買い物と闖入者

 結論から言うと、女の買い物はやっぱり長くなった。

 最初に入った店の商品はなかなかの充実ぶり。貴族の数が限られることから値段としては抑え目、平民の資産家でも手の出るものが中心ではあるものの、何着ものドレスや靴、ハンカチや手袋などが飾られ、併せて布地の展示も行われていた。

 工房が併設されている店舗らしく、既製品で良いものがなければオーダーメイドも可能。


「あそこの衝立の奥は試着用の場所かしら?」

「いいえ、お嬢様。あちらには殿方の目に触れさせたくない商品をご用意しております」


 覗いてみると下着関係だった。試着は奥に専用のスペースがあるという話。


「なるほどね。こういうのは脱がせてからのお楽しみだもの」

「さすがは高貴なる方々。お若く見えても女性なのですね」

「お姉様。脱がせるって、あの、その」

「今はまだ気にしなくてもいいわ。成長して大切な方ができた時のためにとっておきなさい」


 異性どころか使用人以外の同性にも素肌や下着を隠すのが淑女のマナー。男に服を脱がされるのは初夜までとっておくのがいいとされている。男性側も長くお預けされた分だけ興奮が高まる。

 と、クロエからくいくいと袖を引っ張られて、


「クロード様はどのようなデザインがお好みだと思いますか?」


 難問である。下着の好みなんて人それぞれ。前世の記憶に従うにせよ、この世界の感覚とはズレる可能性があるのだが……。

 あくまで個人的な見解だと前置きしつつこっそりと返す。


「やはり清楚なものが一番かと。白や黒、あるいは淡い色合いで、布地は少なすぎないものを。フリルが多く使われているものも上品に見えて良いかと」

「……お詳しいのですね。やはり王都のお茶会ではそういった話題も出るのですか?」

「出ないわけではありませんが、さすがに稀ですね」


 成人女性による私的な会なら「夫を篭絡するための作戦会議」がメイン議題だったりするかもしれないが、あいにく俺の友人グループは歳の近い未婚の令嬢ばかりである。下着の話をするにしても個人的な色・形の好みが中心になる。

 下着売り場から戻るとアランとクロードが微妙な顔をしながらハンカチコーナーの前で顔を突き合わせていた。


「なんの話をしていたんだい、リディ?」

「殿方には聞かせられない話よ。ね、シャルロット?」

「はい。お兄様には絶対に言えません」


 赤い顔をしながらしっかりと頷く妹を見て、アランがものすごく寂しそうな顔になった。俺たちの嫁入りの話をする時の父そっくりで思わず笑ってしまった。


「いかがですか、お嬢様方。記念に一からドレスをお仕立てになるというのは」

「楽しそうですけど……お姉様、期間的に難しいですよね?」

「大丈夫じゃないかしら。今のうちに注文すれば戻るまでには納品してもらえるでしょうし」


 工房が併設されているだけあって女性店員は納期についても大まかに把握していた。素材の在庫や他の注文状況にもよるが大急ぎで一週間。一か月もあれば余裕をもって完成させられるという。

 出入りの工房にしても三人のひと季節分を三か月で完成させているわけだから、一着二着の注文ならそうなる。俺たちが帰るまでに十分間に合う時間だ。

 俺としてはドレスよりも友人・知人への土産が欲しいのだが……。

 家族もしくはそれに準ずる関係でない限りは基本、他人に衣類は贈らない。サプライズならハンカチ、お金だけ払う形でも手袋やマントあたりが限界か。リオネル相手なら婚約者なので服を贈っても失礼にはあたらないが、珍しいものを頼まれている以上はミスチョイスだろう。


「リディアーヌ様、シャルロット様。お店は他にもあります。巡った上で吟味するのもお買い物の醍醐味なのですよ」


 ということで、俺たちは判断を保留して何軒もはしごすることに。

 クロエやクロードは大事な衣装はお気に入りの職人に依頼するが、それ以外は時々で違う店に頼んだりするらしい。


「そうした方が競争にもなるだろう?」

「なるほど。専属の地位に甘えさせすぎても作品の質を落としかねない、か」

「そういうことさ」


 立派な考え方である。平民=領民である公爵領ならではだろうが、それを聞いたからには公爵家の人間として俺たちもある程度金を落としていきたいものである。

 クロードを落とすための服を真剣に考えているらしいクロエに付き合ったり、店員にあれこれ質問をしてみたり、掘り出し物がないか目を光らせたりしていると、不意に耳元で声。


「リディアーヌ。内緒の相談があるんだ。そのままで聞いて欲しい」


 声の主である最年長の青年は少し離れたところで商品を眺めている。店内にいる他の人間が彼の声に気づいた様子はない。魔法による内緒話だ。普通に話して声が届く程度の距離なら遠話の魔法もそれほど難しくない。

