束の間の平穏2

 滞在日数が少なくなってきたクロード・シルヴェストルの誕生パーティーが屋敷に住む一族および使用人を招待客として公爵邸内のホールにて執り行われた。

 幸運にも非番だったメイドや衛兵たちも身の丈に合わせた晴れ着を着こみ、なかなかもらう機会がないだろう招待状を手にしてホールへと集まってくる。入り口で招待状を確認する上、みんな顔見知りなので不届き者が潜入する心配もほぼない。

 パーティー中は無礼講に近い「ある程度崩した態度でも多目に見るよ」という取り決めであり、料理や飲み物も人数に合わせて大量に用意されている。


 俺は催事用の黒いドレスを纏ってパーティーへ参加した。

 好みの関係で赤系と黒系のドレスは何着も持っている。もちろんデザインは一つ一つ別だ。以前のドレスとの差別化を図りながら季節に合わせた作品を複数作り上げる職人たちには頭が下がる。

 なお、アンナとエマはいつも通りのメイド服である。

 どちらか一人いれば十分なので、話し合って一人はドレスで参加すれば……と提案したのだが、


「パーティーは苦手ですので職務に専念いたします」

「専属の私がパーティーに現を抜かすわけにはいきません」


 と、両方から辞退されてしまった。

 そして、公爵邸での生活をサポートしてくれていた三人目のメイド──ソフィは使用人ではなくパーティーの主賓として参加している。

 ほんのりと茶がかった赤色のドレス。明るさを抑え目にした清楚な一品は、急な話だったのもあって私物を流用したものらしい。地味な印象ではあるものの、ソフィの落ち着いた雰囲気には良く似合っている。

 俺が黒を選んだのはなるべくソフィの印象を喰わないためだ。紅色で目立つ髪も編むことで見た目のボリュームを落としている。


 ただ、要らない心配だったかもしれない。


 礼服姿のクロードの横に佇む彼女の笑顔からは幸せがにじみ出ている。左腕に着けられた求婚の腕輪も明かりを反射して目に美しい。

 聞けば、ソフィは伯爵家の三女なのだとか。それなら礼儀作法もある程度できるだろうし、家柄的にも悪くない。実家からの承認はまだだが「反対されるようでしたら縁を切ります」とのこと。

 きっぱりさっぱりしていて気持ちがいい。


「あらためておめでとう、ソフィ。クロードも」


 会場に人が増え、パーティーの開始時間が近づく中、俺は彼女に声をかけた。


「ありがとうございます、リディアーヌ様」


 支度にはそれほど時間がかからないと言ってお昼までは普通にメイドをしてくれていた(休んだら、と言っても聞いてくれなかった)彼女は、仕事中の控えめな笑顔とは少し違う、恋する女の笑顔で応じてくれる。

 すると、二十歳になった本日の主役が苦笑する。


「リディアーヌ。俺への祝福はついでかい?」

「そんなことはないわ。ただ、クロードは誕生日のお祝いだけどソフィは恋愛成就のお祝いだもの。だから、ごめんなさい」

「ああ。リディアーヌにとってはソフィも大事なメイドなんだな」


 親戚同士のじゃれ合いとはいえ、笑って許してくれるあたり懐が広い。

 愛しの女性に結婚を取りつけられたのだから当然か。






 あの後。

 急な告白を受けたソフィは目を丸くし、口へ手をあてて硬直した。

 落ち着くのに要した時間は数秒。

 赤くなり始めていた頬さえも元の色へ戻して嘆息し、


「……冗談はおやめください、クロード様。私はあくまでも公爵邸の使用人。断る言い訳に使われるのはクロエ様が可哀想でございます」


 咎めるような淡々とした響きは、会ったばかりの俺を甲斐甲斐しく世話してくれた心優しい彼女にしては少々「冷たすぎるのではないか?」と思えるものだった。

 発言は間違っていない。

 主人と使用人の恋は珍しくない。世話される側と世話する側。敬意が親愛に、親愛が恋愛に変わるのはある意味自然なことだ。だからこそ女性貴族の仕事としてメイドは人気があるし、若い貴族には同性の使用人が宛がわれることが多い。

 道ならぬ恋とまでは言わないが、


「公爵家の利益を考えれば他家から嫁を取るか、家業を良く知る一族の女性を娶るべきです」


 他家との繋がりと、家業の安定。

 両方を放り捨ててまで選ぶメリットがない……というのは、忠誠心の高い従者としては当然の説得だ。

 しかし、クロードは折れなかった。

 真っすぐな瞳を向けたまま「冗談なんかじゃない」と答えたのだ。


「家業なら君だって知っているはずだ。食事の際の報告をいつも熱心に聞いているし、視察の手伝いにもよく志願しているだろう?」

「それは、単にメイドとして」

「よく仕えてくれているのは知っている。だから、君なら家を第一に考えてくれる。それに他家の女性と言うのなら君だってそうだろう?」

「それは……っ、そう、かもしれませんが」


 反論を封じられたソフィは言い訳めいた言葉を紡ぎ、半歩の距離を後退した。

 視線を下ろすことでクロードから表情を隠す。

 ただ、身長の低い俺には彼女が真っ赤になりながら言葉を探しているのが丸わかりだった。


『なんだ。ソフィったら脈ありじゃない』


 さっきの理屈は自分自身を納得させるための方便か。


「私とクロード様では釣り合いません」

「釣り合うかどうかなんて考えなくていい。僕が相手じゃ不満か、そうでないか。それだけを聞かせて欲しい」


 いや、格好良すぎないかこの男。

 なかなか言えることじゃない。前世で男をやっていた俺にはよくわかる。

 彼の場合、女を落とすために適当言ってるということもないはず。火遊びがしたいのなら証人が大勢いる場所でメイドを口説いたりしない。

 逃げ道を塞がれたソフィは唇だけを何度か動かし、やっとの思いでまた答えた。


「今まで、そんな素振りなさらなかったではありませんか」


 これにはクロードも反論しない。


「迷惑になると思ったからだよ。……本当は、不自然にならないように気を付けながらずっと見ていた。二十歳の誕生日まで君が独り身だったら告白するつもりだったんだ」


 学園を卒業し、家の仕事にも慣れてくる時期。

 将来の展望を見据えた上で共に歩く女性を決められる頃合い。


「いつから、ですか?」

「初めて会った時から、かな」


 気づけばソフィはぽろぽろと涙を流していた。

 彼女のそんな表情は一度も見たことがない。それはそうだ。仕事上の主にはこんな姿は見せられない。

 泣いて、泣いて、彼女はこくん、と頷いた。


「……はいっ。一生お仕えさせてください、クロード様」


 まるで劇の一場面のようなやりとり。

 俺を含むその場にいた他の面々は半ば呆然となりながらも、想い合う二人に、そしてクロードの結婚相手決定に大きな拍手を送った。






 パーティーは順調に盛り上がっている。

 使用人も一緒の会場とはいえなんとなく住み分けはされていて、入り口に一番近いあたりから平民の男、平民の女、メイドや執事などの(主に貴族である)使用人、そして公爵家一族といった具合。入り口の方からはいい感じに楽しんでるっぽい大きな声が聞こえてくる。

 この機会に別の恋がさらに芽生えたりとかもあるかもしれない。


 始まってからしばらくソフィ(+クロード)は色んな人たちから入れ替わり立ち代わり挨拶をされて忙しそうだった。

 二人の結婚は既に一族からの承認を受けている。

 反対した者との話し合いもあったがなんとか解決した。特にブリジットは「そんな地味な子じゃなくても」みたいなことを言いだしてクロードを怒らせたらしい。一時は「認めてくれないなら家を出る」という発言まで飛び出したとか。

 なお、メイド以下使用人はほぼ全員が「めでたい!」と肯定的だった。同僚や下の者の方がメイドとしてのソフィの働きを良く知っていたのだろう。


「クロードは聞いた? ソフィもね、初めて会った時から好きだったんだって」

「り、リディアーヌ様!」


 ようやく挨拶が終わって二人がひと息ついたところで再び声をかけにいく。

 一緒にいる時間に聞いた惚気話を教えてやると、クロードは酒のせいで赤くなった顔を「聞いたよ」と頷かせた。せっかくの端正な顔立ちが若干だらしないレベルに蕩けている。


『なんだ。もう話してあるなら慌てなくてもいいのに』

「一目惚れ同士、何年も想い続けていたなんて素敵じゃない」

「本当だね。これは運命だったのかもしれない」

「クロード様! リディアーヌ様も、もしかして酔ってらっしゃいますか?」

「残念ながら素面よ。お酒は大きくなってからと決めているの」


 周りで美味そうに飲まれると「もう飲んじゃおうかな」という気分になるが、ここは我慢である。


「我慢する代わりに上等なお酒を買い込んで取っておくわ」

「家族や友人へのお土産にする分と自分用はしっかり分けておくのをお勧めするよ」

「お父さまはそこまで酒に魅入られてないと思うけれど、忠告をありがたく受け取るわ」


 父への土産としてももちろん買うつもりだ。娘が買ってきた酒なんて銘柄が何でも喜んで飲んでくれるに違いない……ああ、うん。自分用は絶対に隠しておこう。間違って全部飲まれそうだ。


