さらなる異変 2
『美術品の贋作製作は法で禁じられている。また、王族・貴族の似顔絵をみだりに描いてはならない。不敬と判断した場合には罪に問う事もある』
国王の名の下に肖像画販売に関するお触れが出された。これは街の各所に書面で張り出される他、衛兵が家を一軒ずつ知らせて回る。当然、街のあちこちで噂になるので「知らなかった」は通用しない。知らない方が悪い、で終わりである。
同時に絵を販売した商人や絵の購入者にも「贋作と知っていたのか」や「絵の制作者は誰なのか」等の尋問・聞き込みを行う。
貴族家が画家に依頼して描かせた絵には本物の証として家の紋章が押される。
贋作だとわかって販売・購入した場合ももちろん罪になるが、紋章は腕のいい贋作師なら偽造が可能だ。まさかいちいち魔石を埋め込むわけにもいかないので真似られてしまうのはどうしようもない。真贋を見極められなければ一発アウト、などというのはさすがに厳しすぎるのであまり重い罪には問えないだろう。
描いた絵師についても果たして本当の情報を知らされていたかどうか。
違法な複製品や粗悪品に関しては適宜押収する。しつこく新しい品が出回ればその都度取り締まっていくしか当面は手がない。
「これでまた平民が大勢捕まるのか。……なんなのだ、我が国の民はそんなに捕まりたがっているのか?」
恒例になったリオネルとの交流会。この日の話題は珍しく楽しい話ではなく、目下の問題に関する愚痴となった。
「今回の件については難しいところですね……。普段あまり意識することのない法律ですから、多くの民にとっては『そんなことで罰せられるのか』という意識だったかもしれません」
「だが、売った側は知っているべきだろう」
「組合に登録している正規の商人は知っているべきですが、違法品かどうかの見極めは専門知識の量によります。それに、露天商の中には敷物一枚で不用品を売っているようなモグリもいるのですよ」
出自も良くわからない代わりに安値で物を売るこうした露天商は案外、金に余裕のない庶民の味方だったりする。一般庶民なんて「安くて物が良ければ盗品だろうが構わない」くらいのスタンスの者の方が多いのだ。
「不心得者がわざと流行を作り出そうと思えばできてしまう、ということではないか」
はあ、と深いため息を吐いてテーブルに頬杖をつくリオネル。
幼い王子が国の現状を憂いている。成長を感じられる一幕だけに「行儀が悪い」と注意しづらいのか、お付きのセルジュは微妙な表情で直立していた。
俺も『まあ、頭が痛いわよね』と思いながら紅茶を口にして、
「お触れが出された以上、それ以降に続けている者は取り締まることができます。しばらくすれば流行は止まるでしょう」
「そして、大量の捕縛者が出た事に不満が募るわけか」
「罪は罪ですから、取り締まらないわけにもいきませんし」
純血派の構成員のように全員が無条件で重罪、というわけではない。絵を買っただけの者のほとんどは厳重注意で済むだろうし、売った商人もせいぜい罰金だろう。
懲役が付くわけでも殺されるわけでもないのだからそれくらい我慢しろ、と言いたいところだが、まあ、平民の中には自転車操業的に日々を暮らしている者も多い。少額の罰金でもダイレクトに響いて立ち行かなくなったりもするかもしれない。
文句を言うな黙ってろ、と言うのも無理がある。
「リディアーヌ。何か良い策はないのか?」
「あったらお父さまに提案しています。この件は魔法や魔道具でぱっと解決するようなものではありませんし」
コピー機的な魔道具を作ってオリジナルの複製を直接販売する、とか頑張ったらできなくはないかもだが、その精巧な複製を「偶像の破壊」という反貴族活動に利用されたりしたらたまらない。
リオネルは遠い目になって椅子へと背を預けた。
「……私としては、絵が広まって皆に顔が知られるのなら悪くないと思うのだがな」
「その結果、広まった絵を見た平民から『もっと不細工だと思っていた』などと言われたらどう思います?」
「もの凄く腹が立つ」
「でしょう? ……それに、そうならなくとも、買った絵を皆が大事にするとは限りませんからね」
孤児院の子供たちは俺の絵を喜んでいた。
