『聖女』の出現 2

 『教国』は大陸の北端に位置する小国だ。

 面積は王国の三分の一程度。国のトップは教皇と呼ばれ宗教的なトップを兼ねている。この世界で最もメジャーかつ人口の多い宗教。そして、その教えに基づいて動いているのが『教会』である。

 

「教会の教えでは、我々貴族の起源は古の『神』にあるとされています」


 神とは天馬、竜、一角馬等の伝説的な幻獣たちのことだ。

 教会はこれらを架空の存在ではなく「かつて実際に存在し、世界を支配していた神」と位置付けて信仰している。貴族の祖は神々から力を与えられた者たち。つまり貴族も平民も元は同じ人間だったと。

 この辺りは俺たちも歴史の勉強として教えられている。


「だが、それが純血派とどう関わる? 教会の教えでは、平民とは『神々から力を授からなかった』者の末裔だろう。むしろ貴族を賛美する宗教だと思っていたのだが」

「それは、教会において『天使』が別格とされているからです」


 七種類いたとされる神々の中で唯一、人に近い姿をしていたとされるのが天使だ。

 聖属性はこの天使が施した力だとされている。このことから教会の認識では天使の下に他の神が置かれる。これを上司と部下とするか親と子とするか、はたまた別とするかは解釈によって異なるのだが、


「聖属性を持つ聖者・聖女は教会において最重要視される存在。先代の聖女は平民出身ですが教皇陛下との間に子を成しています。最上位にある天使の力を発現しているのですから当然ですね」

「平民出身者が国の頂点と同等かそれ以上の権力を持つのか……。ん? なるほど、そうか! だから純血派などという発想がでてくるのだな?」

「はい。聖属性使いの多くは平民出身。貴族から出た聖属性使いもいますが、彼らの血統を辿ると多くの場合、そこに聖者・聖女がいます」


 聖属性に目覚める平民に貴族の血は入っていないが、聖属性に目覚める貴族には『平民の血が入っている』。


「教会の中でも過激派とされる純血派はこれを根拠に平民至上主義を掲げています。……おそらく、我が国において活動を行っている者達はもはや信仰とはほぼ切り離された反貴族派と言っていい手段ですが」

「では、教国も純血派を支持しているわけではないのか?」

「むしろ異端と言っていいでしょう。教国の主流派は聖女を皇妃あるいは教皇とすることを望んでいますが、一般の平民を政に関わらせたいとは考えておりません」


 国教には定められていないがこの国にも教会の支部はある。国の象徴に幻獣──つまり神を用いている国は直接的な末裔とされ教国からも一目置かれている。そのためたとえ邪魔だと思っても付かず離れず、上手く関係を保っておく必要があるのだ。


『宗教家って一度敵認定した相手にはとことん残酷になるものね。下手に絶交できないってわけ』


 この国の純血派は中枢から離れた末端がさらに過激さを増し、貴族に反感を持つ平民を取り込んで化学変化を起こしたものと見られる。

 中枢メンバーは信仰に篤い──端的に言えば狂信者が務めているかもしれないが、その他のメンバーは貴族を否定する理由付けとして賛同していたり、単に反政府活動的に支持していて宗教的な考えなんて一切なかったりするごった煮状態だ。


「教国内の純血派が金銭的・物的支援を行っていない確証もありませんが、教国の主流派による支援はないと言っていいでしょう」

「ふむ。……となれば、なおさら聖女を純血派にはやれんな」


 聖女が唆されてテロリスト化なんかしようものなら大事である。

 下手したら教国内の純血派までが勢いづいてクーデターとか起こしかねない。平民偉い、貴族は聖女の奴隷! みたいな思想の奴らが国を牛耳った日には周辺国家へ次々と宣戦布告を始めたり、それこそテロが頻発することだってあるだろう。


「陛下。聖女にはそのあたりの事情を伝えたのですか?」

「反応を見ながら少しずつ説明を試みているところだ。いっぺんに説明されたところで理解できるとは思えないからな」


 国がいくつもあってそれぞれに歴史的背景があって、かつ国内にも複数の派閥があって……なんて、今まで平民だった者には難しすぎる話だ。無理に詰め込めばそれこそ「いいからうちに帰して!」となりかねないし、そこは仕方ないところだろう。

