかったり、むしろ俺と一対一で会いたがる彼女だが今日はきちんと出席している。
「サラはリディアーヌへ特に懐いているものね」
「ルフォール様が仰らないでください……!」
いいぞサラ、もっと言ってやれ。
そこへ別の令嬢が、
「ところで、ヴァイオレット様はどのようにして同行されるおつもりなのですか? 先方の貴族と養親縁組をされるおつもりで?」
「いいえ。私はリディアーヌのメイドとしてついて行きます」
きっぱりと言い切るヴァイオレット。
外国で貴族としてやっていくのであれば後ろ盾はどうしても必要になる。でないと圧力をかけられた時に身を守る方法がほとんどなくなってしまうが……使用人として雇用契約を結んでいるのなら話は別だ。その場合は俺自身が後ろ盾になれる。
国ではなく俺個人の予算から給料を出すのであればソレイル王家へ必要以上に阿る必要もない。実家はルフォール侯爵家のままだからいざとなればリヴィエール王国へ帰ってくることもできる。
「ヴァイオレット様はメイドの経験がおありなのですか……?」
「実務経験はありませんでしたが、メイドの仕事内容は十分に把握しています。ここ一か月ほど我が家のメイドから教えを受けてもいますので問題ありません」
ルフォール家の令嬢はただの貴族令嬢ではない。環境に適応できるだけの素養はあるし、ヴァイオレットの魔力なら自分の身は自分で守れる。
「ありがとう。でもいいの、ヴァイオレット? 向こうに行ったら針の筵かもしれないわよ?」
「それくらい構わない。リディアーヌの傍にいられることの方が重要」
「そう。……本当に感謝するわ。あなたがいてくれてよかった」
メイドという肩書きならたいていの場に同行させられるので俺としても好都合。オーレリアとヴァイオレットに関しては表向きメイドという体にしつつ、実質的には相談相手や秘書といった役割をしてもらうこともできるだろう。
『そうだ。エマにも来てもらえないか頼んでみましょう。たぶん断られるけど……』
「リディアーヌ様がいなくなられたらこの派閥も解散ですね」
「主人であるリディアーヌ様がいないのでは仕方ありません」
「あら。別に誰かに引き継いでもいいのよ?」
残念そうに言う友人たちへ俺はそう答える。
「私たちはただの派閥じゃない。意見の合う者同士が互いに助け合うための繋がりでしょう? これからも立場や考えが変わらないというのなら続ければいい。個々人の友情だって一瞬にして消えてしまうほど脆くはないでしょう」
もちろん、邪魔だと思うのなら残る必要も残す必要もない。俺の権力を借りられないならベアトリスあたりに取り入る、という強かな令嬢だっているかもしれない。個人の気持ちと損得勘定は別として運用できるのが貴族令嬢というものだ。
「そのあたりはみんなで話し合ってちょうだい。調印が無事に終わるまではわたしもどっちに転んでもいいように動くけどね」
「かしこまりました、リディアーヌ様」
「もしソレイルに行かれても、いつか遊びに来てくださいね。その際は積もる話をいたしましょう」
「楽しみにしているわ」
一応、ベアトリスの派閥に入りたいなら頭を下げるなり殴り合いの喧嘩をして分かり合うなりする、とも言っておいたのだが、その後、友人たちは「シャルロット様の派閥と合流しようと思います」というとても無難な選択をすることになる。
ついでにセリアを入れてあげてくれ、と言ったら喜んで了承してくれた。
オーレリアとも協力し、屋敷の窓を全て強化ガラスに改造した。これで普通に矢を射られたくらいならある程度防げるようになった。
土地を肥やす魔道具をさらにいくつか量産して公爵領へ送った。羊の成長や綿花の生育は公爵家の収入に直結する。これで少しは収入を増やす助けになるだろう。
「そう言えば、師匠には三年間の協力義務があるんですよね。場合によっては後から来ていただくことになりますが、よろしいですか?」
「仕方ないでしょう。……と言っても、期限まではあと一年もないわ。調印の後で輿入れの準備でしょう? 普通に同行できてもおかしくないでしょうね」
俺の世話をするためという理由なら期間短縮も可能なもしれない。その交渉材料として新型魔石および新型魔道具の余剰在庫を増やしている最中だという。
そんな中、俺宛てに大量のチョコレートが届いた。
カカオを要求した件でチョコ好きだと思われたらしい。確かに好きだが、そんなにいっぱいあっても食べきれない。とはいえ捨てるのも勿体ないので毎日地道に消費していくことにした。
幸い、魔道具の冷蔵庫のお陰ですぐに悪くなることはない。
「今日はデュナン家名義で届いたチョコにしましょうか」
メイドによる分別の時点で要注意、食べない方がいいと判断された品だ。
ベアトリスからは別途、嫌味をつらつらと書き連ねた手紙が届いている。要約すると「寂しいから行かないで」となるあたりが「さすがベアちゃん(仮)」といった感じで逆に和んでしまったわけだが……さて、別に家名義で届いたこれはどういう意図か。
封蝋の造りが若干甘いし、運んできた使用人も見覚えのない顔だったらしい。なお、受け取ったメイドが聞き出した所属と名前は念のために控えてある。