彼らには「ちゃんとした絵を用意して院内に飾らせる」と約束して納得してもらったが……みんながみんなそうした代案を与えられるわけではない。
庶民の娯楽を一つ潰してしまったというのは心苦しいところだ。
俺も少々遠い目になって、
「いっそのこと本当に歌って踊ってみましょうか」
「なんだそれは?」
「いえ、家の兵から民の心を惹きつけるための策として提案されまして……」
簡単に説明すると、王子様は「なるほど、見世物か」と頷いた。
「私も何度か見たことがある。芸の達者な者を城に招いて広間などで見る形だったが……セルジュ、平民の間でもああいう娯楽はあるのか?」
「吟遊詩人や芸人が広場などで芸を披露し、投げ銭を回収する、といった事は時折行われております。平民の貴重な娯楽の一つですね」
吟遊詩人にしろ芸人にしろ一箇所に定住している者は少なく、多くの者は旅をしながら芸をして日銭を稼いでいる。そのため、いつどんな見世物があるかは運次第。
前世にて歳のいった親戚から聞かされた伝説の『紙芝居屋』とかもそんな感じだったのだろうか。
『あら? 紙芝居屋はともかく、意外と面白いんじゃないかしら』
「リオネルさま。見世物を用意して人心を掌握する、というのは良い策かもしれません」
「む? 私の雑談が役に立ったということか?」
「ええ。とても役に立ちました」
俺はにっこりと婚約者様に向けて微笑んで、
「さっそく今日の夜にでもお父さまへ相談……いえ、せっかく城にいるのですからこの場で提案書を仕上げて提出すれば良いかもしれません。リオネルさま。案の詳細を詰めるのにご協力いただけますか?」
笑いかけられたリオネルは「急だな」と苦笑しながらも頷いてくれる。
「よかろう。だが、提案書は連名にするぞ。お前と私の名があれば読まずに捨てられるような事にはなるまい」
「感謝いたします。ではまず、どういった見世物が適しているか、という問題ですが……」
使用人に紙とペン、インクを用意してもらった俺は椅子をリオネルの隣へと移動させ、納得のいく案が出来上がるまで二人で話し合いを続けた。
残念なことに、俺とリオネルの出した案がそのまま採用されることはなかった。
費用対効果も考えたつもりだったものの、実現は少々難しいということで形を変えて採用となった。シャルルやアルベールが提出した解決策も参考にした良いとこ取りで決定された『見世物』の内容は、
「騎士による公開試合、か」
場所は王都の広場。
人の多く集まるその場所に特設の会場を用意し、衆人環視の中でトーナメントを開く。優勝した者には褒賞と共に類稀な実力の持ち主だという栄誉が贈られる。
平民の見物料は無料。貴族用の席も設けられ、そちらに関しては席のグレードに応じて料金が徴収される。そんな内容の手紙を自室に受けた俺は、なるほどと思った。
「試合とはいえ現役騎士同士の戦いならそれは見ごたえがあるでしょうね」
俺から手紙の内容を聞いたアンナもこくりと頷いて、
「騎士の戦いを無料で見物できるだなんて、平民が少し羨ましいくらいですね」
確かに。
貴族が参加しようと思ったら金がかかる上、平民からジロジロ見られるというリスクまで犯さなければならない。最悪、暴動が起きて巻き込まれる可能性だってあるのだから不公平だと思うのも無理はない。まあ、平民に交ざって立ち見ができる貴族なんて多くはないだろうが。
『ヴァイオレットならできるかしら? 人目を惹く美人の癖に気配を消すのが上手いのよね、あの子』
オーレリアにもこの話をしたところ、彼女も感心していた。
「平民に息抜きを与えると共に示威行為にもなる、と。アルベール殿下の考えが取り入れられた結果かしら」
騎士の戦いを目の当たりにすれば多くの者は「敵わない」と悟る。そうやって反乱を抑止しようというアルベールらしい策である。
師は感心した後で眉をひそめて、
「けれど、参加希望者が集まるかしらね。誰だって手の内を明かしたくはないでしょうに」
試合のレギュレーションとしては一対一。武器、魔法、魔道具の使用は自由というもの。観客を傷つける行為や対戦相手に致命傷を負わせることは禁じられてはいるものの、制限はかなり緩い。
勝ち上がろうと思えば魔法の力も含めた実力を開示しなければならない。
