十一歳の誕生パーティーと王族の接近
「リディアーヌ様。この度は十一歳のお誕生日、おめでとうございます」
「ありがとうございます。わたしのためにわざわざ足をお運びいただき、皆さまには心から感謝しております」
リオネルの誕生パーティーでも恒例の王城内大ホール。
あの時は子供たちだけ別会場に移されていたが、今回は普通に参加者全員がここに集合する形だ。そのため、逆に年齢層は高めになっている。下限は俺やリオネルと同年代あたりか。アランやシャルロット、父も会場のどこかで挨拶に追われているはず。
今日の主役である俺は赤を基調とした華やかなドレスを身に纏っている。胸元には布で作った真っ赤な薔薇があしらわれており、目いっぱい人目を惹く。
薔薇はドレスに直接縫い付けるのではなく、スナップボタンを利用して取りつけている。
俺たちが旅行中に試作品が出来上がり量産体制に入ったということで急遽、既存のドレスにも流用してみた。これなら薔薇以外のオプションにも付け替えが可能だし、いちいち縫い合わせてドレスを痛める心配もない。新技術のお披露目としても役に立ち、令嬢の多くは興味深そうにこれを見ていた。
整然と並べられた数多くのテーブルには趣向を凝らした料理が並べられ、給仕のボーイやメイドが最上級のサービスを提供する。振る舞われている酒もかなり上等なもののようで、酒好きな大人たちはみないい笑顔を浮かべている。
そんな中、俺は代わる代わる話しかけてくる招待客たちに応対していた。
今年は王城での開催になったが、客を招いたのはあくまでも俺──シルヴェストル公爵家という建前になっている。
なので、やってきた貴族を邪険にすることはできない。例年のキャパを超える人数が来場していようと笑顔で対応するのみである。
テンプレとしては話しかけてきた相手に名前付きで返事をし、二、三、世間話的に言葉を交わす。初対面の相手なら挨拶を受けてその顔を覚えることになる。
多くの者が話題に出すのはやはりシャルロット誘拐事件。
危険を顧みずに妹を救い出した俺を褒めると見せかけて無謀だと非難してきたり、非道な手段を用いてまで婚約解消を求められたことを引き合いに出し「殿下の婚約者に相応しくないのではないか」というムードを演出してきたり。
もちろん普通に心配してくれる人もいるので切り分けが難しい。下手な者なら妙にわざとらしかったりするのだが、上手い者は言葉の端にやんわりと敵意を滲ませてくるのでうっかりスルーしそうになる。
まあ、気付いていてもよほどのことがない限りはスルーするのだが。
「リディアーヌ様。誕生日おめでとうございます。これで十一歳。随分とご活躍ですので、お歳をついつい忘れてしまいそうになりますわね」
「ベアトリス・デュナン様。とんでもございません。将来のために日々、勉強に勤しむ身でございます」
数少ない俺と同階級、公爵令嬢のベアトリスの挨拶に俺は愛想笑いを浮かべて応えた。
『もう。面倒だから今日くらい出て来なくていいのに』
俺やリオネルより二歳年上の彼女は現在十三歳。二次性徴によってぐっと成長し始めており、身長も伸び、体型も女性らしさを増している。客観的に見れば十分に美少女と言っていい容姿。自分への自信からくる悠然とした笑みは健在で、ある種のカリスマさえ漂わせている。
これでいちいち突っかかってくる悪癖さえなければ友達になりたい相手なのだが。
「心ない者たちからの要求にはわたしも随分と頭を悩ませました」
さっと目を伏せて誘拐の件についてこちらから触れる。
「大切な義妹の命とリオネルさまとの婚約。選べるはずがありません。悩みに悩んだ末、わたしは『どちらも死守する』という選択をするしかなかったのです」
「まあ。それはそれは、リオネル殿下は大変愛されていらっしゃるのですね」
舌打ちが聞こえてきそうな苛立ちの表情をほんの一瞬だけ浮かべたベアトリスは俺の隣で「話しかけるな」オーラを放っていたリオネルに流し目を送った。
王子様も俺のエスコート役として十分に着飾っている。
男として日に日に成長している彼もぴしっとした格好だと美少年と言って差し支えないのだが、何度も話して気心の知れる仲になったせいか、内心物凄く面倒くさがっているのが俺にはよくわかった。
それでも少年は余所行きの笑顔を浮かべて、
「ありがとう、ベアトリス。私はリディアーヌとの関係がこのまま続く事を願っている。邪な意図を以って妨げられる事は断固拒否したいところだ」
