会談を終えて
「何故、あの場であのような話を?」
夜は危険だということで、城下の人間たちには客間が用意された。
セレスティーヌに呼び出された俺は彼女用の部屋に二人きりで向かいあい、視線を交わらせる。
「求める答えが得られない事は明白でしょう」
「ですが、あの場なら公式的な回答になるでしょう?」
突然の問いかけにアンリエットは大きく動揺することもなく答えた。
『シャルロットの誘拐事件については私も聞いているわ。許しがたい手口ね。……けれど、会ったこともない犯人を引き渡せと言われてもどうしようもないわ』
『では──アンナ』
『はい、リディアーヌ様』
あらかじめ用意していた『あの女』の似顔絵。バルト邸で見た時と学園卒業パーティーの時、それからシャルロット誘拐の時の顔を精巧にスケッチしたもの(投影の魔法を使って絵師に描いてもらった)を渡してから約一分。
『これ、もらってもいいかしら? もしも彼女を見かけたら引き渡すと約束するわ』
確約は取れたが、もちろん本当にこれで解決するとは俺も思っていない。
本当に知らない可能性も十分ある。
もしくは既に顔を変えていた場合「絵の女を引き渡す」という約束は履行されなくても問題ない。この世界では整形なんて簡単ではないが、方法はある。人為的に顔を損壊した上で治癒魔法をかければいい。そうすれば魔法をかけた者が思い浮かべた容姿で再生される。
「もしこれでアンリエットさまがあの女と繋がっていた場合、わたしに嘘をついたことになります」
「証人は我が国の人間ばかりです。有効活用するのは難しいと思いますが」
「嘘をつかれた、とわたしがわかれば十分です。……その時点でアンリエットさまを敵と認識できますから」
わざわざアンリエットに尋ねた理由はあの場でも確認されたが、シャルロット誘拐の件だけ他と毛色が違うからだ。
『シャルロットを直接攫った女は他の男たちとは別口でした。これは男たちの証言から裏付けが取れています。つまり、彼女の主には別の狙いがあったと見るべきです』
シャルロットの証言からも、女はあの作戦が失敗すると考えていたことがわかる。
『正しき血を正しい場所へ還すために。これは男たちの一人の台詞です。彼らは熱狂的な純血派──貴族よりも平民の方が上だと本気で信じていたのでしょうが、そこに別の意味が隠されていたとしたらどうでしょう?』
竜の系譜を竜の国へと戻すための策の一部。
事件を大きくして俺を目立たせ、時代の流れに取り込ませる狙い。あるいは、俺に担ぎ上げるだけの価値があるかを試すつもりだったか。また、純血派の人員を大きく削って勢いを削ぐことまで計算に入っていたかもしれない。
そう考えると、あの女の主はむしろ俺が邪魔だったのではなく俺を欲していた可能性も出てくる。
「幸い、アンリエット殿下は軽く流されましたが、不興を買って話自体が流れていてもおかしくありませんでした」
「あの程度で流れるような話ならこちらから願い下げです。やましいところがなく、本当にわたしが欲しいのであれば怒る必要がありません」
王侯貴族は時に喜怒哀楽すらも目的のために利用する。有利に立つために敢えて怒って見せることもあればその逆もある。
まあ、だからすぐに感情を出し過ぎる俺は優等生とは言えないわけだが。
セレスティーヌは小さく息を吐いて言った。
「わかっているのなら構いません。……ですが、リディアーヌ。貴女の戦いはおそらく貴女が思っている以上に厳しいものになりますよ」
「覚悟の上です」
「そうですか。……そうなのでしょうね。貴女は私に似ていると言われますが、きっと、貴女が似ているのはやはりアデライド様なのでしょう」
そう語る養母の表情はどこか寂しそうに思えた。
母に嫉妬している? いや、そんなはずはない。俺とセレスティーヌは利害が一致しあう限り協調し共闘するが、慣れ合いや連帯感を生むような関係ではない。
それでも。
ここまで見守り、手助けをしてくれた彼女に恩はある。初期に冷遇されていた件はまあ、その恩と差し引いてみなかったことにしてもいい。
