憩いのひととき?
セリアが貴族になってひとまず安心。
生活の世話はルフォール侯爵家がやってくれるし、家庭教師もきちんとした人に依頼する手筈になっている。
後は孤児院と同じようにときどき様子を見に行って話をしてやればいい。
『あ。孤児院に顔を出す時に声をかけてみようかしら。わたしよりは子供たちとも気が合うでしょう?』
俺の血筋の件をセリアの就任式で王が口にすることはなかった。
問われても「既に通達した通りである」で終わり。余計なことを言わないことで騒ぎを抑えようとしてくれているのが素直に有難かった。
ただ、それでもやっかみはあるようで、孤児院には最近小さな嫌がらせが頻発しているらしい。
門の前にゴミが捨てられたり、外壁に落書きされたり、故意にぼろぼろにされた赤髪の女の子の人形が投げ込まれたり。
現行犯の場合は都度捕まえているものの、犯人はいずれも平民。嫌がらせをするよう金で頼まれた、という者が多かったが依頼者は顔を隠していたので詳しい特徴はわからないという。
既に「公爵家の所有物」である孤児院への嫌がらせは貴族への攻撃とみなされて処罰される。基本的には罰金や数日間の拘禁程度だが、人形の件などは「公爵令嬢への殺意」を認められて処刑された。
常駐している衛兵が三人では常に門で見張るのも難しいので、両親に頼んで警備人数を増やしてもらうことにした。
「ふむ。ならば孤児院にいる年長の男子を雇い上げれば良かろう」
「いいの?」
「孤児院の警備に限定すれば問題ない。そこでの素行や成果を加味し、優秀であれば屋敷の兵として正式採用も考える」
「それはいいわね。ありがとう、お父さま」
こうして我が家の警備人数を減らすことなく孤児院の警備兵が三人増えた。見習いだが、孤児院に悪意を向ける理由なんてあるわけがない、という意味ではうってつけである。
なお、我が家の警備体制もほんの少し強化された。
衛兵は順次面接して良さそうな人間を雇い入れているし、『家』に対する護衛騎士が騎士団から一人派遣されてきた。新しい騎士はクラヴィル家──ノエルの実家の四男である。
「妹の代わりにシルヴェストル公爵家をお守りしたくこの任務を希望いたしました。どうかなんなりとご用をお申しつけください!」
「クラヴィル家の騎士となれば非常に心強い。どうか我が大切な家族を守って欲しい」
「はっ! この命に代えましても」
ノエル兄には主に屋敷周辺の見回りや衛兵たちの訓練、それからアランが外出する際の護衛をお願いすることになった。
俺にはモニカという頼もしい護衛がいるし、いざとなればオーレリアも戦闘要員にできるが兄の身の周りはやや守りが薄いからだ。
隣国が狙ってくるのはおそらく俺、と言われてはいても絶対とは限らないわけだし用心は重要である。
「シャルロットも、できるだけ人の少ない場所は避けるのですよ」
「はい、お母様。……それから、お姉様についてはあまり情報を出さないように、ですよね?」
「ええ。リディアーヌの身の振り方は国家における重要事項です。正式決定するまでみだりに口外してはなりません」
義妹は俺とアランの出自について文句を言ったりはしなかった。
『アデライド様は本当に凄い方だったのですね。私もお会いしてみたかったです』
敵の狙いが俺だったとすれば誘拐事件は俺──ひいては母のせいだというのに、そう言って微笑むのだ。思わず抱きしめてしまったのは仕方なかったと思う。
「く、苦しいですお姉様。どうなさったのですか?」
「シャルロットが良い子だから抱きしめたくなったの。駄目?」
「……いいえ。でも、もう少し優しくお願いします」
言われた通り腕の力を緩めてしばらくくっついていた。
「でも、そんなに力を入れたつもりはなかったのよ。わたし、思ったよりも成長しているのかしら?」
「暇があれば剣を振っているのですから成長するのは当然では?」
「腕力だけじゃなくてお身体も成長していますよ。だいぶ女性らしくなられてきたと思います」
部屋に戻ってあらためて鏡を見てみると、確かに。
身長は少し伸び悩んでいるものの、腰にはくびれができ始めているし胸も結構膨らんできている。今までもインナーは身に着けていたので「胸が擦れて痛い」と感じる機会はほぼなかったのだが、これはそろそろ、ナタリーに頼んで作ってもらっていた新しい下着を使うべきか。