「アンナ。いつでも吐けるように容器を用意してちょうだい。それから水も多めに」
「あの、リディアーヌ様。本当にやるのですか?」
「ええ。これも用心のためよ」
最悪の場合に備えて医者も呼んだし解毒剤の類もできる限り用意してある。
食事の度に使っている解毒の魔法を敢えて普段より弱めに用いた上でチョコをひとつ無作為に手に取る。半分に割って針などが含まれていないのを確認したら、中からとろりと流れてくる液体も含めて片方だけ味わってみる。
チョコの苦みとアルコールの風味のせいで味の違和感は判別が困難。
口の中で溶かすようにしながらじっくりと『結果』を待っていると、やがて、身体の奥から違和感がこみ上げてきた。
あらかじめ用意しておいた容器へ吐き出し、解毒の魔法を強めながら水を大量に流し込む。食べたのは一個だけだしすぐに吐いたので影響はすぐ収まった。
『はい、毒確定』
わざわざ身体を張った甲斐があったというものである。
食べた端から無毒化してしまっては毒かどうかわからないし、俺を殺すための毒をメイドに味見させたら即死しかねない。
公爵令嬢が実際に食べて苦しんだ、という実績があれば罪を確定できる。なお、このための証人として使用人は多めに控えさせてている。
「これ、証拠物だから丁重に扱ってちょうだい。一つはお医者さまに送って毒の鑑定を。残りは城に報告の上、箱や手紙、包装も含めて提出するわ」
「かしこまりました」
一般メイド代表としてエマが率先して動き始めてくれる。
なお、エマには先日「一緒にソレイルに行ってくれ」とお願いして「嫌です」と断られている。やっぱり普通が一番らしい。
そんな中、他の一般メイドが青い顔で、
「本当に毒が仕込まれているなんて……!」
「デュナン家には厳重に抗議するべきでは……!?」
「待って。我が家だけで動くべきではないし、そもそもこれはおそらくデュナン家の仕業じゃないわ」
俺の発言にアンナが深く頷き「騎士団を通して厳正に判断してもらうべきです」と言って、
「それはそれとして、リディアーヌ様。もう少し解毒の魔法を強めてください! それから半分はオーレリアに協力してもらいましょう。いいですね?」
「……はい」
オーレリアと二人でせっせとチョコを食べた結果、他にもいくつかやばい毒入りのチョコが発見された。
差出人は俺と仲良くない家はもちろん、サラのモレ家、ルフォール家の親戚筋まで様々。複数の家による毒殺未遂。本当に彼らが犯人なら国を揺るがす大問題である。
『本当に差出人の通りなら、ね』
運び人の帰り道をこっそり尾行させたり。
メイドの証言を元に似顔絵を作成したり。
陶器など指紋の残りやすいものが含まれていた場合はきっちり採取したり。
都度、思いつくだけの証拠を取って提出した。その結果、意外と早く答え合わせの時間がやってきた。普段、屋敷の窓口役を務める使用人を伴っての召喚。
案内された先はなんと玉座の間である。
さすがに慣れてきてはいるものの、若干緊張しながら王と王妃に挨拶をする。まさか怒られるのか……と思ったらそんなことはなく、むしろこまめな報告を褒められた。
ちなみに、傍に控えている父は見るからに激怒していた。
「安心しろ、リディ。不届き者の正体は今日この場ではっきりさせる」
「ということは、突き止められたのですね、宰相さま」
「ああ。アンリエット王妃の協力のお陰でな」
同じく召喚されたアンリエットは付き添いというかオマケであるジャンヌと共に白のドレスを纏っている。黒を象徴色とするソレイルの人間が敢えて白というのはおそらく身の潔白をアピールするためだろう。
跪いたアンリエットは頭を垂れたまま、
「この度は大変申し訳ございません。言葉だけの謝罪で許されるとは考えておりませんが……どうか、私とジャンヌ、および我が夫にリディアーヌへの害意がない事だけは信じていただきたく」
「それは詳しい聴取と調査の上で判断する」
俺は「危険だから」と玉座の方まで来るように言われた。王妃の椅子の隣あたりに立つと、護衛役のモニカが俺たちを守るように立つ。国王と父の前には騎士団長。
アンリエットとジャンヌも三人もの騎士に囲んで守られた(あるいはプレッシャーをかけられた)状態で新たに連れて来られたのは──大方の予想通りの人物。
きんきんと響く高い声の持ち主と高慢かつ遠慮のない大声の持ち主。
「わたくしを誰だと思っているのです!? このような真似が許されるとでも!?」
「この件は本国に帰った後で厳重に抗議する。覚悟しておく事だな!」
「黙れ。貴殿らに自由な発言の権利はない。武器の携帯は禁止。護衛の同行も遠慮していただく」
「拒否すると言うのなら『やましいところがある』と判断するが?」
厳しい態度の騎士たちにより連れて来られたレティシアとグレゴール。二人は俺の姿を見つけて驚きの表情を浮かべた。
『……いや、あのね? 死んでるどころかぴんぴんしてるのが不思議だったんでしょうけど、そこは隠しなさいよ?』
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