 ここでシャルルが俺たちを見ながら口を開いて、


「リオネル。リディアーヌ。アラン。何かいい策はないかい? 歳の近い君達の方がまだ聖女の気持ちは理解しやすいのではないかと思うのだが」

「そう言われましても……私も平民の感覚に疎い身ですから」


 困ったように答えるリオネルが「おい、なんとかしろ」とこっちを見てくる。どんな無茶振りだ。いや、王子様に比べたら平民に近いのは事実だが。

 仕方ないので代わりに意見を口にする。


「多少無理にでも『保護』すべきかと存じます。当人が説得に応じないのであれば親に説明し、娘の説得を依頼するのも良いかもしれません。十分な報酬を約束し、店の改装費にあてろと告げたり、平民として過ごせば周囲に迷惑がかかると話すこともできます」

「やはりやむを得ないか。リディアーヌ。もしもの時は其方に説得を頼んでも良いか?」

「陛下のご命令とあらば喜んで」


 同性かつ同年齢とくれば俺に白羽の矢が立つのもある意味自然な流れ。人間、話す相手によっても聞く耳持つかが変わってくるものである。


「多少進展があったな。……では、

『今までのは前置きだったの!?』


 それは本当にただ事ではない。

 事情を知らないお子様三人は顔を見合わせ、三人を代表する形でリオネルが父親に尋ねる。


「一体、何が起こったのですか?」

「これは極秘事項である。外部に漏らした者は誰であろうと厳罰に処す。よいな?」

「───!」


 息を呑みながらもこくりと頷く俺たち。それを確認してから国王はゆっくりと告げた。


「昨日、『教国』からの使者が我が国へとして来た。教皇の正式な代理人として、だ。彼らは聖女への可能な限りの厚遇を我々に要求している」






「早すぎる。不眠不休で馬を走らせたとしても本国へはまだ辿り着かないはずだ」


 しばしの沈黙の後、アランが表情を引きつらせながら言った。

 王都から公爵領まで馬車で二日以上かかった。馬車よりも馬の方がスピードは出るし、単独であれば食事や休憩の時間なども短縮できるとはいえ確かに早すぎる。

 これに答えたのは父だ。


「王都に諜報員を置いていたのだろう。光の柱の出現を確認後、直ちに早馬と遠話魔法を駆使すれば不可能とまでは言えん」


 教国では魔法使い──貴族の扱いが異なる。全員が教会の一員として教育を受け、中には他国の教会に駐在員として派遣される者もいる。

 父とアランが王都と公爵領間で念話を成立させていたように、魔法を併用すれば確かに速度は上がる。そのためには近親者を揃って諜報員化するか、あるいは別の理論に基づく高精度・遠距離用の遠話魔法の開発が必要なはずだが、これも宗教国家の執念か。

 ここで国王がため息。


「加えて転移の魔道具だ。……まさかあれが実際に起動するとは」


 転移の魔道具は国の機密の一つ。

 存在すらも限られた者にしか明かさず、城の奥深くに厳重に保管していたらしい。

 元々は大昔の国王が当時の教皇から贈られた品で、対となる魔道具同士を共鳴させることで空間を繋げるらしい。本当ならば間違いなく国宝級。凄腕の魔道具製作者が何年もかかりきりになってようやく完成するレベルの品ではなかろうか。

 教国は神にまつわる古い国々全てにこの魔道具を提供しており、緊急の用件があった際に使者を送ってくるのだという。天馬を象徴するこの国もその対象というわけだ。


(ちなみに、使用に尋常じゃない魔力が必要なので軍事侵攻に使われる心配はない。そうまでして兵を送り込むくらいなら魔力持ちを陸路で送ってテロさせた方がまだ有益である)