「そうそう。二人にわたしからプレゼントがあるの。……アンナ」

「はい。こちらはクロード様に。それからこちらはソフィ様へ」


 手のひらに乗るような小さな包み。手製の品物をアンナに頼んで包装してもらったものだ。

 店の商品ではないため、包みからは何だかわからない。二人は興味深そうにそれを眺めた後で開けてもいいかと尋ねてくる。

 快く了承すると包みがゆっくりと解かれて、


「これは……魔石のアクセサリー、ですか?」

「魔石は魔石なんだろうけど、質感が少し違うな。リディアーヌ、これは?」

「それは確かに魔石よ。ただし、素材には羊の角を使ったの」


 形状はビー玉を少し潰して楕円にした感じ。茶と白が混ざりあった不思議な色合いをしている。

 魔石の素材は一本の羊の角を分割して形を整えたもの。

 友人たちへのお土産としても渡すつもりの品と同じ仕様。前から考えていた「友好の証としての贈り物」を兼ねており、少し特殊な魔法を施してある。


「その魔石に魔力を籠めると、近くにある同じ魔石を探して光で示してくれるの」


 元が一本の角だったお陰か上手く魔法が馴染んでくれた。

 これによって似たような品を偽造したとしても判別が可能。かなり近くにいないと駄目だが、有事の際の人探しにも使えるかもしれない。


「二人の場合は、お互いが今どこにいるかを確認するのにも使えるんじゃない?」

「あ……っ!」


 ソフィが口を大きく開き、慌てて手をあてて隠した。

 愛しい相手が近くにいることを確認しあえる。少々ロマンチックすぎる気もしたが、どうやら気に入ってもらえたらしい。

 深いお辞儀と共にお礼の言葉が俺に向けられる。


「ありがとうございます、リディアーヌ様。大切にいたします」

「こちらこそありがとう。邪魔じゃなかったら使ってあげて。……要らなくなった時は粉々に砕くのだけを忘れないでね」


 小さい品なのでピアスでも指輪でもペンダントでも加工は簡単だ。なんならナイフとかに埋め込んでもいい。

 照れ隠しに壊してもいいと告げると「壊したりしないよ」と言ってもらえた。

 と。


「リディアーヌ様。私にはいただけないのですか?」


 白いドレスを着たクロエが若干拗ねた感じで声をかけてくる。


「求婚を保留にされた女にはお祝いは早いということでしょうか」


 絡むなよ、ひょっとして酔ってるのか?

 ……などとはもちろん口には出さない。彼女はクロードたちが幸せになった分、若干割を喰った形になった。飲まなきゃやってられない部分もあるだろう。


「クロエさまの分も一応用意してありますが……」

「ではください」

「意気揚々と魔石を使ってクロードさまを探しに行ったらソフィがいた、ということになりかねませんが、それでもよろしいですか?」


 そう言うと急に微妙な顔をして「……やっぱり止めておきます」と首を振った。


「クロエさまには正式に結婚が決まり次第、なにか別の品を贈りますね」

「そうしていただけると助かります」


 クロードに振られた挙句、そのクロードが想い人と結ばれるのを見せつけられたクロエ。

 三日くらい部屋に閉じこもっても許される状況だったが、彼女はめげることなく「私は第二夫人でも構いません」と言ってのけた。

 これについてはクロードも予想していなかったらしく断り文句が出てこなかった。貴族は二人以上の配偶者を持つことも割とよくある。法律や社会通念で逃げることはできず、ここで息子が大事で仕方ないブリジットが割って入った挙句「いいじゃない」とまさかの賛成。

 結果、クロードは「まだソフィとの結婚も済んでいないから」と「保留」にするのがせいいっぱいだった。

 それでも、とりあえずクロエが学園を卒業するまで──約四年は引き延ばせる。それだけあればソフィと結婚するには十分すぎるし、上手く行けば子供だってできるかもしれない。


「ソフィ。クロエさまが外堀を埋めてしまう前に地位を確立しておくのよ?」

「心得ております。クロード様のためにも第一夫人の座は守り通そうと思います」


 ソフィはクロードが他の妻を持つことに反対しなかった。

 むしろ「クロエ様でしたら歓迎します」とまで言うほどだった。確かに、クロエは他の令嬢と違ってクロード自身が目当てだから我が儘放題はしないだろうし、羊にも愛着があるので実務面でも役に立つ。

 クロードもクロエのことは別に嫌いではない、むしろソフィがいなければOKしていたかもしれない程度には好きだったらしく……まあ、なんというか四年後には「リア充爆発しろ」というような結果が訪れるだろう。

 家格的には「伯爵家の三女」と「平民の両親から引き取られた公爵家傍系の娘」。

 どっちが第二夫人でも問題ないくらいなので、夫に愛されているソフィが第一夫人で落ち着きそうである。


「……でも、残念だわ。できればソフィを引きぬいて家に連れていきたいと思っていたのに」

「申し訳ありません。そのご希望には沿えませんが、お帰りになられるまではしっかりお世話させていただきますので」

「ありがとう。結婚の準備が滞らない程度で構わないから、よろしくね」


 こうして懸念だったクロードの結婚問題も片付き、俺たち兄妹は無事に(?)王都帰還の時を迎えることになったのだった。

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