闘技大会での出来事
「これは、すごい人出ね……!」
試合当日。
王都の中央広場には大勢が詰めかけ、大通り以上に広いはずのそこが人でいっぱいになっていた。
戦いの舞台は広場の真ん中に設けられた特設ステージ。土属性の魔法を使って円形に作られた石の舞台はがっしりとしていて揺らぐことはない。破損した場合は宮廷魔法師によって補修が行われ、次の試合には万全の状態で臨むことができる。
広場の数か所には貴族用の観客席。こちらは木材を使って土台を組み、天井には天幕(要するにテントだ)が張られている。寛げるようにテーブルや椅子が置かれ、メイドや護衛が控えられるだけのスペースもきちんとある。
「こんなに人がいるのでは私達は邪魔になるのでは……?」
「ご安心ください、シャルロット様。皆様のお席は前もって確保されております。試合に不参加の騎士も警備として動員されておりますので危険はございません」
シャルロットの呟きに護衛役のモニカが答える。
今日のモニカは帯剣だけでなく動きやすい部分鎧まで身に着けた戦闘モードである。今は被っていないが兜も小脇に抱えている。
彼女の言う通り、広場には騎士と衛兵の姿も多い。特に衛兵は「おい、押すな!」「くれぐれも貴族様に失礼な真似をしないように!」と平民に向かって声をかけ続けており、その苦労が窺える。
「シャルロットの事は僕も守るよ」
「いざとなれば兵や騎士、使用人が盾となります。ですが、貴女達も逃げる心づもりだけはしておいてください。お茶の飲み過ぎは禁物ですよ」
「は、はい、お母様」
こくんと素直に頷いたシャルロットだが、たぶん、彼女は言葉通り「邪魔じゃないか」と言っただけで身の危険を案じたわけではない気がする。
まあ、いつでも危機を警戒しておくのは悪いことではない。俺もにっこりと義妹に微笑みかけた。
「もちろん、わたしもシャルロットのことを守るわ」
「お姉様はご自分の怪我を心配してください!」
「はい、ごめんなさい」
逆に心配されてしまった。
俺が(エキシビションとはいえ)試合へ出ることにシャルロットは反対なのである。というか父もアランも反対している。唯一、明確に反対まではしていないのがセレスティーヌだが、彼女からは「どうせ止めても無駄でしょう?」と嫌味をもらっている。
着替えの手間を減らすため、既に剣術用の衣装を纏っていることもあって少々肩身が狭い。
そこへ、参加者兼俺の護衛として来ている少女騎士──ノエルが笑って、
「私はリディアーヌ様と対戦できないのが残念です」
「ありがとう。ノエルは優しいのね」
するとモニカが不思議そうに、
「対戦ならいつでもできるでしょう?」
「それはそうですが、訓練と真剣勝負は別ですので」
「私がいる時なら治療もできますから真剣勝負をしてもらって構いませんよ」
「なるほど」
良いことを聞いたとばかりに頷くノエルに、シャルロットが「もう少し危ない事を控えてください!」と怒る。俺とモニカもまとめて「ごめんなさい」と謝った。
「類は友を呼ぶというか、リディアーヌ様の影響は大きいようですね」
「オーレリア。あなたが言わないでください」
間違いなく俺へ多々影響を与えている魔女様にアンナが突っ込んだ。なお、今日のオーレリアはメイド姿だが世話係というよりは護衛要員である。
走って逃げようとするとすぐ息切れする彼女が力を発揮するのは「もういいから民衆ごと敵を焼き払え」くらい切羽詰まった状況が主なので、なんというか暇してくれることを祈る。
そうして。
貴族の送迎用に人払いされたルートを使い馬車でやってきた俺たちは、シルヴェストル公爵家用の席へと腰を落ち着けた。
途端、あちこちから送られている視線。
「リディアーヌ。あまり顔を動かさないように」
「はい、お養母さま」
視線の多くは平民のものだが、中には他の貴族のものもある。
席は細かく区分けされており、階級が高い家ほど中央かつ物理的高所に設けられている。我が公爵家はほぼ中央に位置しているうえ高台に家族がほぼ全員揃っているので非常に目立っている。
『他の家は出席していても一人か二人だものね』
人が多いうえに平民の視線にさらされる場所だ。好んでやってくるのはよっぽどの物好きである。そうでない家は不参加か、出席したという事実を作るために男子を一人だけ送り込んできている。
立ち見の平民の中には催しの顛末を報告するよう命じられた貴族家の使用人も混ざっていることだろう。
と。
