19. 善は急げ
「そうです。良いことを思いつきました」
両手を打ったかと思うと、リアはにこやかにそう言って通信機を手にとった。
誰かを呼び出すや否や、すぐに通話が始まる。
「あ、もしも」
『マリア様!? ご無事ですか!? お怪我は!? 一体何処にいらっしゃるのですか!?』
「その声はラヴィですね。リンクにかけたつもりだったのですが」
『何故一番にかけるのがこのラヴィスではなくリンクなのですかお嬢様!』
「ああ、すみません。少しリンクにお願いしたいことがあったのです」
『リンクにできて俺にできないことなどありませんよ!? どうぞ俺にお願いして下さいませお嬢様!』
「それではラヴィ、お願いです」
『はい!』
「リンクに代わって頂けますか?」
『……っ!』
ラヴィスというあの従者がショックを受ける様が目に浮かんで、ふき出しそうになる。なかなかの塩対応っぷりだ。
『マリアさん? 無事だったんだね、よかった。すごく心配したんだよ。ラヴィなんてあと一分遅かったらお嬢様欠乏症で危ないところだった』
お嬢様欠乏症ってなんだよ。どう危なくなるんだ。
「二人とも、心配かけてごめんなさい。わたしは無事です。二人は今どちらに?」
『僕らはマリアさんのペンダントがある場所を頼りにハザマン山の麓まで来てるんだ」
「ハザマン山ですか」
「うん。そこで、マリアさんじゃなく、ボコボコにされた怪しい男たちが縛り上げられているのを見つけて。今、警備隊に全員引き渡したところだよ。小屋の中を調べた警備隊によると、どうやらその男たちが最近話題になってた例の盗賊『黒猫』だったみたい』
リンクってヤツの言葉に、ボクとリアは目を見合わせ、思わず笑った。
偽物がまんまとボクの身代わりになって捕まってくれちゃったらしい。まあ、最初からこれを狙ってなかったと言えば嘘になる。
「そうだったのですね。それはご苦労様でした」
『マリアさんの方は? 今何処にいるの?』
「わたしはある方に助けて頂いて、これから馬車でそちらへ向かうつもりです。そこで、リンクにお願いがあるのですが」
『うん、なに?』
「頼んでおいた例のものをその山小屋へ持ってきて頂けませんか?」
『え、あれを? 今から? 何に使うの?』
「はい、とっても有効的な使い道を見つけたのです。よろしくお願いしますね」
『え……あーうん、分かったよ。すぐに準備する』
「ありがとうございます。往復でどのくらい時間がかかるでしょうか」
「うーん、急げば三時間くらいかな」
「では、三時間後にそちらの山小屋で会いましょう」
『分かった。あ、待って、ラヴィが』
通信機の向こうでラヴィスのうるさい声が聴こえていたが、リアは容赦なく通信を切った。
「切っちゃっていいの?」
「はい。ラヴィは話が長いので。それより、馬を貸して頂けますか?」
「もちろん。リアのことは送り届けるつもりだったし、ボクが乗せてってあげるよ。でも、山小屋まででよかったの?」
「はい。用が済んだらもう一度こちらへ戻ってくるつもりなので」
「え? どういうこと?」
「それはあとのお楽しみです」
意味深な笑みを浮かべるリアに、疑問とともに期待が膨らむ。
もう一度ここへ戻ってくる。ということは、リアもここが気に入って、ここで暮らしたいってことなのかな。
それはボクとしては大歓迎だけど。あの従者がリアを手放すとは思えないし、あれも付いてくるのかと思うとちょっと考えものだな。
それからは本当にあっという間だった。
のんびり馬を走らせて一時間半ほどで例の山小屋に着き、そのさらに一時間半後にはラヴィスとリンクを乗せた魔動車が現れた。
すごいな、魔動車なんて滅多に見られない。人間社会でも移動は馬に頼ることがほとんどで、魔力で走る車は珍しい。
さすがは、世界一の魔道具屋だな。
「お嬢様!」
魔動車のドアを開けて飛び出してきたのは、リアの従者ラヴィスだ。
「ラヴィ、心配をかけましたね。来てくれてありがとうございます」
「お嬢様! やはりお怪我を……っ」
ボクがリアの頭に巻いた包帯を見て、ラヴィスの顔が青ざめる。
「大した怪我ではありません。ロキが手当してくれましたから」
「ロキ……?」
「この方が盗賊からわたしを救ってくれたロキです」
リアに紹介されて、ラヴィスがボクを見た。見るというより睨みつけるという方が正しいような敵意剥き出しの鋭い視線だ。
「え、その耳……もしかして、獣人族!?」
遅れて車から降りてきた緑髪の男、リンクが驚いた顔でボクを見る。
「そんな……獣人族は滅んだはずじゃ……」
「ロキは獣人族の生き残りだそうです」
「生き残り……?」
「数は少ないけど、ボクのほかにも獣人族はいるよ」
「そうなのです。それで、これから獣人族の隠れ里へ一緒に来て欲しいのですが」
「え? コイツらも連れてくの?」
「だめでしょうか? ラヴィとリンクは信頼できる人です。決して、皆さんのことを口外したりもしません」
「うーん……」
リアのことは信頼してるけど。正直、この二人のことまではまだ信用できない。
「お嬢様、そのネコ耳も渋っているようですし、もう屋敷へ帰りましょう。早くお怪我をきちんと治療しなくては」
さっさとリアを連れて帰りたいという気持ちを隠すことなく、ラヴィスが言う。コイツの態度はさっきからムカつくけど、このままリアを帰すのも癪だ。
「いいよ。リアを信じる。里へ案内するよ」
「ありがとうございます、ロキ!」
不満そうなラヴィスと戸惑いを浮かべたリンクを連れて、ボクらはまた里へと戻った。
☆ * ★ * ☆ * ★
『ほかあた』を読んで下さり、ありがとうございます!
次回で「怪盗『黒猫』編」完結です
次回も土曜日に更新予定です!
応援、レビュー頂けると泣いて喜びますので、なにとぞよろしくお願い致します!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます