パーティーの後始末
「牢屋に入れられた感想はいかがですか、師匠?」
王城には複数の地下牢が存在している。
囚人同士の情報共有・大脱走を防止する他、あまり公にしたくない罪人を隠したり、身分によって待遇に差をつける目的からだ。
オーレリア・グラニエが収監されたのは最上級、貴人を幽閉するための牢だった。
牢と言いつつも部屋は広く、中にはふかふかのベッドに高級な椅子、暇つぶし用の本棚、魔道具の清潔な水洗トイレに水の湧くポット、熱を生み出して部屋を暖める暖房器具などが用意されている。壁の一面が二重の鉄格子になっていることを除けば割と安らかに暮らせそうな空間である。
話によると食事も三度、シェフの手による美味しい料理が出されているらしい。
移動経路がわからないよう目隠しの上でここまで連れてこられた俺は、父や副団長と共に、捕らわれの身となった師と対面した。
「思ったより悪くないわ。これで魔道具の製作ができれば何も文句はないのだけれど」
漆黒の髪にも艶が残っているし、瞳にも昏い感情は見られない。むしろ、どこか憑き物が落ちたような晴れやかな表情で彼女は椅子に腰かけていた。
腕には俺の渡した魔法封じの腕輪が嵌まったまま。
簡素ながら仕立てのいいドレスもあまり汚れている様子はない。ジゼルの時とは色んな意味で大違いである。
とはいえ、それも当然。
オーレリアがここに捕らえられたのは色々な思惑が重なった結果であり、ジゼルのように「はいアウトー」というわかりやすい判定によるものではないのだ。
「仮にも罪人なのだからもう少ししおらしくしたらどうだ、オーレリア・グラニエ」
父は苦虫を嚙み潰したような顔。宰相としても俺の親としても一人の人間としても言いたいことはたくさんある、だろう。
これに《漆黒の魔女》は肩を竦めて、
「今更、自分を良く見せようとは思わないわ。……それで? 宰相様に副団長様、それに我が弟子まで連れだって何の用かしら」
「まだ弟子と呼んでくださるんですね」
「貴女が先に師匠と呼んだのでしょう?」
真っすぐに見つめ返されて俺は思わず苦笑する。
「そうですね。……まあ、これからも教えを請えるかはわかりませんが」
「私としては金輪際縁を切って欲しいところだな。貴様はあまりにも危険すぎる」
「まあ、そうでしょうね。今の私は罪人なわけだし」
そう。
オーレリアが捕らえられたのは学園襲撃の件で罪に問われたからだ。
あれから三日。
俺が筋肉痛で寝込んでいる間も大人たちは色々大変だったらしい。
捕縛者への取り調べは未だ継続中。敵の多くは一種の麻薬──幻覚剤のようなものを服用しており、支離滅裂な証言を繰り返している。正気とみられる一部の者たちに至っては隙あらば自害しようとする有様で、尋問は難航中だ。
全員が平民であったことから国は暫定的に彼らを純血派と判断。
敵の持っていた魔道具が新型魔石を内蔵しており、かつて俺が証言した内容と一致したことからオーレリアは「危険思想集団への魔道具の提供」の容疑をかけられた。
テロリストに武器を横流しした、と言えばわかりやすいだろう。
ある程度敵の計画や目的を知っていた可能性もあるのだから捕縛は当然である。
「一方で、オーレリア様の行動が敵の一派とは一線を画していたのも事実です」
と、これは副団長。
事件の際、オーレリアが何もしていなかったことは俺も証言した。強いて言えば俺の魔道具が二つほど壊れたが、魔法封じの魔道具なんて付けられたら壊したくなるのは当然。
何かする前に気絶したのだから何もできるはずがないわけだが、たとえそうでも襲撃時に何もしていないのは事実だ。
また、敵に提供された魔道具の性能も引っかかる。
敵の放った火球は会場のシャンデリアを落とし混乱を助長したものの、威力としては正直大したことがなかった。あのくらいなら一年前の俺でもほいほい撃てただろうし、落ち着いてさえいればアンナ自身の防御魔法でも防ぎきれる。
防御用の魔道具も男爵家出身かつ荒事が苦手なアンナが相手でなければ完全防御とはいかない出来。貴族が常時発揮している魔法防御程度の効果でしかない。
『要するに、わざと質の低い魔道具を渡して事件を起こさせたようにも見えるのよね』
もちろん、新型故にあれが限界だった可能性もある。魔道具がなければ被害はもっと少なかっただろうし、事件が起きるよう誘導したのであればテロを手引きしたも同然だ。
襲撃を受けた学園卒業生やその関係者の中にはオーレリアの死刑を求める声もある。
同時に、準備を整えて待ち構えていたからこそ数十名もの捕縛者を出せたのだ、というのも疑いようのない事実。結局あの日、王城やうちの屋敷も含め、パーティー会場以外に襲われた場所はなかった。俺たちが戦ったのが主力と考えれば純血派の実行部隊は数を大きく減らしたはずだ。
最初の襲撃が失敗に終わったというのも大きい。
平民の集団が卒業パーティーを襲った話は既に公表済み。
国は王都の平民街、および周辺の街を含めた大規模な捜索も検討している。今後、摘発者はさらに増えるだろう。
「師匠、知っていることを話してください。彼らを裏切ってまで被害を抑えてくださったのでしょう?」
懇願するように問いかけると、オーレリアは目を細めてふっと笑った。
「そんなに大層な話じゃないわ。……ただ、面倒な弟子に振り回されただけ」
俺は事件の対処における大きな功労者として扱われている。
逃げずに敵をぶっ飛ばしまくったことや筋肉痛で倒れたことは怒られたが、それはそれとして複数人を無力化したこと、アンナたちを含む大勢を守ったことはしっかり評価されたのだ。
残念ながら全員を捕らえられたわけではない──例えば、ノエルが戦っていたあのメイドは激戦の末に逃走してしまったらしいが、バルト家の使用人があの場にいたことも伝えた。また、戦いの後も負傷者を癒したり怯える貴族を宥めたりと協力した。
後日、国からの褒賞も貰えるらしい。
そんな中、俺がここへ来たのはオーレリアを説得するため。
素直に捕まってくれたはいいものの、師は何を聞かれてもろくに答えず「リディアーヌを連れてきなさい」の一点張りだったらしい。それならまあ、俺の言葉なら素直に聞くかも、ということで呼ばれたのだ。
まあ、どう説得するかのプランなんて全くなかったのだが……どうやら役に立てたようだ。
「私が平民に流した魔道具には全て場所を追跡するための仕掛けが施されているわ」
「え。なんですかそれ、どうやって……?」
「頭を使いなさい。極小の魔石を内部に埋め込んだだけよ。私の魔力に反応して応答する魔法を組み込んだ上でね」
魔道具側が反応するように細工しておけば、魔力を広範囲に巡らせてやるだけで範囲内の魔道具を感知できる。『簡単に言うけど超高等技術よね、それ。並外れた魔力量と操作技術がないと成立しないでしょうし』。まさにオーレリア・グラニエにしかできない細工だ。
しかし、この話は朗報。
「じゃあ、師匠?」
「ええ。望むなら捜査に協力してもいいわ。……ただし、私をここから解放する必要があるけれど、ね」
これによってオーレリア・グラニエの処遇は大きく変わることになった。
◆ ◆ ◆
「オーレリア。立派な魔法使いになって、みんなをあっと驚かせるような魔法をたくさん発明してね」
オーレリアは幼い頃から母の期待と愛情を受けて育った。
立派な魔法使いになる。
その未来を嫌だと思ったことはなかった。母からことあるごとに「貴女には魔法の才能がある」と言われていたし、母のことは大好きだったからだ。
何より、時折母が使って見せてくれる魔法がとても綺麗で、自分もこんな風に魔法を使ってみたいと心から憧れていた。
「私の魔法なんて大したことないのだけれど」
「じゃあ、私が立派な魔法使いになって、お母様にもっと凄い魔法を見せてあげる!」
「あら、それは楽しみね」
そんな時間がずっと続くと思っていた。
幸せな時間が唐突に崩れたのは、母の命がもう長くないのだと偶然耳にしてしまった時だ。
もともと母は身体が丈夫な方ではなかった。頻繁に体調を崩しては寝込んでおり、一緒に遊べる時間は多くなかった。それでもベッドの傍で話をしたり頭を撫でてもらったりしていたので寂しくはなかった。
なのに。
「お母様は重いご病気なのですか?」
「……ええ。ごめんなさい、貴女が学園を卒業するまではとてももちそうにないの」
本人に直接問いただし、肯定された時は目の前が真っ暗になりそうだった。母に魔法を見せる。それを夢見て生きてきたのに、その夢は一生叶わないと言われてしまったのだ。これから何を目指せばいいのかわからなくなりそうだった。
だから、オーレリアは夢を前倒しすることにした。
「なら、私が魔法でお母様を治します」
宣言した時、母は目を丸くした。それからどこか切なそうな笑顔を浮かべて「ありがとう」と言った。
母の悲しい顔は見たくない。だから、オーレリアはその日から母に合う度に魔法の真似事をするようになった。
魔法の基礎理論は勉強済みだった。母の元気になった姿をイメージすることにかけては誰にも負けない。だから、魔力の感知なんて全くできていなかったが、そんなことは気にせず何度も念じた。
