兄妹の帰宅

「長い間お世話になりました。我々兄妹を快く迎えてくださった事に感謝致します」


 帰りの馬車は荷物でいっぱいだった。

 持ってきた品のうちの何割か──贈ったり消費した分のスペースにはお土産が詰め込まれている。荷物の余裕はあまりないものの、帰りの道中でもいくらか増えるだろう。

 帰ったら帰ったで荷物の整理が大変そうだ。


「とても楽しい時間だったわ。羊に会えなくなるのが寂しいくらい」


 見送りには屋敷の使用人が大半以上出てきてくれた。

 笑顔の者もいれば泣いている者もいる。大袈裟ではあるが、歓迎してくれていたことがわかってなんとも嬉しい。彼らにも心地良く過ごさせてくれたお礼としてちょっとした贈り物をした。

 一族からはジェラールとブリジット夫妻、祖父にクロード、それにクロエ。送別会は昨夜賑やかにやってもらったので今日は親しかった者だけが出てきてくれた形だ。ソフィはメイドとして参加している。彼女には荷造りまで手伝ってもらった。

 本当に引き抜けなかったのが惜しい。その分、クロードと幸せになって欲しい。


「機会があればまた、是非伺いたいと思います。その時も快く迎えてくださると嬉しいです」


 到着した時はだいぶ緊張していたシャルロットも笑顔だ。

 精神的にぐっと成長したように思う。令嬢たちから睨まれなくなったし、ブリジットの態度も軟化した。怖い思いをさせてしまったのは残念だが、あれ以来魔法のコツを掴んだのかどんどん上達中だ。

 和解後はクロエと仲良くなったらしく、笑顔で握手を交わしていた。


「リディアーヌ様、それにシャルロット。また会えるのを楽しみにしています」

「はい。クロエ様もお元気で」


 クロエは呼び捨てなのにシャルロットは敬語なのか? と思ったら当人が「年上の方ですから」と譲らなかったらしい。義妹らしい律義さだ。

 俺は「ふうん」と二人を見て、


「クロエ。わたしとはもう親しくしてくれないのかしら?」

「……まさか。リディアーヌはお守りをくれなかったから、そのお返しよ」


 不敵な笑みが返ってくる。そのまま睨み合った後、どちらからともなく笑った。


「次に会えるとしたらクロードとソフィの結婚式かな」

「ああ。アラン達にも是非出席して欲しい」


 アランの言葉にクロードが深く頷く。

 結婚式をどうするかはまだはっきりしていない。公爵邸でやるのか、それとも王都で行うのか。ソフィの両親は参加してくれるのか等々。

 我が家を使ってくれれば俺たちも参加しやすいし出席者も集まりやすい。その辺りは保護者間で話し合って決めることになるだろう。


「いざとなったら空を飛んででも駆けつけるから安心して」

「リディアーヌ様。それは危険ですのでお止めください」


 半分冗談のつもりで言ったらソフィから真面目な顔で言われてしまった。

 昨日もさんざん話したというのになかなか言葉が尽きない。ある程度別れを惜しみあったところで区切りを知らせるようにジェラールが進み出てきた。彼は俺たち三人、特にアランを見ながら言ってくる。


「本家の子供達が健康かつ立派に育つ事を祈っている。……そして願わくば、領地運営をこのままクロードに引き継げれば良いと思う」

『ジェラールさまはなんというか、素直じゃないわね』


 クロードに仕事を継がせたい、というのは「アランは領主の仕事にまで出しゃばるな」という意味にも取れるが、裏返せば「アランに父親の後を継いで欲しい」ということでもある。継承に失敗してこっちへ来るなよ、という彼なりの激励だろう。

 真面目な人なのだろう。公爵邸の主としても領主代行としてもちゃんと務めていたのに、余計な策を巡らせたりして来なかったせいか印象が薄くなった。

 あとは祖父に遠慮していたのもあるかもしれない。


「長いようで短い時間だった」


 その祖父は最後に声をかけてきた。


「叶うなら来年の春になるまでこちらに居て欲しいものだ」

「お祖父さま。それじゃほとんどまるまる一年じゃない」


 くすりと笑って言うと、彼は真面目な顔をしたまま答えて、


「良いではないか。十年以上もお預けを喰ったのだぞ」

「だったらもっと話す時間を作ってくれればよかったのに」

「そんな気恥ずかしい真似ができるか」


 話したいことはたくさんあっただろうに、こちらからお誘いをかけた時以外はほとんどアプローチをかけて来なかった。

 男だから、年上だからみっともないという話ではなく「気恥ずかしいから」というのが可愛らしい。

 気にしないで好きなだけ構えばいいと思うのだが、世代が違いすぎるとどうしても気遅れしてしまうことはある。高校生時代に相手をした姪っ子だって(性別の差を除いても)別の生き物だった。貴族である祖父の場合には猶更だ。

