闘技大会での出来事 2
『さて、最後に一勝負行いたいと思う。これは完全な余興だ。どうか気楽に見守って欲しい』
クラヴィル家次男が舞台から去り、ノエルが真っ赤な顔で戻ってきたところで第二王子アルベールは高らかに宣言した。
『戦うのはこの私と、ここにいるリディアーヌ・シルヴェストル公爵令嬢だ!』
拡声の魔道具を使用人に手渡すと、木製の手すりに飛び乗り──さらに跳躍! どよめきが上がる中、靴音を大きく響かせながら舞台へ立つと、こちらを「エスコートが必要か?」とばかりに見上げてくる。
俺は微笑で応え、数歩の助走からふわりと宙へ跳び上がった。魔法の力を借りて大きく緩やかな放物線を描き、アルベールから一メートルほどの距離に着地する。
「さすがは《紅蓮の魔女》。この程度で臆する事は無いか」
「あまり好みではない異名ですが、名に恥じない程度には研鑽を積んでいるつもりです」
すらり、引き抜かれた剣は陽光を反射して鈍く輝く。刃を落とした試合用で王子の愛剣ではないが、並の品ではないことが窺える。
対する俺が抜いたのは愛用の装飾剣だ。俺にとって武器であり魔法の増幅具でもある。長身のアルベールを見上げるようにしながら刃を打ち合わせ、一足一刀の間合いよりもさらに数歩の距離を取って一礼。
静寂。
ほんの一瞬、人でひしめく広場が確かに音を失った。俺の緊張が観衆にまで伝わったのだろうか。
第二王子様の方はただただ楽しそうに笑っておいでなのだが、こっちは既に心臓がうるさいほど高鳴っている。まあ、そのくらいの方が頭は回るはずだ。深呼吸まではいかない、軽い呼吸をひとつ行って剣を構える。
「始め!」
開始の合図のあった直後、俺は床を強く蹴って飛び上がり──その俺を追うように強い閃光が生まれた。
目が眩む。身体強化に風の魔法も使って数メートルは上がったお陰で多少はマシだが、視界が不完全でアルベールの姿が追えない。
『確か、要はピント調節の問題なのよね……!?』。目に魔力を流して正常な状態を速攻で回復。身体が降下に入るのを感じながら下を見ると、こちらへ向けて炎を取り込んだ風が吹き付けてきているのが見えた。
「ちょっと……!?」
風が来ていると分かったのは巻き上げられた炎が完全に消えていなかったお陰だが、
『やりたい放題じゃない、王子様!』
第二王子アルベールの属性は火と光。奇しくも俺と同じである。さらに言えば、魔力量にも大きな差はない。身体能力の分だけこちらが不利だと言っていい。
ついでに先手も取られた。大きく跳んだのは舞台中央に火球でも落としてやろうと思ったからだが、それを逆に利用されてしまった。
まあいい。
俺は剣を振るいながら刀身に魔力を流し、無数の
「そろそろ、お返しさせてもらうわ!」
今日はスカートじゃないのでこっちも好き放題できる。
頭を下に。風を生んで推進力を得ると、むしろ熱風に突っ込むように高速で降下。舞台上に立ったままのアルベールへ急接近すると、姿勢を制御しつつ落下の勢いを全て装飾剣の一撃に叩き込んだ。
下段からの切り上げが俺の剣を迎え撃つ。
衝撃。
身体強化vs身体強化。思い切りぶつかり合った刃が耳障りな音を響かせる。剣から伝わってくる手ごたえも生半可じゃない。アルベールめ、身体強化だけじゃなく刀身保護か何かを併用して威力を上げてきたか。押し切るのは無理と判断し、地面に着地すると同時に後ろへと跳ぶ。
ぱきん。
直後、俺の剣が音を立てて砕けた。
『あー……やっちゃったわね』
衝撃に耐えきれなかったらしい。幸い、折れた刀身は舞台上に転がったためレギュレーション違反にはならない。ちなみに向こうの剣は無事な模様。子供用と大人用の差か。どうせなら折れてくれればいいものを。
「なかなか面白いものが見られた。どうする? ここらで終わりにしておくか?」
「冗談でしょう!?」
