魔女への罰と新しい関係
「オーレリアに対する此度の罰を言い渡す」
王城、謁見の間。
王妃、宰相、リオネルを含む王族たち、その他貴族が見守る中、オーレリアは黒のドレスを纏い、恭しく跪き頭を垂れたままで自らの父──国王の決定を受け入れた。
俺は余所行きのドレスを纏い、師のやや後方に跪きながらそれを見ていた。
「まず、グラニエ宮廷魔法士長による後見の終了。宮廷魔法士への内定の取り消し。大金貨千枚の罰金。加えて向こう三年間、騎士団の捜査への無償協力および王家からの魔道具製作依頼に可能な限り尽力する事。以上である」
「寛大なるご処置、心より感謝致します。全ての項目について異論はございません。ご迷惑をおかけした皆様に対して心よりお詫び申し上げると共に、誠心誠意、治安維持のために尽くさせていただく所存です」
読み上げられた罪状については一部からざわめきが上がったものの、王の決定に異を唱える者はいなかった。
この決定によってオーレリアはより一層の苦境に立たされる。
宮廷魔法士長という強い後ろ盾の喪失。大金貨千枚という高額の罰金(大金貨一枚はざっくり言って十万円の価値。つまり日本円換算で一億)。さらに三年もこき使われる上、今後の収入元になるはずだった宮廷魔法士の職には就くことができない。
並の貴族なら──というか、公爵令嬢である俺でも両親の助けが借りられなかったらほぼ詰む。そして当然、王家はこの罰金を肩代わりしない。
加えて、オーレリアにとって母方の実家であるバルト家は純血派に協力したとして処分が決定している。
俺たちが戦ったあのメイド以外にもバルト家の使用人が交ざっていたこと、敵の使用していた薬物の多くを伯爵家が提供したことが判明したせいだ。
現伯爵と伯爵夫人(オーレリアの祖父母)はこれに関して事実無根だと主張したものの、息子フレデリクと妻ミレーヌの提出した証拠により死刑が確定。新たに当主となる息子夫妻にも罰金が科せられている。とても経済的に頼れる状態ではない。
もはや死刑宣告にも等しいが、それでも「反逆者を裏で助けていた人間」の罪としては軽い。
俺一人を殺しかけただけのジゼルでさえ死刑確定だったのだ。本来なら殺されていて当然。
減刑が行われた理由は罪状発表の前に行われたやりとりにある。
国王は先の卒業記念パーティー襲撃の経緯と概要を説明する中でこう宣言したのだ。
「オーレリアにはかねてより極秘の命令を下していた。それは囮としてかの犯罪集団へと接触し、その作戦を失敗へと誘導する事である」
オーレリアはスパイとして動いていたということにしたのである。
魔道具の提供は敵に取り入るため。
敵の作戦予定をほぼ確定できたのも内部からの情報操作のお陰。
国の味方だったからこそ敵に渡った魔道具は威力が抑えられていたのだ、ということになれば話は色々と変わってくる。
貴族の死者が出なかったからこそできる後付けだ。
「事件の犯人は純血派を名乗る過激な思想集団である。なかなか尻尾を掴むことができなかった奴らに一矢報いた上、一網打尽にするための楔まで打ち込めたのはひとえにオーレリアの尽力あってこそのもの。……とはいえ、魔道具の提供および敵の扇動において失策があったのも事実。此度の騒動は王家にも責任の一端がある故、可能な限り寛大な処置とする」