(訳:婚約解消する気はないからさっさと諦めろ)
悲しげに目を伏せた後、さりげなく俺を睨みつけたベアトリスは愛想笑いを浮かべながら踵を返そうとして、
「申し訳ありません、リディアーヌ様。もう一つだけ言わせてくださいませ」
去り際、気を抜いた瞬間の追撃というのは定番。だからこそ必殺の威力を秘めていることのある警戒すべき攻撃だが、
「駆け引きのために乙女の貞操を弄ぶなどあってはならない事ですわ。……貴族の威厳を保つためにも、貴女が賊の要求に乗らなかった事を感謝致します」
ベアトリス・デュナンのその言葉には何の悪意も感じ取れなかった。
『……もう。だから憎めないのよね、この娘』
俺は心の中で嘆息しながら、以降も続く貴族たちからの挨拶に対応し続けた。
「もう言われ飽きたでしょうけど……誕生日おめでとう、リディアーヌ」
「ヴァイオレット。ありがとう。そのドレス、とてもよく似合っているわ」
「リディアーヌこそ。薔薇のお姫様みたい」
寄って来る人が少なくなってきた頃、そっと近寄ってきたヴァイオレットはその細い身体に淡い水色のドレスを纏っていた。
微笑みと共に俺へと賛辞を送ってくれた彼女はリオネルへと視線を移し、上品に一礼した。
「こうしてお目にかかれたことを光栄に存じます、リオネル第三王子殿下。ヴァイオレット・ルフォールと申します」
妖精からの挨拶を受けたリオネルは二、三度瞬きを繰り返した後で「うむ」と答えて、
「ルフォールの娘か。侯爵夫人に連れられてパーティーへ参加しているのを何度か見かけたと思う。リディアーヌとは仲が良いのか?」
「はい。親しくお付き合いさせていただいております」
細い指が自身の髪を軽く撫でつけると、ピアスとして取り付けられたお守りがちらりと覗く。
「……うん? リディアーヌ、俺の物と形が違うが?」
「あれは友情の証として制作した品ですので、リオネルさまには特別な品をお贈りいたしました。あれを頼りに女性が寄って来ても嫌でしょう?」
「ああ、それは確かに──」
「それに関しまして、殿下には一つお詫びしたいことがございます。実はリディアーヌ様に無理を言って、殿下に贈られた品と同じ効果のものを強請ってしまったのです」
少女がそう言って逆の耳を見せると、そちらにも羊の角から作った魔石が揺れている。『って、なんで無駄に挑発しているのよヴァイオレット!?』。
俺は慌てて隣へと視線を送り、
「リオネルさまにお贈りした品は形にも拘った特別製ですから、効果が同じでも価値が違います。羊の角を模した形を作るのにはなかなかの苦労が……」
「リディアーヌ」
「はい」
「角はどうせまだ余っているのだろう? チェス駒十六個分を形だけ加工して寄越せ。代金は払う」
「魔石化なしでいいのでしたら構いませんが──」
俺はそっと会場内を見渡す。大勢の参加者が思い思いにパーティーを楽しんでいる……と見せかけて、実は複数の貴族がこちらの様子を窺っている。俺たちの会話を聞いている者だって少なくはないだろう。
「婚約者の友人に嫉妬した、などと噂が立ちますよ?」
「不仲だと広まるわけではないのだから問題なかろう」
「……かしこまりました。そういうことでしたら」
渋々引き下がった上で「どういうつもりなのか」という視線を親友に送ると、「上手く行ってよかった」とでも言いたげな表情が返ってきた。
もしかして今のやり取りを狙って引き出したのか。リオネルが先の一件を気にしていないこと、俺を婚約者として大事に思っていることが広まるように。
「ありがとう、ヴァイオレット」
魔法を用いて当人にだけ声を届けると、少女は嬉しそうに笑って「それではまた」と俺たちから離れていった。
「……はあ。ようやく挨拶が終わりか」
「ええ。さすがに多かったですね……」
お互いに笑顔を張り付けたまま小声で言いあう。
話していた相手が離れる→新しい相手がやってくるのループが完全に途切れた時にはもう、来場者たちの何割かがいい感じに酔っぱらっていた。赤い顔で楽しそうにしている彼らが羨ましくもあり憎くもある。俺たちは完全に素面だというのに。
『しかも、立食形式だから飲み物はカップじゃなくてグラスなのよね。ノンアルコールのドリンクは水と果汁ばっかり。言えばアイスティーくらい用意してくれるけど、毎回頼むわけにもね』
ちなみにリオネルも酒は飲んだことがないらしい。
