第五章:竜の系譜

『聖女』と『竜の系譜』

 話がまとまった後、俺はアンナとモニカを連れて聖女の部屋へ向かった。

 魔力検査は教国使者の立ち合いのもと、対象者を集めて行われる。現場で「お貴族様の一団」として顔を合わせるよりは先に挨拶しておいた方が距離を縮めやすいと思ったのだ。

 城のメイドに案内を受けながら俺は呟くように言う。


「着替えて来た方がよかったかしら」

「リディアーヌ様は今日もお綺麗です。ドレスや髪の乱れもありませんから大丈夫ですよ」

「でも、わたしって性格きつそうに見られるじゃない? せめて赤いドレスは止めた方が良かったかも」

「関係を深めていけば内面は自然と知られるものです。でしたら最初から、ありのままのリディアーヌ様をご覧いただけばよろしいかと」


 二つ目のアドバイスはモニカ。納得の意見だが、もしかして「見た目だけじゃなく実際性格がきつい」と言われたのだろうか。しかし、あまり言い返すこともできないので「そうね」と頷いておく。

 程なく目的の部屋が近づいてくる。

 国賓レベルの人物に宛がう最上級の部屋。ドアの左右とその向かいの壁に騎士が一人ずつ、計四人立って警戒している。騎士のうち一人は女性であり、人手不足の中で最大限配慮されていることが窺える。

 姿勢を正して敬意を示してくれる騎士たちに目礼を返し、メイドのノックに返事が来るのを待つ。


「聖女様へお客様をお連れいたしました。リディアーヌ・シルヴェストル公爵令嬢様です」


 僅かな間があった後、ドアがゆっくりと開かれた。


「リディアーヌ様。ようこそお越しくださいました。どうぞ中へ」

「ええ、ありがとう」


 室内へと足を踏み入れる。件の人物は部屋のやや奥まった場所で椅子に腰かけていた。

 光を反射して煌めく金髪。澄んだ湖のような碧眼。肌は白さこそ貴族に劣るものの、ムラなく健康的な色合いで目だつ肌荒れや傷の跡もない。

 同年齢と聞いていた通り背格好は俺とそう変わらない。背は俺より少し高くて胸は俺の方が大きい。

 服は中位くらいの貴族令嬢向けドレスだ。初日は俺用の予備を着てもらったものの、高級すぎて落ち着かないと要望があったためランクを落としたものを用意した、と前もって聞いている。


『まさに王族好みの容姿ね』


 数日にわたるケアの成果もあるとはいえ、この美しさは街で評判の美少女だったんじゃないか。覚醒以前に誘拐されなくて良かった。魔力持ちは容姿が良くなる説はやっぱり正しい気がしてきた。

 目が合う。

 にっこりと微笑みかけると、彼女は慌てて立ち上がった。気にしなくても良かったのだが……。ひとまず一、二メートルほどの距離を置いて立ち止まり、スカートを摘まんで挨拶する。


「初めまして、聖女セリアさま。わたしはリディアーヌ・シルヴェストル。公爵にして王国宰相であるジャン・シルヴェストルの長女です。本日はご挨拶と、ひとつセリアさまへお願いがあって参りました」

「せ、セリアです。あの、お願いというのは……?」

「はい。少々ご説明も必要になりますので、腰を下ろさせていただいてもよろしいでしょうか? こちらのアンナとモニカはわたしの専属メイドと護衛騎士です。わたしも含め、セリアさまを害するような真似はいたしませんのでご安心くださいませ」

