20. お礼なんていらないのに



 里に着くと、珍しい魔動車に子どもらが目を輝かせて寄ってくる。ほんと好奇心有り余る彼らには警戒心ってものが無さ過ぎて心配になる。


「うわー! なにこれ! すごいね!」


「うごいてた! はしってた! うまよりはやいんじゃない?」


「ふふ、もっとすごいものがあるんですよ」


 興奮する子どもたちを宥めて、リアが微笑む。


「リンク、例のものをお願いします」


「わかった」


 そう言って、緑のモジャ髪リンクが車の中から出してきたのはトランクケースのような形の箱だ。


 その箱を指し示して、リアが得意げに紹介する。


「じゃーん! これは、誰でも魔道具が使えるようになるマシーンです!」


「だれでも? ぼくらでも?」


「ええ、もちろんです」


 子どもたちにそう微笑んで、リアがリンクを見る。リンクは頷き、その『誰でも魔道具が使えるようになるマシーン』の傍にしゃがみこんで作業を進めた。


「まずは、この機械に魔力を充填する」


「わたしに任せて下さい」


 リアは得意げに宣言して、リンクが差し出したコードの先を握る。


「マリアさんなら、三十秒もあれば満タンに出来るんじゃないかな」


 その言葉通り、魔力量を示すと思われるメーターのゲージがぐんぐん上がっていき、あっという間にマックスを示した。


「ストップ! 放して」


「はい!」


 リンクの声に、リアが慌てて手を放す。


「いや、流石だね。危うく溢れさせるところだったよ」


「こ、壊れてませんか? 大丈夫ですか?」


「うん。大丈夫そうだ。それにしても凄いな。たった二十秒で満タンにするなんて」


「それほどでも。それで、この魔力はどれくらい保ちそうですか?」


「そうだね……この里で使う分には、軽く十年くらいは保つんじゃないかな」


「ま、待って待って、なんの話?」


 ここでようやくボクは口を挟んだ。


 この里で十年使える魔力って、なんのことだ。


「この魔力蓄蔵充填器バッテリーを使えば、蓄えた魔力を使って魔道具を動かすことができるんだ」


「つまり、魔力がなくても魔道具が使えるのです」


 えーすごーい! ほんとー? やりたいやりたい! まどうぐうごかすー! と、子どもらが口々にはしゃぎ出す。


「この機械と魔道具たちをみなさんに贈らせて下さい」


「え?」


 リアの言葉に目を丸くするボクをよそに、子どもたちが嬉々とした歓声を上げた。


 リアはその姿を嬉しそうに見つめて、子どもたちに魔道具の使い方を教えている。


「……なん、で」


「ロキ? どうしました?」


「なんで、こんなこと」


「! もしかして、ご迷惑でしたか?」


「そんなんじゃない」


 ───そんなんじゃないけど。


「気を悪くされたならごめんなさい。わたしはただ、助けて頂いたお礼のつもりで」


「助けたお礼……」


 じゃあ、これでもうおしまい?


 ボクがリアを助けて、リアがボクにお礼をして。それでもう、この関係は終わってしまうんだろうか。


 十年分の魔力と魔道具を置いて、リアはもうこの里を去ってしまうの?