 目線を送って頷きを返すと続けて声がして、


「求婚したい女性がいるんだ。贈り物は何がいいか意見が欲しい」

「きゅ……っ!?」

『求婚!? 急になに言ってるのよ!?』


 驚きの声を上げかけて慌てて止めた。代わりに魔法を使って返事をする。糸電話の原理で声を届けるイメージ。


「やっぱり、定番は指輪じゃないかしら」

「そうだね。でも、了承を得られるかわからないし、得ても式までは日が開くだろう?」


 貴族の結婚式は手間がかかる。半年前くらいには日取りを決めて招待状を送るのが普通だ。式での感動を考えて結婚指輪と別に求婚の指輪を用意することも多い。

 求婚を断られた挙句、次の相手へ指輪を使い回す不届き者が噂になることも稀にある。

 受け取られなかった際に使い道がなくなるくらいなら、返答に関わらず相手に渡せるような、指輪程は重くない品にするのもアリだ。


「だったら髪飾りとか耳飾りかしら。状況に応じて付け替えるものだから多めにあっても困らないだろうし」

「やっぱりその辺りになるか。……デザインについても何かあるかい?」


 そう言われても、正直、相手による。目の色や髪の色、良く着るドレスのタイプによっても似合うデザインは変わってくるからだ。

 相手は誰なのだろう。わざわざ内緒話にしたあたりクロエかシャルロットという可能性もある。もちろん、他の誰かでもおかしくない。気になるが、そこまで聞くのは野暮か。


「クロードが相手を想って選ぶのが一番だと思うわ。好きな花なんかを象るのもいいだろうし、実際に着けているところを想像すれば色や形も浮かぶでしょう? そしてもちろん、渡す時は一緒に真摯な言葉を贈るのよ」


 リオネルみたいに軽すぎるプロポーズはNGである。

 もっとも、あの王子様はときどき無自覚に攻めてくるので「お前の髪に似合うと思ってこれを選んだのだ」くらい素で言いそうではあるのだが。

 離れて立つクロードがふっと笑った。


「ありがとう、リディアーヌ。参考になった」

「少しでも役に立ったなら何よりよ。……お相手が誰かはそのうち教えてくれるのかしら?」

「ああ。君達が帰る前には決着をつけたいと思っている」


 シャルロットいじめの件がきっかけになったのだろうか。クロードにお相手ができればブリジット達も大人しくなるだろうし、上手く行って欲しいものである。






 いくつかの店を巡った後、俺とシャルロット、アランは王都へのお土産ではなく、公爵邸の面々へのお礼として小物を購入した。

 男性陣にはネクタイ、女性陣にはハンカチ。

 別途、飲める人には酒、飲めない人には菓子を付けることにする。クロードとクロエには秘密にできない分、好きなデザインを選んでもらってみんなの好みについて相談に乗ってもらった。

 終わった後は雑貨店を見て回ったり、喫茶店兼酒場のようなところで少し休憩したりする。高めの店なので昼間からくだを巻いているような酔っ払いはいなかった。俺が頼んだのは羊のチーズケーキ。癖が強いんじゃないかと心配したものの、濃厚な味わいがいい方に作用していて美味しかった。


「だいぶ歩きましたね」

「ああ。このままもう少し行くと平民街に入る。露店が出ていてあれはあれで面白いんだけど、どうしようか?」


 たまに視察がてら遊びに行っているというクロードが言う。


「露店というと、串焼きなんかも出ているのかしら?」

「もちろん。羊肉の串焼きは定番だね。後はサンドイッチや揚げ芋、クレープかな。珍しいところだと煮込みを売ってる店もある」


 実に美味そうである。屋台飯なんて前世以来だ。

 わくわくしながら「行ってもいいかしら」と尋ねると、やはりアンナたちは難色を示した。


「男性ならまだしも、女性には危険が大きいのでは」

「毒見も難しいですから、可能なら避けていただきたいです」

「なら、俺とアランで買ってこようか。リディアーヌ達はどこかで待っていてくれればいい」

「ああ。それなら危険は少ないか」


 食べる人間がわからなければ毒も盛りづらい。

 公爵邸のお膝元だし変な事はされないだろう、とこれで許可が出た。


「では、どこかに移動して待ちましょう。この店は持ち込み禁止ですので」

「それなら、もう少し雑貨を見ておきたいわ。まだお土産を悩んでいるから」

「あ、私も行きたいです……!」


 護衛の半分を連れたアランとクロードが平民街へ向かい、俺たちは彼らと分かれてまだ行っていなかった雑貨屋に入った。

 公爵領土産の目途をそろそろ付けておきたい。購入自体は日を改めても構わないが、物が全く決まらないと落ち着かない。


「お姉様は何をお土産になさるのですか?」

「リオネルさまが珍しいものをご所望だから、それが最優先ね。公爵領ならではの物か、あるいは隣国からの輸入品がいいと思うのだけれど」


 リオネルの趣味から考えると盤上遊戯、乗馬、剣術、後は食べることと言ったところ。

 羊を贈るのは別の機会という話になったし、じゃあ馬ならいいよねという話でもない。剣なら装飾にもなるものの、あいにく公爵領の鍛冶師は特別有名ではない。チェス駒はもう特級の品を持っているし、ダイスはもう贈る予定がある。


