血の真実

「どういう事だ、ジャン! どうしてリディアーヌが隣国王家の血を引いている!?」

「落ち着け、リオネル。これは予想されていた事だ」


 セリアを部屋まで送り、少し話をしてから応接間へと戻ってきた。

 教国からの使者にも部屋へ戻ってもらっている。彼は「やはり」とかなんとか意味ありげな呟きを残し、俺の姿をじっと見つめていた。いいから聖女の方に注目していてくれと言いたい。

 相当我慢していただろう。俺が隣に座るなりリオネルは声を荒げ、父を強く睨みつけた。国王の傍に立ったままの父はそれをただ黙って受け止める。

 国王が窘めるように口にすると、少年は目を見開いて身を震わせる。王妃が手を差しのべようとするも、まだ幼い第三王子はぎゅっと拳を握りしめ、唇を噛みながらもソファへと戻った。


「紋章はアランにも浮かび上がっていたな。……という事は、血の由来は産みの母親か」


 俺の後でアランと父も魔力検査を実施した。二人共俺よりは天馬──この国の王族の血が濃く、アランが浮かび上がらせた竜の紋章は俺よりもだいぶ薄かった。

 血、と一口に言っても親となる者の組み合わせだけで決まるものではないのか。

 DNA的な「王族の資格を司る部分」が存在し、それがどの程度受け継がれるかが関係してくるとかだろうか。まあ、今のところそれはどうでもいい。

 重要なのはリオネルの尋ねた部分。

 さすがにもう誤魔化しようがない。父──ジャン・シルヴェストルはその重い口を開き、王子の問いに肯定を返した。


「その通りです、殿下。アランとリディアーヌの母、アデライドの『本当の出自』はおそらく隣国の王女だと思われます」

「おそらく、とはどういう事だ」

「アデライド本人すら真実を知らなかったのです。彼女は辺境伯家ゆかりの家で養女として育てられましたが、もともとは辺境伯本家が赤子の頃にと言われています」


 魔力量から貴族であることは間違いない。

 ただ、具体的にどこからどう拾ってきたのか? その部分について辺境伯は頑なに口を閉ざしていた。もしかすると彼もはっきりとは知らなかったのかもしれない。母の身の安全を考慮して敢えて口にしなかかったのかもしれない。

 いずれにせよ、はっきりとしたことがわからない以上は推測するしかない。


「アデライドの身の上について推測に足る材料は十分にありました」


 隣国は竜を象徴とする武に長けた国だ。

 王族は『黒と赤』を尊ぶ傾向にあり、一族には『赤系統の髪色』が多い。属性としては『火属性』。

 魔力量や魔法の才についても王族であったのなら納得がいく。おそらく俺たちの親世代以上の貴族にとって、母の出自は「聡い者なら気づく程度」の秘密だっただろう。

 しかし、誰もが推測していながら口を噤んだ。言ったところで良い事なんてないからだ。ただ、母が多くの貴族から求婚を受けた理由にはそれも含まれていただろう。


「私も、後妻となったセレスティーヌもアデライドの子──アランやリディアーヌにさえ推測を語りませんでした。むしろ、子供達が真実に辿心を配ったと言っても過言ではありません」


 母の姿絵を隠し、信頼のおける公爵邸と自室にのみ残したのもその一つか。

 他にも国王と共謀し、母の素性を辿る手がかりを減らしていくくらいはしたかもしれない。


「……どうしてそんな事をした」

「子供達に何も気にする事なく生きて欲しかったからです。アラン達が隣国王家の血を引いていようと、私とアデライドの子である事に変わりはない」


 リオネルを挟んで座っているアランが小さく身を震わせた。


「私は父上を尊敬しております。貴方のようになりたいと励んでここまで来ました」

「わたしもお父さまのことは大好きよ。……お養母さま──セレスティーヌさまのことも、まあ、ほどほどに」

「……お前達。それでは私が我が儘を言っているようではないか」

「まさか。わたしたちを心配してくださったことはきちんとわかっております。ありがとうございます、リオネルさま」

「う、うむ」


 素直に感謝を述べたところ、照れくさそうに目を逸らされてしまった。男子はこういう時に素直になれないから面倒くさいんだよな。


「というか、リディアーヌ。其方、ひょっとして知っていたのか? いつからだ?」

「はっきり知っていたわけではありません。ただ、純血派の構成員がわたしを『竜の系譜』と呼んでいたので。後はお父さまがそうしたように状況証拠から推測しただけです。……お祖父さまですらはっきりとは答えてくださいませんでしたので」

