リディアーヌと慌ただしい日々 3
「お姉様はどう思われますか? アルベール殿下とシャルル殿下のこと」
俺の誕生パーティーやらセレスティーヌの出産やらでごたごたしている間に、シャルロットの下へ二人の王子からお茶の誘いが届いた。
お茶会、ではなく「お茶」の誘い。
加えて言えば連名ではなく別々に、だ。行ってみたら複数の令嬢がいて蚊帳の外でした、なんてことはおそらくない。むしろ護衛や使用人がいる以外は一対一である可能性が高い。
困ったシャルロットは両親に相談し、俺たちには夕食時に父から通達があった。
両王子はシャルロットを妻に欲しているのか。
仮に義妹がどちらかの王子と良い仲になった場合、シルヴェストル公爵家は第三王子派という立場を崩すことになる。派閥としてはかなり痛い。王子様に見初められたい、というのは義妹自身の望みでもあるので悪辣な手とも言い難い。
男としてのシャルル、アルベールの性格はわからないが……人としては目的意識を持って努力する王族であり、姉である俺としても忌避感はない。
もしかするとシャルロットを厚遇することで俺からの心証を良くしておくことで、もしシャルロットとの結婚が成らなくとも俺とリオネルの婚約が解消になった際、俺に求婚することができる、などという意図もあるかもしれない。
政治的な判断はなかなか難しい。
姉妹で王子に見初められるような事態になれば他家からのやっかみも加速するだろう。そう考えれば断ってしまうのも一つの手ではあるものの、父と養母の選択は「シャルロットの意思に任せる」というものだった。
現在、王位継承の有力候補とされているのは第三王子まで。
三人のうち二人の妻を我が家から出せれば、どちらかが未来の王妃となる可能性が高い。その上で姉妹で協力し、互いの夫を「仲良くさせる」ように動けば国政をよりよい方向に動かしていくことも可能だ。
なので、別にどっちへ転んでも悪くはない、という判断である。
ただ、任せると言われたシャルロットは困ったらしい。夕食後、俺を部屋に招いた上で眉を下げ、意見を求めてきた。
どうしてアランには聞かないのかと尋ねれば「お兄様はきっと反対すると思うので」とのこと。彼もなかなかのシスコンなのでさもありなん。義妹的にも恋愛の話を異性にするのは躊躇われるお年頃だろう。
そこまで把握した上で、俺は「そうね……」と考えて、
「シャルル殿下は好いた相手に粘着質なところがあるかもしれないわ。逆にアルベール殿下は情熱的に求めて来そうだから、前もって覚悟しておいた方がいいんじゃないかしら」
「い、いったい何のお話ですか……っ!?」
真っ赤な顔をして怒られた。俺より一つ年下とはいえ、男女の営みについてはもう軽く触れる程度には知っている。幼さゆえの潔癖も手伝って少々刺激の強すぎる話題だったらしい。
「ごめんなさい。……でも、あらかじめ考えておくことも必要よ? 男というのは親しい相手にだけ別の顔を見せることもあるから」
「見てきたように仰いますが、お姉様はリオネル殿下との関係を『覚悟』されているのですか?」
「ええ、まあ。なんとなく、リオネルさまの場合はわたしがある程度、方向性を支配できる気がするから」
「……お姉様でしたら確かにできるかもしれませんね」
遠い目になったシャルロットは息を吐く。「お父様もそうなのでしょうか」と呟くのが聞こえたが、それについては俺にもなんとも言えない。意外と情熱的だったりするかもしれないし、意外と淡白だったりするかもしれない。
最近のセレスティーヌなら教えてくれるだろうか? いや、興味本位で聞いたが最後、父への感情が変わってしまいそうなので止めておこう。現状でさえ「チャイナドレス風のランジェリーで興奮して子供ができました」とか考えると「お父さま……?」ってなるし。
「お父さまも言っていたけれど、最終的にはシャルロットの気持ち次第よ。まだ本当に『そういうつもり』かどうかもわからないし、もしそうだったとしても、あのお二人なら悪いようにはしないでしょう」
「でも、お二方ともいいお年頃なのに、お相手がいらっしゃらないんですよね?」
「表向きには婚約者がいるからでしょうね」
シャルルは王弟の娘の一人と、アルベールはシャルルの妹と婚約関係にある。
この婚約は令嬢たちからの求婚を避ける目的で行われた偽装、あるいは情の薄い関係であるということが広く知られている。いかに嘘っぽくても婚約者がいる以上、令嬢たちも不用意には近づけないため、両王子は浮いた話から守られているというわけだ。
そのとばっちりもあって第三王子であるリオネルが大量の求婚を受けたわけだが──うん、そう考えるとあのお気楽王子様にもわりと同情したくなる。
「長年、隠れ蓑にされているお二方も大変ではないかと思うのですが……」
「彼女たちの思惑も本人に聞いてみないことにはわからないわね。もしかするとオーレリアのように結婚に興味のない方かもしれないし」
我が師である黒髪黒目の魔女ならば「邪魔をしないこと」を条件にさっさと婚約を受け入れただろう。実際、隠れ蓑にされてもおかしくなかったと思うが、そうならなかったのは母親との一件から外聞が良くないと判断されたからだろうか。
「シャルロットはどうしたいの? 王子様に求婚されるの、夢なんでしょう?」
「お姉様。私はお姉様に釣り合う女性になりたいだけで、王子様なら誰でもいいわけではありません。素敵な方であれば王族でなくともいいのです」
少々不服そうに主張してくるシャルロット。心配しなくても今の時点で十分、引く手あまたの美少女だと思うのだが。
「シャルル殿下とアルベール殿下、どちらか気になる方がいるなら受ければいいし、そうでないなら断ってしまいなさい。幸い、王国には今、五人も王子様がいるわけだし」
ちなみに現在第四王子は十歳、第五王子は七歳である。思想が定まり切っていない上、歳が近いためコントロールしやすいという意味でも彼らの方がシャルロットの相手には向いているかもしれない。
俺の答えになっているか怪しい答えに、シャルロットはしばらく考えた後で一つの結論を出した。
「お茶のお誘いはどちらもお受けしようと思います。ですが、もし求婚のお申し出があった場合にはよほどの事がない限りはお断りします」
やっぱり、義妹はだいぶ強くたくましくなってきたような気がする。
「ねえ、師匠? 今までに城へどのくらいの新型魔道具を納品したか憶えていますか?」
ある日の夜。
お仕事モードを終えて寝間着を纏ったオーレリアと向かい合い、重要な質問を投げかけてみる。
いつも通り漆黒の双眸を誇るように煌めかせながら、我が師はふん、と笑って、
「もちろん憶えているわ。けれど、極力口外すべきではない事項ね」
「そこをなんとかお願いします」
「主人の命令とあらば仕方ないかしら」
再度頼むと案外あっさり、しかも若干嬉しそうに答えてくれる。
まあ、王家としてもルフォール侯爵家と俺個人には漏れる前提だろう。俺に関しては魔道具製作の現場自体、覗こうと思えば覗ける環境なわけだし。
盗聴防止の魔法を起動後、オーレリアが口にした具体的な数字は、
「威力二割増しにした改良型火球の腕輪が二十。魔力吸収の装身具が五。自動防御の装身具が同じく五ね」
「……結構多いのですね」
王命が下ってからここまで半年と少し。このままのペースなら王の定めた優先期間である三年で百以上の火球の腕輪が出来上がることになる。
魔力源である新型魔石は付け替えが可能なので、腕輪は破損しない限り再利用が可能。そう考えると既に魔力消費なしで火球を放てる騎士、あるいは火球の魔法を用いる衛兵が二十人が向こう数十年は用意できるわけだ。
二十人を三グループに分けて三段撃ちでもさせれば戦場における効果は絶大だ。
何しろ飛ぶのが金属の弾ではなく火球だ。着弾箇所で爆発して周囲にも被害を及ぼす。ちょっとした爆弾を発射しているようなものであり、一発で二、三人くらいは倒せてもおかしくない。
「本格的な戦争となれば心許ない数。ですが、同数の戦力で対峙した際、あの魔道具がいくつかあるだけで戦果が大きく変わってきます」
「加えて言えば、宮廷魔法師達も必死に分析をしているはずよ。優秀な人間なら新型魔石くらいはもう安定して作れるようになっているでしょうね」
「師匠が教えたのですか?」
「いいえ。魔道具の納品は命じられたけれど、作り方を教えろとは言われていないもの。忙しい中教えに行く分、割り増し料金を請求したら『自分達でなんとかする』ですって」
『さすがとしか言いようがないわね、漆黒の魔女』
お陰で俺としては助かった。リバースエンジニアリングは我慢するとしても、製作者自らにほいほい技術を広められたらたまったものではない。
安堵した俺を見て、オーレリアはくすりと笑って、
「安心しなさい。『魔女』として技術の安売りはしないわ。……それに、貴女も嫌がると思ったもの」
「師匠」
「でも、個人の魔力には限りがあるわ。貴女の行こうとしているのは茨の道よ、リディアーヌ」
俺は量産された新型魔道具に個の力で勝ろうとしている。それはつまり、魔石が続く限り撃ち続けてくる相手と己の魔力だけで競うということだ。
こちらも新型魔石を使う、という選択肢は(その魔石が自作だとしても)極力避けたい。結局魔道具の方が強いんじゃないか、と言われるのは嫌だからだ。
しかし、
「わかっています。……それでも、わたしだって『魔女』ですからね」
笑って言えば、師は満足そうに頷いてくれた。
「それでこそ、リディアーヌ・シルヴェストルね。それで? 具体的にはどうするつもり?」
「新しい魔法を考案しながら剣の修行をします。個の戦力を高めるには白兵戦も重要ですからね。あとは、日々回復する魔力はできる限り使い切る方向で。少しでも魔力を伸ばすつもりです」
「今までと変わらないじゃない」
「別にこちらからどこかへ喧嘩を売るつもりもありませんし。……というか、師匠こそ身体を鍛えたらいかがですか?」
「嫌よ。私は魔法の研究をする方が性に合っているわ」
重い物など持ったことのなさそうな師の細い指が白くすべすべしたお腹に触れる。あの時の腹パンを示唆しながら意味ありげに笑うのは止めて欲しい。二度は上手く行かないぞ、という意味なのか、それとも。
「確かに貴女の場合、剣の腕や格闘術も磨いておくに越したことはないでしょうね。本気を出せばノエルに勝てるからと言って、騎士が一目置いてくれるかは別の問題だもの」
「そうですね」
剣の稽古では未だにノエルに手も足も出ないが、ノエルと本気の殺し合いになった場合にはおそらく数秒のうちに俺が勝つ。光の魔法をしこたま撃ち込んでやればそれで終わるからだ。オーレリアが言っているのはそういう話。単騎での殺傷能力において騎士は《魔女》に敵わない。
しかし、腕っぷしで勝負しない相手の力を騎士は軽く見る傾向にある。「いくら魔法が強くても殴られたら避けることもできないんだろ?」という相手に少しでも納得してもらうためにも剣を学んでおくのは有効だ。
「いっそのこと私設騎士団でも作ったらどう? 魔法師団でもいいけれど」
「悪くはありませんけど、陛下に忠誠を誓うのであれば既存の騎士団と変わりませんし、誓わないのであれば単なる反乱分子ですからね」
「ある意味、反乱をしようとしているのは間違いないじゃない」
「そうですけれど」
ただ強いだけの個人だから見逃してもらえるのであって、組織になったら普通は前もって潰される。
どうしてもやるなら組織というより、本当にごく少数の信頼できる仲間だけで密かな盟約を結ぶ感じだろう。協力してくれるかも? という人物の顔も一人二人くらいなら浮かばなくもないが……さすがに「いざとなったら王家を裏切って戦って」とは言いづらい。
『そもそも裏切るのは最終手段なんでしょ? 悩んでも仕方ないんじゃない?』
そうなのだが、そうと言い切ってしまっていいものなのか、というか。
状況によっては本気で動かないといけなくなるんじゃないか、というか。
学園に入学するなり、リオネルと結婚するなりしてしまえば逆に悩まなくて良くなるのだが。祖父の言っていた「結婚した後なら」という言葉にあらためて納得してしまう。
「孤児院の運営もありますし、現実的でない考えは置いておくしかありませんね」
雑多かつみっちり詰まったタスクをこなしつつ日々を過ごしているうちに、また王都に冬がやってきた。
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