貴族たちからの挨拶に応じている時に「十二になったら少しずつ慣らそうと思っている」と口にしていた。初めての飲酒の際はアイスティーで付き合う、と声をかけるとなんだか不満そうにされたが、俺はもう少し後まで我慢する予定だから仕方ない。
さて
王城の大ホールということもあっておパーティーの閉会時間は明確に決まっていない。盛り上がりに盛り上がった場合は夜通しでも可能という太っ腹ぶりだ。もちろん参加者は適宜都合に応じて帰っていいわけだが、今のところ人が大きく減る様子はない。
「リディアーヌ。碌に食べていないだろう。何か腹に入れたらどうだ」
「そうですね……。正直、疲労であまり食欲はありませんが」
「でしたら、何か食べやすい物をお持ちいたします」
世話係としてついて来てもらったアンナが率先して申し出てくれる。リオネルの世話係として付いているセルジュが「離れている間はお任せください」と請け負ってくれる。セルジュはついでにリオネル用の料理もアンナに頼んでおり、役割分担もばっちりだ。
やっぱり専属がいてくれると頼もしい。
今回は主賓かつ会場が広いということで来てもらったのだが、俺たちが話している間に飲み物を取ってきてくれたりとすごく役に立った。身軽には動けなくなるので一長一短だが、これからもアンナには居てもらった方がいいかもしれない。
ちなみにエマは屋敷で留守番している。「アンナ一人で不足でしたらオーレリアをお使いください」とあまり来たくない様子だった。アンナが後から教えてくれたところによると、昔の職場なので「私はこんなに昇進したの。貴女は? え? まだ一般メイドなの? ほら、城仕えを辞めたりするからうんぬんかんぬん」とか話しかけてくる知り合いがいたりするらしい。
普段、俺に付いてくる分には「職務中ですので」で逃げられるが、パーティー中だとメイドも手持ち無沙汰の時間ができるので危険なのだそうだ。
「さすが、お城の料理人は腕が良いですね。冷めていても美味しいです」
「公爵家の料理人よりも腕は上か?」
「どうでしょう。求められる技術が違いますからね。私たちの好物を作らせたら我が家の料理人に敵う者はいないでしょう」
アンナの持ってきてくれた料理を味わいながらしばし雑談。
俺用の皿には一口サイズのサンドイッチやカナッペなど食べやすいものが並び、リオネル用の皿は肉! 揚げ物! おまけに炭水化物! といった感じだった。さすが男の子ということか、それとも慣れているせいか、王子様は普通に食欲旺盛らしい。
そうして腹ごしらえをしていると、今度は挨拶ではなく長めの雑談のために話しかけてくる者が現れる。もう休憩タイムは終わりということらしい。仕方ないのでこれにも笑顔で応じる。話の合間にちょこちょことサンドイッチを齧ったりしつつ相手の話に相槌を打ち、質問を投げる。
俺の横でリオネルは「今回の主役は俺ではない」とばかりに肉を頬張っていた。若干イラっとしたが、たまにいいタイミングで口を挟んでくれたりするのが心憎い。
あまり得意でなかったり派閥的に近しくない相手の場合はセルジュが「あちらに美味しそうな料理がありましたのでいかがですか?」などとさりげなく話を中断してくれた。
『でも、案外攻撃としては大人しいのかしら』
嫌味や言葉によりかまかけは度々あるが、ドレスを汚しに来たり虫を寄越したり飲み物に刺激物を混ぜたりといった嫌がらせは今のところない。元騎士という経歴を持つセルジュと専属歴三年にして荒事に巻き込まれること二回、俺やオーレリアの無茶振りを日常的に受けるアンナが目を光らせているお陰で思いとどまってくれているのかもしれない。
先の一件も俺が負けていたりシャルロットが怪我をしたならともかく、その日のうちに救出が終わって俺も普通に勝っているので「婚約者の資格なし」と大きく主張するには弱い。お転婆すぎる点などは攻撃材料だが、面と向かって糾弾できるほどの材料にはならない。
せいぜい水面下で「反第三王子・反リディアーヌ派」の拡大を狙っている程度か。
と。
「リディアーヌ・シルヴェストル公爵令嬢。良ければ私にも挨拶をさせてもらえないだろうか」
これまでに何度か聞いたことのある──そして、俺が今回、おそらく何か仕掛けてくるだろうと警戒していた声が俺の耳へと入ってきた。
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