聖女の今後
「来てくれてありがとう、ヴァイオレット」
「ううん。リディアーヌが頼ってくれて嬉しい」
翌日、俺は再び城へと参上した。
聖女と面会して説得を行うためだが、今日会いにいくのは俺一人ではない。親友にも一緒に会ってもらうことにした。
急な話だというのに嫌な態度も取らず来てくれたヴァイオレットは青色のドレスに身を包んでいる。にこりと俺へ微笑むと、合流&打ち合わせ用として用意してもらった応接間のソファへそっと腰かける。
俺の隣に。
「ヴァイオレット? 向かい合った方が話しやすくない?」
「? この後、聖女様を呼び出すのでしょう? その時に場所を移動するより合理的だわ」
なんだか誤魔化された気もするが一理ある。
今日はセリアの父親も交えて話をする予定だ。そっちには城の方から使いを出してもらい、簡単な説明をして連れてきてもらうことにしている。
さすがにセリア当人は多少、城での生活にも慣れてきただろうが、父親の方はそうもいかない。城の奥の方にある聖女の部屋まで連れて行くよりはこの応接間に呼ぶ方がまだマシか。
「当人たちを呼び出す前に話しておきたいことがあるんだけど」
「聖女をどこの家が引き取るか、でしょう? お母様ともある程度話しあって来ているわ」
「さすがね。それで、わたしも両親と相談してきたけれど……シルヴェストル公爵家もルフォール侯爵家も聖女を引き受けない方がいい気がするのよ」
「リディアーヌも注目の的だものね。これ以上人目を惹かない方がいい」
昨日発覚したばかりである俺の血筋の件を当然のように理解しているヴァイオレット。
前もって予期していながら黙っていてくれたことと言い、彼女がいてくれてよかったと心から思う。
「ヴァイオレットの家も似たようなものでしょう? リオネルさまの第二夫人候補と元王族を抱えているんだもの。さすがに特権を握りすぎだわ」
国王ならびに王妃が両家を頼ろうとしているのは「一番信頼がおけるから」だ。
重要な役割を担うに足る、と思ってもらっているわけだから白羽の矢が立つのは当然なのだが、あまり権力が集中しすぎると他の貴族から反発を受ける。
今でももう十分すぎるくらい重要ポジションにいるのでこれ以上は勘弁して欲しい。
「でも、別の適任者が思いつかない」
「モニカに家へ戻ってもらってモンターニュ家で指導してもらう、っていうのも考えたんだけど……」
「武の要職に就く我が家は避けた方がよろしいかと。聖女を軍事利用しようとしている、という批判は避けられません」
「面倒くさい話よね。そうなるとノエルのクラヴィル家も駄目でしょう?」
代替わりして間もないバルト家とかも「本当に信用できるの?」っていう感じだし、ベアトリスのデュナン家も聖女を任せるには不安がある。
サラのモレ家とかになってくると家の持つ権力が不足気味。というかうちやルフォール家と繋がりの深い家だと根本的な解決になっていない。
有力なのはモニカの実家のような王家ゆかりの貴族家か、あるいは、
「一つ思いついたのよ。一応、陛下からも許可はいだいているんだけど……」
「聞かせて。相手方の希望次第を誘導するためにも、有用な選択肢は多い方がいい」
俺たちはしばし話し合いを続け、それから聖女親子と対面した。
「お忙しい中ご足労いただきありがとうございます。どうぞ気負わず楽にしてください」
セリア親子が応接間まで案内されてきた。
俺とヴァイオレットの姿を見て一も二もなく平伏する父親に出来る限り優しく声をかけ、ソファに並んで腰かけてもらった。
あらためて俺とヴァイオレットの自己紹介をしているうちにお茶の準備は整った。
「お父さん、リディアーヌ様は優しいから大丈夫よ。そんなに緊張しないで」
「馬鹿。若くて話しやすくたって貴族様だ。しかも、身なりからして俺たちなんかとても敵わないくらいの大物だろう。緊張して当たり前だ」
「本当にご心配なく。わたしもヴァイオレットもお二人を取って食うつもりはありません。できるだけご希望に沿うようにしたいと考えております」
それから聖女のことについて概要をおさらいする。
「つまり、セリアさまは現状、世界に二人しかいない強力な魔法の使い手です。この力を使わずにおくのはあまりにも勿体ない。そして、力の訓練は平民の世界では困難でしょう」
「セリア様が目覚めた際に立った光の柱により、この国の貴族ほぼ全員が事情を把握しています。他国の中にも察知している者がいるでしょう。このまま平民として過ごしていても力と命を狙われる事は明白です」
宝くじに高額当選した挙句、名前と住所までテレビで公表した人間が玄関に鍵もかけず外出しているようなものだ。
『三日も経たずに家の中ごちゃごちゃになるでしょうね。ちなみに複数犯よ』
安全のためにもセリアには貴族として生活した方がいいと訴えると、父親は唸るようにして思考を巡らせてから尋ねてきた。
「こいつは近所の奴らみんなから好かれています。悪い奴が来れば全員で立ち向かう。それでも足りませんか?」
「足りません。なにしろ相手も貴族です。もちろん、こちらからも騎士や衛兵を護衛に出しますが、多勢に無勢となったり隙を突かれることはあるでしょう。先日の広場での騒ぎについて話くらいは聞いていらっしゃるのでは?」
「軽挙妄動によって死ぬ事となった男は周りに炎を撒き散らすつもりでした。もし、平民街で同じような事が起これば他の家も危ないでしょう」
「……なるほど」
再び考え始める父親を、セリアは不安そうな表情で見つめていた。
そして、
「貴族だろうとなんだろうと、大事な一人娘はやれねえ。こいつの親は俺だ」
「お父さん」
「だがな」
首を振って俺を見る彼。
「娘は貴族様に守られていた方がいい。俺もそう思います」
「っ」
「セリア。お前、あの時俺の腕を治しただろ? お陰であれからなんともねえ。むしろ体調が良くなったくらいだ。あれは凄い力だ。だったらちゃんと使えるようにした方がみんなのためだろ」
「それはそうだけど、いいの? お店も手伝えなくなっちゃうし、お父さん一人になっちゃうじゃない」
「別に離れて暮らすようになったって親子じゃなくなるわけじゃないだろ」
「ええ。養子縁組をする、しないに関わらず、時々実家に帰り親子で話す権利は保証させていただきます。もちろん、護衛は厳重にしますが」
ついでに父親への謝礼・慰謝料・迷惑料としてかなりの額を支払う用意があること、父親の方を誘拐しようとする輩も考え護衛を派遣することを説明。
「ははっ。それなら店を直すどころかもっと立派な店が建てられるな。なんなら良い相手だって見つかるかもしれねえ」
「……お父さん」
瞳を潤ませ、指で目を擦るようにするセリア。
「本当にいいの?」
「ああ。養子縁組ってのは要するに別の親ができるんだろ? なのに親子として話してもいいなんて優しすぎる。……お前の言う通りいい人なんだな、この方達は」
「うんっ」
少し時間を取ろうか? とも尋ねたが、二人は不要だと答えた。
「わかった。わたし、リディアーヌ様たちにお願いしてちゃんと魔法の練習をする。それでいつか、街のみんなの役にも立てるような立派な魔法使いになる」
「ああ、それがいい。お前が立派になるのを楽しみに待っているからな」
「ありがとうございます。お二人の決断に感謝と敬意を表します」
そこからは具体的な身の振り方の相談だ。
大きく分けると選択肢は三つある。
一つは王族の養子となること。一つは貴族の養子となること。
「最後の一つは陛下から家名を賜り、セリアさまが貴族家を興すことです」
跡継ぎ以外の子供が財産を分け与えられて分家になるのと同じ要領だ。一人だけの新しい家だからセリアが自動的に当主になる。
「これなら人間関係を気にすることなく貴族の立場だけを得ることができます」
国へ多額の寄付をするなどして多大な貢献をした平民が貴族位を与えられた例はある。
結婚していない女性が当主というのは異例だが、国王の了解も得ているので問題ない。
「だが、肩書きが貴族になったからって安全になるものなのか? あ、いや、なるものなのですか?」
「普通に話しても構いませんよ。……確かに、財産も屋敷も使用人もいないのでは軽く見られるでしょう。平安を得る代わりとしてそれは覚悟していただかなければなりません」
もちろん国からも援助はする。
護衛騎士は付けられるだろうし当座の生活費も賄えるだろうが、さすがに屋敷を買えるほどの額は難しい。現在のセリアにお金を出すのは言わば先を見据えての投資なので、もっと援助して欲しいと言うのなら相応の成果を示さなければならない。
「ああ。お父さまも一緒に貴族になりますか? それでしたら当主が未成年という部分だけは回避できますが」
「よしてくれ。俺は貴族なんて柄じゃない。きっとセリアの足を引っ張るだけだ」