床を蹴って接近。三分の一も刃の残っていない剣を振り、その先に不可視の刃を形成する。正確には刃というか、ゲームで言う「当たり判定」だけを生んでいる感じ。質量はないが当たると痛い。
見えている部分だけならそもそも当たらない一撃。しかし、アルベールは何かを察したのか剣を振り、見えない剣を弾いた。
「ふっ。油断も隙も無いな、お前は!」
つま先が跳ね上げるように持ち上がって顎を狙ってくる。『こいつ、女の子を気遣うつもりはあるのかしら?』。かわしきれないので防御障壁を形成、硬いブーツの先を受け止めたところで体勢を立て直す。
上段からもう一度見えない斬撃。アルベールは元の刀身の長さ分だけ距離を取ってかわそうとし──その頭上で、さっきの倍の長さに伸ばした不可視の刃と、念のために張ったものであろう王子の防御障壁がぶつかり合った。
決定打が生まれない。
ただ、相手に十分な力があるのは確認した。俺もそうだが、アルベールも万一のために複数の魔道具で護身しているはず。『一発くらい、防御される前提でぶっ放してもいいわよね?』。
見れば、第二王子もまたにやりと笑んでこちらを見ている。
俺たちの眼前にそれぞれの生み出した火球が輝き、互いの真ん中で見事に衝突、火の粉を舞台上へと撒き散らした。
「そこまで!」
火球同士の衝突からさらに数分、魔法と剣、体術を用いて戦い続けた俺たちは、見るに見かねたような審判の声によって試合を中断させられた。
動こうとしていた身体を急停止し、息を整える。心臓は酸素をもっとくれとしきりに訴えており、紅の前髪は乱れ額には汗がびっしりと張り付いていた。
『……うわ。いったん止まると途端に身体が重くなるわね』
戦っている最中は気づかなかったが、どうやら相当疲れているらしい。
それでも、どうせならもう少し戦いたかった。我が儘なことを思いつつ、剣を鞘へと納める。刀身がほぼなくなったせいでなんかぐらぐらするが、留め具で押さえておけば大丈夫だろう。
前へ一歩足を踏み出せば、アルベールの方も同じようにこちらへと歩み寄ってきていた。彼の髪の毛もいつの間にかだいぶ乱れている。
ぎゅっ、と、会場の真ん中で握手を交わして、
「アルベール殿下。手加減をなさいましたか?」
「最後の方はだいぶ本気だったさ。お前だって似たようなものだろう?」
「……そうですね」
最後の方は「多少怪我させてもいいかな」くらいで技を振るっていた。それでも、審判がきちんと止めてくれたお陰でお互い目立った傷はない。
「ほら、先に退場しろ」
「ありがとうございます」
笑いあった後、俺は王子に先んじて舞台中央から離れた。すると、いつの間にか脇で待機していたらしいアンナがモニカと共に俺へ駆け寄ってきた。
「……もう、やり過ぎです、リディアーヌ様」
「ごめんなさい、アンナ。つい楽しくなっちゃって」
気心の知れた専属メイドの手で服や髪の乱れを直される。見苦しくない程度に直ったところで、先に舞台から離れようと俺はアンナの手を引いた。中央ではアルベールが自前の魔法で拡声し、最後の挨拶を始めている。
「ほら。落ち着くのは席に戻ってからにしましょう?」
「そうですね。馬車の手配は済んでおりますので、皆様と合流して帰宅を──」
「アンナ。リディアーヌ様の盾になりなさい」
「っ!?」
俺たちの会話にモニカが突然割って入ってきた。彼女は言いながら素早く俺たち二人の前に立ち、防御障壁を展開する。
会場内の数か所。平民たちの人混みの中から飛んできた火球が障壁に遮られて四散、消滅する。悲鳴と怒号が響き、広場に無秩序な人の動きが生まれた。
逃げようとする者。愕然と立ち尽くす者。何事かを叫ぶ者。衛兵は不届き者を捕らえようと動くも、人波に阻まれてなかなかうまく行かない。もっとも、火球を放った連中も逃げようにも逃げられない状況だが。
