隣国正妃の願い

「陛下はご高齢よ。特別な病を患ってはいないけれど、おそらくもう長くはないでしょう」


 この世界は前世に比べると医療が発達していない。

 怪我は魔法で治せるが、七十ともなると身体自体ガタが来ているはず。ちょっとした弾みでころっと逝ってしまってもおかしくない。


「継承順位の付け方はソレイルもほぼ同じ。直系の男児が最優先──つまり、陛下が亡くなった場合は通常、第一王子殿下が王となるわ」


 五十代の新王誕生である。

 正直、どうせならもうちょっと若い奴にしないかと思う。


「ただし、例外がある。王からの指名があった場合はそれに従うの」

「陛下がわたしを後継者に指名してくださる、と?」

「陛下はもしもの時のために遺言書を作っていてね。それは彼の死後に表へ出るようしかるべき形で保管されているの」


 遺言書には暗殺防止の効果もある。

 誰が後継者かわからなければ「親父を殺してさっさと王位を奪うぜ!」とはやりづらい。


「もし、リディアーヌが嫁いでくれるのなら新しい遺言を作る用意があるわ。併せて、婚姻が成立し次第陛下からの指名も行う」


 ここでセレスティーヌが静かに確認を取る。


「ソレイル国王の意向を証明する手段はお持ちでしょうか?」

「玉璽の押された直筆の書状を預かっているわ。本人の了承が取れればこちらの国王陛下へお渡しして正式に交渉を行うつもりよ。もちろん、会談の場には同席してもらっても構わない」


 書状の内容とアンリエットの発言に食い違いがあればそれを国王に伝えて「わたしは嫌です」と表明すればいい。ここまで言った以上、嘘は含まれていないと考えていいだろう。


「……血の保存、というのはそこまで重要ですか」

「少なくとも陛下はそうお考えよ。教国の公認もあるとなれば裏付けも十分でしょう」


 他の王妃や王子たちとしてはたまったものではないだろうが、簡単に異議申し立てが通るようでは王位継承ルールを定めた意味がない。

 後継者がぽっと出の小娘であっても手続きは行われる。


「陛下はご高齢。子を成すどころか行為すらままならない。リディは清いまま王位を継承し、あらためて夫を選べばいい──というわけか」

「歳の差のある結婚をお姉様が強要されるわけではないのですね」


 むしろ女王を望むくらいだ。俺には清いまま婿を取って血の濃い子供を残してもらわないといけない。国王は積極的に俺を守ってくれるだろう。

 隣国国王が現在病床でないのなら地盤固めの時間はある程度取れる。

 女王という地位が手に入れば俺個人ではなくソレイル王国そのものを使って各国の軍拡に釘を刺せる。


『魔道具兵器の開発ではなく騎士の育成に力を入れればいいのよ。わたし自身が手本になって一騎当千の騎士が何人も生まれれば流れも変わるでしょう』


 自国の血を引いているとはいえ他国の王族内定者をもらい受けるのだから国や家への謝礼・賠償も相当なものになるはずだ。

 その内容に応じて先方の本気度がわかるし、こちらとしては割に合わないと思えば断ればいい。

 美味い話だ。

 美味い話すぎて怖い。


「ソレイル王国がリヴィエール王国に乗っ取られる危険もあるかと存じますが」

「貴女がリヴィエールの血統を本流とするようなら今度は教国が敵になる。国内に反対派を抱えたままあの国と戦うのは愚策よ」


 二対一のような構図になるとはいえ、純血派やら反対勢力に妨害されたら戦力はがた落ちだ。国内が二分した挙句仲間割れで自滅することにもなりかねない。


「もし、それでも貫き通す覚悟があると言うのなら私は歓迎よ。古い体制なんて一度根本から叩き壊した方がいいのかもしれない」

「女王の即位は新体制を強調するのにちょうどいい象徴ですね」

「ええ。優秀ならば子供でも女でも王になれる。権力にあぐらをかいていた男達は泡を喰うでしょうね」


 そこまで言うということは、


「アンリエットさまの望みはなんですか? お金? 権力? それとも──」

「国の繁栄よ」


 きっぱりとした口調で返答が来る。


「残念な事に、我が国の王族にはくだらない人間が多すぎるの。陛下は善政を敷いているけれど、このままでは国が腐ってしまう。そうなる前に荒療治で膿を取り除きたい」

『実例を見せられたお陰で納得してしまうわね……』


 うちの国の王子はシャルルもアルベールもリオネルも真っ当な人間だ。思い余って行き過ぎることがないとは言い切れないし、王になっても欲にかられることがないとも言えないが、少なくとも王子である現状で横暴な人間だったりはしない。