 俺は「仕方ないわね」と苦笑し、彼の右手を両手で取った。


「また会えるわ。それまで長生きしないと駄目よ、お祖父さま」

「……おお」


 目を見開いて感動された。ならば、と俺は義妹を振り返り声をかける。


「ほら、シャルロットも」

「え、ええと。……でも、いいのでしょうか?」

「悪いわけないでしょう。ほら」


 呼びかけられたシャルロットは遠慮がちに近づいてきて、見様見真似で祖父の左手を取る。


「お祖父様。今後のご健康をお祈りしております」

「……ああ」


 深い息を伴う返答と共に瞼が伏せられる。


「お、お祖父様!? どこか悪いのですか!?」

「ただ感動して泣きそうになってるだけじゃないかしら」

「……リディアーヌは口が悪いな。だが、正解だ」


 涙を堪えきったらしい祖父は再び目を開けると苦笑した。


「また会おう。リディアーヌも、アランも……シャルロットも、な」

「っ。……はいっ!」


 来た時と同じく三人で馬車に乗り込み、動き出した後は窓から手を振って別れを告げた。

 丘の下、街中では住人達が列を成していた。警備強化に伴い増員されている衛兵たちが「こればっかりは厳しくしすぎるのもなあ」という顔をしながらも整理に四苦八苦している。そんな中でも歓声を上げ、手を振り、拝み倒してくる人々の姿に気持ちが温かくなる。


「この中にも純血派が混ざっているかも、と思うと複雑ね」

「何もしていない民に罪はない。平民との付き合い方については今後より一層考えていく必要があるな」

「いい方のほうがずっと多いのですから、必要以上の悪意が向けられないようになるといいのですが……」


 裏で『何者か』が糸を引いているかもと思うとさらに気分は複雑になる。

 その何者かが『教会』とやらであるとは限らないのだが、こそこそと安全圏から策を巡らせられるのは癪だ。叩き潰してやるから隠れてないで出てこいと言いたい。

 まあ、その辺りはひとまず大人たちに任せるとして、俺たちは帰ってから遅れた分の勉強を頑張らなければならない。

 勉強時間を増やそうにもあっちこっちに出向いたり、あるいは人を招いたりしてお土産を渡したりもしないといけない。両親に話したいこともいっぱいなので物凄く忙しくなりそうである。

 ひょっとしたらクロードとソフィの結婚式まであっという間なのではないか。

 式をどこで行うにせよ出席すれば祖父にも会えるだろうし、約束は意外と早く果たせそうだ。


「もう少し気軽に行き来するためにも、なんとか街道を整備できないかしら」


 街を抜けた後「またしばらくこの揺れを味わうんだな……」と思いながら呟く。


「リディ。それは明らかに個人で行う事業じゃない」

「もちろんわかっているわ。でも、土属性持ちをたくさん集めたらいけそうな気がしない?」


 形状さえ正確に分かれば石畳を魔法で作ることは可能だ。おそらく水はけのために溝か傾斜がつくのが厄介だが、コツコツやれば結構な数を作れる。


「幸い公爵家にはたくさんいるし、王都までの道だけならなんとかなるかも」

「全ての石を切り出すよりは楽だろうけど、魔力がいくらあっても足りないな。確かに、ここから王都までの交通を整備できれば今まで以上に物資の運搬も捗るんだが」

「今までやっていないのはお金がたくさんかかるから、なのですよね?」


 シャルロットも話に入ってきた。こくんと笑顔で頷いて、


「魔法で解決しすぎると石工の仕事も奪ってしまうしね。用意するにしても何分の一かが限度かしら。……ああ、一定品質の石材を作り出す魔道具なら作れるんじゃない?」


 土属性と親和性の高い宝石──トパーズとか? を使って上質な魔石を作ればある程度魔力効率は高められる。

 これなら土魔法の腕に関わらず魔力さえあれば誰でも参加できるので、魔力の余った使用人に少しずつ作らせたりもできそうだ。

 意外といけるんじゃないだろうかと思いながら兄妹に説明すると、二人は顔を見合わせて、


「上等なトパーズを魔石化してその上魔道具にするのか……費用がかかりすぎてなかなか出てこない発想だな」

「自分で魔道具を作れるお姉様ならではですね」


 じゃあまずはトパーズを魔法で作ればいいんじゃないかと提案したら「何を言っているのかわからない」という顔をされた。





 幸い、帰りの道中で敵に襲われることはなかった。

 公爵領にいる間は向こうとしても動きづらいだろうし、王都へ近づくにつれてリスクが上がる。その辺りを考慮したのか、単に実働部隊が足りなかったか。次の作戦を考えている途中なのか。