「隣国というと質の良い鉱物が出ることで有名ですね」

「でも、隣国の鉄で打った剣……なんて、さすがに出回っていないでしょう?」

「そうですね。さすがに武器はなかなか……」


 どこの国も他国に武器を売るのは慎重になる。貴族用の装飾剣なんかは流通しているかもしれないが、そういうのはなかなか掘り出し物としては売られない。


「となると宝石類か、あるいは羊関係の品かしら」


 綿花関連は基本衣類になってしまうからパス。羊も肉を除外するとすると羊毛か、羊皮紙?


「ああ、角という手もあるのね」


 店には羊の角から作った工芸品なども置かれている。これはなかなか珍しいし、公爵領ならではの品っぽいのではないだろうか。

 傍に寄ってきたシャルロットが不思議そうに首を傾げた。


「そういえば、この間会った羊は角が生えていませんでしたね」

「種類によるのですよ。角にも利用価値があるので、角ありの羊を育てている牧場もあります」


 クロエが説明してくれる。角の形も種類によって結構違ったりするらしい。なかなか興味深い話だ。それと同時に有効利用されすぎじゃないか、という気もする。


「そうね。わたしは宝石か羊の角にするわ。アンナ、手の空いた時にまとまった量を手に入れられないか調べてくれるかしら? 急がないし、ソフィや兵のみんなを頼ってもいいから」

「かしこまりました」

「? アクセサリーや工芸品を買うのではないのですか?」

「ええ。どうせなら自分で加工しようと思って」


 輸入品の宝石となるとさすがに値が張るし、羊の角そのままだと(リオネルは喜ぶかもだが)女性陣には受けが悪そうだ。なので宝石にするなら安めの小さな石を多めに購入、角なら加工前の物を買って魔法で加工しようと思った。

 現地でないとなかなか手に入らないものを素材に自分で作れば珍しいものが出来上がるだろう。


「……やっぱりお姉様はずるいです」


 首から下げたペンダントをぎゅっと握り、シャルロットが頬を膨らませる。


「シャルロットだって、もうペンダントそれなしで光らせられるじゃない。練習していけばそのうちできるようになるわ」

「シャルロット様。シャルロット様のお友達は珍しい品よりも可愛らしい品の方が好まれるかと」


 専属メイドのアニエスも一緒に宥めてくれ、義妹は気を取り直したように雑貨屋を周り始めた。

 クロエが目を細めて呟く。


「可愛らしいですわね」

「ええ。その可愛い義妹をいじめてくれた方もいたけれど」

「反省しましたから許してくださいませ」


 目を伏せて言う少女。それならいい。俺は微笑んで、いざとなればシャルロット用にも加工を請け負うつもりだと語った。それを聞いたクロエも悪戯っぽく笑う。


 その時、店のドアが開いて新しい客が入ってきた。


 身なりのいい商人風の男。それに護衛らしき男が二人。貸し切りではないので客が来ること自体は不自然ではない。

 ただ、彼らの来店により、店の向こう側にいるシャルロットたちの姿が見えなくなった。


『……なんか、嫌な感じじゃない?』


 ノエルに目配せ。少女騎士も何かを察したのか迅速に動き出す。

 店の外にいた俺たちの護衛兵も念のためにと中へ入って来ようとする。ただ、どちらの動きも終わらないうちに、男達が一斉に動き出した。


 懐からナイフを抜き放ちつつ、手を突き出す敵の護衛たち。


 二人の手から放たれた「見覚えのある火球」は片方が俺へ、もう片方は入って来ようとしていた兵へ。

 俺への火球はノエルが剣を抜いて斬り落とす。護衛兵は咄嗟に後退しつつ腕の籠手で顔を庇ったものの、火球の炸裂は避けられなかった。破裂音が響き、通りから悲鳴が上がった。武器を抜いて臨戦態勢に入った兵たちだったが、彼らには物陰から飛び出してきた平民風の男たちが迫る。

 咄嗟に跳躍して店内を見渡すと、壁となった男たちの向こうで店員のお仕着せ姿のがシャルロットに小瓶の匂いを嗅がせていた。専属メイドのアニエスは「見覚えのある首輪」を装着させられた上、ぐったりと床に倒れている。

 幸い、シャルロットもアニエスも外傷はなさそうだが──見覚えのある相手に見覚えのあるアイテムの数々に頬がかっと熱くなる。


『わたしの可愛い妹を狙った以上、覚悟はできているんでしょうね? 覚悟しなさい、倍返しよ!』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る