闘技大会での出来事 3
「リディアーヌの魔法にいちいち驚いていては身がもちませんよ、兄上。これの師が誰なのかお忘れですか?」
「……ああ、そうだったな。師が師なら弟子も弟子か」
少々呆れた様子で呟くアルベールに、直立不動で控えている黒髪黒目の美女が「恐れ入ります」と答えた。こういう時は彼女が師匠で良かったと心から思う。
と、隣に座ったリオネルが軽く身を寄せて耳うちしてくる。
「それはそうと、よくやったぞリディアーヌ。兄上とあれだけ戦ったのだ。誰も無様な結果だと笑うまい」
「ありがとうございます。頑張った甲斐があるというものです」
「ああ。少々やりすぎだがな。……魔法を使うお前に勝つには恐ろしい努力が要りそうだ」
「逆に言うと剣だけではとても勝てません。リオネルさまにはリオネルさまの魅力があるのですから、無理をなさる必要はありませんよ」
幸い上映会の方は上手くいった。
映し出したのはアンナに身嗜みを整えてもらったあたりからの俺の視界そのもの。見たものをそのまま映しているので映像は非常にクリアだ。
咄嗟に視力強化を行い辺りを見渡したので、火球を放ってきた数人の姿もしっかりと記憶に残っていた。
「これはどの程度正確な情報なのだ?」
「ほぼ事実そのままと思っていただいて構いません。魔法で記憶を掘り起こし、そのまま投影しています。わたしが無意識に記憶を改ざんでもしていない限りは何の偽りもありません」
「それは良い。正確性も情景保存の魔道具と合わせれば担保できるだろう」
ビデオカメラのように情景を写し取る魔道具らしい。レンズの幅が狭いため遠景を撮ろうとすると今度は解像度の問題が出てくる扱いづらい品だが、記憶に頼らずとも後から情景を再現できるという点で画期的な効果がある。
今回はその場に来られない王族のため、またいざという時のために宮廷魔法師に使わせていたそうだ。
「最後に出てきた男の容姿も確認できるな。お前のいた位置からだと少々遠いが」
「でしたらその部分だけを拡大しましょう」
「……もう驚かないからな。驚かないぞ?」
拡大して見てみると、やはり男が使っていた魔道具は一つではなく、別々の魔道具を連結して用いているように見える。
一つは身体にぴったりフィットする腕輪……いや、男が右手に着けている手袋までがワンセットか? もう一つは腕輪の四点へ細い鎖をがっちりと巻きつけ、さらに男の腕にも同じく鎖を巻きつけたペンダント(というかなんというか)な魔道具。
どちらも俺の記憶にある魔道具ではない。と言っても、俺が直接見たことがあるのは我が家にある品か、そうでなければオーレリアの作った品がほとんどだ。
「俺とリディアーヌで念入りに破壊したからな。せめてこうして確認しなければならん。……オーレリア、この魔道具がどんな効果なのかわかるか?」
尋ねられるまでもなく《漆黒の魔女》は映像内の魔道具に注視している。
アルベールは実のところ一つ年下の弟。慣れないであろう呼び捨ても特に気にした様子はなく、一分に満たない思案の後に推測を口にした。
「腕輪ではない方──無理矢理繋げられた魔道具に用いられているのはおそらく新型魔石です」
「ほう? となるとこの者は貴族ではなく平民か」
男の顔に見覚えのある者はこの場に一人もいなかった。となると、平民でないにせよモグリの魔法使いか、でなければ国外の人間である可能性が高い。
「新型魔石は先に輝いた後、輝きを弱めています。これはおそらく起動を終えたため。そして、装着者が致命傷を負った後、強い輝きを放っていたのは腕輪の方。この事から見て、新型魔石の魔道具は旧来の魔道具を強引に機能させるためのものかと」
言わばコンバーター、あるいはスターターだ。魔力持ちにしか使えない魔道具に新型魔石を繋げ、魔力供給を行うことで平民でも扱えるようにするための魔道具。
「これまでに用いられ、押収された数から見て火球の腕輪はそろそろ打ち止めのはず。男のこれは新型魔石を利用した新たな戦い方を模索するためのものでしょう」
「なるほど。……それで? 肝心の魔道具の効果は推測できるか?」
アルベールの問いにオーレリアは笑みを浮かべた。
