第四章:王都の変化と王族の干渉

お土産と誕生パーティーの予定

 公爵領から帰ってきて二週間弱が過ぎた。

 帰宅してからは向こうでののんびりした日々が嘘のように慌ただしい。

 荷物の整理に溜まっていた手紙の処理、遅れた分の勉強にお茶会の日程調整、すぐに会えそうもない知り合いにはお土産を送れるように手筈を整え、向こうでの生活について両親へ報告、さらにはアンナになんとか休みを取ってもらったり、オーレリアの相手もしなくてはならなかった。


 本当に一年くらいのんびりしてくれば良かったか、と現実逃避的な思いに囚われる一方で「ああ、帰ってきた」と実感。


 立て続けに命を狙われたことで魔法の訓練や剣の鍛錬、役立ちそうな魔道具の開発も今まで以上に必要になる。三か月も働きっぱなしだったノエルには悪いが定期的に呼んで稽古相手を頼んだ。

 さすがに怒られるかと思ったら、むしろ彼女は嬉しそうに笑って、


「いくらでも申し付けてください。毎日でも構いません」


 向こうでの働きぶりを上司から褒められたらしい。我が家からの礼金の他に騎士団からもボーナスが出たそうで、「このお金で装備を新調したいと思っています」と言っていた。

 服でも宝石でも食べ物でもないあたりがさすがノエル。とりあえず「魔道具が欲しいなら格安で引き受けるわ」と囁いておいた。プレゼントする予定のアイテムも込みで彼女にはどんどん強くなってもらいたい。


「いっそのことうちの屋敷に住む?」


 騎士団に用事の際は逆に遠くなるが、我が家へ何度も通わなくて良くなる。

 冗談めかして言ったところ真面目な顔で「悪くありませんね」と言われた。実際、専属部屋はあと一つ空いているし、冬の間はそこへ何度か泊まってもらっている。公爵邸でも専属部屋で生活していたので今更抵抗を感じるものでもない。

 ノエルさえ良ければ、と伝えるとさっそく親に相談したらしく、次に会う時には「駄目でした」と肩を落としていた。


「お金とか迷惑の問題なら気にしなくていいけれど」

「いえ。兄達から『妹に会えないなんて耐えられない』と言われまして」

「それは……あまり無下にもできないわね」


 男所帯の末っ子なのでそれはそれは可愛がられているらしい。当面は帰りが遅くなりそうな時に泊ってもらう程度で我慢してもらおう。

 さて。

 帰ってきて最優先で手紙を書いたのは婚約者であるリオネルのところだった。


「久しぶりだな、リディアーヌ。土産と土産話はたっぷり用意してきたか?」

「ご無沙汰しておりました、リオネルさま。ええ、わたしも頭を悩ませて趣向を凝らした品をご用意いたしました。そちらはお変わりありませんでしたか?」

「うむ。特に風邪もひいていない。相変わらず勉強は大変だが」

「勉強の大変さはわたしも痛感しております」

「いや、俺の方が絶対に大変だぞ。建国からの歴史や作物の収穫量の見方なんてお前は勉強しないだろう?」


 大変さを主張してきた王子様に「礼儀作法や話術の勉強はわたしの方が大変だと思います」と言い返しつつ、向かい合って腰かける。

 なんだかリオネルの部屋に来ると落ち着くようになってきた。ここも物が増えたり減ったりはしているのだが、定期的に来ているせいか見慣れているのだ。

 俺たちが腰を落ち着けたのを見計らってアンナがセルジュへ目録を手渡す。

 中身を確認して頷いたセルジュはリオネルの前に目録を置いた。


「リディアーヌ様が心を配ってくださった事がわかります。私からもお礼を申し上げます」

「ありがとう。リオネルさまにも喜んでいただけるといいのだけれど」


 贈り物は様々だ。

 羊のミルクやチーズ、公爵領産のワインと葡萄ジュース、特産である綿花を利用した生地や糸やハンカチ、向こうの地理や風土・歴史・伝承などの書かれた書物などなど。リオネルが一部を自分の物にしたら残りは近しい使用人や家族に分配されるので本当に大量である。