「父上も口を噤んでくださったのだな。……有難い」

「結果的に、お祖父さまの指定した期限──わたしとリオネルさまの結婚まではたどり着けなかったけれど、ね」


 事態が確定した今、祖父が言い淀んだ理由は俺の身柄関連だとわかる。

 俺とアランにはこの国と隣国、両王家の王族の血が混ざっている。特に俺に関しては隣国の血の方が強い。当然、事実が公になれば隣国が黙っていないだろう。

 事実が露見したのが結婚が成ってからであれば「でももう結婚しちゃったし」で押し通せる。別の国の王族がこの国で成立した婚姻をどうにかできるわけがないからだ。

 ただ、結婚ではなく婚約段階なら話は別。

 何しろ王族級の血統だ。婚約について再考を求めたり、自国から別の婚約者候補を出したりするくらいはできる。少なくともこちらから強く「ノー」と言うことはできない。


「父上。結果を予期していながら要請に応じた理由は『今しかなかったから』ですか?」


 深呼吸をし、冷静さを取り戻したアランが尋ねる。


「……そうだ。今この時であれば聖女出現の衝撃を利用してお前達の件をある程度隠す事ができる。加えて、教国という第三者がこの結果を公認してくれる」

「教国は融通のきかぬ相手だが、幻獣──神々の末裔とされる王家の『血』には誠実だ。奴らがアランとリディアーヌの出自について虚偽を告げる事はない。二人に竜の血と同時にシルヴェストル公爵家の血が入っている事も保証してくれる」


 隣国が一方的有利に立つような状況にはならないということだ。父の血が入っている以上、この国の王族に嫁いでも十分正当性がある。ならば既に婚約している分のアドバンテージも加えて十分、相手方の無茶な要求に対抗可能だ。


「父上。念のために聞いておきたいのですが、私がリディアーヌと婚約したのもこれを我が国に留めておくためだったのですか?」

「違う。考えの一つとしてそれがあったのは事実だが、それだけが目的であれば最初から『リディアーヌと婚約せよ』と命じた。シャルロットを選択肢に含めたのは其方の意思を尊重したかったからだ」

「リオネル。貴方は貴方のしたいようにしていいのよ。……もし、リディアーヌとの婚約を解消したいというのなら、そうしても構いません」


 国王の返答に続けて王妃が言うと、第三王子は「いいえ」と首を振った。


「今更、リディアーヌ以外の相手を見つけるなど面倒でたまりません。……もちろん、リディアーヌが『解消したい』と言うのなら話は別ですが」

「わたしもリオネルさま以外との結婚なんて考えられませんよ」


 微笑んで答えた上で、俺は「ですが」と続けて。


「情勢がそれを許してくれるか、政略としてそれが正しいのかはわかりません」

「……そうだな」


 息を吐いてソファへ身を預けるリオネル。まだ十二歳の王子様には荷が重すぎる話だろう。

 場を和ませるためか、アルベールが冗談めかした明るい声を上げて、


「残念だ。リオネルがシャルロットを選んでいれば、俺がリディアーヌに求婚できたかもしれないのにな」

「アルベール殿下。貴方には婚約者がいらっしゃるでしょう」

「わかっているさ、宰相殿。だが、妻は別に二人いたって構わないだろう?」

「大事な娘を第二夫人に据えるくらいなら他の相手を探した方がマシです」


 さすがうちの父。第二王子の第二夫人だって十分良いポジションだろうに、きっぱりと「駄目だ」と言ってのけた。

 まあ、ほぼ首脳会議のような面子が揃っているとはいえ非公式の場だからこその発言だろうが。


「隣国はなにか動きを見せてくるかしら」

「動くのは確定であろう。アデライドの出自についてはあちらもある程度把握していたはずだ」


 執拗に俺が狙われた理由は目立っていて邪魔だったから……ということではなかったわけだ。

 純血派が気にしていたことを考えると、奴らのバックにいるのは俺が邪魔だった者。隣国の反主流派か、あるいはこの国に他国の血統を入れたくないと考えている過激派といったところか。


