新男爵お披露目会

 セリア・プリエール女男爵の誕生。

 このニュースは国内貴族の注目を大いに集めた。『光の柱』から一か月という異例の早さで行われたにも関わらず、就任式には多くの者が参加を表明した。

 婚約発表を兼ねたリオネルの誕生パーティーと同じかそれ以上の人数と言えば凄さがわかるだろう。


「男爵って階級の中で一番下なんですよね? こんなに集まらなくてもいいと思うんですけど……」


 城のメイド数名による着付けを受けながら言ったのは今日の主役である聖女・セリアだ。

 煌めく金髪に吸い込まれるような青い瞳。肌も栄養状態が良くなったことでますます艶を増している。水仕事で荒れがちだった手もすっかりすべすべになったし、店を手伝い力仕事をしていたおかげで身に着けた筋肉は小さめな身長と胸を大きく見せるのに役立っている。

 彼女は今日まで城の一室に住み、就任式のための教育を受けていた。お陰で姿勢や言葉遣いは一か月前よりもだいぶマシになっている。

 実質的に使えた時間は二週間と少しだったので、あくまでも「まだマシ」程度。気を抜いても「ですます」が抜けることはないし、気を抜かなければ背筋を張っていられるという程度だが──平民にしては頑張っている、という評価は十分にもらえるだろう。


「噂の聖女の姿を一目見たいのよ。それに、挨拶をしておけばお近づきになれるかもしれないし」


 同じようにアンナ、エマ、オーレリアから着付けを受けながら答える。今日の装いは自重の全くない赤いドレスだ。少し離れたところではヴァイオレットも綺麗な青いドレスに着替えさせられている。


「セリアの場合は後から昇格させる前提の男爵位だから」


 聖女の希少性や有用性の割に位が低いのはそれが理由だ。

 最下級の男爵位であれば「平民の癖に生意気な」という声をある程度抑えられる。高い魔力を持っているからとお飾りの位を与えられただけだ、と、わかりやすい見下しポイントを用意してやったわけだ。

 昇格は数年に一度くらいは起こるイベントだ。国への大きな貢献があればお声がかかる。セリアが何かすれば国王は喜んで位を上げてくれるだろう。


「低い位ならまだ気が楽だと思ったんですけど……」


 既にホールへ集まり始めているだろう参加者を気にするようにちらり、と壁に視線を向けるセリア。

 俺はくすりと笑って彼女に言った。


「大丈夫よ。男爵の就任式で過剰に礼儀を求めてくるようなのは敵だから。仲良くするのは諦めて他の人と話せばいいわ」

「リディアーヌの言い分は極端だけど、概ねその通り。私達も付いているから安心して」


 少しは元気が出ただろうか。少女はこくりと頷いて答えてくれた。


「はいっ。精一杯頑張ります!」






「わたし──セリアは歴史あるリヴィエール王国貴族の新たなる一員として偉大なる国王陛下に忠誠を誓い、国の発展と民の安寧のために力を尽くすことをここに宣誓いたします」

「よかろう。其方には男爵の位と共にプリエールの名を授ける。これからはセリア・プリエールを名乗り、その才を存分に磨くが良い。そして、いつの日か余とこの国を助けてくれ」

「陛下の御心のままに」


 俺やヴァイオレットと共に高台から入場したセリアは、国王の前に跪いての宣誓を噛むこともなく言い終えた。


『百回以上、繰り返し練習した甲斐があったわね……』


 あらかじめ作成してもらった式の流れを俺やヴァイオレットと一緒に必死で暗記した成果である。言い慣れない言葉ばかりだっただろうによく頑張ってくれた。

 今日のために用意されたセリアのドレスは純白。

 男爵就任ということで値段は抑え目だが、それでも伯爵家レベルの品だ。明るく純真な彼女に良く似合っており、参加者の中にはほう、と感嘆のため息を吐いている者もいた。


「さて、堅苦しい話はここまでにしよう。新たなる貴族の誕生を祝い、ささやかながら宴の用意を整えてある。プリエール女男爵の就任を見届けてくれた礼だ。皆の者、時間の許す限り楽しんで行ってくれ」