新型魔道具によって被害は増えたし、演技が過剰すぎて騎士団まで混乱させてしまった。もう少し上手く立ち回れたはずだという点。元はと言えば王家が命じた仕事だという点も踏まえ、罪と功績を差し引きした結果が先の罰なのである。
命は助かったとはいえ十分にきつい罰。
オーレリア許すまじ、と燃えていた貴族たちもこうなるとあまり強く出られない。
「オーレリアはこれまでグラニエ姓を名乗っていたものの、籍は王族のままであった。しかし、今回の失態を鑑み、王家から正式に追放とする。新しい身元引受人としては幸いにもルフォール侯爵家が名乗り出てくれた」
俺の隣で跪いていた銀髪の女性が頭を下げる。ルフォール侯爵夫人──ヴァイオレットの母親は娘に似てどこか儚げな印象のある美女だった。
「ルフォール侯爵家」
「中立のルフォール──ここぞとばかりに王家に貢献するつもりか」
「果たして本当に中立を維持するつもりなのでしょうか。次女のヴァイオレット様はシルヴェストル公爵家との結びつきを強めている噂ですし……」
「シルヴェストル公爵家。第三王子派か」
貴族たちのひそひそ声。普通なら聞こえない声量なのだろうが、魔法で聴覚強化中の俺にははっきりと聞き取れた。
話されている内容は割と初耳である。ヴァイオレットとは例のお茶会で会ったし、その後麦茶の作り方を教えに来てもらい仲良くなったが、家というより俺個人との交流に過ぎない。
婚約者である俺が第三王子派に属するのは仕方ないとして、うちの両親やアラン、シャルロットは別にリオネル推しというわけではない。セレスティーヌあたりに聞いたら「王家にお仕えしているのであって王族の勢力争いに強く関わるつもりはない」とか答えるだろう。
「正式な書面については追って締結する事になるが、今この時より公的な扱いはオーレリア・グラニエではなくオーレリア・ルフォールとする」
「陛下の御心のままに」
今まではまがりなりにも王族であったオーレリアは貴族に格下げ、ルフォール侯爵家の養女として生きることになる。
継承権はなかったんだし大差ないのでは? という話もあるが、何かの拍子に継承権が返還されることはなくなるし、オーレリアの子も王族としては扱われなくなる。継承争いに関する発言権も低下するのでパワーバランスへの影響は意外と大きいかもしれない。
「さて。それでは他の功労者にも褒賞を与えるとしよう」
副団長を複数人が一人ずつ名前を呼ばれ、望みの褒美を答えていく。その中には俺も含まれていた。
『オーレリアさまへの減刑、っていうのも考えなくはなかったんだけど』
もしかすると読まれていたのか、嘆願するまでもなく命は助かったのでボツに。
ここで「《紅蓮の魔女》のあだ名を禁止してください」とか頼んだら受理してもらえるんだろうか、とアホなことを考えつつ、俺は無難な望みを口にした。
「儀礼用の装飾剣を一振り用立てていただけないでしょうか。わたしが成長した時のために成人用の寸法で、刃は入っていなくて構いませんが、刀身には十分な耐久性を与え頂きたく存じます」
「ほう。宝石でも現金でもなく剣を強請るか。さすが、殺し屋を相手に切り結ぼうとするお転婆娘よ。よかろう。とっておきの剣を贈る事を約束する」
「有難き幸せ」
高額過ぎたりはしないし儀礼用なら殺傷能力もないし、現金を要求するより茶目っ気があると思ったのだが、令嬢の希望する物ではないせいか思った以上の反響だった。