「あっ……はい、もちろんです、どうぞ」


 少女の座っていた向かいの席へ腰を下ろさせてもらい、セリアにもあらためて座ってもらった。

 すぐに紅茶の用意をしてくれようとするメイドを手で制し、代わりにアンナへ指示を出す。我が専属メイドはひとつ頷くと持ってきた包みから円筒形のガラス容器を取り出した。

 蓋を捻ると本体から分離してグラスになる。その状態で本体を傾ければ、中に入っていた琥珀色の液体がグラスへと注がれた。


「リディアーヌ様。こちらは珍しい容器ですね」

「精巧なガラス製で美しいです……。こちらの液体はブランデーでしょうか?」

「まさか。ただの麦茶よ。この容器は携帯用のティーボトルね」


 気軽に麦茶やアイスティーを携帯できたら、と自作した品である。

 最初はステンレス製の水筒を再現しようと思ったのだが、アンナやオーレリアから「美しさが足りない」と言われ仕方なく透明なガラス製になった。

 前世で聞きかじった知識を元に間へ真空を挟んだ二重構造を作っており、魔道具ではないが保温効果がそこそこ高い。姉のよく飲んでいたチューハイの缶を参考に表面にダイヤモンドカットを施したことで無駄に高級感もある。


「素敵です……。こちらはどちらの職人が?」

「わたしが魔法で作ったの。いくつかの職人にも再現できるか聞いたみたけれど、とても無理だと言われてしまってわ」

「残念です。では、手に入れる方法はないのですね。陛下や王妃様にも是非ご覧いただきたい出来ですのに」


 思わず、といった感じで質問してくる城のメイドには「大事な方への贈り物としてわたしが個人的に製作することはできるわ」と言って話を打ち切ってもらった。

 今はセリアと話をしにきたのであって、メイドが前に出てくるのは本来かなり失礼な行為にあたる。


「大変申し訳ありませんでした、セリアさま。お詫びと言ってはなんですが、一杯いかがですか?」


 おかしなものではないと示すため、グラスに口をつけて三分の一ほど飲んでみせる。

 セリアはそれをじっと見つめた後、恐る恐る頷いた。


「そんな。わたしもその瓶に見惚れてしまっていたので……。でも、いただけるのなら飲んでみたいです」


 すぐに少女の分のグラスが用意され、アンナの手で麦茶が注がれた。そっとグラスを傾けて飲み込んだセリアはあっと声を上げて「すごくすっきりしてる……」と言った。


「ええ。特に夏場にはぴったりの飲み物なのです。材料も麦ですからそれほど高価にはなりません。平民の方でも手が届く範囲ではないでしょうか」

「そうなんですか? だったら昼の営業とかで出してみてもいいかも……」

「ふふっ。お父さまが酒場を経営していらっしゃるのでしょう? お酒好きの男性方には物足りないかしら」

「そんなことないです! 仕事の合間に飲むと親方に怒られる、なんていう若い人もいるし、女性客だって来るから……って、すみません! つい楽しくなってしまって!」

「お気になさらず。なかなか自由に街を散策、とはいかない身分ですので、教えていただけて嬉しいです」


 孤児院へ行くようになったお陰で親しい平民は増えたが、あの子たちはあの子たちで特殊な環境である。我が家や公爵邸で働く兵士たちも同じ。

 打ち解けたいという目的はあれど、せっかくだから聞いておきたいのも事実だ。笑顔を浮かべてそれとなく先を促せば、セリアは不思議そうな表情を浮かべて俺を見た。


「貴族様はもっと怖いと思ってました。他の人もとても良くしてくれて、びっくりしました」

「もちろん、怖い貴族もいるのですよ。ですが、わたしたちはセリアさまと仲良くしたいと思っております。ですからできるだけこちらを良く見せているのです」


 一人で大人たちの思惑と戦うにはあまりにも小さな肩がびくっと揺れる。


「それは、わたしが聖女だからですか?」

「もちろんそうです。あなたがただの平民なら、多くの貴族は歯牙にもかけないでしょう。なにかをさせたければ命令すれば済むと思ったかもしれません」


 少女の唇がきゅっと結ばれ、もやもやした思いをそのまま吐き出すように開いて、


「魔法の力がそんなに大事なんですか?」

「ええ、大事です」


 俺はそっと右手をテーブルの上にかざすと、手のひらに炎の蝶を呼び出した。一羽、二羽、三羽──数を増やしながら羽ばたき、小さな火の粉を鱗粉のように振らせる。少女の周りを遊びに誘うように、けれどその肌や髪に触れて怪我をさせないように。