「よう、リディアーヌ。剣の腕は磨いてきたか?」
「リディアーヌ。無様な結果に終わったら承知しないからな」
俺たちのすぐ傍──最上段の席に男と少年が一人ずつ姿を現した。
第二王子アルベールと第三王子リオネル。複数の騎士に守られ、見るからに高そうな服を着た彼らがどういう身分なのか、大した知識のない平民でもおおよその想像はつくだろう。
来るなり気さくに話しかけられてしまった俺は本来必要な長ったらしい挨拶を省略、カーテシーと「ごきげんよう」だけで誠意を見せた上で二人に笑顔を向けた。
「自分なりに納得のいく努力ができたと感じております。本番では精一杯の力をお見せできればと」
「楽しみにしておこう。……ああ、それから公爵家の皆も息災のようだな。セレスティーヌ、赤子は元気にしているか? シャルロットは今日の衣装も可愛らしいな。アラン、勉強ばかりでなく運動もして息を抜かないとジャンのような堅物になってしまうぞ」
俺と同じく剣術用の衣装を纏ったアルベールは俺の家族にもそれぞれに声をかけていく。
近くにいる知り合いだから話しかけること自体は問題ないのだが、ここまで来るとばっちり特別扱いである。いやまあ、リオネルの婚約者がいるんだから特別で間違ってはいないが。
リオネルに「どうにかしてください」と目線を送っても「放っておけ」とばかりに肩を竦められるだけ。
仕方ないので侯爵家用のスペースにちょこんと座っているヴァイオレットに手を振っておいた。向こうも嬉しそうに手を振り返してきてくれて癒し効果はばっちりだった。
『リディアーヌが戦うんでしょう? だったら、絶対観に行く』
と、前もって話を聞いてはいたのだが、まさか本当に来てくれるとは。友人にまで見られているとなるといよいよ無様な戦いはできない。
「というか、リディアーヌ。面倒だからお前、こっちに来い。どうせリオネルと話をするだろう」
「よろしいのですか?」
「俺が許可したのだから問題なかろう」
我が家の面々に声をかけ終えた(ついでにモニカやオーレリアとも話していた)アルベールがとんでもないことをあっさりと告げ、俺の席がリオネルの隣に移された。周りからの視線がさらに痛い。それでも優雅にしているのが貴族の務め。
俺は婚約者に雑談をもちかける。
「今日の参加者は十六名でしたよね」
「ああ。お前と兄上を除くと十六名だ。思いの外参加希望が多かったため、いくらかの者は弾かれたらしい」
どうせなら全部の試合を見たいと思うのが人情。別会場で並行して、というのは難しかったため、時間的な都合もあって人数制限が行われたのである。
なお、参加者が増えた理由は騎士団長夫妻参戦の他、副団長の家から兄弟全員が参加を希望したことなどが大きかったらしい。なお、その四人に関しては「一人でいいだろう」とくじ引きによって次男だけが参加資格を得ている。
その割にノエルが普通に参加できているあたり作為的なものを感じる人選である。まあ、彼女に関しては若い女性騎士枠なんだろうが。
「お前の出番は最後だ。それまではのんびり観戦しておけ」
「はい。この席ではあまり気も休まりませんけれど、そういたします」
それから他の家がリオネルたちのところへ挨拶に来て、ついでに我が家に挨拶して行ったりしているうちにイベントが開始された。
『皆。今日は良く集まってくれた。父である国王陛下に代わって礼を言わせてもらう。今日の催しは普段、騎士の戦いぶりなど直接見る機会のない平民のために考えられたものだ。是非、騎士達の素晴らしい戦いぶりを心行くまで楽しんで行って欲しい』
この場における最上位者であるアルベールが拡声の魔道具を用いて挨拶を行い(リオネルは「兄上がいて良かった」と呟いていた)、司会と審判は試合に参加しない中年のベテラン騎士が務める。
「第一試合、始め!」
何度か軽く剣を打ち合わせ、対戦相手に一礼をした上で試合開始。
優雅だったのはベテラン騎士が合図をした瞬間までで、次の瞬間には両者の間合いが一気に詰まって鍔迫り合いが起こっていた。
片方が押せば、もう片方は素早く離れて立て直す。剣が何度も打ち合い、鈍い音を響かせる。平民たちの遠慮のない歓声の中にあってもなお、戦う者たちの息遣いが聞こえてくるような臨場感。
『自分が戦うことを考えてしまうからかしら。それとも、彼らが真剣だから?』
刃の入っていない剣の応酬から「斬られまい」という強い意思が伝わってくる。
