魔女の秘密部屋
「派閥っていったいなんなのでしょうね」
「同じ思想または目的のもとに集まった集団、あるいは特定個人を中心に利害を共にする集団、といったところかしら」
「いえ、師匠。愚痴のつもりだったので、言葉の定義を教えていただかなくても構いません」
「そう。なら、面倒だからよそでやってくれる?」
雑談代わりに話を振ってみたところ、オーレリア・グラニエはオーレリア・グラニエだった。
アンナが運んできた軽食をいつものように口にしながら、全く思いやりのない言葉を吐く彼女。俺はわかりやすく大きなため息をついて、
「師匠も派閥云々については煩わしいと思っている口では?」
「まあ、そうね。煩わしいというか、もはやどうでもいいと言った方が正しいけれど」
「貴族としてどうなのですか、それは」
「『リディアーヌ派』を作り上げ、『第三王子派』の勢力拡大を狙うご令嬢はさすが思想が御立派ね」
「完全に嫌味で言っていますね?」
俺が派閥と相性が悪いことくらい当然把握しているはず。
と、思ったら、オーレリアはこともなげに笑って、
「あら。ちゃんと貴女にも味方はいるのでしょう? それとも、子分とでも呼んだ方がいいかしら」
「外聞が悪いので『子分』は止めていただけないでしょうか」
モレ家の夫妻に答えたように、俺自身に派閥を作っているという意識はない。
パーティー等で出会った中から悪意がなさそうな人間を選んで仲良くしているだけ。必要に迫られない限り友人全員を一度に招いたりもしないので、俺の友人同士だけど話をしたことはない、なんていうメンバーもいるかもしれない。
友人を顎で使ったりする気はないし、前に宣言したように友人をいじめる奴は泣かせてやりたいと思う。しかし、助けを乞われたからといって無条件で応じるわけではない。嫌だと言うなら仲良くしてくれなくて構わない。
俺が欲しいのは善意で協力し合える関係であって、庇護と忠誠によって生じる打算的な疑似主従の関係ではないのだ。
家族から「女の社交が苦手」と言われるのはこういうところなのだろう。
「オーレリア様には子分、いないんですか?」
「情報交換や私物の取引ができる程度の知人ならいるけれど、私を支持する派閥なんて明らかに危険視されるでしょう? 派閥と言えるほどのものはないわ」
「表向きにはない、と」
俺のカマかけにオーレリアは肯定も否定もしなかった。
ただ、その漆黒の双眸を猫のように細めて、最後のサンドイッチを口へ放り込む。続いて飲み物の容器を空にしたら、すぐさま立ち上がった。
「さて、それじゃあ行きましょうか」
「え、あの、どちらへ?」
「秘密の研究室」
嘘か真か、そんなことをのたまうと、アンナに向けて他言無用を告げるオーレリア。
だから人のメイドに勝手なことを言うなという話だが、安全面から言っても今回の件は正しい。俺からもお願いすると、アンナはこくこくと頷いた。
この部屋にアンナ一人しか連れてこないのはこの辺りが理由だ。事情を知っている人間は少ない方がいい。うちの師匠は基本的に人嫌いなのであまり多くの人間が来ることを好まない。
部屋の扉に鍵がかけられ、閂で厳重に戒められる。「手伝いなさい」と命令されたので、部屋の窓に木の板を嵌め、金具で壁と接続。木板を外から外せないよう固定した。
そうして作り出された密室。オーレリアは部屋のやや奥、彼女の机に近いあたりの床にしゃがみ込むと、石畳のひとつに触れる。魔力の流れが感じられた直後、石畳がズレてその下に階段が現れる。
「……一年以上通っていて初めて知ったのですが」
「教えなかったもの。さて、それじゃあ、ここからはリディアーヌ一人でついてきなさい」
「そんな!? リディアーヌ様お一人では危険です!」
悲鳴を上げるアンナ。今更俺を傷つける意味がないとか、アンナ一人じゃ護衛として不足だとか色々あるが、それでも敢えて言ったのは例の手紙のせいだろう。全てを信じなかったとしても、オーレリアに対して「一応警戒しておこう」程度の猜疑心を抱くのは当然。
俺は少し考えてからアンナに命じた。
「あなたの判断で『さすがに遅すぎる』と思ったらここを出てお養母さまに報告しなさい。くれぐれも一人で助けに来ようなんて思わないこと。オーレリア・グラニエがリディアーヌ・シルヴェストルを連れだして戻って来ない、と確実に伝えるの」