「可能な限りの厚遇ということは、聖女を自分たちへ引き渡せと言っているわけではないのですね?」

「当初はそれを要求されたが断固拒否した。聖女もこれに関しては我々と同意見だ」


 今までの生活ができなくなるのは嫌だが、住み慣れた土地を離れるなんてもっと嫌だというわけだ。


「で、その厚遇ってのが問題なんだよな。奴らとしては聖女の望みを最大限叶えるのが最上らしいんだが、じゃあただの街娘として扱っていいかと言ったら『そのような事は許されるわけがありません』とか言ってくるんだよ」


 確かにそれは「どっちなんだよ」と言いたくなる。


「彼らにとっては衣食住を整え何不自由ない生活を送らせる事が前提なのだろうね。教会にとって聖女は最上位者なのだから」

「だけど、聖女自身が嫌だって言ってる以上は強制もできない。俺達に『なんとかしろ』とやんわり圧力をかけてきている最中ってわけだ」

『うわ、面倒くさいわね、それ』


 聖女に手厚い対応をしろ、と言う以上は下手な貴族と縁づかせることもできない。一方で当人の希望も尊重しなくてはならない。下手に扱うと宗教国家が怒って攻めてくるかもしれない。

 やっぱり聖女は厄介事の種だった。


「早く落としどころを見つけなければ他国からの介入もありうる。そして、聖女が他国に渡る事を希望した場合、教国はそれを後押しするだろう」


 説得を担う者の責任は重大である。俺のことだが。


「幸い、聖女の説得については道筋が立った。国の利益を考えれば我が養女としたいところだが、聖女の望みは出来る限り尊重しようと思う。シルヴェストル公爵家、あるいはルフォール侯爵家であれば十分にその役割を果たしてくれよう」

「陛下からのご信頼、誠に嬉しい限りでございます」


 それで俺たちが呼ばれたわけだ。ヴァイオレットが呼ばれていないあたり、俺かアランに説得を任せるのはほぼ決まっていたのではあるまいか。


「では、説得はいつにいたしますか? 聖女の親を召喚し、協力を要請した後の方がよろしいでしょうか?」

「少し待ってくれるかしら、リディアーヌ。実はもう一つ、貴女にやってもらわないといけない事があるの」


 積極的に話を進めようとすると、王妃からまさかの待ったがかかった。この上さらにやっかいごとがあるとか、本当に大変すぎる気がするのだが。

 俺は姿勢を正して口を閉ざし、先を促す。

 この国で最も偉い人間である国王がどこか沈痛な面持ちを浮かべ、俺に言った。


「教国からの使者はもう一つ重要な要求を行ってきた。聖女とこの国の王族、およびその婚約者の正確な魔力を確認する事だ」

「正確な魔力?」

「城には高度な魔力確認の魔道具が置かれている。国に一つしかない貴重な品でな。それを用いる事で属性と魔力量、そして各王家に連なる血の濃さを測る事ができる。聖属性の有無も含めてな」


 オーレリアがかつて俺に用いたものの豪華版といったところか。

 後から聞いたところによると、あの杖状の魔道具では聖属性の適性は測れないらしい。《魔女》であるオーレリアでさえ見たこともないのだから当然と言えば当然だが。

 城にある貴重な魔道具を使えばその辺りも含めて完璧にわかるというわけだ。


「使者は聖女の正当性を疑っているのでしょうか」

「単にはっきりと確認したいだけだ、と主張している。無論、我ら王族までも対象に含める以上、先方にも相応の覚悟を要求したが、引き下がらなかった」


 外交問題になりかねないのを承知で王家の血を確認したいと言ってきた教国。

 表向きな狙いはこの国に聖女を擁するだけの正当性、権威があるかの確認。裏の目的は『ひょっとしてわたしとお兄さま……なのかしら』。

 見れば大人たちはみなどこか沈痛な表情を浮かべている。できることなら避けたかったが、無理に拒否するよりはここではっきりさせた方がいい、という判断か。

 なら、それでいい。

 どのみちそろそろ限界だったのだ。ありがたく確かめさせてもらおう。


「かしこまりました。もちろん、わたしは構いません。わたしもリオネルさまの婚約者ですから」

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