 グレゴールみたいなのが複数いて、そのバックにレティシアみたいなのがそれぞれついているのだとしたら……少々『大掃除』をしたくなってくる。


「わたしが未成年で王位継承したとして、その後見人となるのはどなたでしょうか?」

「ソレイルの貴族と養子縁組を行わず直接嫁入りを行う以上、貴女には国内に縁者がいないわ。だから、貴女の王妃教育および継承後の支援については私が担当しましょう」

「なるほど。アンリエットさまにとっても利のあるお話というわけですね」

「一方的にうま味のある話よりも納得しやすいんじゃないかしら?」

「ええ、その通りです」


 つまり、王とアンリエットが結託したのは利害が一致したからだ。

 他の王妃や息子たちでは「他国の貴族に王位を継がせる」なんて世迷言に賛成してくれないので彼女に話が回ってきただけのこと。

 グレゴールたちが妨害しようとしてきたように、他の王族──というか、ソレイル国内の大多数がこの話に反対すると見ていい。

 美味い話だけでは終わらない。だからこそ真実味がある。


「あの。でも、お姉様とリオネル殿下の婚約はどうなるのですか?」

「もちろん、婚約は解消してもらうことになるわ。それについては話し合ってもらうしかない。こちらにできるのは少しでも良い条件を提示することだけよ」


 これに、シャルロットとアランが黙った。

 真っ向から否定もできないものの、すぐには納得できないといった様子。


「私としては大歓迎ですわ。リディアーヌ様とは話が合いそうですもの」

「ジャンヌさま」

「ジャンヌで構いませんわ。ねえ、リディアーヌ様? グレゴール殿下のこと、どう思われますか?」

「……そうね、あの四角い顔を一発殴ってみたいとか?」

「まあ素敵! いつか実現してくださいませ」


 いや、さすがにそんな日は来ないだろうが。

 ジャンヌは見た目の印象以上にはきはきと喋るうえ、性格が割と過激だ。普段から護身用に体術や剣を習っているらしく、アンリエットは「近親者の中ではこの子が一番私に似ているの」と自慢するように言っていた。


「ともあれ、この場での相談はあくまでリディアーヌの意思確認よ。陛下からの了承が下りるかどうかはまた別の話」


 先に俺へ話を持ってきた、という点ではグレゴールたちと同じであるものの、アンリエットのこれは横暴ではなく事前の根回しだ。先に国王の承認を得てしまうと俺の気持ちがスルーされてしまうし、俺に聞いた時点で「ノー」が出たら話をなかったことにもできる。

 要は許せるか許せないかの違いではあるものの、重要な違いだ。


「どうかしら、リディアーヌ。受けてくれるのなら私は後見人として、そして臣下の一人として貴女に尽くすわ。……生まれ故郷でもない国のために尽くしてもらうのだから、その程度では足りないでしょうけれど」


 アンリエットの赤い瞳に嘘は見られない。


「……そうですね。わたしは」


 俺は、アンリエットの問いにひとつの答えを返した。

 そして。

 城の離れへと帰る途中、アンリエットとジャンヌは馬車ごと爆破された。






「命に別状がないようで安心いたしました、アンリエットさま」

「ありがとう。私とした事が不覚を取ったわ。……いえ、注意していたところでどうしようもない、とも言えるのだけれど」


 事件の翌日、俺は見舞いのために城へと向かった。

 通されたのは離れではなく城の中の一室。アンリエットはベッドに半身を横たえて休んでいた。その左腕は清潔な布でぐるぐる巻きに固定されている。

 傍らには椅子に座ったジャンヌの姿。幸い、彼女に大きな怪我はなかった。


「ジャンヌさまも災難でしたね。まさか馬車ごと攻撃されるとは」

「いいえ、私は大丈夫です。伯母様が咄嗟に守ってくださいましたから」


 目を細めて首を振る少女。怖くなかったはずはない。ただ、大怪我を負った伯母の方が心配なのだろう。

 使用されたのは例の自爆魔道具とみられる。

 御者台に同乗していた護衛騎士によると、馬車の進行方向から平民風の少女が突然飛び出してきたらしい。御者はすぐさま警告の声を上げたものの、少女は逃げるどころか轢かれようとするように立ちはだかってくる。相手の容姿につられたお陰で車内への注意勧告は一瞬遅れた。