家や自分の利益を考えれば他者に力量を測られるのは避けたい、と考えるのが普通。平民の見物が自由となれば他国のスパイが紛れ込んでくる可能性さえある。褒賞がリスクに見合っていないと多くの騎士は参加を見合わせるだろう。
すると、護衛として傍に控えていたモニカが微笑んで、
「リディアーヌ様。備考の欄はご覧になられましたか?」
「え?」
あらためて確認したところ、手紙には付け加えるような形でこうあった。
──なお、試合には現騎士団長夫妻の参加が決定している。
騎士団長夫妻というと、今、俺の傍にいる彼女とその夫ということで、
「事前にご相談すべき案件かとは思いますが、決定まで口外を許されていなかったものですから……申し訳ございません。当日はお休みをいただきたく」
「ええ、それは構わないわ。わたしも観に行くでしょうし、むしろ楽しみなくらい」
「ありがとうございます。それでしたら、私の出番以外は護衛として務めさせていただきます。出番の間は他の者に依頼する必要がありますね。……ああ、いっそのことノエルにも声をかけましょうか」
騎士団長にその妻まで参加するとなればネームバリューはばっちりである。参加して結果を残せれば騎士団における出世コースに乗るのも夢ではない。単純に二人へ憧れる者の参加もあるだろうし、告知段階でこれを記載したかった理由もよくわかる。
なんだかモニカがうきうきしているのは腕を振るえるのが嬉しいからだろうか。
「モニカは実力を公開してしまって構わないの?」
「ええ。私は一度引退した身ですから、騎士団の基本戦力には含まれておりません。情報として伝わったところで何ができるわけでもないでしょう。護衛として支障が出ないよう配慮もするつもりです。……試合では用いられない魔法も当然用意がありますから」
「なるほどね」
レギュレーションによる制約は少なめだが、それでも殺傷能力の高い魔法は事実上制限されている。
見世物として行われる試合である以上、見た目的に地味な魔法も封印するべきだろう。モニカの属性である水と心のうち心の魔法はほぼ使えないと見た方がいい。
俺だってこの条件を課せられたらレーザーを撃てない。火力を絞って火球を撃つか、かわせないタイミングで雷を放つか。氷の槍ですら逸れたら平民を傷つけかねないし……うん、かなり戦い方が限られてきそうだ。
「どうせだからこの試合、わたしも出られないかしら。個人的に実力を披露しておきたい理由があるのだけれど」
騎士の強さを見せつけるだけでは他の貴族が軽んじられる可能性がある、とかなんとか言えば参加させてもらえないだろうか。
と、これにはモニカも苦笑して、
「私個人としては面白いお話だと思いますが、宰相閣下が聞けば反対なさるのではないかと」
めちゃくちゃ反対された。
「駄目だ。試合とはいえ怪我をする可能性は十分にある。女の子の身体に痕が残ったらどうする」
「大丈夫よ、お父さま。会場にはモニカもいるんだもの。怪我をしてもすぐに治してもらえるから、痕が残ることはそうそうないわ」
「それでも万一ということがあるだろう」
「でも、わたしだって原案を出した一人よ。わたしにも参加する権利はあるんじゃないかしら」
すると父はため息をついて愚痴をこぼすように言った。
「そういう我が儘はアルベール殿下だけで十分だ」
「お父さま? つまり、アルベール殿下が同じような理由で参加をねじこもうとしているわけね?」
「な」
しまった、という顔をしても遅い。
にこりと笑って「殿下と協調して参加への理解を求めます」と脅迫──もとい宣言をしたところ、見事「こちらで調整するから独自に動くのは止めなさい」と言ってもらえた。
結果、俺とアルベールは優勝者決定後にエキシビションマッチとして戦うことになった。
図らずも第二王子との対戦が実現してしまった。こうなるとリオネルも「参加したい」と言い出したが、公の場で兄弟喧嘩なんかさせられるかと父を含め周囲の者が説得したり宥めすかしたり拝み倒したりしてなんとか納得してもらった。
その代わりリオネルの期待は俺に向けられて、
「兄上に勝つのだ、リディアーヌ」
「また無茶を仰いますね……」
とりあえず、戦闘用の魔道具を新調しておくことにした俺だった。
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