追跡

 眠り薬か何かだったのだろう。シャルロットはかくんと気絶するようにして意識を失った。反射的な仕草か、その右手は胸のペンダントをぎゅっと握りしめている。


「シャルロットを離しなさい!」


 義妹を前抱きにして立ち上がる女。盾にされたのを見て一瞬攻撃を躊躇うと、女は最低限の動作で俺にナイフを放ってきた。


「リディアーヌ様!」


 投げるようにして持ち上げられた予備の剣──鞘に入ったままの俺の装飾剣がナイフを弾き飛ばし、そのまま俺の手の中に収まる。お陰で難を逃れ、武器を手にすることもできたが、着地までの僅かな間に女はシャルロットを抱えたまま動き始めていた。

 身体強化なしとは思えない素早さで店の裏へ。

 裏からは入れ替わるようにして覆面をつけた男が三人飛び出してくる。腕輪が輝き、三発の火球がこちらへ。俺は装飾剣を抜き放ち、それをひと薙ぎ。

 生み出された烈風が火球をかき消し、店の商品ごと棚をなぎ倒す。残った風の勢いは三人の身体を吹き飛ばして近くの壁に衝突させた。

 射線の関係で吹き飛ばせたのは後から来た三人だけ。

 最初に来た男たちだが、弾丸のように飛び出したノエルが一人を瞬く間に斬り伏せてくれた。彼女はそのまま二人目を狙おうとするも、商人風の男が素早い動きで蹴りを繰り出し、牽制してくる。残った一人は外の護衛を阻もうと店のドアを閉じた。

 連携ができている。その上、ざっと数えただけでも敵は既に十人以上。


『何人いるわけ!? パーティーの時と違ってこっちは少人数なのよ!?』


 大盤振る舞いにも程がある。それだけ前回の失敗を重く見ているということか。


「追うわ! アンナはクロエさまを守って!」

「リディアーヌ様、危険です!」


 危険は承知、今は一秒でも時間が惜しい。

 裏口から出てきた三人に駄目押しの烈風を追加しつつ、とばっちりでぶっ倒れた店員(本物)に「ごめんなさい! 後で弁償するわ!」と声をかける。棚が吹き飛んだおかげで裏へと繋がるドアへは一直線。裏口への道もドアが開け放たれたままになっていてわかりやすかった。

 外からは馬のいななきと遠ざかっていく蹄の音。身体強化を用いながら全速で飛び出し──。


「っ!?」


 悪寒を覚えて急制動。

 眼前を矢が通り抜け、店の外壁に突き刺さった。少し離れた建物の外壁にクロスボウを構えた覆面。風で吹き飛ばすには遠く、火球では無関係者の被害が怖い。剣の切っ先でターゲット指定し、横に飛ぶ雷で撃ち落とした。


『お生憎さま。貴族に狙撃は効きづらいのよ』


 風の魔法で逸らせるからとか防御障壁でガードできるから、という以前にさっきのような「虫の知らせ」でできることが多いからだ。

 これは前にオーレリアから聞いた考察。

 貴族の持つ魔法防御というのは「無意識に発動している最低限の魔法」であり、正確には魔法だけでなくありとあらゆる危険に及ぶ。だから、魔力が高く魔法に習熟していればいるほど物理攻撃相手に運よく致命傷を避けたり、第六感が働いて狙撃を避けたりしやすいらしい。

 俺もこの考察は正しいと思っている。


「蹄の音はあっちだけど……」


 見える範囲に他の狙撃手はいない。防御障壁を展開しながら脚力を強化、大きく飛び上がって確認すれば、音のする方向に確かにいた。金髪の少女とそれを抱えた女。

 着地し、とにかくそれを追いかける。身体強化しているとはいえ子供の足、馬相手に追いつけるとは思えないが──。


「リディアーヌ様!?」

「領主様の娘さんだっていう!?」

「何があったんだ!?」


 女を追えばほどなく大通りに出た。走り去っていく馬を呆然と見送った通行人たちが今度は俺を見て驚きの声を上げる。

 隠れて逃げるより道幅の広さを選んだか。雑踏を物ともせず駆けていくのはさすがとしか言いようがない。


「シャルロットが、妹が攫われたの! 誰か、馬を貸してくれない!?」

「妹さまが!?」

「大変だ!」


 みんなが慌てて道を開けてくれ、荷運びをしていた一人の男が「使ってください!」と馬を明け渡してくれる。


「ありがとう! 顔は覚えたから明日にでも屋敷に来て! きちんとお礼をするから!」


 乗馬服でもなんでもないただのドレスだが、もちろん着替えている暇はない。スカートの側面に魔法でスリットを入れて多少動きやすくしたら魔法で革のバンドを形成。装飾剣を太腿の外側に固定してから馬に飛び乗った。

