公爵家での結婚式
「ご無沙汰しております、リディアーヌ様。公爵家の皆様に私達の結婚をお祝いいただける事、心より嬉しく存じます」
「久しぶりだね。素晴らしい魔道具を贈ってくれてありがとう。お陰で公爵領も良い意味で大忙しだよ」
「久しぶり、ソフィ。しばらく会わない間にとっても綺麗になったわね。クロードも。結婚が決まって貫禄が出てきたかしら」
結婚式の一週間前、はるばる公爵領からクロードたちが到着した。
式に関する手配は既にほぼ完了しているものの、会場の下見や当日の進行に関する打ち合わせ等、忙しく過ごすことになる。
今日までの日々もなかなか慌ただしかったはずだが、メイド服ではなくドレスを纏ったソフィはとても美しく、クロードも幸せそうでとても良い感じだ。なんというか「末永くお幸せにねっ!」と微妙にやっかみの入った祝福を強く叩きつけたくなる。
もちろん、シャルロットやアランも二人を大歓迎。特にアランとクロードは積もる話もあるだろう。男同士で恋バナとかしてアランの恋愛事情を引き出してくれたりすると嬉しい。
「ご両親や他の親族は後から移動してくるんだろう?」
「ああ。父上と母上が抜けてしまう以上、あまり大勢で来ると領地の運営が滞るから他に来るのは若い世代が中心になるよ」
「じゃあ、皆さんにもまたお会いできるんですね」
若い世代というとシャルロットをいじめた奴らが含まれるわけだが、また会えると屈託なく言える義妹は本当に凄いと思う。
明るいムードに俺は微笑み、それから首を傾げて、
「でも、それならお祖父さままで来てしまうのはまずいんじゃないの?」
「一週間や二週間留守にした程度で困り果てるような教育はしておらん。奴らの能力を測る意味でのいい機会だ。……それとも、リディアーヌは私に会いたくなかったのか?」
「まさか。歓迎するわ、お祖父さま」
クロードたちに同行してきたのは(使用人や護衛を除くと)祖父一人。言っていることが出産時の父とそっくりである。
彼は俺たち三人に少々だらしない表情で挨拶をすると、出迎えに来たセレスティーヌと顔を合わせた。
養母はレオンを抱き、柄にもなく多少緊張した様子で立っている。抱っこされている弟は状況がよくわかっていないのか、母の腕の中で大人しくしていた。
「ご無沙汰しております、お義父様。ようこそお越しくださいました。主人と積もる話もおありでしょう? どうぞごゆっくりお過ごしくださいませ」
「ああ。セレスティーヌも、今日まで公爵の妻という大役をよく務めてくれた。噂は公爵領にもしっかりと届いている。これからもジャンをよろしく頼むぞ」
「お任せくださいませ。力の続く限り役目を全うさせていただきます」
「うむ。……さて、これがレオンか?」
「ええ。どうぞ、抱いてやってくださいませ」
セレスティーヌが渡したレオンの身体を、祖父はあまり慣れていない様子で受け取り、ぎこちなく「レオン? レオン?」と呼びかける。すると、顔か声か、はたまたごつごつした手が嫌だったのかレオンが泣き出した。
「あら。小さい子にとってお祖父さまは少し怖いのかしらね」
「む。これでも精一杯怖くないようにしたつもりなのだが、私はまた孫に泣かれてしまったか……」
「お祖父様。というと、私達も?」
「泣かれた。アランはまだ控えめだったが、リディアーヌはそれはもう盛大に泣いた」
「ふふっ。なんだかお姉様らしいです」
「今思えば性格もあったのだろう。だが、それで懲りた私はシャルロットを抱くのを避けた。少々惜しい事をしたかもしれんな」
「そうね。シャルロットなら笑って受け入れたかも」
本当は、単に生まれた時点では孫ではなかったから抱かなかっただけかもしれない。それを上手く笑い話に仕立ててくれた祖父は本当にもう義妹に隔意を持っていないのだろう。それがあらためて感じられて俺はほっとした。
「というか、クロエはどうして隅で大人しくしているの?」
「ひっ!? リディアーヌ、そこはそっとしておいてくれてもいいでしょう!?」