貴族には礼儀作法が必須だ。
今は平民だから許されているのであって、貴族になれば不作法は咎められて当然になる。
「王族の養子となる場合は陛下の娘──この国の王女という立場になります。この場合、五人の王子殿下とは兄妹ということになりますので、嫁入りを検討されるのであれば貴族家の養子となる方が良いかもしれませんね」
「貴族家の養子を希望する場合、具体的にどの家の子となるかが重要となります。シルヴェストル公爵家とルフォール侯爵家はお望みとあらばセリア様を引き受けさせていただく用意がございますし、おそらく多くの家は望まれれば快く応じるでしょう」
「ただ、家によって待遇には差が生じると思ってください。財産があり屋敷があり後ろ盾となる親がいる代わり、セリアさまも娘として家の役に立たねばなりません。時には『やりたくない』と思ったことを無理に命じられることもありえます」
なかなか難しい選択だ。
俺がセリアの立場でも「一年くらいかけて少しずつ話を進められませんか?」という心境に陥るだろう。
それでも、自分の身を守るためには自分で考えて選ばなければならない。
「……わたしは」
聖女は俯き、迷うように言葉を切った。
「今すぐ決断しなくとも構いません。数日程度は待てると思いますので、じっくり悩んではいかがですか? しばらくの間、わたしが毎日参りますので質問があればなんでも聞いてくださって構いません」
「何から何まで、申し訳ない」
セリアの父が深く頭を下げてくれる。俺は彼にそっと微笑みを返して、
「お気になさらず。わたしとしてもセリアさまには人々の力になって欲しいと思っているのです。国が荒れた時に最も力を発揮するのが聖女の力。平和のための力だと思っていますから」
「ありがとうございます、リディアーヌ様」
返答はひとまず先送りにされた。
俺は勉強やその他の用事をこなす傍ら城へ通い、少女の質問に答えたり他愛ない雑談を交わしたりした。
一方、国の上層部と教国の使者との間で協議が行われ、聖女と俺に関する公表内容が決定。これらは城内に広く周知され、その日のうちに貴族の間にも伝わっていった。
使者は一度本国へと帰還した。
俺の下へは彼らからの手紙が届いた。その内容は、要約するとこのようになる。
『貴女の血は非常に濃い。血統面から言えば、現国王の跡を継ぐべき者は他にいない。その気があるのならば教国はその血筋を喜んで保証する』
政治闘争には協力しないが、俺がどこの馬の骨かは保証してくれるという。
一国の代表者からの有難い申し出にお礼の返事を送ったが、彼がそれを受け取ったのは再びこちらへやってきてからのことになった。
その間にセリアは自身の身の振り方を決定。
「わたしは、自分のことは自分で決めたいんです。だから王様から爵位をもらってわたし自身が貴族になります」
最も険しいが最も自由な道。
平民らしい向こう見ずとも、聖女らしい自由な精神とも言える。俺はそれに敬意を表して微笑んだ。
「かしこまりました。……では、我がシルヴェストル公爵家も微力ながらセリアさまの力になりましょう」
最低限の衣食住を提供したり家庭教師の手配を手伝ったり、そういう用意はできている。ヴァイオレットのルフォール侯爵家も同じように支援を決定している。
これにセリアは驚いて、
「それじゃ、わたしが一方的に得をしていませんか?」
「家族として後援するわけではありません。あくまでも友人としての助け合いです。ですからなんの問題もないのですよ」
「……だったら、ひとつお願いしてもいいですか?」
「なんでしょう?」
聖女の放った『お願い』に今度は俺の方が驚かされた。
「お友達として助けてくれるなら、わたしを聖女として扱うのは止めてください。わたしをセリアとして見て欲しいんです。……どうでしょうか?」
「……ふふっ。まさか。もちろん構わないわ。それじゃあ、これからは敬語なしで話すわね、セリア」
「あ……はいっ! よろしくお願いします、リディアーヌ様」
こうして、街娘セリアは王から男爵位を授かった。
家名はプリエール。プリエール男爵の誕生である。
『どうでもいいけど、女の子なのに男爵って座りがわるいわね。早く子爵に昇格してもらわなくっちゃ』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます