お土産と誕生パーティーの予定 2
「いらっしゃい、ヴァイオレット」
「久しぶり、リディアーヌ。会いたかった」
約三か月ぶりに再会した友人を出迎えると、いきなり駆け寄られて手を握られた。
銀糸のような髪に青色の瞳。月の妖精を思わせる可憐な少女──ヴァイオレットに至近から見つめられた俺は思わず赤面してしまう。
柔らかな手の感触と控えめな花の香りが思考を惑わしてくる。急だったので猶更である。
彼女と再会したのは帰ってきてから四日後のこと。
帰還報告と共に「お土産を渡したい」という手紙を送ったところ、その日のうちに「いつでも大丈夫」と返事が来た。気合いの入った返答に嬉しくなったので(リオネルを除いて)一番に会うことにした。
「ヴァイオレット。恥ずかしいわ」
やんわり伝えると、大胆過ぎる行動にようやく気付いたのか少女は慌てて手を離してくれる。
「ごめんなさい。また会えたのが嬉しかったから」
肌が白いので頬が染まったのがよくわかる。そんな顔まで可愛いのだから、本当に罪造りな少女である。今まで目立たない振る舞いをしてきたというのも頷ける。
とりあえず席についてもらってお茶を注いでもらう。暑くなってきたので冷たい麦茶にした。ヴァイオレットの分はアイスティーである。
「もっと大人しい子だと思っていたから意外だったわ」
「好きなことになるとつい興奮してしまうの。火属性を持っているからだと思う」
「あら。ヴァイオレットも火の属性があるの?」
「私は火と水の二重属性なの」
なるほど、と俺は頷いた。
「だから積極的な時と大人しい時があるのね」
「……本当に恥ずかしいからあまり言わないで」
目を伏せ、小さな声で言ってくる。親しい友人の前ではっちゃける分には別に構わないだろうに。
「わたしは好きよ。積極的なヴァイオレットも」
「本当?」
「もちろん」
笑顔で答えると、ヴァイオレットの顔にも微笑が浮かんだ。左手を胸に当てて「良かった」と呟く。
真面目で心配性。本当にいい子だ。友達になってよかったと思う。
「お土産をたくさん持ってきたから、欲しい物を持って帰ってね」
少し離れたところへ並べておいた土産物の数々にヴァイオレットは目を輝かせ、とっておきとして別に渡した例のお守りには感激したように目を潤ませてさえくれた。
「大した物ではないけれど、お守り代わりに持っていてくれるかしら?」
「リディアーヌ。羊の角から作った魔石なんて十分に高級品」
くすりと笑って首を傾げ、
「これは貴女の居場所はわからないの?」
「え? ええ。わたしも同じ物を持つつもりだけど、他の友人にも同じ物を配るから。誰が引っかかったかはわからないの」
ついでなので、リオネルには特別な品をあげたことも伝える。彼に関しては他の令嬢に居場所を探知されては困るのである意味当然の措置だ。
と思ったらヴァイオレットの表情がどんどん真顔になっていく。
「リディアーヌ。お金は払うから、殿下と同じお守りも作って欲しい」
「そのくらいならお金はいらないわ。完成したら送ればいい?」
「うん」
笑顔になってくれた。しかし、そんなに気に入ってくれたのだろうか。大事そうに箱へ戻してメイドへ渡す姿を見てむず痒い気分になった。
「ねえ、リディアーヌ。公爵領でも大立ち回りをしたんでしょう? 何があったのか聞かせてもらってもいい?」
「ええ。でも、戦いの話なんて聞いてもつまらないんじゃない?」
「大丈夫。聞きたいの」
目が真剣だったので、ひとつ頷いてシャルロット誘拐事件について話をした。
話が進むに従って目を細め、笑顔が剣呑な感じになっていくヴァイオレット。小さく「裁きを」とか聞こえてきて若干怖い。
「ごめんなさい。危ないことをしたから怒っているんでしょう?」
「? いいえ?」
にっこり笑って首を振られる。俺は後ろのアンナと一緒に「え?」と硬直した。
「怪我をしたなら怒るけど、無事だったならそれでいいの。怒ったのは悪い人たちに対して」
「そうね」
シャルロットを誘拐し、羊たちの憩いの場を穴だらけにした。とばっちりを受けた雑貨店の店主だって可哀想だ。人々を変な道に引きずり込んで手下として使おうとする純血派と、それをいいように利用する何者かには相応の報いが必要だ。
ヴァイオレットのルフォール家は忠臣として名高い。有名なあだ名は『中立のルフォール』。あくまでも王家全体の利益と国王の意向を優先する実家の教えは彼女の中でも息づいているのだろう。
俺は言えない部分を省いて情報を開示しながら、ヴァイオレットの知っていることや彼女としての見解を尋ねた。
この国の行く末に関する意見交換には意外にもかなり熱が入った。
他の友人たちも公爵領土産を喜んでくれた。
貧乏な伯爵令嬢であるサラには生地や糸など実用的な品をメインに贈り、「材料があればドレスや下着が安く仕立てられます」と大変喜んでもらった。弟ともども次の冬に向けてあったかい衣類を準備して欲しい。
他の令嬢たちは生地やご当地の酒、チーズなども喜んでくれたが、一番喜ばれたのは角魔石のアクセサリーだった。
材質と機能を話すと「素晴らしいですね」と絶賛され、その場で「私は扇子の柄に使おうと思います」「私はお気に入りのネックレスと一緒に」などと使い道が話され始める。
喜ばれすぎて逆に驚きだったが、
「皆が同じ品を持ち、アレンジも可能。一つの角を分けて作った以上、新しく用意したとしても全く同じ物にはならない。しかもお互いの居場所を知らせあえる。派閥の証としてとても役立つと思います」
彼女たちの間では仲良しグループではなく『派閥』という認識らしい。まあ、言い方の問題ではあるので、実態さえ乖離しなければ構わないのだが。
「みんな、この三か月くらい何事もなかった?」
「なかったかと言えば嘘になりますね。大小様々嫌がらせや攻撃はございました」
「ですが、サラ様や位の低い方も含め一丸となって対処しましたので」
誰かが攻撃されれば他の誰かがフォローする。一人ではなく親しい仲間がいるのだとアピールすることで乗り切ったという。
「もちろん、品格を貶めない程度の反撃も致しましたのでご安心を」
「さすがね。みんな頼もしいわ」
首謀者や実行犯については細かく聞いて記憶しておく。主観等が混じっているかもしれないので差し引いて考えはするが、今度の対応の参考にしようと思う。
あからさまな敵意さえ向けられなければこちらから潰しにかかる気はない。できればみんなで仲良くしたいのだが……まあ、婚約解消のためにシャルロットが誘拐されたりもしたのだ。むしろ俺が邪魔な者はたくさんいると見るべきで、平穏な生活への道のりは遠そうである。
と、兄のアランに愚痴ったところ身も蓋もない答えが返ってきた。
「いっそのこと殿下と結婚してしまうというのはどうだい?」
「お兄さま。いくらなんでも無茶では?」
この時は珍しいことにアランの方からお茶に誘ってきてくれた。
忙しいんじゃないのかと思えば「これも自分のためだよ」と笑う。一人で勉強して息詰まるより人と話して別の視点を得るのも大事だと考えたらしい。
迷惑なら止めるという兄に、俺は「この国の平和のために協力しましょう」と笑って答えた。これからは兄妹の時間を増やすことができそうだ。
そんなアランはふっと笑って、
「リディも次の誕生日で十一歳だろう? 式までに一年かけるのは珍しくないし、十二歳なら結婚年齢としては十分だよ」
結婚可能年齢を厳密に定めた法律はない。
学園卒業後──つまり十八歳以降に結婚するのが一般的だが、在学中に結婚する者もいる。夫が十分な地位や金を持っている家相手の場合はアランの言った通り十二歳程度で嫁ぐ例もある。そういうのは後妻や第二夫人というケースがほとんどだが……。
俺とリオネルの場合は同い年なので「ぐへへ」な意味にはならないし、相手が王族なので生活資金の心配もない。向こう側にどうしても状況を確定させたいという意思があれば成立するだろう。
「でも、そうするとわたし、お城に住むことになるんじゃない? お兄さまは寂しくない?」
首を傾げて問えば、兄は僅かに視線を逸らした。
「父上やシャルロットは確実に寂しがるだろうね」
『素直に寂しいって言えばいいのに。お兄さまもお年頃なのね』
結婚したけど生活拠点はそのまま、ということも可能だろうか? それはそれで冷遇されているだの妻になる気がないだの言いたい放題言われそうだ。
いっそリオネルをこっちに呼ぶ? そうすると事実上、正室の子が王位継承権を放棄したように見えてしまう。後継者争いが発生した時に不利になりそうだ。
結婚したけどお互い子供同士という場合、どういう生活になるんだろうか。生活拠点が城へ移って妻としての教育が入ってくること以外は大して変わらないんだろうか。とりあえず、王城で専属筆頭をすることになるアンナがパニックになりそうだ。
うん、あまり考えたくない。
「お兄さまは誰かいないの、将来の奥様候補」
「いないよ」
ティーカップを手に遠い目をしながらアランは答えた。何かトラウマを思い出したのかもしれない。
「そういうのは学園に入ってからでいいよ。そうでないと利害関係もはっきりしない」
「もう。そうじゃなくて恋のお話を聞きたいのに」
「恋は突然落ちるものらしいからね。落ちていないものは語りようがない」
確かに。俺自身、転生してからは恋なんて一度もしていないわけで。偉そうに恋バナが聞きたいなどと言える身分ではない。
アランはふっと息を吐いて視線を宙に寄せ、
「僕はこの家と宰相職を継ぐつもりだ。だから、嫁いで来て公爵夫人を務められる女性が希望になる。伯爵家以上で家に継ぐ覚悟のある有能な女性だ。学園でじっくり見定めない事にはなんともね」
「なるほど。つまり、お養母さまのような方が理想なわけね」
兄が紅茶を噴き出しかけた。
俺を恨みがましそうに睨み、ほんのりと頬を赤くした彼は「変な事を言うんじゃない」と釘を刺した上で、
「……まあ、そうだね。僕らの産みの母上は少し目立ちすぎる方だったから」
俺たちの生母アデライド。
高い魔力と類稀な美貌を持ち、現国王も妻にしようと狙っていたという。
俺はくすりと笑って、
「お父さまは相当頑張ったのでしょうね。あの陛下を諦めさせてお母さまをものにしたんだから」
「僕はご免だよ。下手をしたら次の国王陛下と険悪になってしまう」
次期国王がリオネルだった場合は取り合いになる心配はなさそうだが。
現国王には現在四人の妻がいる。故人であるオーレリアの母を含めれば通算で五人。なんともわかりやすい女好きである。これに関しては先王が側室を持たない妻一筋の人であった反動とも言われているが、果たして本当のところはどうなのやら。
ともあれ。
取り合いになりそうなほどの魔力と美貌の持ち主か。俺たちの代だと誰になるだろう。
「ああ、ヴァイオレットなんてぴったりじゃない。お兄さまは知ってるかしら?」
「ルフォール侯爵令嬢だろう? 知っているけど、だからあの娘は明らかに母上と同じ類じゃないか」
儚げで魔力の高い美少女。早逝してしまうところまで似ないことを祈るばかりである。彼女が結婚後体調を崩すようなら栄養のある食材を山と送ってやろうと思う。
「リディ。シャルロット誘拐の件を受けて、君を巡るいざこざは今まで以上に大きくなるはずだ。どうか気を付けて欲しい」
「ええ。注意と備えは今まで以上にしていくつもりよ」
城で行われる俺の誕生パーティー。
これはきっと一つの転機になる。下手をするとリオネル以外の王族もちょっかいをかけてくるかもしれない。
幸い、これまで他の王族とは深い関わりがなかった。相手としてもこちらとしても不用意に仲良くはできない立場。しかし、純血派のテロをきっかけとして情勢は大きく動き始めている。
四人の妃。彼女たちの下にはそれぞれ複数人の子供がいる。正室は基本、俺の味方と考えていいだろうが、側室たちとその子供たちにそれぞれ思惑があるとすればこれはもう、城の中だけで一本ミステリー小説が書けそうである。
「できれば平穏無事に済んで欲しいところだけれど」
おそらく、そう上手くは行かないだろうと思った。
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