悠長に成長を待っていたら間に合わなかったから、万に一つの奇跡に賭けた。
──そしてある日、奇跡は起こった。
手のひらから光が溢れ、母へと吸い込まれていく。それはとても幻想的な光景で、自分の中から何かの力が送り込まれていく感覚に「これならきっと治せる」と胸が躍った。
だからオーレリアは初めての感覚に全く逆らうことなく、むしろ力を大きく注ぎ込んだ。並の王族を遥かに上回る大量の魔力を、余すことなく。
「……あ」
気づいた時には手遅れだった。
魔法の開花に驚いていた母は丸く見開いていた瞳をさらに大きく見開くと激しく咳き込んだ。口からはべっとりと大量の血が噴き出し、様子を見守っていたメイドが悲鳴と共に人を呼ぶ。驚愕と共に集中が途切れ、魔法が止む。
治すためにやっていたのに。
必死に縋りつき母を呼ぶ。すると、母の手がオーレリアの黒い髪を優しく撫でた。
「ありがとう、オーレリア。よくできたわね」
掠れた声。息も荒い。直感的に「もう駄目なのだ」と悟った。涙が溢れ、後悔が胸を揺さぶる。
しかし、母は最期まで笑顔を作って、
「あなたの素敵な魔法が見られて良かった。これからもきっと、勉強を続けてね」
それから半日と経たないうちにオーレリアの母はこの世を去った。
奇しくも公務により外出中だった国王は側室の死に目に立ち会うことはなかった。しかし、妻の亡骸の前に跪き、冷たくなった手を取り涙を流す父の、君主の姿は目に焼き付いた。
ああ、母は愛されていたのだ。
最後の救いのような感情が胸に生まれる。しかしそれはその後、オーレリアが置かれた境遇のせいで暗い感情へと変わってしまった。
母殺しの王女という汚名。故意に殺したのではないかという陰口、母に関する多種多様な悪口、この国において特異な黒髪黒目に対する「気味が悪い」という心ない声。
国王はこの件についてオーレリアの王位継承権はく奪という処分を決定。それまで名乗っていた姓を奪われ、代わりに与えられたのは宮廷魔法長の持つグラニエ姓。どうせ姓が変わるのなら母の旧姓であるバルトを名乗りたいと申し出たが承認されることはなかった。
《漆黒の魔女》。
魔法によって母を殺した形ばかりの王女は華やかな将来も、輝かしい栄光も奪われた。彼女に残っているのは魔法の才能と、母からの遺言だけだった。
だから、オーレリアは魔法以外のあらゆるものを捨てた。
食事も、勉強も、睡眠でさえも魔法を極めるためのものと位置づけ、一時も上達を諦めなかった。他の人間の何倍もの──否、桁違いの努力をし、あっという間に国内最高峰の魔法の使い手へと上り詰めた。宮廷魔法士への内定を受け、その才能を称賛する者も増えてきたが、それでもなお足りない。
過去に類を見ない実績を打ち立てなければ母の願いには、母を殺してしまった罪には届かない。
ありとあらゆる方法で上を目指した。人との関わりは最小限に抑え、自分にとって有益なものだけに。成長するごとに顕著となった美貌を求めて声をかけてくる男もいたが、魔法の役に立たないので相手にはしなかった。
弟子を取るなど論外。
何人もの志願者に問いを投げかけ適性を見たが、面白いと思える者は一人もいなかった。ならば弟子を取る意味などない。教育によって無駄になる時間以上の利が得られなければただの無駄だ。
きっと、この世には自分の理解者などいないだろう。
純粋な願いはいつしか呪いとなり、真っすぐな意志は先鋭化した。そうして学園に入学し、周りのレベルの低さにうんざりしながら一年半ほどの時を過ごした時、その少女の名が唐突に浮かび上がってきた。
リディアーヌ・シルヴェストル。
黒く暗いオーレリアの容姿とは対照的な、そこにいるだけで周囲を照らすような紅の美貌。たった八歳にしてオーレリアを「面白い」と思わせたその少女は、気づけば弟子としてオーレリアの世話を焼き、軽口を叩き合うようになっていた。
リディアーヌは自重しない。何も捨てない。
だからなのだろう。
人付き合いに関して大雑把で、喧嘩となれば暴力を辞さないくせに優しすぎるこの少女が、自分のやっている本当の事を知ったらどうなるのか興味を持ってしまった。
それさえなければきっと、あのまま自分の道を進めていたはずなのに。
オーレリアは「このままこの子と一緒に遊んでいたい」と分不相応な願いを抱いてしまったのだ。
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