「先方が狙ってくるのは私ではなくリディアーヌだと考えて構いませんか?」

「おそらく、な。リディアーヌは容姿からしてアデライドによく似ている。求められるとすればリディアーヌだろうと以前から考えていた。……その考えは間違っていなかったと今日証明された」


 この場合、むしろ貧乏くじを引いているのは俺の方であって、「たぶん狙われなくて済む」と言われたアランは喜ぶべきところだ。

 シャルルとアルベールが揃って頷いて、


「隣国は諸事情から王家の血が薄れていると聞いています。王族の血を濃く有している女性がいるのであれば是非欲しいところでしょう」

「女の方が子のでき方を制御しやすいからな。むしろ好都合だろう」


 下手に王族クラスの男子をもらってきた結果、種をあちこちにばらまかれたりしたら次代のお家騒動を招きかねない。

 その点、女なら一度に作れる子供の数が決まっているし、宛がう相手を考えればほいほい騒動の種が増えたりはしない。


「アランの血統──仮に『王族適性』とでも呼ぼうか。それは現状の隣国でもそれなりに用意できる程度だ。あれこれと策を弄してまで手に入れに来るとは思えぬ」

「逆にもし、アランが隣国の女性と恋仲になり、添い遂げたいと願うのであれば許しても良いと思う」

「あら、お父さま? お兄さまが宰相を継いでくれるのを楽しみにしていたんじゃないの?」


 父はむっとした顔になって、


「もちろん楽しみにしていた。だが、アランの幸せが最優先だろう。……無論、婿に行くのではなく嫁を取って宰相を継いでくれるのならばそれが一番良いが」

「父上。少なくとも今はそのような気は全くありません。話が先へ行き過ぎです」


 そりゃあ隣国の貴族や王族なんて会う機会はそうそうない。接点がなければ恋仲になりようがないという話である。

 さて。

 アランなら構わないと言うことは、逆に言うと俺はまずいと言うことだ。俺の適性値だと隣国に決定的な影響を及ぼしかねない。


『王族不足の今なら女王を狙えるくらいだったりするのかしらね?』


 どう対処するかは相手の出方次第。


「陛下。教国と共同で声明を発表するのはどうでしょう? リオネルの婚約者であるリディアーヌは隣国王家の血を引いている、と」

「ふむ。……こちらから告げる事で機先を制する、か。悪くない。検討してみるとしよう」

「親父。純血派が隣国と通じている可能性が高くなった。公爵領の警備を今まで以上に強化するよう打診できないか?」

「必要であろうな。騎士団と連携し警備強化を行うとしよう。連中の尻尾を掴めれば動きやすくなる」


 その他こまごまとした対策は打っておくとして、基本的には状況が動くのを待つ形になる。

 俺は引き続き聖女の相手役というか相談役? みたいな立場を継続するように命じられた。こうなった以上、セリアの力を借りて国力強化を狙いたいところ。なんとしてでも協力を取り付けなければならない。


「……意外と変わらないものなのだな」


 話が終わった後、俺はリオネルと一緒に彼の部屋へと引っ込んだ。兄は兄で父と何やら話をしに行った。


「あれだけの事実が判明したのだ。すぐにでも何かが大きく動くものだと思っていた」

「すぐには動きませんよ。……いえ、動いていることに気づくのが難しい、と言った方がいいのかもしれませんが」

「難しいな」


 肩を竦め、笑うリオネル。


「いずれにせよ、お前を手放すのは避けたいな。お前がどこかへ行くとなったら姉上も付いていくだろう?」

「下手をするとヴァイオレットも一緒に来たがるかもしれませんね」

「我が国は大損害ではないか。聖女一人では割に合わん」


 いや、聖女の力は十分凄いと思うが。

 俺のことを手放したくない、と言ってくれるリオネルの気持ちは素直に嬉しいと思った。

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