使用人の陰に立って「見つからないといいなー」みたいな顔をしていたクロエがびくっと身を振るわせて小声で抗議してくる。いや、もともと公爵領の人間なんだからむしろ身内だろうに。怯えてないで羊の話とかで盛り上がったらどうなのか。
「クロエか。ちょうど良かった。こっちに来なさい」
「っ。マティアス様。その、できればお叱りはほどほどで勘弁していただけると……」
学園に通い魔術ほかさまざまな事を学ぶ傍ら、うちの屋敷でセレスティーヌの教えを受けていたクロエ。
彼女が意気揚々としていたのはせいぜい最初の一か月までで、それ以降はハードなスケジュールとセレスティーヌから与えられた「結婚式の差配」という課題に四苦八苦していた。
時々愚痴を聞いたりお菓子を差し入れたりはしていたものの、俺も正直割と多忙な身。本格的に構っている暇はなかなかなく──最近は「少し早まったかもしれません」という呟きが漏れる程度に疲弊していた。
うちの養母が割とスパルタなのもあってか自信喪失気味の彼女はどうやら、祖父にまで駄目出しされたら本格的にやばいと思ったらしい。びくびくしながら前に進み出てきた。
そんな彼女に祖父はゆっくりと手を伸ばし、ぽん、と軽く頭を叩いた。
「よく頑張っているようだな。だが、もう少し肩の力を抜きなさい。心配せずともセレスティーヌが補佐はしてくれているだろう」
「……え?」
ぽかん、としたクロエ。彼女が振り返ると、セレスティーヌは微笑んで頷く。
「問題があればこちらで修正できるよう準備はしていました。……もっとも、あまり必要ありませんでしたが」
「セレスティーヌ様。……もしかして、意外とお優しい方なのですか?」
『クロエもお養母さまの罠に嵌まったのね』
一見穏やかで優しそうに見えるセレスティーヌ。
その実、指導を受ける立場に立ってみると、必要だと思った指摘を容赦なく笑顔で飛ばしてくる鬼軍曹に見えてくる。しかしそのまま耐えていると「実のところ無駄に厳しいわけではない」ことがわかってくる。俺も通った道である。
まあでも、厳しいのも間違いないので「意外と優しい」とまで言ってしまうクロエは少しちょろい気がする。
さて。
シルヴェストル公爵家における主要人物の一人、クロード・シルヴェストルと公爵邸のメイド・ソフィとの結婚式には多くの招待客が詰めかけた。
少し前に
「ご協力に感謝いたします、リオネルさま」
「なに、私は何もしていない。式に参加するのは当初からの予定だった。予定通り参加すると言ったら『危険です』と騎士が動員されただけだ」
王族代表、および俺の婚約者として参加したリオネルは城でのパーティよりも幾分か楽な格好。
式の後のパーティーではマイペースに肉を食らいつつ、挨拶してくる貴族たちに鷹揚に対応していた。話の長い相手には「主役への挨拶はいいのか?」とやんわり釘を刺し、また肉を食っていた。
「リオネルさま。もう少し野菜も食べましょう」
「最低限は食べているぞ。それで十分だろう」
「いえ、肉の量に野菜の量がまったく見合っていません。偏った食事は身体に悪いのですよ」
サラダを差しだすと嫌な顔をする王子様。だいぶ大人になったかと思いきや、こういうところはあまり変わらない。しまいには「なら食べさせてくれ」とか言い出したので「あーん」してやった。
この国の結婚式は明確に決まった形がない。
この世界にも宗教は存在するものの、国教に定められているわけでも国民の多くが信仰しているわけでもないからだ。
そのため、神を特別信じていない家の結婚は大枠を伝統に則りつつ、細部は自分たちでアレンジして行われる。法的には国へ届けが出され、婿または嫁を迎える家の同意が得られていれば式を挙げる必要もない。それでも優雅さが求められる貴族のこと、式を挙げない結婚は極稀だ。
クロードとソフィの場合、新郎が黒のスーツを、新婦が白の豪奢なドレスを纏い、公爵家の代表である父の前で誓約することで結婚成立とした。