攻撃魔法を使わないのは苦手だからか、それとも逆に隙になると考えたからか。いずれにせよ、めまぐるしく動き、チャンスを窺いあう姿は十分に見世物として機能している。
「私は希望すれば騎士の訓練を見られる立場だが……それでも、これは見ごたえがあるな」
「ええ。参考になります」
「ふん。我が国の騎士は決して衰えていないと、これで少しでも周辺国に伝わればいいがな」
ああ、逆に他国へ「見せる」意図もあったのか。
この国が手強いと思わせられれば攻められる危険が減る。無駄な戦争は避けた方がいい。軍備を重視するアルベールも積極的に戦争がしたいわけではないのだろう。
試合は大きな問題もなく着々と進んでいく。一つの試合が終わった後は舞台の清掃と補修の後、素早く次の試合が始まって観客を飽きさせない。平民向けに飲み物やちょっとしたつまみを販売している商人もいる。
「あら? 優勝者を予想して当てたら倍になって返ってくる……なんて言っている方もいますが、アルベール殿下、あれはよろしいのですか?」
「ああ。いくつかの商会には会場の設営機材を用意させる代わりに賭けの胴元となることや商売の許可を出した。それ以外の商人が行っているのであれば取り締まるがな」
儲けさせてやるから協力しろ、というわけか。商会としてもそれ以上の儲けが出ると踏んだからOKしているわけで、Win-Winの関係というやつである。
「あ、ノエルの番だわ」
「相手は男の正規騎士か。さすがに分が悪いのではないか?」
「あら、ノエルも捨てたものではありませんよ、殿下?」
少々緊張しているのか、険しい表情のまま舞台へと上がった少女騎士は試合開始と同時に後方へと跳躍しながら火球を放った。
「ほう」
そこまでの戦いではあまり行使されていなかった魔法攻撃。
炎が平民に当たる危険は跳躍と同時にやや下方向に放ち、外れても舞台の床を舐めるだけにすることで避けている。大胆かつ無謀ではない攻撃にアルベールが僅かに感嘆した。
しかし、対する騎士も落ち着いてこれに対処。避けるのではなく左手に持った盾で防ぎながら急接近し、ノエルに先制の斬撃を仕掛けた。
ノエルは軽いステップで回避。上段から振り下ろした剣をかわされるとすかさず片手を剣から離し、武器の間合いよりさらに踏み込んで相手の顎を拳で狙った。
「剣での戦いには拘らないか。リディアーヌに連れられて実戦を経験した成果か?」
「むう。逞しいのは良い事だが、要するにそれはこいつの悪影響を受けているということではないのか?」
剣、魔法、体術。多彩な戦い方が功を奏したのか、ノエルは初戦を制して二回戦へと勝ち上がった。安堵の息と共にようやく笑顔を見せた彼女に拍手を送る。
次の試合はモニカの番。
気負った様子もなく悠然と剣を構えた彼女は、どこか緊張の見える現役騎士を終始翻弄。まるで稽古をつけるかのような雰囲気のまま勝利を収めた。
これにはアルベールも満足そうに頷く。
「よし。女の騎士が勝ち上がってくれるのは良い事だ。女性騎士の増員や騎士団全体の士気向上が見込める」
「兄上。まさか対戦相手の騎士にわざと負けろ、などと言ってはいないでしょうね?」
「そんな事をするわけがないだろう。長く剣を握っていなかったとはいえ、モニカの才覚は本物だ。並の騎士では相手にならん。……ノエルの方は思いがけない奮闘だったがな」
そんな二人は第二試合でぶつかり、結果はモニカの勝利に終わった。
順当と言えば順当。試合後のノエルの表情も納得半分、悔しさ半分と言ったところだった。戻ってきた少女に直接聞いてみたところ「胸を借りたという気持ちが大きいですが、やっぱり勝ちたかったです」と答えてくれた。
それはそうだ、誰だって負けるつもりで挑みはしない。
決勝戦はクラヴィル家次男vs騎士団長。
団長に声援が集まる中、ノエルの兄は豪快な戦いぶりで攻め続け、見事にそのまま戦いを制した。
まさかの番狂わせだが、これは団長が準決勝で妻──つまりモニカと当たったことが大きい。二人とも真剣に戦ったものだから疲労が蓄積しすぎていたのだ。逆に若く体力のあり余っていた次男は技量と魔力量による不利をひっくり返して見せた。
『見応えのある見事な試合だった! 優勝した騎士には約束通り褒美を贈ろう』
次男は「妹からの祝福のキス」を所望してノエルから物凄く怒られた挙句、アルベールから同情されて金一封を与えられた。
なお、キスはちゃんと行われた。頬に。
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