 飛び乗るまでの間に荷下ろし(ほとんど地面に捨てたような形だが)は終わっている。俺は手綱を握って馬の胴を蹴った。


「お願い!」


 言葉が通じたわけではないだろうが、馬は素直に従ってくれた。いななき、走り出すと徐々にスピードを上げて大通りを走り始める。


「道を開けて! 悪党を追いかけているの!」


 声を上げて道を開けさせ、可能な限りの速さで疾走。

 敵はどうやら街の外を目指している。中心部に向かっても公爵邸があるわけだから当然と言えば当然か。しかし、開いてしまった距離の差は簡単に縮められない。馬の扱いは向こうがだいぶ上、ついでに馬の質でも負けている。重量差を差し引いても追いつくのは容易ではない。

 それでもとにかく追いかけていると、


「リディアーヌ!」


 服を乱し息を荒げたクロードとアランたち。

 騒ぎに気づいて止めようとしたができなかったようだ。見ただけで察して彼らに告げる。


「わたしはこのまま追うわ! お兄さまたちはクロエさまと合流して屋敷に報告を!」

「リディ、危険だ!」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょう!」


 言っているうちに馬はアランたちを追い越した。だんだんと街並みが簡素になっていく中、建物の屋根を飛び移りながら並走してくる影がひとつ。


「リディアーヌ様! 馬の速度を一定にしてください!」

「え、ええ!」


 身体強化だけで追いついてきたらしいノエルは俺の後ろへさっと飛び移ってくる。驚いた馬が暴れようとするも、手綱を俺から奪って上手く制御。


「ノエル。騎士って思ったよりずっと凄かったのね……?」

「こればかりは身体の小さい私の方が兄より上手いかもしれません。それよりも、リディアーヌ様は魔法で援護をお願いします」


 ノエルは視線を前から動かさないまま言ってくる。援護か。そうは言っても何ができるのか。下手に攻撃すればシャルロットを傷つけてしまうかもしれないし、外の街道に出るまでは視界が開けていないのでそもそも相手を捕捉しづらい。

 少し悩んだ末、馬の空気抵抗を減らしてやることにした。馬の眼前あたりに流線型をした不可視の防護膜をイメージ。魔法を発動させると空気の流れが左右に流れていくようになり、スピードが上がる。

 じりじりと距離を詰めながら街の入り口へ。


「り、リディアーヌ・シルヴェストル様!?」


 入り口はひと騒動あった雰囲気。怪我をした衛兵が何人も見え、襲撃者とみられる捕縛された男が複数人。馬の用意が進められ、今にも飛び出そうとしている。


「悪いけど急いでるの! このまま妹を追わせてもらうわ!」


 無理やり止められることはなかった。むしろ二頭の馬が少し後方から追いかけてくる。別の一頭は公爵邸へ報告へ向かったのか逆方向へと走り出した。


「見えた!」


 道すがらかいつまんだ事情を説明しつつ高速で駆けると、ようやく敵の背中が見えてきた。


「待ちなさい!」


 声を上げたのは失敗だったか、反応した女が馬を操りながら何かを放ってくる。ノエルはなんとか馬を操作、回避したものの、横目で品を確認すると薬の小瓶だった。相変わらず毒物の類を多用してくる。