どこか艶やかで、どこか超然とした笑み。《漆黒の魔女》はその知識と才覚をいかんなく発揮し、見事にそれを推測してみせる。
「男をけしかけたであろう何者かも、男が即殺される事はわかっていたはず。であれば、おそらくこの魔道具は最初から『装着者が死んでも機能するように』作られたものです。当人の息の根を止めただけで満足し、魔道具の破壊を怠ればそのまま起動し何らかの効果を発揮する、という筋書きです」
「使い手の生死に関係なく? となると……」
「考えられるのは主に二つ。一つは何らかの情報を誰かに伝える効果。そしてもう一つは装着者もろとも周囲に破壊を撒き散らす効果。わざわざ用いるとすればおそらく後者でしょう」
例えば、周囲に爆炎を撒き散らすようなもの。
要は自爆テロだ。被害の範囲にもよるが、あと少し対処が遅れていたら死傷者が何人も出ていたかもしれない。
「この手の魔道具は噂として聞いたことがあります。起動と同時に使用者の魔力どころか生命力すらも全て奪い尽くして効果を発揮する絶死の魔道具。国家間の戦争が活発だった頃に製作された品を持ち出してきたのではないかと」
魔力全てを消費して用いる自爆魔道具。
戦争時でも使いどころがなかなか難しそうである。起動さえすれば照準をつける必要がない代わりに敵陣まで切り込まなければならない。あるいはスパイのごとく敵地に潜入してしまえば良いが、魔道具を用いるのは貴族なので顔でバレる危険が高い。そもそも、戦争に勝つためとはいえ自爆したいと思う貴族なんて極稀だ。
平和になってからは死蔵されていたであろう魔道具を何者かが今になって持ち出してきて、別の使い方を編み出した。
新型魔石から魔力供給が可能となる魔道具を作り、平民に使わせる。平民なら見ない顔でも警戒されづらいし、死んだところで大して痛くない。むしろ平民一人の命で貴族を殺傷できるかもしれないのなら安いものだ。
『なによ。こんなの自爆テロそのものじゃない……!?』
早すぎる。
新型魔道具の開発にはまだまだかかると高をくくっていた。そうしたら、魔道具に比べれば解析・製造が容易であろう新型魔石を利用して旧式の魔道具を活用する方法が現れてしまった。
どこの馬鹿、あるいは天才か知らないが余計なことをしてくれた。
コンバーターなんて発想がこんな早く出てくるのなら、新型魔石をしこたま使った大規模バッテリーだって近いうちに登場してしまいかねない。
「リディアーヌ様」
オーレリアの声にはっとする。いつの間にか身体に力が入っていたらしい。爪を立てた手のひらと噛んでいた唇からうっすらと血が滲んでいる。慌ててアンナがハンカチを押し当て、オーレリアが治癒魔法をかけてくれる。
おかげで少し冷静になった。
残っていた紅茶を飲み干し、アルベールと騎士団長に告げる。
「門の警備、および見慣れない者への警戒を今まで以上に強くするべきです。魔道具を隠し持っていないかは特に厳重に。でなければ、いつどこで平民が破壊を撒き散らすかわかりません」
「そうだな。走行中の馬車にでも走り寄るだけでも中の貴族を殺せるかもしれん」
「……もちろん、そう易々と取れる手段ではないはずです。実行する平民の命はともかく、起動用の魔道具を新造する手間は惜しむでしょう」
自爆魔道具だってストックが尽きれば造るしかない。そうなると倍のコストがかかるわけで、そこまでしてテロをするか? という話になる。
もしかすると「いつテロが起きるかわからない」という状況を作ること自体が敵の目的なのかもしれないが。
オーレリアが息を吐いて、
「おそらく、実験の意味もあるのでしょうね。今回は上手く対処できたものの、逆に言えば対処できないよう工夫をすれば良いだけのこと。警戒の強い催しの際ではなく不意に用いるという手段を思いつくのも遠い話ではないかしら」
「オーレリア・ルフォール。念のために聞くが其方は関与していないのだな?」
「冗談はお止めください、騎士団長閣下。リディアーヌ様を危険に晒すような真似、たとえ死んでもいたしません」
「……まったく。お前は愛されているな、リディアーヌ」
リオネルが呆れ半分、安堵半分といった表情で言った。俺としては苦笑いである。