「リディアーヌ。貴女には『役割を全うする』だけの人生は似合わない。貴女の役割は貴女が決めなさい。……ただし、細心の注意を払うことは忘れないように」
「心得ております、お養母さま」
「どうでしょうね。……貴女はすぐに頭に血が上り、細かい事柄を脇へ置いてしまいますから。それは私には到底真似できないことであり、貴女の弱点でもあります」
『褒められているのか貶されているのかよくわからないんだけど?』
言われていることは全て当たっているので反論もしづらい。
「お養母さま。まだ嫁ぐと決まったわけではありませんので」
そう言って小言を妨害すると、セレスティーヌは意外にもあっさりと引き下がりこくりと頷いた。
「そうですね。これから陛下や旦那様が会議にかけ、重臣達からの承認を得ます。その上でソレイル王国が余計な欲を出す事無く調印にこぎつけてようやく貴女の嫁入りが決定します」
「道のりはまだ遠いようですね」
しかし、皮肉なことに俺の嫁入りは俺の敵対派閥から強い支持を受けるだろう。対立している相手で反対してくれるのはおそらくベアトリスくらいだ。あいつはひょっとしてライバルを通り越して親友なのではないだろうか。ツンツンしっぱなしが実に惜しい。
「調印までにはどの程度時間がかかるでしょうか」
「早くとも、アンリエット殿下が帰国されてから三か月後……といったところでしょうね。国家間での調整となると日程を決めるだけでも時間がかかります」
調印式に両国王が出向くとは限らない。国境まで赴いた挙句、敵兵に討たれる可能性を考えればむしろ出ない可能性の方が高いだろう。それにしたって十分な用心は必要であり、護衛の用意等々準備は必要になる。手紙を送るのにも時間がかかるとなれば三か月でも早い方だ。
「では、それまでに可能な限りの準備は済ませておかなければなりませんね」
俺は今まで以上に、自分がいなくなった時のための準備を進めることにした。
「こちらがリヴィエール王国の騎士団訓練場なのですね……!」
会談から数日後。
俺はジャンヌを連れて騎士団の訓練場を訪れていた。彼女が「どうしても騎士の訓練が見たい!」と言ったからだ。
訓練内容は軍事機密といえば軍事機密。あまり他国の人間に見せるものでもないのだが、熱意ある懇願から「あ、これ本当に興味があるだけだな」と思ったこと、通常訓練を一日眺めた程度で十分な情報は得られないことなどから許可が下りた。
条件は監視つきの上で俺が案内すること。
『考えてみると、わたしがソレイルに嫁ぐ時点で情報は筒抜けになる前提なのよね』
故郷への愛着もある。本当に機密となる部分まで話す気はないし、無理に聞き出されたりはしないだろうが、各地の特産や主だった貴族の好物等々、あると便利な情報はいくらでも頭に入っている。ソレイルの人間として尽くすことになれば活用せざるを得ない。
だから、国を跨いでの婚姻というのは慎重にならざるをえないわけだ。
今回の補償にはそうした意味合いも含まれている。
「あまり女性が見て面白いものではないと思うのだけれど」
「あら。そういうリディアーヌ様も楽しみにしていらっしゃったのでは?」
「まあ、そうね」
今日の俺は剣術用の稽古着。
ジャンヌも同じく動いても下着が見えたりしないパンツルックで、自前の模擬剣まで携帯している。隙あらば剣を振るう気満々である。
騎士でもないのに剣を振るうなんて、と言われることの多い俺に負けず劣らずの変わり者だ。
「ノエルもごめんなさい。せっかくの休日だっていうのに付き合ってもらっちゃって」
「お気になさらないでください。訓練場は庭のようなものですから、むしろ気晴らしになります」
今日は護衛──というか同行者としてノエルを呼んだ。
休んでもらうにあたってモニカはむしろ残念そうにしていた。せっかくだから今の訓練をじっくり見たい、とのことだったが、騎士団長夫人にして伝説的な女騎士に来られたのでは騎士たちも気が気ではない。下手をしたらモニカによる猛特訓が始まってしまうので、遠慮してもらって正解だろう。
「リディアーヌ様、ジャンヌ様。ようこそお越しくださいました。このような場所ゆえ大したおもてなしもできませんが、どうかごゆっくりご覧になってください」