「とっておきのお土産だけはこちらに用意しました」

「ほう?」


 目を輝かせるリオネルの前に、アンナが小さな箱を置く。

 蓋を開けると中には茶がかった硬質な素材で作られたアクセサリーが入っている。独特のカーブを描いており、その形はある物を連想させる。表面は光沢があり、指で叩くと硬い。


「これは、羊の角か?」

「ええ。羊の角を小さく分割し、形を整えて装飾品にしました。魔石化してあるので普通の角よりも丈夫ですよ」

「魔石だと?」

「わたしの居場所を示す魔法がかかっています。かなり近くにいないと反応しないのであまり意味はありませんが、面白いでしょう?」


 他の友人たちに贈るものとは形や効果が少し違う特別製。

 リオネルはアクセサリーを指でつまみ上げるとしげしげと眺め「うむ」と言った。


「どうせならもっと格好いい魔法が良かったが、なかなか面白い土産ではないか」

「恐れ入ります。わたしからもそれの位置を探れますので、何かの形で携帯しておいてくださると有事の際に役立つかもしれません」


 口では文句を言いながらもいろんな角度からじっくり観察しているので、実際は結構気に入ってくれたものと思われる。

 傍に控えるセルジュが感心したように頷いて、


「お二人の仲が引き裂かれないためのお守りというわけですね」

「リオネルさまが誘拐されたら一大事ですからね」

「俺は黙って誘拐されるほど弱くないぞ。いざとなったら自力で逃げ出してやる」

「それは頼もしいですね。できればそもそも誘拐されないでいただきたいですが」


 面倒な事態が起こってしまった時用の備えだ。

 できれば何らかの方法で探査距離を伸ばしたいところだが……それは今後の課題である。一応、現状でも対象を俺に限定することで魔力効率を高め、無差別探査よりは若干距離が伸びてはいる。


「誘拐といえば、シャルロットは大変だったな。怖い思いをしたのではないか?」

「ええ。あの子は女の子ですし、まだ魔法も練習中でしたから……。それでも必死にわたしたちへ居場所を知らせて自分自身を助けてくれました」

「そうか。強いな、シャルロットは」


 感心したように頷くリオネル。

 二人は何度か顔を合わせているものの、特別親しくはない。アグレッシブな少年と大人しい少女だからそんなものなのだろうが……。


「シャルロットが気になりますか? 今から婚約者を変えたくなりました?」

「馬鹿なことを言うな」


 じろりと睨まれる。王子様の人差し指がぴっ、と俺の方を向いて、


「どこの世界に自分から婚約解消したがる令嬢がいる。まさか、他に好きな男でもできたか?」

「それこそまさかです。単に後になるほど解消しづらくなります、という念押しですよ」

「ならいい。……婚約解消などということになれば父上も母上もうるさいだろうからな」


 肩を竦めて「小言は勘弁だ」と呟くリオネル。相変わらずたっぷりと気にかけられているらしい。

 ちょうどいい温度に冷めてきた紅茶を口にした少年は「さあ」と話を区切って、


「旅先での話を聞かせてもらおう。初めて王都を出た感想はどうだ? 馬には乗ったのか? 羊の感触はどうだった?」

「そうですね。まず、王都を出た時の景色からですが……」


 今までで最高レベルに話が盛り上がり、滞在が長引いた結果、俺は城の料理人が腕を振るった贅沢な夕食までいただいてしまった。






 そんなこんなで慌ただしさが少し落ち着いてきたある日。


「ねえ、お父さま? わたしの誕生パーティーって今年はどうするのかしら?」


 その日の夕食は柔らかいパンにハンバーグとレタス、トマト、チーズなどを挟んだ料理──ハンバーガーだった。

 きっかけは我が家への贈り物。

 帰宅から約一週間後、公爵邸から「来てくれたお礼」として何頭もの羊が届いたのだ。もちろん嬉しいが、これをどう料理したものか料理人は首を捻った。何か食べたいものはあるか、と希望のヒアリングがあったので『そういえばこの世界では食べてないわね』と思い出した。

 サンドイッチはお茶の際などによく食べている。ただ、あれは気軽につまめるよう小さめサイズかつ具材を程よく挟んだものが一般的だ。大きなパンに食べ応えのある具材がたっぷり入ったいわゆるハンバーガーとは違う。