 母の得意だったこの魔法は今もなお練習中だ。鳥と蝶を何匹も同時に、しかも自然な動きで操るのは今でもまだ難しい。発想でなんとかなるレベルを超え、特別な感覚がなければ成し遂げられない絶技。今はまだ完璧にほぼ遠いものの、少女を楽しませることはできたようだ。

 瞳を丸くし、蝶を追うように視線を動かす聖女に俺は語った。


「我が国が今日の姿で在るのは魔法のお陰です。魔法がなければこの国はもっと貧しかったか……あるいは、この世に存在すらしなかったでしょう。貴族の一般的な魔法ですらそうなのです。セリアさまの持つ聖属性の魔法であれば猶更」

「……そんなに、わたしの魔法は凄いんですか?」

「聖属性は『誰かを救うための魔法』だとわたしは思っています。傷や病気を癒したり、土地を豊かにしたり、争いを食い止めたり……それはもう、魔法を通り越して奇跡と言ってもいいくらいです」


 天使だの神だのという考え方もあながち間違いではないのかもしれない。そんな力、手に入るなら俺だって欲しい。

 その上、普通の魔法も好きなように使えるのだからチートである。これが物語の世界なら彼女が主人公に違いない。


「でも、わたしはただの街娘です。貴族になんてなれるわけ……」

「大丈夫。わたしたちもあなたをいきなり貴族の世界へ放り出すつもりはありません。常識や礼儀作法をきちんと身に着けられるようできる限り手助けをします」

「……リディアーヌ様」


 大したことは言っていない。似たようなことは既に何度も話されているはずだ。

 それでも歳が近いお陰か麦茶効果か、セリアは俺の話を真剣に聞いてくれた。

 少しは心に届いただろう、と手ごたえを感じながら、俺はあらためて微笑みを浮かべる。


「ですから、まずはもう一度、実感を得てみませんか? あなたが確かに聖女で、すごい魔法の力を持っているのだと自分の目で確かめるのです」

「自分の目で……」


 あの光の柱を見れば一目瞭然とはいえ、あの時は彼女も何が何だかわからなかったはず。

 説明を受け、多少は予備知識を持った今あらためて、自分が納得するために儀式を通過すればいい。


「はい。確かめたいです。わたしの目で、もう一度」


 結果は成功。セリアはこくんと頷き、魔力検査への参加を承諾してくれた。






 細かな説明などを行った後、俺はセリアと共に魔道具のある部屋まで移動した。

 またしても城の奥まった場所。エリア自体が限られた者しか侵入を許されない一角である。案内するのに城の上級メイドとセリアを護衛していた騎士がついてきたあたりからも重要性がわかる。

 せめて少しでも少女を怖がらせないよう、俺は彼女と歩調を合わせる努力をした。


「リディアーヌ様はこういうところ、慣れてるんですか……?」

「多少は慣れていますが、今から行く部屋はわたしも初めてです。公爵令嬢と言ってもわたしもまだ子供ですし、城は王族の領域ですからね」


 多少の親近感。

 おっかなびっくりといった様子のセリアが不安からか俺のドレスの端に手を伸ばしかけたあたりでメイドが到着を宣言した。

 開かれた扉の向こうには国王に王妃、さらに第一から第三までの王子様、うちの父と兄までが揃っており──なんというか圧が凄い。雰囲気を和らげているのは「一応ついてきただけ」といった感じで隅の方にいるルフォール侯爵夫人くらいである。

 彼とは少し離れて立つ、この国の様式とは違った服装の男性が教国からの使者だろう。世話係らしき少女と戦闘要員とみられる男を一人ずつ連れている。


 使者の首には独特の聖印。

 基本の形はアンクレットに近いのだが、楕円の形の反対側──突き出した棒が先の方で二又に分かれている。さらに楕円と横棒の間に斜めの棒が左右一つずつ突き出しており「翼の生えた人間」を限界までシンボル化した形をしている。

