新しい護衛騎士

「モニカ・モンターニュと申します。こうしてお目にかかる事ができ光栄でございます、リディアーヌ・シルヴェストル公爵令嬢様」


 新しい護衛と引き合わされたのは、学園の入学式が行われる数日前のことだった。

 屋敷の自室。

 オーレリアやノエルも傍に控える中、数名の騎士と共に現れたのは紺碧の髪と瞳を持った一人の女性だった。騎士装を纏い、腰に剣を差している。

 カーテシーではなく男性のそれに近い一礼の後、にこりと笑顔を浮かべる彼女。ノエルとは印象がだいぶ違う。年齢的にもだいぶ上。情報によると現在四十一歳。ただ、高位の貴族ほど若作りなので歳相応には見えない。

 俺は彼女にカーテシーを行い、形式的に自己紹介を行った上で礼を告げる。


「このような役目を引き受けてくださり、誠にありがとうございます。まさか、モニカさまほどの方が名乗り出てくださるとは望外の喜びです」

「モニカ、で構いませんわ、リディアーヌ様」


 結婚して大きな子供もいるご婦人らしい柔和さで答えてくれるモニカ。

 確かに、これから主従となるのであれば呼び捨てるのが当然なのだが、


を呼び捨てというのは、なかなか緊張してしまいます」

「慣れていただくしかありませんね。お気になさらず。私など、出産を機に騎士を引退し感覚を取り戻し切れていない中年女に過ぎません。夫の肩書きなど護衛としての働きとは関係ありませんわ」

『いえ、あなた、自分だって十分凄い血筋でしょうに』


 モニカの祖母は先々代国王の妹だ。

 つまり、現国王やリオネルたちとも遠い親戚にあたる。王族の基本条件である「国王から数えて三親等以内」からは外れているものの、実家の家格は(元王族であるため)我がシルヴェストル公爵家よりも高い。

 侯爵位を持ち騎士団長職(権限的には宰相と同格)に就いている夫の権威があってもなくても礼節を以って対応すべき相手である。

 彼女に白羽の矢が立ったのは選定が難航していたのと、ノエルの母が護衛探しに動き出したのが原因だった。


『適任者が見つからないのでしたら私がやりましょう。そうすれば、貴方から「誰か良い者はいないか」と毎日愚痴を聞かされなくても済みますもの』


 騎士団長から愚痴られた副団長から愚痴られた兄から聞かされたノエルの話によると、そんな一言があったとかなかったとか。

 お屋敷で紅茶を嗜んでいる方が似合いそうなおしとやかな美貌と裏腹に、彼女は結婚後子供ができるまでは騎士団に所属していたらしい。剣の腕もなかなかのもので、王族の血に由来する高い魔力による身体強化も交えて活躍、当時はもっと低かった女性騎士の地位向上に一役買ったそうだ。

 しかもぶっちぎりで年上。

 さすがに若干気遅れしてしまうが、そんな俺を見たモニカは困ったように首を傾げて、


「私では不服でしょうか? でしたら夫に一言苦言を呈した上で別の者を連れてまいりますが」

「不服などもちろんありません。ですから、旦那様を叱るのは止めてくださいませ」


 慌てて謝った後、呼び捨てにするのは誓いの儀が済んでからということにしてもらった。


「では、誓いの儀を済ませてしまいましょう」


 セレスティーヌにも見届け人になってもらい、モニカの剣を受け取って肩へ当てる。

 あらかじめ心づもりをしていたお陰か、それとも成長したお陰か、ノエルの時のように重くて落としそうになることはなかった。

 儀式は無事に終了。

 前任者であるノエルも「モニカ様でしたら何も言う事はありません」と素直に引き継ぎに同意してくれる。彼女の場合はモニカの武勇伝があってもなくても兄の背を追いかけていたはずだが、それはそれとして憧れの存在ではあったとのこと。


「三年という短い期間ではございますが、剣を捧げた以上、命に代えてもお守りいたします」

「あなたというかけがえのない騎士が命を落とすことのないよう、わたしも精一杯励むわ、モニカ」


 儀式の後は細かい条件の確認や俺、ノエルとの模擬戦などを行った。

 もともと、そろそろ復帰したいと身体を鍛えていたというモニカ。「まだまだ勘が鈍っています」とのことだったが、俺はもちろんノエルも彼女には歯が立たなかった。

 公爵家相当+αの魔力もさることながら、その熟練の風格が手の内を読ませてくれないのだ。そのくせモニカの方は簡単にこっちの手を看破してくる。


「私は水と心の属性を持っております。そのせいか、人の心理を推測するのは得意分野なのですよ」

「あら。意外といるのね、二重属性の人って」

「高い魔力を持つほど発生しやすいようですから、高位貴族においては稀というほどでもありませんね」


 三つ以上の属性を持つ者もたまーにいるらしい。なお、オーレリアの全属性は言うまでもなく超レアである。

 と、ノエルが少々興奮した様子で、


「モニカ様が凄いのは属性だけではありません。治癒魔法の使い手としても名を馳せていらっしゃるのです」

「恥ずかしながら、怪我の治療に駆り出された事は幾度となくございます。名を馳せるというのは言い過ぎですが……そうですね、戦いの傷に関してはそれなりの腕だと自負しております」


 治癒魔法を学んだのは怪我をした人を見ていられなかったから、騎士を心ざしたのは怪我する人を一人でも減らしたかったからなのだとモニカは語った。


「立派だわ。モニカには足を向けて寝られないくらい」

「勿体ないお言葉です。単に性分だっただけのことなのですよ。属性の影響かもしれません」


 なんでも、水属性の者は治癒魔法に興味を持つことが多いらしい。

 治癒魔法自体はという厄介な魔法なのだが、おそらく水の属性持ちが性格的に向いているからなのだろう。大成する術者は水属性持ちが多い。四肢の欠損さえ治すオーレリアも(当たり前だが)水属性を持っている。


「逆に水属性持ちの騎士は多くありません。モニカ様の存在はとても貴重だったと聞き及んでおります」

「水属性は温厚な方が多いものね」


 アンナやヴァイオレットが好例だ。


「水は時と場合によって姿を変えます。大雨が降れば濁流になりますし、尖った氷は生き物を傷つけることもあります。大きく降り積もった雪は街を閉ざして人々を凍えさせるでしょう? 同じように水属性の中にも様々な人間がいます」

「そうね。火属性だって見るからに苛烈な人間ばかりじゃないわ。お母さまは暖かな暖炉の火のような方だったと聞いているし」


 水属性っていうか毒属性なのでは、という女も一人知っている。


「モニカも穏やかな中に激しいところを秘めているってことね。そのうち、そういう一面も見られるのかしら?」

「そうですね。リディアーヌ様やノエルが剣の腕前を上げていけばそういうこともあるでしょう」


 穏やかに笑ったモニカは「ですので」と続けて、


「よろしければお二人の指導役を務めさせてください。現状の腕前では一人前と呼ぶのに不都合がございますから」


 その申し出にはどこか有無を言わさぬ迫力があった。

 俺もノエルも発展途上の身。鍛えてくれるのはむしろ望むところではあるのだが、なんだろう、そこはかとなく怖い。

 それでもその場は「お願いします」と答え──俺たちは後に知ることになる。こと戦闘関連において、モニカが「物腰柔らかな鬼軍曹」であることを。


「では、本日より護衛の任に着かせていただきます。前もってお伝えいたしました通り、週に一、二度家へ戻る時間をくだされば後は自由にお使いください。お屋敷内に一室をお貸しいただければ泊まり込みでの護衛も問題ございません」

「助かるけれど、本当にいいのかしら? 家庭内の差配もいろいろとあるでしょう?」

「信頼できる者に任せてあります。使用人達についてもこういう時のために鍛えてまいりましたし、夫も泊まり込みの多い立場です。滞りなく運用が行われているか定期的に確認できれば十分かと」