 護衛たちもさすがにぴりぴりしていたし、俺たちも襲撃の可能性を思い浮かべずにいられなかったせいか、王都が見えてきた時にはほっと息を吐いてしまった。


「なんだか物凄く久しぶりに感じるわ……」

「公爵領に比べるとこちらの空気は少し複雑なのですね」

「向こうの澄んだ空気に慣れてしまったからね。しばらくは違和感があるかもしれない」


 馬車の一団は大通りを堂々と進んでいく。公爵家の兄妹が無事帰還したことは今日のうちに王都中に──おそらくは黒幕の耳にも届くことだろう。

 それはさておき、


「良かった。屋敷は変わりなさそう」


 戦闘の跡もないし、庭が荒れ果てていたりもしない。移動を含めても三か月弱なのだからそうそう変わられても困るのだが。


「お父様とお母様はお元気でしょうか」

「二人共見た目以上に丈夫だし、大丈夫よ」


 馬車が敷地内に停車するとまず、メイドたちによって俺たち三人が馬車の外へと導かれた。

 荷物を下ろしたり運んだりは使用人の仕事。早く両親に顔を見せて欲しいと言われ、屋敷の入り口へと足を向ける。

 歩いているうちに玄関の扉が開き、そこから両親が顔を出した。


『ほら、やっぱり元気そう』


 父は仕事を休んだのだろうか。アランとの念話で到着日はわかるし、あの人がやりそうなことだ。というか待ちきれなかったのと久しぶりに会えて嬉しいのが一目見ただけで伝わってくる。

 養母の方は──元気そうではあるものの、別れた時とはだいぶ見た目が変わっていた。

 隠しきれないほどお腹が大きくなっている。身体のバランスも変わるはずだし何より重いはずだが、それでも俺たちを見て微笑むとゆっくり歩を進めてくる。


「お父様、お母様っ!」


 シャルロットが早足になった。転ばないようにスカートを軽くつまみ、さらにスピードを上げるとほとんど小走りで二人のところへ向かっていく。アニエスがもしもの時に支えられるように慌てて追いかけていった。

 幸い、義妹は金色の髪を乱しながらもなんとか転ばずに到着。

 ホームシックだったのかもしれない。軽く涙を浮かべながら両親を見上げ、そしてセレスティーヌの胸へと飛び込んだ。

 勢いはそれほどついていなかったらしく、養母も驚くことなく娘を抱き留める。


「お帰りなさい、シャルロット。よく無事に帰ってきてくれましたね」

「ただいま戻りました、お母様。……また、お母様に会う事ができて本当に嬉しいです」


 母娘の抱擁は一分近くも続いた。

 その間に俺とアランも到着。兄は父と無言で視線を交わし合うとシャルロットたちの邪魔をしないようにただ待つ。

 ようやく身を離した時には義妹も泣き止んでおり、セレスティーヌもそっと涙を拭ってから俺たちへと視線を向けてくる。


『たち、っていうかお兄さま無視されてない、これ?』

「よく戻りました。……リディアーヌ、それにノエル。危険を顧みずシャルロットを救い出してくれたこと、心から感謝します」


 ほら。

 いくら義理とはいえ母親に放置されるのはアランも複雑なんじゃなかろうか。まあ、その分は父が声をかけ始めてくれたのでそちらに期待しようと思う。

 俺はセレスティーヌを見上げ、一礼してからにっこりと笑った。


「大切な妹を守っただけのことです。姉としては当然の役割かと」


 彼女が「公爵家の女」として役割を全うしているのだとすればこれで通じるだろう。

 どうだろう、と思って反応を窺っていると、義妹によく似た美女が浮かべたのは驚きの表情だった。

 それから、噛みしめるような笑顔に変わって、


「そうですか。……そうかもしれませんね」


 仲の悪い俺たちの挨拶はそれだけで十分だった。

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