外からの侵入には備えたが、内側から出る分には簡単なこと。アンナが神妙に頷けば、オーレリアも「当然の警戒ね」と笑った。
「それで? 一番危険な位置にある貴女はどうするのかしら?」
「わたしだって、師匠にあっさり殺されるほど弱くはないつもりです。常識的に考えれば、こんなあからさまなやり方は取らないはずですが、もちろん警戒だけは怠りません」
常識が通じない相手の存在を俺はよく知っている。そして、今の俺にはあの頃よりも手札が多い。不意打ちでなければ防御魔法が使えるし、即死さえしなければ毒でも刃物でも炎でもだいたい治せる。
俺たちの反応を理解していないわけでもないだろうに、師は「そう」とだけ言ってさっさと階段に足を置いた。
「それじゃあ、行きましょうか」
俺が後に続くと床(というか天井というか)はひとりでに元通りになった。これでアンナは追ってこられない。閉ざされたことで辺りが暗闇に包まれるも、俺とオーレリアはそれぞれ魔法の明かりを用意して事なきを得た。
階段は螺旋を描きながら下へと続いていく。
「この階段、自分で作ったんですか?」
「ええ。魔法を使えばそう大変なことでもないでしょう?」
まあ、穴掘って石を敷き詰めるだけだしな……と納得する俺だったが、こういうのは大抵、一般的な貴族からすると十分大変だったりする。
「わざわざこんな風に隠しているのはどうしてですか?」
「決まっているでしょう。不特定多数に見られたくない物が置いてあるからよ」
ここに来たばかりの頃、部屋が異様に散らかっていたのは床の仕掛けを隠す意味もあったのかもしれない。今は俺やアンナがうるさいせいでだいぶ片付いてしまっているが。
やがて、俺たちは階段を抜けて部屋へと到着する。
広さは上の部屋と同じくらいだろう。部屋の様相はだいぶ異なり、本棚が小さい代わりに魔石や魔道具が多く存在している。魔道具の多くは不格好であまり見たことのないタイプのものだ。
中央辺りで立ち止まった魔女はこちらを振り返って妖艶な笑みを浮かべた。
「ようこそ、我が弟子。私の秘密研究室へ」
なんとなく近くに寄るのを躊躇った俺は、代わりに室内を観察して、
「……思ったよりは普通の部屋ですね」
「どんな部屋を想像していたのかしら。やっている事は魔道具の開発だもの。見た目自体は上と大差ないわ」
「では、中身が違うと」
「ええ」
棚にあった魔石が一つこちらへと投げられる。
キャッチした俺は外観に特徴がないことを確認した後、ある重要な事実に気づいた。
魔石とは魔力を通すことに適した石だ。ここに任意の魔法を組み込んで魔道具の核とするわけだが、魔道具──魔石に注いだ魔力は長もちしない。少しずつ拡散していってしまうため、照明の魔道具なんかは魔力量によって持続時間の調節が可能なのだが──。
この魔石には十分な魔力が蓄積されたままになっている。
「魔力を保存可能な魔石……!?」
「話が早くて本当に助かるわ。そういうこと。どうかしら、画期的でしょう?」
得意げになったオーレリアは奥の方から背もたれのない椅子を二脚出してきて片方に自ら腰かける。向かい合って座り聞かされたのはこの魔石の製法。魔石として使えるようになった石へ「魔力を保存する魔法」を繰り返しかけてさらに性質を変えていくという話。
もはやこれはただの魔石ではなく新型魔石とでも呼ぶべきものだ。
現状では魔道具を機能させるための魔石を別に用意しなければならず製作費用が異様にかさむという話もされが……ぶっちゃけ、その辺に関しては後回しでもいい。
俺は睨みつける勢いで師を見つめると問いを投げつける。
「師匠。この魔石を何に使うつもりですか」
「あら。何か問題でも?」
「とぼけないでください。この魔石は魔道具の概念を……いいえ、これからの歴史さえも一変させかねない劇物です」
「例えば?」
探るような視線に真っ向から答える。
「要するに、これを使えば平民でも魔道具を扱えるのでしょう? 火の球を発射する魔道具でも量産して配ればあっという間に即席の魔法部隊の出来上がりです」