『いや、ただのブラなんだけど』
バストを重点的にしっかりとガードする、という意味で画期的な代物だ。
従来の下着はカップ付きキャミソールに近いものだったところ、ホックの採用によってより高い補正効果を得られるようになった。
子供の胸を育てるのにも役立つが、むしろ成人女性の体形維持に役立つはず……という話をしたら養母の目の色が変わっていた。
「お養母さま、意外と美容に目がありませんよね?」
「意外でしょうか? 流行を広めるには自分自身が流行に聡い必要があります。食わず嫌いをしていては務まりませんよ」
要するにお洒落に目がない普通の女性だということで……本当、本性を理解した後だと詐欺としか思えない。
なお、貴族にして服飾職人という稀有な人材であるナタリー・ロジェは先日めでたく自分の工房を持ち工房長となった。
新型ドレスにホックにファスナー、スナップボタン。新しいものをいち早く取り入れた結果、元いた工房が大繁盛。規模を拡大することになり、それに伴う事業仕分け的な形で「新デザイン開発専門」の工房を任されたのである。
『リディアーヌ様とは今後とも良い関係を築いていきたいと思っております』
アイデアさえくれれば期待以上のものを仕上げてみせる、という意味だ。
実際、ファスナー付きドレスもブラも俺ではデザインしきれなかった。新しいものをどんどん取り入れて良い物を生み出す彼女にはこれからも活躍してもらわないといけない。
ホックやファスナーが売れると公爵家も儲かるのだからもはや一蓮托生である。
そんなこんなでようやく日常へ戻れるか──と思っていると、セリアの男爵就任の余韻がまだ醒めきらないうちに再び城へと呼び出された。
人払いをして国王、王妃に父、リオネルらと対面。
もはや慣れてきている自分が怖いが明らかに頻度がおかしい。
「忙しい中呼びつけてすまないな、リディアーヌ。実は昨日、隣国から公式の書状が届いた。内容は向こうの第七王妃ほか数名にてこの国を訪問したいというものだ」
「第七王妃、ですか」
「七人とは……一体、隣国の国王はどれだけ節操がないのだ」
「隣国の国王陛下は在位期間が長いそうですからね。それだけ求婚も多かったのでしょう」
向こうの王は御年七十歳というご高齢。
死ぬまで王位を譲らないという無駄な頑固さ──もとい、政治的ポリシーを持っており、政務の大部分を子供世代、孫世代や側近に任せながらも可能な限り執務を続けているらしい。
そんな彼には政略的な問題か七人もの妻がいる。
第七王妃は現在二十二歳だったか。嫁いだ時点で王の側に子を成す能力は残っていなかっただろう。形だけの妃か、あるいは王妃という名の女性官僚とでも考えるべきか。
「妃のうち既に三名は世を去っている。しかし、王命により王妃達の序列は変更していないらしい。数が多く思えるのはそのせいもある」
うちの国王陛下も既に亡くなっているオーレリアの母を含めると五人の妃がいるからあまり変わらないわけだ。
「目的はなんと?」
「療養、それから買い物との事だ。我が国の服、装飾品、宝石、香水等を購入し持ち帰りたいそうだ」
「それらしい理由ではありますね」
主にうちの家の影響でこの国の服飾はレベルが上がっている。輸入品だけでは足りない、もっと欲しいと思ってもおかしくないだろう。特にやってくるのがまだ若い王妃となれば猶更。
「真の目的は其方やアラン、そして聖女であろう」
「王妃殿下がいらっしゃるとなると重要度の高い案件なのでしょうね。……女性が来られるのは意外ですが」
「互いに牽制しあった結果かもしれん」
年齢的に国王自ら来ることは不可能。その上で王族が来るということは俺やセリアを直接見極めたい、ということに違いない。
結果次第では後継者レースに大きな影響がある。男子を来させるとその者が一気に優位に立つ可能性があるため避けられたのかもしれない。
「先方の目的はお洒落ということですが、『詳しい貴族を紹介してくれ』という要望も出てくるでしょうか」
「そうなった場合、こちらが紹介するのはシルヴェストル公爵家になるだろう。もし、第七王妃が手頃な子供を連れてきていた場合、併せて子供同士の交流を望むのも自然な流れだ」
一手でここまでの流れがお膳立てされているわけか。