後でリオネルからも「父上から剣を貰うなんてずるいぞ」と言われる始末で、仕方なく来年の誕生日プレゼントは剣にすると約束する羽目に。
「というわけで、リディアーヌ様。オーレリア様──いえ、我が娘オーレリアを公爵家で雇用していただけないでしょうか」
謁見の終了から一、二時間後。
謁見の間を後にしてからリオネルの部屋に寄ったり、父から「剣術はできるだけ控えるように」と小言をもらったりして時間を潰した後、両親と共に移動した応接間にはルフォール侯爵夫人とオーレリア──オーレリア・ルフォールの姿があった。
俺たちが時間を潰している間に養子縁組の契約は無事交わされたそうで、これでオーレリアは名実ともに侯爵令嬢となった。
「これからはわたしの方が立場が上ですね、師匠?」
場を和ませようと悪戯っぽく微笑みかけると、師は特に動揺した様子もなく笑顔で応じて、
「ええ。目下の者として失礼の無いよう努めさせていただきます。どうか今後ともよろしくお願い致しますね、リディアーヌ様?」
「……申し訳ありません。オーレリアさまに敬語を使われても違和感が大きいので、今まで通りに話していただけないでしょうか」
「あら、残念」
やっぱり挑発の類でこの人に勝つのは無理な気がする。ともあれ、師がこれまでと変わらないノリであることにほっと安堵したところで、オーレリアの保護者となったルフォール侯爵夫人が切り出してきたのがさっきの台詞である。
意外な申し出に俺は一瞬硬直して、
「師匠。我が家に借金返済を手伝わせるおつもりですか?」
ジト目で睨めば、黒髪黒目の変人美女はふんと笑った。
「失礼な事を言わないでくれるかしら? 大金貨一千枚ならもう払ったわ」
「どうして個人でそんなお金をぽんと動かせるんですか」
「今まで魔道具製作の依頼を飽きるほど受けていたからに決まっているでしょう」
あらためて魔道具の高さを実感させられる話だった。まあ、さすがに彼女の財布も空に近いはずだが、タダ働きなのは「騎士団への捜査協力」だけである。王家からの魔道具発注についてはちゃんと代金が支払われるはずなので、案外生活には困らないかもしれない。
と、ここで父が咳払い。
話を引き戻した宰相閣下は侯爵夫人を見据えて尋ねた。
「雇用、とは具体的にどのような形式をご希望ですか?」
「雇用形態はそちらの都合に沿っていただいて構いません。給金についても常識の範囲内であれば贅沢は申しません。……強いて一つ希望を申し上げるとすれば、住み込みで雇用していただきたい、という程度です」
「ルフォール侯爵家はオーレリア様の監督責任を放棄なさると?」
と、これはセレスティーヌ。侯爵夫人はおっとりと微笑んでこれを否定する。
「いいえ。オーレリアが今後問題を起こした場合、当家が責任を負うのは当然です。我々がお願いしたいのは彼女の監督ではなく、精神的な支えとなっていただくこと」
「支え」
「ええ」
困ったものだ、というように頬へ手を置く侯爵夫人。
「実は、事前に話し合った際、オーレリアから心境を告白されまして」
「なにを言ったのですか、師匠?」
「別に大したことじゃないわ。私はリディアーヌ・シルヴェストル以外の人間を信用しない、と言っただけよ」
ああ、なるほど。そういうことか。
人嫌いのオーレリアらしい話だ。唯一信用された俺は物凄く大変だが……って!?