 これは見た目通り天使の姿を表していると共に、中心から七つの線に分かれていることから七柱の神をも表しているらしい。


「来たか、リディアーヌ。それから聖女殿、よくぞ参られた」

「は、はい」


 びくっとするセリアに「国王陛下。この国で一番偉い方」と囁くと、ついにドレスをつままれてしまった。同い年なんだが、なんだか姉になった気分である。

 幸い国王はさほど気にした様子もなく「待っている間に私と妃は済ませてしまった」と言ってくる。いや待ってろよ、と言いたいところだが、この国の重鎮ばかりの空間にセリアも長居はしたくないだろうし、むしろ良かったのかもしれない。

 何が起こるかの見本としては三人の王子と俺がいれば十分だ。

 さて。


「陛下。あれが例の魔道具なのですか?」

「ああ。輝く宝石の数と種類。そして中央部の輝き方によって魔力量と王家の血の濃さがわかるようになっている」


 人間の子供くらいの高さがある魔道具だ。

 台座には七色の宝石。中央部には大きな水晶が安置されており、要はこの宝石と水晶が光るらしい。宝石自体も大粒だし、透明度が高い。さらに金や銀で装飾まで施されている。作ろうと思ったらいったいいくらかかるだろうか。


「じゃ、さっさと済ませようぜ、兄貴」

「わかった。……ご令嬢。残念ではありますが、ご挨拶はまたの機会に。まずは我々があれに触れるところをご覧ください」


 アルベールがセリアにウインク。呆れたようにしつつも聖女へフォローしたシャルルが魔道具へと歩いていき、台座に触れる。

 輝いた宝石は二色。水晶の半分程まで光が満ち、それとは別に表面へ天馬の紋章がはっきりと浮かび上がる。

 王家の血っていうのはそういうことか。


「なるほど。これはわかりやすいわね……」


 シャルルの属性は光と心。アルベールは既に知っている通り光と火。二人共血の濃さに大した違いはない。次いで試したリオネルが光らせた宝石は風属性を示す一つだけ。やはり天馬の紋章ははっきりと輝いた。

 兄と比べて属性で見劣りすると思ったのか、若干不満げに帰ってくる婚約者に「大丈夫ですよ」という想いをこめて微笑んでおく。今動くとセリアが不安がるだろうし、次は俺かアランの番だろうからあまり話し込むわけにもいかない。

 と、思ったら。


「リディアーヌ。お前のところのアンナを借りてもいいか?」

「わ、私ですか!?」

「王族だけで試しても代わり映えしなくてわかりづらいだろ。ほら、危険はないから行って来い」

「り、リディアーヌ様」

「大丈夫よアンナ。もしあなたに何かあったら王家に宣戦布告してでも責任を取らせるから」


 そんなリスクを冒してまで悪戯する馬鹿はいない。納得してくれたのか恐る恐る近づいていったアンナは台座に触れ、青い宝石を輝かせた。魔力量を表す水晶の輝きは最低に近く、表面には何の紋章も現れない。若干可哀想だがわかりやすい結果である。


「では、聖女殿。お願いできるかな?」

『わたしとお兄さまは後回しなわけ!?』


 構わないが、セリアが若干不安そうである。


「セリアさまの後にわたしも試しますので、近くまで一緒に参りましょう」

「あ、ありがとうございます、リディアーヌ様」


 そうして触れたセリアの結果は劇的だった。

 七つ目を含めたすべての宝石が輝き、水晶の明るさもシャルルやアルベールと同等。表面に浮かび上がったのは使者が下げているのと同じ天使の紋章。


『聖属性が血統によらないという根拠の一つがこれかしら。天使の末裔としての資格は血ではなく素質で決まる……ってこと?』


 輝きの色も他とは異なるどこか清らかな色。ほう、と、王族たちですら感嘆をこぼしたことからもセリアの特別性がわかる。

 そっと台座から離れた聖女に「お疲れさまでした」と声をかけ、少し冗談めかして言う。


「セリアさまの後ですと見劣りしてしまいそうですが、わたしも試させていただきますね」


 光属性と火属性、二つの宝石が輝いた。

 魔力量は努力の成果か、セリアたちよりも上。そして肝心の紋章だが──。

 うっすらと浮かび上がる天馬の紋章に隣り合うようにして、『竜』を象ったがはっきりと浮かび上がっていた。

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