国家レベルの政治というのはやっぱり難しすぎる。
「来訪は春になってからの予定だ。他言は無用だが、心の準備だけはしておくように」
「かしこまりました。どのような話が来ても良いよう、可能な限りの準備を整えます」
「頼む」
話が終わった後はついでに婚約者との時間を取ったが、リオネルは部屋に戻ってもまだ難しい顔をしていた。
「リオネルさま? なにか気になることでも?」
「いや。……ただ、話が急速に進み過ぎると思ってな」
「……そうですね」
お互いまだ十二歳だというのに王位継承争いに関わることになってしまっている。本当ならもっとゆっくり力をつけてから関わりたかったものだ。
時代の流れというのは人の成長を待ってくれない。
若くして渦中に立たされてしまった以上、俺たちは俺たちの力で抗わなくてはならない。
「できることからこなしてまいりましょう。できないことは周りの方々が力を貸してくださるはずです」
そう告げると、王子様はきょとんとした顔をして、
「お前でもできなくて困ることがあるのか?」
「もちろん。たくさんありますよ。例えば、わたしは人と仲良くなるのが苦手です。友達をたくさん作るのはリオネルさまの方が絶対にお上手です」
「友達か。ああ、お前は軽々しく敵を作りすぎるからな」
「でしょう?」
見つめ合って笑いあう。
出会ったのが幼い頃だったのは幸いだ。あれからずっと屈託なく逢瀬を重ねてきたお陰でこうして遠慮なく言いあい、笑いあえる。
と、リオネルはふと気づいたように目を瞬き、首を傾げて、
「ところでお前、少し太ったか?」
少年の目線は俺の胸元。試作型ワイヤー付きブラによって膨らみが強調された部分である。
俺は思わず半眼になって、
「リオネルさま? 女性に『太ったのか?』は禁句ですよ。本当だったとしても伝える際は細心の注意を要します。失敗すれば即座に敵認定でしょう」
「理不尽すぎるだろう。というか、太ったとかお前も気にするのか?」
「気にするに決まっているでしょう? 体型を維持するのにわたしがどれだけ甘い物や脂っこいものを我慢していると思っているのですか」
軽く睨んでやると素直に「すまなかった」と謝ってくれた。
「で、それは太ったせいか? それとも筋肉か?」
「本当にわかってらっしゃいますか……? いえ、まあ、それはともかく。これは下着を替えたせいです。だんだん胸が大きくなって参りましたので」
「ああ、そうか。お前もこれから剣を振るのが大変になっていくのか」
「……まあ、そうですね」
白兵戦をするには明らかに邪魔な脂肪である。心臓を守る効果はあるのだがそれ以上に重いし揺れるし邪魔である。
でも俺は成長した自分の姿をバランスぎりぎりの巨乳で思い描いている。どうせ女になったのなら可能な限り魅力的な姿になりたいと思うのが人情である。
ちなみに身長があまり伸びないのもおそらく『小柄な方が活躍した時にインパクトあるわよね』とか思っているせいだ。
「しかし、女と男が違うのは仕方のないことです。これからは女としての剣の振り方を模索していけば良いでしょう」
ノエルもモニカも胸は小さめなのでそのまま参考にはできないかもしれないが。
「ですが、わたしの胸を凝視するなんて……リオネルさまも女性に興味が出てまいりましたか?」
リオネルの後ろに控えているセルジュや城のメイドたちが「なんという話題を振るのですか!?」という顔をした。お互い思春期を迎えつつある今、下手な話題選びをすると猥談に突入しかねない。そうなると周囲としてはいたたまれない、ということだろう。
しかし言ってしまったものは仕方ない。ここはせっかくなのでもう少し攻める。
「ベアトリスさまはかなりの大きさをお持ちでしょう? どうせならわたしも大きくなりたいと思うのですが、お好みはいかがですか?」
視線を送られたリオネルは「なっ」と声を上げて、
「何を馬鹿な事を言うのだ。そんな事を私に聞かれても困る」
『いや、あんた以外の誰に聞くのよ?』
でもまあ、なんか顔を真っ赤にして照れているので大きい分には問題なさそうだ。ひとまず成長プランはこのままでいこう、と内心決める俺だった。
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