──そんな中、広場から離れようとするのではなく舞台へと向かってくる男が一人。
服の長袖を捲り上げ、右腕に装着されたゴテゴテした装備──複数の魔道具が連結された結果、ガントレットのように見えるそれを俺たちへと向けてくる。
モニカが腰のベルトから短剣を引き抜き投擲。風の魔法によって後押しされたそれは男の首に狙い違わず突き刺さり、鮮血を激しく吹き出させた。
ぐらり。
倒れる男の腕で魔道具が輝く。発動済みなら制御の要らないタイプ。俺は咄嗟に舞台へ落ちたままの砕けた剣先を念動力の要領で操作。瞬時に出せる限りの出力をもって魔石を砕いた。
そこへ、王子のかざした右手から炎が放たれ、着弾すると火の粉をばらまくのではなく火柱を吹き上げて男の全身を焼き尽くす。機能を保てないほど破壊されたのか、火柱が収まっても魔道具が効果を発揮することはなかった。
『皆の者、騒がせたな。心なき者の企みは挫かれた。残りの賊もじきに捕らえられよう。どうか、いたずらに騒ぐのではなく兵や騎士に協力してくれないか』
火球を放った者たちは全員、程なく取り押さえられた。例の腕輪を装着していたのでわかりやすい。どさくさ紛れに逃げようとする彼らを捕まえるのには一部、腕っぷし自慢の平民の協力もあった。
騒ぎのせいで大きな怪我をした者には特例として治癒魔法が振る舞われ、広場に残っていた平民たちは衛兵・騎士の誘導のもと順次広場を後にすることとなった。
貴族は専用ルートから馬車に乗ってそれぞれ帰宅。
俺の家族たちも無事に帰っていったが、残念なことに俺はみんなと一緒に帰してもらえなかった。状況把握のために証言を聞きたいと城に連れて行かれたからだ。モニカにノエルにアンナにオーレリアと、俺関連の護衛と使用人も一緒である。
「普通の貴族なら騎士団の本拠で十分なんだ。城で寛げるだけ温情だと思え」
「殿下と同じ部屋で寛げる貴族令嬢はそういないと思いますが」
「ん? それは俺が美形すぎて落ち着かないという事か?」
燃やしてやろうかこの野郎、と半ば本気で思ったものの、口に出すのは「ご冗談を」という小さな嫌味だけにしておいた。
「現場の確認にも多少時間がかかる。その間に着替えて来てもいいぞ。着替えならこちらで用意できる」
「? わたしの着られるドレスが城にあるのですか?」
「こういう時のために常時二、三着は用意しているらしいぞ。不要なら不要で調整して王女の誰かに贈ればいいからな」
「助かりますが、さすが、王族の皆様はやることが大きいですね……」
俺を着替えさせたことのあるメイドも複数いるので、アンナとオーレリアがいれば十分困らない。貸し与えられた、というか「そのままお持ち帰りいただいて構いません」と言われたドレスは我が家の余所行き用として何の遜色もない品だった。
戻ってきた時には舞台の検証も最低限終了しており、騎士団長が城を訪れていた。
「さて、リディアーヌ。あの場で起こった事について証言のすり合わせをしたいのだが、覚えていることを話してもらえるか?」
「ええ、もちろん構いません。……ですが、もしお望みでしたら私の見たものをそのまま再現いたしましょうか?」
「は? お前はいったい何を言っている?」
「実際に見ていただいた方が早いかもしれませんね」
真っ黒い布を持ってきてもらい、それを壁一面に固定してもらった俺は、さらに照明をやや落としてもらった上で布をスクリーン代わりに記憶の情景を『投影』した。
記憶を再生するついでに映写機のごとくみんなに見られるようにしただけなので俺としては大した作業ではないのだが、
「おい、お前。これが事もなげにやることか?」
と、さすがにアルベールからも半眼でツッコまれた。
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