 いっそ跳ね飛ばしてしまおうと加速した馬車(貴族の馬車に平民が轢かれた場合、九分九厘平民が悪い)が少女に衝突しようとした時、爆発は起こった。

 事件後の現場には馬と御者と車体の約半分ほどを失いひっくり返った馬車、そしてばらばらになった破片が残されていた。

 騎士は咄嗟に防御魔法を用いてなんとか一命をとりとめたものの、全身打撲と火傷ですぐには動けない状態。

 アンリエットも防御魔法と護身用の魔道具によって爆発自体には耐えたものの、車体ごと吹き飛ばされ石畳に叩きつけられた際、左腕を強く打って粉砕骨折。


「本当に世話になったわ。この謝礼は必ずさせてもらうから」

「ありがとうございます。……本来なら『当然のことをしたまでだ』とお断りするべきなのかもしれませんが、有難く頂戴いたします」


 治療に大きく貢献したのはセリアとオーレリア、それからモニカだ。

 お陰でアンリエットの腕は形としてはほぼ再生している。


『一度切断して新しいのを生やす方がまだ楽だったのよね』


 原型はほぼ元通りになったものの、まだ思い通りには動かせないし動かすと痛みが走るということで固定中。

 護衛騎士の方はより深刻で、凄腕の治癒魔法使いたちが腕を振るわなかったら命を落としていただろう。


「尊い方の助けになれたとあれば我が家の誉れにもなりましょう」


 俺の護衛騎士として同席しているモニカは元気そうなアンリエットを見て微笑んでいる。

 オーレリアとモニカが治療に参加したのは俺が命令したからだが、きっとモニカなら俺が命じなくても自分から申し出ていただろう。

 騎士団長の妻が隣国の要人を助けたとなれば両国の関係にも良い影響を及ぼす。気持ち良く人助けができたうえに利益もあるのなら一石二鳥である。


「アンリエットさま。既に何度も尋ねられたでしょうけれど、犯人に心当たりはございますか?」

「多すぎて絞り切れない……と言うのが正確かしら。平民に命じて実行させるだけなら貴族の大半に可能だし、私はかなり恨まれているから」

『まあ、そうよね。何しろ第七王妃から正妃さまだもの』


 隣国王族のうち現国王以外の全員から命を狙われています、と言われても驚かない。

 と、ここで彼女の目が細められて、


「私達が馬車で出た時刻を正確に把握できた、という意味ではシルヴェストル公爵家も疑わしいのだけれど」

「伯母様!」

「本気で仰っていないことはわかっております。我々に気を配ってくださっているアンリエットさまにここまでする理由がありませんし、殺すつもりなら治療するのは逆効果です」

「ええ。……ごめんなさい、嫌な言い方をしてしまって」


 要するに誰も彼もが疑わしい、ということだ。


「自爆の魔道具の出所から洗うことはできませんか?」

「危険物として所在の一覧は作成しているけれど、国に帰らなければ詳細は確認できない。慣れた魔道具製作者なら新造も不可能ではないし、国に伝えず秘匿している分があるかもしれないからあまりあてにはならないでしょうね」

「恐れながら、入国および入城の際の荷物確認はどの程度行われたのでしょう?」

「箱を開けて品物を一つ一つ確かめられたと聞いているわ。それに関しては貴女方のほうが詳しく確認できるんじゃないかしら」

「そうですね」


 父から聞いた確認内容もアンリエットが口にしたのと相違ない。

 ただまあ、箱が二重底になっていてそこに隠してあったとか、あるいはただの装飾品に偽装されていたとか、あるいは単に見落とされた可能性も否定はできない。

 広場での試合の時点で既に持ち込まれたものが今になって使用された可能性もある。

 だが、


『一番怪しいのはグレゴールさまとレティシアさまよね』


 動機的にも機会的にも彼らは最有力候補だ。自爆した当人も魔道具も吹き飛んでしまっているので調査のしようもあまりないが、現場検証は行われているし警備も強化されている。


「リヴィエール王国の協力が得られたのは幸いだったわ。……大事な物もなんとか守りきれたしね」

「書状、持ち歩いていらっしゃったのですね」

「失くしては困る物は肌身離さず持ち歩くものよ。まあ、それを保護するために魔力を割いた結果、腕が一本なくなるところだったけど」

『それ、全然笑える話じゃないわよね!?』


 なるほど。箱だか筒だか、防御の魔法がかかった魔道具に入れて持ち歩いていたのか。その分、護身用の魔道具はひとつ少なくなっていたと。

 アンリエットは「でも」と笑んで、言った。


「お陰で予定通り陛下にお目通り願えるわ。どうやら、話は早く済ませた方が良さそうだしね」

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