「真っ先に物騒な使い道を思いつくのね。例えば平民の料理人でも凝った調理が可能になる。生活をより便利にしてくれる発明でもあると思うのだけれど」
「そうですね。それは確かにその通りです」
魔力とは使えば消耗していくものだ。新型魔石は言わば電池のようなものであって交換は必須。そうである以上、魔力を持つ貴族の価値もそう簡単には下がらない。余った魔力を保存できると考えれば貴族にとってもメリットはある。
それでも、
「新型魔石を組み込んだ『兵器』が十分に用意されれば、戦争の概念は一気に覆るでしょう。魔道具と兵の数が勝敗に直結する時代が来ます。きっと、今まで以上に多くの人が死にます」
「今までなら考えられなかったような大規模な魔法だって使えるようになるんじゃない?」
「そうですね。都市一つを吹き飛ばすような魔法だって使えるかもしれません」
禍々しいきのこ雲をイメージしながら俺は応えた。
あんなものは実現してはいけない。いつか誰かが似たようなことをするのだとしても、そのいつかを早める必要はない。
椅子から立ち上がって問いかける。
「答えてください。あなたはこれをどうするつもりですか?」
「どうすると思う?」
オーレリア・グラニエはこの期に及んでもなおいつも通りだった。
いつも通り飄々と、超然と、どこまでも見透かしたような態度を取ってくる。彼女ならどんなことでもやりかねない、と、対峙する者に思わせる何かを持っている。
例の手紙を思い出す。
新型魔石を使った魔法兵器は差出人が予言した大量殺戮にぴったりだろう。
「言い方を変えます。こんなものは世に広めてはいけません。必ず争いの火種になります」
「多方面に喧嘩を売っている貴女に言われても説得力がないんじゃないかしら」
「わたしは他に向く悪意を集めたいだけです。それで被害を免れる人が一人でも増えるなら喧嘩もします。ですが、喧嘩と戦争は違うでしょう」
「国に献上すれば国土を広げる足掛かりになるかもしれないけれど?」
「一度は勝てても、技術は必ず流出します。後は新兵器の開発合戦。戦いと被害の規模だけが拡大して悲劇を撒き散らします」
本気でこんなものを広めるつもりなら、絶対に阻止しなければならない。
最悪の場合には戦う覚悟で睨みつければ、オーレリアは苦笑と共に肩を竦めた。
「この調子だと他の発明品を見せたら発狂しそうね、貴女」
「まだ、他にもあるというのですか?」
「私も卒業が近いもの。成果は多い方がいいのよ」
次にオーレリアが示したのは首輪型の魔道具。
「一度装着したら解錠の魔法を用いるか物理的な手段を取らない限り外れない首輪よ。そして、これは着用者の魔力を吸い取って『魔法の行使を禁じる魔法』を発動する」
「そんな魔法……」
ありえないと断言はできなかった。イメージによって定義される、なんていうなんでもありの力に常識的は通用しない。もちろん、効果の限界はあるだろうが。
さらに、腕輪型の魔道具が示されて、
「これは魔法防御の魔道具。装着者が魔法の対象になった際に自動で発動して、その威力を軽減する」
ここまで来れば傾向が見える。
俺は重い衝撃を感じながらその答えを口にした。
「魔法の使えない人間と使える人間の差を埋めるための魔道具」
「正解」
くすりと笑ってオーレリアが近づいてくる。反射的に身構えれば、彼女はさっと両手を広げて敵意がないことをアピールした。
「褒めてあげたかっただけ。私の意図をこんなに早く理解できるのは貴女だけでしょうから」
「そうでしょうか」
国王でもセレスティーヌでも、似たような推測には行きつくと思うのだが。
「師匠。もう一度聞きます。あなたはこれをどうするつもりですか?」
「そうね。貴女なら、誰が一番高く買ってくれると思う?」
謎めいた問いかけ。つまり、彼女にはそれ以上の答えを返す気がないということで、実際に問い詰めてみても回答は得られなかった。
「次回から『授業』に来るかどうかは任せるわ。貴女の好きにしなさい」
「師匠。どうしてわたしにこのことを教えたんですか?」
「さあ、どうしてかしら」
結局、俺は彼女のことをまだ何もわかっていないのだと、この時、あらためて理解した。
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