 貴族の食事は前菜にスープにと品数が多いのもあって、一品完結の料理は考慮の外だったらしい。むしろ平民の間には似たような料理が広まっているとか。


『でも、せっかくだし食べたいじゃない?』


 駄目もとで頼んでみたところ、なんとOK。

 出産を控えているセレスティーヌは今、自室で別メニューなので、鬼の居ぬ間ではないが「試しに作ってみてもいい」と言ってもらえた。料理人が新しい挑戦に腕を振るってくれた結果、なんともゴージャズな羊肉バーガーが完成した。ちなみにサラダやスープ、デザートもしっかりついている。

 手で持ってかぶりつくのは「はしたないから駄目」と言われてしまったのでナイフとフォークで切って食べる。これはもうハンバーガーではないのでは? と思いつつも、口に入れたら間違いなくハンバーガーだった。ジューシーなハンバーグにとろとろのチーズは反則と言っていい。

 これは前世で食べようとしたら千円超えること間違いなしである。ちなみに兄妹にも好評で、アランなどは「これはまた食べたいな」と静かにご満悦だった。

 それはともかく。

 美味しそうにハンバーガーを味わっていた父は俺の質問に手を止めて「ふむ」と呻った。


「普段より盛大にやりたいということか?」

「ううん。そうじゃなくて、お養母さまが身重でしょう? 大きな催しは負担にならないかしら」


 養母のお腹の中の子は順調に育っている。

 経過観察や生理のなくなった週から逆算すると出産予定日はちょうど秋──俺の誕生日付近になる。下手したら当日に生まれる可能性さえある。もちろんパーティーには出られない。

 ただ、屋敷内が騒がしくなると休むのも難しいだろう。あと、無いとは思うが迷ったフリをして会いに行こうとする輩なんかも警戒したい。

 父もその辺りは考えていたらしく俺の発言に深く頷き、


「冗談だ。もちろんそれは考えてある。陛下に相談し、今回は城でパーティーを開いてもらう依頼している」

「お城で!? びっくりするくらいの特別待遇じゃない」


 まだ婚約者、解消の可能性だってゼロではないのにまるで王家の一員扱いである。


『向こうには手放す気がないんでしょうね。むしろ将来の王族入りをアピールする狙いだわ』


 シャルロット誘拐事件の際、敵が要求してきた内容は王家にも伝わっている。となれば我が家だけでなく純血派を後援している何者かに対してもアピールは必要だ。城でのパーティー開催はその辺りをまとめて片付ける有効な一手。

 気が重いので欠席──などという我が儘が通るわけがない。というか、魔法で体調管理している俺が仮病なんて使おうものなら王家との関係が悪くなる。


「正式決定するまでにはまだ少し時間がかかる。城に行くのはもう慣れているだろうし心配することはないが、心の準備はしておきなさい」

「わかったわ。ドレスは一番いいのを着ていきましょう」

「ああ、それがいい」


 城でのパーティーとなるといったいどのくらいの規模になるのか。

 婚約お披露目があったリオネルの誕生パーティーほどではないだろうが、我が家で行うパーティーの倍くらいは覚悟するべきか。家で行う場合は仲の良い家を中心に選べるが、王家の主催となるとなるべく公平に招待状を送らなければならない。

 嫌がらせにも備えておこうと考えていると、シャルロットが「お城で誕生パーティーだなんて、お姉様」と声を上げた。

 これまでのように「凄いです!」と言ってくれるのかと思ったら、彼女は心配そうな表情になって、


「責任重大ですね。頑張ってください、お姉様」

「ありがとう、シャルロット」


 セレスティーヌがいないのでシャルロットは俺の隣に座っている。笑顔で感謝を述べると照れくさそうにはにかんだ笑みを浮かべてくれた。

 うん、なんだか日に日に可愛くなっている気がする。


「シャルロットも良いドレスを選んでね。お城に行くのだから王子様の目に留まるからもしれないでしょう?」

「え? あ、そうですよね。お姉様のパーティーなのですから、私も参加するんですよね」


 自分のことを忘れていたなんて彼女らしい。俺と父、アランは揃って和やかな笑顔を浮かべ、子供扱いされたシャルロットは頬を膨らませて怒った。

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