 これでは迂闊に近づけない上、何か放られるたびに距離を離されてしまう。


「わたし一人なら飛行して接近できると思うんだけど」

「絶対に駄目です。あの女と接近戦など、何をされるかわかりません」


 ノエルが一対一で逃がした相手だ。飛行魔法でチェイスしながら戦うには荷が重すぎる。

 じゃあどうすればいいのか。


「ノエル。一か八かの方法を試してもいいかしら?」

「シャルロット様に危険がないのであれば」


 馬や女を狙うよりは比較的危険は少ない。そう伝えた上で思い切って決行。

 馬から飛び降りながら飛行魔法を起動。何度か試したことはあるので発動自体は問題なく成功した。しかし、これで直接敵に挑もうというわけではない。

 俺はふわりと地上数メートルの高度まで上昇すると、前方への高速移動を開始。


「──っ」


 女がナイフを投げてくるも、三次元軌道中なら簡単には当たらない。余計な行動で速度を落としてくれるならむしろ御の字。

 舌打ちし、馬へ鞭を入れようとする彼女をよそに高速飛行で、前方の地面へと着地。

 たん、と、地面へ手をついて、


「何───!?」


 地面から土壁が大きくせり上がっていく。

 領地の外壁にヒントを得た邪魔な壁作戦。壁の横幅(?)は十メートル近く取ったので迂回するにも方向転換が必要。減速してくれれば後続が追いついて複数人で包囲できる。


『これならさすがに止められるでしょ』

「リディアーヌ様!」

「え……!?」


 ノエルの声に、せり上がっていく壁の上に影を見つけた。

 確かに壁の厚みはそこそこ厚くした。身軽な者なら足場にできる程度のサイズだが──普通、急に作り出された壁に迷わず飛び乗れるものなのか。

 迎撃の魔法を放とうとするも、飛び降りざまに薬の小瓶がばらまかれた。飛びのきつつ防御障壁を展開するのが精いっぱいで、その間に女はひらりと着地してしまう。

 互いの距離は数歩分。

 たった数歩の距離が遠い。女は片腕でシャルロットを抱えたままもう一方の手にナイフを握り、俺に低い声で警告してきた。


「これ以上暴れれば、首の皮を裂く」

「……っ!?」


 身体が硬直した。

 上手くやればシャルロットは無傷で助けられる。怪我をさせても死ななければ魔法で治せるわかっているはずなのに、万が一のビジョンがよぎって手も足も動かない。

 ほんの数秒の躊躇。

 だが、走り出した女がスピードを得るには十分だった。


「要求を屋敷へ届ける。妹を返して欲しくば対価を払え」

「待ちなさい! 何が目的なの!?」


 叫ぶように尋ねるも返答はなかった。

 背を向けて走っていく女。シャルロットの身体が隠れているため魔法での狙撃は躊躇われる。さらに、道の向こう側から走ってくる馬車が見えた。ここで増援。人質を取られながら複数人を相手にするのはさすがに厳しい。

 こっちの仲間は俺自身が作った壁によって迂回を余儀なくされている。

 ノエルたちと合流した時には女を乗せた馬車は方向転換を始めている。馬なら追いつけなくもないが、


「一度立て直すべきです」


 少女騎士は静かに俺へ忠言した。


「シャルロット様を連れて領外へ出るのは困難です。命を奪うつもりなら最初からやっているはず。ならば、ここは逃げた方向がわかっただけで良しとするべきです」

「……そうね」


 唇を噛みつつ渋々頷く。

 ノエルは俺の護衛騎士。俺の身を最優先にする立場にある。そして俺は騎士ではない。むしろ、安全な場所で守られるべき人間だ。

 なのにここまで付き合ってくれた。彼女だってシャルロットを助けたいと思っている。その上で立て直しを提案しているのだから、それは本当に必要なことなのだ。

 わかっていても悔しい。

 すぐに助けてやりたかった。あの女に一矢報いてやりたかった。不甲斐ない自分が腹立たしくて仕方ない。

 それでも、


『……腐っている場合じゃないわよね。まだチャンスはある。みんなの力も借りてシャルロットを助け出せばいいのよ』


 倍返しにすると誓ったのだ。このまま「負け」には絶対にしない。

 深く息を吐き、気持ちを整えた俺はノエルたちを振り返った。


「魔法を使わず公爵邸へ戻るわ。少しでも魔力を温存しておきたいの」






 公爵邸ではアランとクロードを含む一族全員が俺を待っていた。

 街にある騎士団の出張所からも騎士が来ていた。街に駐留する騎士は全五名。うち四名は主要な街道を通りつつ近隣の街や村へ警告にあたり、残る一名が屋敷内で待機している。

 各関所には一族の者がそれぞれ一名、屋敷から護衛を連れて検問の強化を指示しに出発済み。

 残る一族からの期待するような視線に申し訳なさを感じつつ経緯を説明すると、祖父が「何という事だ!」と大声を上げた。


「公爵領の中心で公爵令嬢が攫われるだと!? くだらぬ『純血派』をこれほどの人数泳がせてしまうとは。検問の兵は節穴揃いか!?」

「ごめんなさい、お祖父さま、シャルロットを助けられなくて」

「いや、リディアーヌが謝ることではない。むしろ其方はよくやった。敵の方が一枚上手だっただけのことだ」


 俺の吹っ飛ばした敵四人はきっちり無力化されていた。その甲斐あってかアンナたちは全員無事だった。

 アニエスも命に別状はなく、今は別室で寝かされている。ノエルが俺に追いついて来れたのも敵の数が減って倒すのが楽になったからだ。

 敵の逃げた方向もかなりしっかり確認できた。

 途中で方向転換したかもしれないが、その場合、全速で走る騎士や一族の貴族が先を行ける可能性が高い。敵は袋のねずみだ。


「それで、敵から要求が来るらしいのだけれど……」

「それならもう来ている」


 届けに来たのは何の関係もないただの手紙配達人メッセンジャーで、念のために尋問をしたものの何も知らなかったという。

 そして、肝心の要求は次のようなものだった。


『リディアーヌ・シルヴェストルと第三王子リオネルとの婚約を破談とせよ。方法は問わない。破談が確実だと判断した時点でシャルロット・シルヴェストルは解放する』

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