両者の衣装には我が家が開発した新しい服飾部品が用いられている。特にソフィのドレスはファスナーの採用によって上半身のタイトなデザインを実現しており、若い女たちの羨望の眼差しを集めた。『お陰でコルセット必須だけど……まあ、ウェディングドレスくらいは仕方ないかしら』。
それから指輪の交換と誓いのキス。
招待客から拍手で祝福が贈られ、大量の花束が手渡された。その他の祝い品については別途目録が用意され、後から順次届けられることになる。
「私達の結婚もこのような式になるのか?」
「どうでしょう。リオネルさまに希望の形式があればそのように整えられるかと思います」
「こういうのは女の希望に合わせるのが円満の秘訣だと聞いている。お前こそ希望があるなら遠慮せずに言え。早めに言ってもらった方がこちらとしても覚悟ができる」
『そんなに変な希望は出さないわよ。どうせなら思い出に残るようにちゃんと式は挙げたいけど』
式の後はさっきも言ったようにパーティー。
豪華な料理と酒が振る舞われ、来客へ感謝が示されると共に新郎新婦が来客とゆっくり会話する機会となる。親族にあたる俺はパーティー中でなくても話せるため、一言お祝いだけを言ってその場を離れた。クロードたちがひっきりなしに対応に追われているところを見ると正解だったらしい。
もちろん俺のところへ話しかけに来る者もいる。「ここ数年で何度も命を狙われるとは本当に運の無い」とか心配するフリをしながら嫌味を言ってくる輩もいたが、誕生日の時に比べれば人数も割合もだいぶマシである。
親族の結婚式で悪意を振りかざしてくる輩だ。式が終わり次第、名前と家の一覧と具体的な嫌味の内容をリストアップして両親と共有、しかるべき対応を取ることになる。
「リオネル殿下、リディアーヌ。ごきげんよう。素敵なパーティーへお招きいただき誠に感謝しております」
「ヴァイオレット。それからルフォール侯爵夫人」
招待客の中には銀色の髪の母娘もいた。もちろんこの二人は俺にもクロードたちにも嫌味なんて言っていない。それどころか丁寧で心の籠もった祝福の言葉を新郎新婦へ贈り、豪華な祝いの品まで用意してくれたくらいだ。
「来てくださってありがとうございます。わたしからもお礼を言わせてください」
「リディアーヌの大切な親戚ならわたしが来るのは当然」
「当家としてもシルヴェストル公爵家とは友好的な関係を続けていきたいと思っております。どうか今後とも、ヴァイオレットともども仲良くしていただければと」
「ええ、もちろん」
笑顔で挨拶をし、いくつか言葉を交わした後、侯爵夫人は「セレスティーヌへ挨拶をしてくるわ」と娘に告げてその場を離れて行った。
「そうか。お前達の両親は仲が良いのだったな」
「はい。なんでも学園在学時代からの親友だとか」
「どことなく似ているし、きっと気が合ったんでしょうね」
残されたヴァイオレットは「私もお話に交ぜていただけますか?」と静かにリオネルを見た。
「ああ、構わない。別に大した話をしていたわけではないからな」
「あら、リオネルさま。珍しく女子にお優しいのですね?」
「別に女を選んで冷たくしているつもりはないぞ。苦手な相手に女が多いだけだ。……ルフォール嬢は私に興味がなさそうだからな。話をするのに抵抗が無い」
確かに、ヴァイオレットはいつも自然体。第三王子を前にした気負いも、自分を売り込もうという気概も感じられない。今もきょとんとした顔で首を傾げて──。
「私は殿下ともお近づきになれたら、と思っておりますが」
「え」
「なに」
俺とリオネルは二人揃って硬直させられた。
「ヴァイオレット。いきなりなにを言っているの。それ、聞きようによってはリオネルさまを口説いているように見えるわ」
「大丈夫。間違ってないから。でも安心して。リディアーヌを押しのける気はないから。もし選んでいただけるのなら第二夫人でいいの」
いや、ちょっと待て。もっと自分を大切にしろ。
『というか、真顔で言われても冗談にしか聞こえないわよ!?』
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