オーレリアの発言は本心だろう。ただ、なんとなく彼女の場合はいつか「他人が殺すのは駄目だけど、私との殺し合いで死ぬのは別よ」とか言いながら魔法合戦を挑んできそうな気もする。そうなったらいつかと同じようにぶん殴ってでも二人とも生き残るが。
「実際、オーレリアにそんな暇はありません。騎士団でも監視を付けていらっしゃるでしょうし、当家の屋敷から抜け出すだけでも多数の人目を避けなければなりません。もちろん、シルヴェストル公爵家が首謀者だと仰るのなら話は別ですが」
「ないな。あの時はお前達だって十分危険な位置にいた。わざわざ身を危険に晒すとは思えない」
アルベールがきっぱりと切って捨ててくれる。
一番近くにいたVIPはこの第二王子自身だが、ぶっちゃけ彼を殺したかったのなら試合中に俺が直接やった方が早い。加えて、自爆テロの阻止には俺自身も動いているわけで。
俺に知らせず他の家人が動いた可能性も正直ありえない。王国宰相という地位にある父やその妻であるセレスティーヌがバレる危険を冒してまでアルベールを狙ったりしないだろう。というか、普段あれだけ溺愛してくれている父が俺を巻き込もうとしたとか本当だったらさすがに泣く。
「まったく、何だと言うのだ。平民を使って貴族を狙う手口はこれで何度目だ? それほどまでにこの国に恨みがあるというのか?」
「おいおい、リオネル。恨みなんていくらでもあるだろう? 俺たちと利害の一致していない奴なんてたくさんいるんだからな」
この場で結論が出るはずもなく、ひとまずは肖像画の件の捜査結果で何かわかったらいいな(おそらく望み薄だろうが)ということになった。
やっと家に帰れる。
どうせなら泊まって行っても構わないとも言われたが、そうやって甘えていると客間どころか専用の部屋を用意されかねない気がするし、シャルロットたちも心配しているだろうから丁重にお断りした。家への馬車を一台用意してもらい、準備が整うまでの間に身支度を整える。
と。
「そういえば、悪かったなリディアーヌ。お前の剣を折ってしまって」
「ああ、これですか。お気になさらないでくださいませ。剣はいつか壊れるものですし、幸い、いずれとっておきの品を賜れるはずですから」
「ああ、父上に強請ったあれか。刀身よりも装飾の方に時間がかかっているようだから完成にはもう少し時間がかかりそうだぞ」
「急いではおりませんので気長に待つことにいたします。この剣も、むしろ重要なのは柄の方ですし」
いっそ刀身がなくても専用化した魔石だけで十分価値がある。刃の入っていない刀身だけ新しい物に付け替えれば十分である。
「なら、替えの刀身は俺が代金を払おう。それだけだと味気ないから、ついでに髪飾りでもやろうか?」
「兄上。リディアーヌを本気で口説く気ではないでしょうね? それほど気に入ったとでも?」
「こんな面白い女を俺が放っておくわけがないだろう。もし婚約解消する事があれば俺が求婚してやろうか、リディアーヌ?」
「申し訳ございません。リオネルさまから『婚約解消の話はするな』と命じられておりますので」
「ほう? なんだリオネル。お前もなかなかやるじゃないか」
どこまで本気だったのやら。さっさと弟をからかう方向にチェンジしてしまう第二王子様。矛先を向けられたリオネルは嫌そうにしているが、この兄弟、思ったよりも仲が良さそうである。アルベールが割と屈託なく誰とでも仲良くなれるタイプなのも大きいだろう。
気さくに話しかけてくれるタイプだし、実際彼が婚約者でもそこそこ楽しくやれたかもしれない。もちろん、それはそれとして婚約解消するつもりはない。
とはいえ。
『わたしが狙われる理由、有耶無耶にしておくのもさすがに限界なんじゃない……?』
家に帰ると案の定、心配してくれていたシャルロットがとてもほっとしていた。アランも「また派手にやったね。怪我がなくて良かった」と笑顔を向けてくれた。
セレスティーヌは、
「リディアーヌ。報告をお願いします」
怒りはしなかったものの、有無を言わさず事の経緯を細かく報告するよう言ってきた。やっぱりこの養母は一筋縄ではいかない。
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