 もう二度と、ここには来てくれないのか。


「なんて、実はまたここに来るための口実だったりするんですけど」


「……え?」


「魔道具の使い方を教えたり、壊れたら修理したり。魔力を使い切ったら補充に来たり……まあ魔力が十年も保つっていうのはちょっと想定外でしたが」


 そう言ってリアが苦笑いをこぼす。


「ロキたちとのせっかくの出逢いをこれで終わりにしたくなかったんです」


「……リア」


「ロキとも、おババ様とも、子どもたちとも、もっともっと仲良くなりたいので、またここへ来ても良いですか?」


 その言葉にぐっと体温が上がる。


 奪われるでも騙されるでもなく、誰かからただ与えられるのは、百年以上生きてきて初めてのことだった。


 嬉しくて、くすぐったくて、勝手に耳がパタつく。口元が緩むのを抑えられず、ボクは襟巻きの布を鼻まで引き上げた。


「おい、ネコ耳。なにニヤけてるんだコラ」


 チャキ、と目の前に抜き身の剣先が突きつけられる。リアの従者であるラヴィスがこめかみの血管を引き攣らせ、瞳孔開き気味にボクを睨んで牽制してきていた。


「言っておくが、お嬢様は生きとし生けるもの全てにお優しいだけだ。オケラだってアメンボだってみんなみんなお嬢様にとっては同じ『お友だち』だからな。おまえだけ特別とかじゃない。おまえと虫けらは同列だ。分かったか、勘違いするんじゃないぞ」


 ボクが言うのもなんだけど、ラヴィスの言動は大人気なさ過ぎる。いちいちリアへの執着心と独占欲が半端ない。


 護衛というよりもむしろ母親を奪られたくない子ども───コイツのあだ名はラヴィ助で決まりだな。


「アンタさ〜、リアより年上なんだろ? 余裕なさすぎじゃない?」


「はぁあ?」


「リアに近付くヤツにいちいち目くじらたてちゃってさ。みっともないったら。余裕のない男はモテないよ〜」


「なんだと、ガキが偉そうに!」


「そのガキにムキになってる大人気ないアンタはなんなのさ」


「黙れ、このクソ猫っ」


「やめなさい!」


 剣を構えるラヴィ助とボクの間に割り入って、リアが怒鳴った。


 ラヴィ助は顔を青くして、速やかに剣を鞘へ納める。


「ラヴィ、他者を無闇に貶すような発言は控えるよう、何度も言ったはずです」


「はっ、申し訳ございません」


 やーい、ラヴィ助怒られてやんの。ざまあみろ、とボクはこっそり舌を出す。


「ロキも、ラヴィを煽るのはやめて下さい。それこそ、大人気ないですよ」


「……はーい」


 ついでみたいにボクまで怒られた。ラヴィ助のせいだ。


 リアはボクが、本当はラヴィ助よりずっと年上なのを知っている。うん、まあ、確かにボクもちょっと大人気なかったかな。


「リンクを見習って下さい。ほら、もうあんなにムーファさんたちとも仲良しさんですよ」


 そう言われて、リアの視線を追うと、子どもらに群がられてオモチャにされている長身の緑髪が見えた。


 いかにも無害そうなにこやか顔に、魔道具を巧みに操る技術、優しく子どもらの要望に応える姿勢。


 あれは、子どもに好かれて当然だろう。すっかり人気者だ。


「リンクにできて、ラヴィにできないことはない。そうでしたよね?」


 にっこり微笑むリアの笑顔には確かな強制力があった。


「はい! お嬢様の仰せのままに!」


 そう気持ちよく返事をして、ラヴィ助は形ばかりの笑顔でボクに「よろしく」と歯を食いしばりながら言ってみせた。


 それを無視してボクはリアに向き直る。


「リア、ボクもリアのこともっと知りたいし、仲良くなりたい」


「ロキ」


「だから、またいつでもここに遊びに来て」


「はい! ありがとうございます」


「ボクからもリアの家に遊びに行ってもいい?」


「もちろん。いつでも大歓迎です」


 そうしてボクらは改めて友だちになった。



☆ * ★ * ☆ * ★


『ほかあた』を読んで下さり、ありがとうございます!

これにて「怪盗『黒猫』編」完結です

次回から「影の魔王編」が始まりますが、まだ書き上がっておりませんので、書き上がるまでしばらく休載致します。

再開まで気長にお待ち頂けると幸いです…。

応援、レビュー頂けると泣いて喜びますので、なにとぞよろしくお願い致します!

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聖女とか無理なんでほかをあたって下さい PONずっこ @P0nzukko

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