「はい。他国の騎士様を観察する機会などそうありませんから、本日はしっかりと目に焼き付けて帰りたいと思います」
応対は副団長がしてくれた。色んな意味で身内であるノエルには挨拶なしである。そのノエルはなんとなくむず痒そうな表情になっている。
「副団長。せっかくですから私もお二人に訓練をお見せしたいと思うのですが、よろしいでしょうか」
「護衛の任務中に失礼だろう。……と、言いたいところだが、この場においてはそこまでの警戒も必要ないな。お二人のお相手は私に任せ、少し汗を流して来るといい」
「ありがとうございます。では、リディアーヌ様、ジャンヌ様。少し失礼させていただきます」
「ええ。頑張ってね、ノエル」
なお、ジャンヌが「なんなら私達も参加できませんか?」と言ったがさすがに断られた。興味があるとはいえ騎士ではない女性に訓練をさせるわけにはいかない、とのこと。さもありなん。万一怪我でもさせたら本人ではなく外野が騒ぎ出す危険もある。
代わりに俺たちは日傘を差したり日陰に陣取ったりしながら訓練を見学させてもらった。
型に従って剣を振ったり走り込みをしたり魔法で的を狙ったり。訓練だけあって地味かつきついメニューが繰り返される。音を上げる者が出て来そうなものだが、基本的にみんな志願して騎士になっているからか、むしろ楽しそうにしている者もいた。
ジャンヌも俺の隣で目を輝かせながら見ているので同類だろう。
『さすがにわたしはそこまで体育会系じゃないわ。見学に来たのも参考になると思ったからで、純粋に見るのが愉しいってわけじゃないし』
そう言いつつなんだかんだ楽しんでいるのは内緒にしつつ、
「もしかしてジャンヌさまは騎士を目指されているのですか?」
「ええ。そうなれたら良いと思っております。親からは反対されているので、今のところ個人的に訓練するのがせいいっぱいなのですが……」
「女性騎士の結婚相手はどうしても男性騎士に限られる事が多いですからな」
「副団長さまもノエルのお相手には騎士をお望みなのですか?」
「それは……まあ、そうですね。欲を言えば私から一本取れるような男を望みます。さらに欲を言えば誰にも渡したくありませんが」
「ふふっ。親子仲がよろしいのですね。羨ましいですわ」
訓練が一対一の模擬戦に進んだところで、副団長から「よろしければ参加なさいますか?」と申し出があった。あまりにも興味深そうにしていたのと、試合形式ならある程度状況をコントロールできるから、といったところだろう。
もちろんジャンヌは一も二もなく頷き、俺もせっかくだからと参加を表明した。
ジャンヌが対戦することになったのは若い女性騎士だ。その中にはノエルもいた。手加減しつつきっちり一本取った上で「なかなか筋が良いです」とジャンヌを褒める。実際、技術的にはなかなかだ。俺よりも剣は上手いかもしれない。
しかし当の少女は負けたのが悔しいらしく、瞳をかすかに揺らめかせながら、
「リディアーヌ様、私と対戦いたしませんか?」
「ええ、いいわ。やりましょうか」
刀身部分に綿を巻いた木剣、という怪我に最大限配慮した武器を握って向かい合い、何度も剣を打ち合わせた。
ジャンヌは腕は良いが、身体能力や魔力では俺の方に分がある。ある程度手加減をしつつも勝利を収めることができた。
試合後、悔しそうに唇を噛むジャンヌ。負けてあげた方がよかったか。しかし、あまりわざとらしいのもお互いのプライドを傷つける、と考えていると、
「やっぱり、私は騎士になりたい。もっと強くなりたいのです」
呟いた彼女の姿に、ああ、大丈夫そうだと思った。
「素敵な夢じゃない。応援するわ」
「本当ですか?」
期待に満ちた視線がこちらへと向けられて、
「リディアーヌ様にはソレイル出身の女性騎士が必要になるのでしょう? お歳を考えれば長くお傍にいられる者が良いと思うのですが、いかがでしょうか?」
ここぞとばかりに滅茶苦茶売り込まれた。
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