 後は貴族恒例のパーティーである。

 王城主催の宴がささやかなわけがなく、美味い料理と酒がふんだんに振る舞われる。

 メイドやボーイが料理を次々に運び込んでいくのをぽかん、と眺めるセリア。俺は彼女の手を引き、パーティーへと誘った。


「さあ、行きましょうセリア。せっかくだから料理も楽しまないと損よ」


 今日はオーレリアも連れてきた(エマは別室で待機)。とりあえず料理を色々取ってきてもらい、三人であれこれ言いながら食べる。


「貴族のお料理はどれもとても美味しいです……!」

「材料にも拘っているもの。でも、調理の工夫なら下町でも真似できるものがあるかも」

「研究のし甲斐がありそうです」


 セリアは目を輝かせながら一つ一つの料理を吟味していた。

 調理技術は一種の秘伝として弟子にしか教えられないケースが多い。なので料理人から直接聞き出すのはご法度だが、料理から推測するのは問題ない。

 父親から簡単な料理を教わっていたという彼女なら何か思いつくかもしれない。それを父に伝授するのも合法だ。


「そういえば、セリアはお酒を飲むのかしら?」

「はい。あまり多くは飲ませてもらえませんでしたが、十歳の頃からよく飲んでいました。あ、もちろん安いお酒ですけど」

「そうなの。わたしはまだだから少し羨ましいわ」

「リディアーヌ様はお酒強そうな気がしていたので少し意外です。じゃあヴァイオレット様は……?」

「小さい頃から適量を飲んで身体を慣らしておきなさい、というのが我が家の流儀」


 毒物みたいな扱いである。でも間違っていない。

 ……と、呑気に話をしていられたのはほんの僅かな間だけで、その後は飲み物や食べ物を手に入れた参加者たちが列を作る勢いでセリアに殺到してきた。

 最初の方に声をかけてきたのは公爵家──つまり王家との距離が近い家なので大きな波乱はない。セリアの男爵就任に表立って異を唱えれば「王の決定に不満がある」という表明になるからだ。俺とヴァイオレットが傍にいるのは「下手なことを言えば一言一句違わず王に伝わるぞ」というプレッシャーのためでもある。

 しかし、公爵家と一口に言っても派閥は色々あるわけで。

 ちくちくとした嫌味攻撃は当然のようにやってくる。そしてそれはセリアに、ではなく俺やヴァイオレットに、だった。


「シルヴェストル公爵家とルフォール侯爵家が援助するとなれば聖女様の前途も明るいでしょう」

「ええ。セリアさまには友人としてできる限りの助力をするつもりです」

「当家としてはひとまず、セリア様に屋敷の一室をお貸しする事になっております。正式な住居の目途が立つまではそちらで生活していただくことになるかと」


 両家がバックに付いたことは国王による発表にも含まれている。その上で部屋の貸与は初めて出す情報。城の一室から離れることは今後接触を試みる上で朗報だろうが、移る先がルフォール侯爵家ではあまり不用意に手を出せない。


「随分と仲がよろしいのですね。陛下は聖女様を第三王子殿下の第二、いや、第三夫人にお考えなのか?」

「ご存じの通りルフォール侯爵家は中立でございます。リディアーヌ様、リオネル殿下との親交は私個人の判断であり、家の意向とは必ずしも一致しないものとご承知おきくださいませ」

「なるほど。では、第三王子殿下はお二人との繋がりを大事にしなければなりませんな。空から獲物をさらうのは何も鳥だけとは限りますまい」

「いかに速い生き物と言えど、天馬の隙を盗みさらに無事に逃げおおせるのは至難の業でしょう」


 矛先がこっちなのでこっちで対応できるのは助かった。

 セリアはまだ「はい」「いいえ」「ありがとうございます」「申し訳ありません」を簡単な言葉と組み合わせるぐらいしか受け答えできない。貴族の遠回しな言葉には毎度「???」と疑問符を浮かべてフリーズしていたし、そのくせ籠められた感情がポジティブかネガティブかは割と敏感に察するらしく、俺たちの会話を傍で聞いているだけでも震えたり唇を噛んだりと反応が表に出てしまっていた。