「それは本当に助かるわ」


 部屋はノエルに時々貸していたところを使ってもらうことにした。

 騎士団長夫人を使用人部屋に押し込めるのもどうかと思ったのだが、「リディアーヌ様の部屋から遠くなる方が問題です」とモニカ。

 ノエルの私物もさほど多くはない。寮の部屋に移してもらえばちょうどいいということで落ち着いた。ノエルがこっちに泊まる時は客室を準備すればいいだろう。


「それじゃあ、ノエル。学園で充実した時間を過ごせるように祈っているわ」

「はい。名残惜しいものがありますが、気持ちを切り替えて励みます」


 そうして、季節は春へと移り変わった。






「久しぶり、リディアーヌ。会いたかったわ」

「クロエも。元気そうで良かった」


 学園に入学する者は身近にもう一人。

 公爵領で知り合った親戚にして友人──クロエ・シルヴェストルが新しい屋敷の住人として我が家へとやってきた。

 仲良くなった相手との再会に俺やシャルロット、アランは喜び、クロエも父やセレスティーヌとの対面に緊張しつつも一緒に暮らせることを喜んでくれた。

 入学にあたっては寮へ入る道もあった。むしろその方が通学時間がなくて便利ではあるのだが、そうしなかった理由はというと、


「良妻賢母を目指すため、セレスティーヌ様へ教えを乞いたいからよ」


 クロードの第二夫人の座を絶対射止める、という熱意が凄かった。


「お養母さまは確かに良妻だけれど、きっと厳しい道のりよ?」

「構わないわ。クロード様からの寵愛でソフィに勝てないのなら実務面で攻めなくちゃ。公爵領の役に立って手放せない人材と認められるのよ」


 生後半年程度のレオンがいる難しい時期に迎える新しい住人。とはいえクロエは身内であり利害が一致している。念のためセレスティーヌによる面談、およびモニカの心の魔法を用いた意思確認も行われたが、何の問題もなくOKだった。

 むしろ俺的にはいじめ、もとい厳しい指導でクロエが泣かないかが心配である。

 セレスティーヌは体調もだいぶ戻り、屋敷内での活動を中心として復帰している。クロエの申し出にも意外と乗り気で「では、最初の大仕事として結婚式の手配をお願いしましょう」と言っていた。


「やっぱり、クロードとソフィは我が家で結婚式をすることになったのね」

「ええ。ジェラール様から公爵様へ念話でもお伝えしているし、手紙でも伝えた通りよ。二人からの伝言としては『また会えるのを楽しみにしている』って」

「わたしもとっても楽しみだわ」


 結婚式は秋に行われる予定だ。ソフィの実家とも無事に話がつき、結婚が認められたらしい。反対されても押し通す気満々の様子だったけれど、認められたのなら猶更めでたい。

 招待状の送付は既に始まっており、その相手にはなんとリオネルも含まれている。

 旅から帰ってきた後の土産話で結婚の話をしたところ「俺も出たい」と言い出したので招待客に加えてもらったのだ。

 貴族が結婚する際は城へ両人の名前や式の日時、場所などを伝えるのが習わしになっている。これは王族なら誰でも何人でもウェルカムという意味を含んでいるものの、王族が本当に参加することは極めて稀。そこまで織り込み済みの伝統であり、それとは別に名指しの招待を行うことは王族からそれだけ目をかけられているという証明となる。

 王子が参加することになってクロードとソフィも胃が痛いだろうが、何しろ公爵領の次期管理者の結婚だ。王族から誰かが出てくるのはそうおかしな話ではない。


『会場がわたしの家なら実際、リオネルさまが来るのが一番自然よね』

「そうそう。それとは別にクロードから手紙をもらっているわ。送ってもらった魔道具のお礼と、それから、牧場に埋めた魔道具があったでしょう? あれが思ったよりも有効だからいくつか作って欲しいって」


 魔道具の効果範囲だけ牧草の生育が早く、羊たちも喜んでいるらしい。他の牧場にもあると便利なので暇を見つけて作って欲しいそうだ。羊たちのため、クロードたちのためならできる限り力になってやらなくては。


「クロエ、羊が恋しくはない? 大丈夫?」

「ええ。……正直、今から恋しくて仕方ないわ。ねえリディアーヌ、このお屋敷で羊は飼えないわよね?」

「無理をすれば飼えなくはないでしょうけど、敷地内は大半が石畳だし、庭の花を食べられたらさすがにお養母さまも怒るんじゃないかしら」


 花をもぐもぐされた怒りを羊にぶつけるセレスティーヌ──少々見てみたい気もするし、俺としても羊の癒し効果は是非とも欲しいのだが、クロエと顔を見合わせて「止めておこう」と意見を一致させた。

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