「わたしですか……!?」
「他に誰がいるのかしら」
どうやらこれは冗談ではないらしい。くすりと笑って見せたオーレリアだが、その瞳の奥にこちらをからかう様子は見られない。
綺麗な漆黒の瞳に目を奪われる。
「はっきり言うわ。私がこうなったのはリディアーヌ、貴女がいたからよ。そうでなければ私はパーティー会場を火の海に変えていたでしょう」
「実際、あなたなら可能でしょうが……はっきり言い過ぎではないでしょうか。わたしはそこまで大層なことをしていませんよ」
「客観的に見てどうかなんて関係ないでしょう? 事実、貴女の言葉が私の心を動かした。それだけの話」
「それは……嬉しいお話ですね」
頬が熱い。愛の告白でもされたみたいに鼓動が早くなっている。正直、俺は自分の言葉でオーレリアを動かせたとは思っていなかった。けれど、俺の言ったことはきちんと伝わっていたらしい。
伝わったからこそ、こうしてまた話ができる。
《紅蓮の魔女》は師の役に立てた。俺は胸が熱くなるのを感じながら深く息を吐いて、
「新型魔道具の件も極力、被害を減らしてくださったのでしょう?」
「まあ、ね。機能こそ画期的であれ、性能が伴っていないのでは積極的に利用しようとする者は少なくなる。ましてお披露目に失敗したとなれば悪い印象は拭えないでしょう」
新型魔道具は欠陥品、という評価がしばらくは残る。
当然、中には有用性を見出して研究する者もいるだろうが、現物の何割かは既に王家が回収しているし、もしサンプルを手に入れられたとしてもリバースエンジニアリングできるのは効果の低い未完成品だけ。
結局、実用に足る形で魔道具を完成させられるのは一部の秀才・天才ということになる。
新型は製作期間・製作費共に従来のものを上回るため、量産はさらに難しい。王家が対策を打つだけの時間は十分に取ることができるだろう。
そして、王家は新型魔道具の開発者へ恩を着せると共に、三年間の優先的依頼権を獲得している。
新型魔道具の開発競争において我が国は圧倒的な有利にあるということだ。この状況を作り出すためにも国はオーレリアを死刑にするわけにはいかなかった。
表向きは死刑にした上で一生飼い殺し、とかにしなかったのは反乱防止とせめてもの親心だろう。
「貴女としては不服でしょうけど」
「……まあ、仕方ありません。いずれ誰かが開発したでしょうし、最悪の結果でないだけ良しとします」
新型魔道具が広まるというのなら仕方ない。
今後、魔道具による戦争が起こるであろう世界。戦火の拡大が約束される中で、俺は敢えて「個の力」を磨き続けよう。
道具がなければ魔法も使えないような雑兵も、魔力を大量に用意してようやく起動できる魔道兵器も怖くなどない。真に恐ろしいのは突出した才能を持つ人間そのものだと身をもって広めてやる。無駄な争いに興じれば《紅蓮の魔女》に目をつけられる。そんな噂が流れるようになれば争いが起こるのは抑えられるだろう。
ここで、オーレリアはふっと笑って、歳相応の柔らかな表情になる。
「私と話が合うのは貴女くらいなのよ、リディアーヌ。だから、貴女の傍にいる事を許してくれないかしら? 貴女が望むなら子守歌でも夜伽でも何でもするわ」
「師匠」
例とした挙げた内容がふざけている感ありありだが、俺の傍にいたいという気持ち自体に嘘はなさそうだ。
俺に近づくだけなら他にいくらでも方法があったはずだし、見た目穏やかそうな貴族女性は狡猾、というセレスティーヌから学んだ法則に基づくとルフォール侯爵夫人はなかなかの食わせ物と思われる。
「夜伽も子守歌もいりませんが、わかりました」
俺が苦笑しながら言うと、両親がそれぞれに反応する。
「……リディアーヌが望むのなら仕方あるまい。だが、雇用契約を結ぶ以上は楽をさせるつもりはないぞ」
「そうですね。向こう三年は騎士団への協力もあるようですし、忙しく働いていただく事になるでしょう。職務としてはリディアーヌへの魔法教師、および専属メイド見習い、といったところでしょうか」
元王族がメイドとは豪快な話もあったものである。自分の着替えですら面倒臭がる人間が本当にそれでいいのかと思ってしまうが、当の本人は嬉しそうに頷いてみせる。
「いいわ。メイドの役目、しっかりと務めてあげる」
こうして、俺にとって二人目の専属メイドとしてオーレリア・ルフォールが我が家へとやってくることになった。
どうしてこうなったのかはわからないが、悪くない結果だ。
「これからはもう少し、教師の方も熱心にお願いしますね」
「主人の命令とあらば仕方ないわね。善処してあげる」
師との馬鹿な会話を繰り広げながら、俺は願う。彼女が今後、悪いことに手を染めないことを。この世界から悪役令嬢なんていう存在が一人でも減ることを。
そのためには、まだまだカウンター悪役令嬢を続ける必要がありそうだ。
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