 と。


「ごきげんよう、プリエール女男爵様。わたくしはベアトリス。デュナン公爵家の長女ですわ。どうか以後お見知りおきくださいませ」

「ご、ご丁寧にご挨拶をありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします」


 胸と態度の大きな美少女が明るい紫色のドレスを纏って挨拶に来た。毎度のことながら俺の内心は『うわ来た』である。


「当家は新たな貴族の誕生を心から歓迎しておりますの」

『嘘言いなさい。どうせ「ライバルが増えた」とか思っているんでしょう?』

「ですが、プリエール様は十二歳。これから貴族としての振る舞いを勉強なさるのは大変でしょう? わたくし、想像しただけで辛くなってしまいます」

『本当に口は達者よねあなた。なに? もしかしてセリアを口説いて派閥に誘うつもりなの?』

「つきましては、デュナン家からも援助をさせていただきたいのですが、よろしくて?」

「え?」


 思わず声に出して驚いてしまうと、セリア、ベアトリス、ヴァイオレットの視線がこっちに集中した。

 俺は誤魔化すようににっこりと笑うと首を傾げた。


「ああ、いえ、申し訳ございません。わたしとベアトリスさまは意見の対立が多いでしょう? ですから協力してくださるのが意外だったのです」

「ふん。別に大した事ではありませんわ。物資なり金銭なり、足りないものを多少融通して差し上げると申し上げているだけです」


 つん、と顎を逸らし、どこか馬鹿にするように彼女は笑って、


「貴女とヴァイオレット様が付いていれば心配はいらないでしょうけれど、頼れる者は多い方が良いのではないかしら? ……貴女達がいつも傍にいられるわけではないし、不慮の事態が起こらないとも限らないもの」

『あら? ひょっとして、わたしが隣国へ行く可能性を心配しているのかしら?』

「ベアトリスさまはお優しいのですね。間接的にわたしたちを利するような行為はお避けになるかと」

「だから、勘違いしないでくださいませ!」


 睨まれた。


「リオネル殿下により相応しいのはこのベアトリス・デュナンです。その想いはあの頃から変わっておりません。……ですが、奪い取る前に恋敵にいなくなられては面白くないでしょう? ただそれだけ。セリア様へ援助するのも後の利益を考えての事であって貴女の事などどうでも良いのです」


 うん、その、なんだ。

 前々からうすうす感じてはいたが、ひょっとしてこの令嬢、意外と可愛いんじゃないだろうか?


「ベアトリスさま? 今さらではございますが、お友達になっていただくことはできませんか? 派閥を一つにせずとも協調することは可能だと思うのです。例えば合同でチェス大会を開くですとか」

「はっ。わたくしとあなたが友達に? 笑わせないでくださいませ。貴女から施されるほど落ちぶれてはおりませんわ」

『いっそ「ベアちゃん」とか呼んでみたかったんだけど』


 残念なことにベアトリスはきっぱり申し出を拒否して帰っていった。

 ただ、合同でのチェス大会は「つまり勝った方の派閥が上、ということですわね?」と乗り気だった。勝っても「チェスの腕において」上だと証明されるだけではあるが、まあ、楽しそうだったから水を差すのはやめておいた。

 なお、挨拶はそこから侯爵、伯爵、子爵、男爵とだんだん低いランクになっていったのだが、中盤あたりが一番風当りが強かった。


「平民から貴族に取り立てられるだなんて異例なのですよ。陛下に感謝しなくてはなりませんね。平民なのに魔力だけで貴族になれたのですから」

「リディアーヌ様は相変わらずお美しい。特にその髪と瞳などこの国の花に例えるのが難しいと思えるほどで……外国、例えば隣国などにはこのような美しい花もあるのでしょうか」

「侯爵家が異端の子を女当主に据えた時にはどうなる事かと思いましたが……やはり、異端の子の娘も異端でしたね」


 男爵家まで行くと逆に仲間意識もあるのか「頑張ってください」といった素直な応援が増えた。そのお陰もあったのか、セリアは嫌味に言い返したり暴れ出したりすることなくパーティーを終えてくれた。

 後から聞いたところによると、


「こいつぶん殴っちゃだめかな、って何度か思いました」


 とのこと。さすが平民の娘。手を出す時は手を出す。ちょっと親近感が芽生えたが、余計面倒なことになるから絶対やらないように、とあらためて言い含めた。

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