17. その正体がなんであれ



 朝食の後片付けを終えてからもお嬢サンにまとわりつく子どもたちを引っぺがす。


 お嬢サンには、ボクの家で待っているように伝えて、ボクは子どもたちをおババ様に引き渡した。


 子どもたちにもそれぞれ割り振られた仕事がある。すべてが自給自足の里での暮らしはそれなりに忙しいのだ。


 強盗たちからかっぱらった馬車の馬たちに水と草をやって家に戻ると、お嬢サンが何かを探すように盗品たちの傍をうろついていた。


「なーにしてるの?」


「わあっ!」


 気配を消して忍び寄ったせいか、お嬢サンは飛び上がるようにして驚いた。


「ロ、ロキさん……もう、びっくりさせないで下さい」


「ははっ、ごめんごめん。そんなに驚くとは思わなくって。なに〜? やましいことでもしてたの?」


「え」


 ニヤニヤと冗談めかして言ったボクの言葉に、お嬢サンは表情を固まらせた。分かりやす過ぎる図星顔に思わずふき出しそうになる。


「やましいことなんて。ただ、探し物をしていたんです」


「探し物?」


「はい。手のひらサイズくらいの、薄くて四角い魔道具なんですけど。盗まれたものの中にありませんでしたか?」


 彼女の誕生日パーティーで過保護そうな従者がプレゼントした通信機のことだな。


 その所在をボクはもちろん知っていた。


 まさに今ボクが隠し持っているのだから。


「うーん、どうだったかな〜?」


 誤魔化すボクを、お嬢サンがじっと真っ直ぐに見つめてくる。


「ロキさんには危ないところを助けて頂いた御恩もありますし、ここにある他の魔道具は全て差し上げます。でも、あの通信機だけはお譲りすることはできません」


 強い意志を感じるその瞳の中に、あの従者の存在を感じて、どこか面白くない思いが込み上げる。


「……なんで?」


「大事なものだからです」


「なんで大事なの? 探しているものも、そこにあるのも、おんなじただの魔道具でしょ?」


「同じじゃありません。あれは特別なんです」


「特別、ねえ……。ふーん、それってあの男がくれたコレのこと?」


 そう言って通信機を取り出してみせると、彼女は慌てて飛びついてきた。


 それをひらりと交わして、通信機を弄ぶ。


「返して下さい!」


「ヤダね。それもコレもぜ〜んぶ、ボクが拾ったんだから、もうボクのものだよ」


「…………」


 お嬢サンはボクを見ながら拳をぎゅっと握り締める。からかい過ぎて怒らせちゃったかな。


「貴方、クロですね」


「え……?」


 ボクは彼女の言葉の意味をすぐには理解できなかった。


 『クロ』という言葉の意味を図りかねたのだ。


 単純に白色や黒色といった色の話なのか。


 善悪を問う白か黒か、という話なのか。


 だが、彼女の言う『クロ』は、そのどちらでもなかった。


「先日わたしが拾った猫のクロでしょう」


「!」


「拾ったものは全て自分のものだという、貴方の論理を借りるなら、貴方はわたしのものということになり、貴方のものも全てわたしのものということになります!」


「なっ、ムチャクチャな」


 ドーン、と堂々たる姿でボクを指さすお嬢サンに思わず怯む。


 何故バレたんだ。彼女は獣人族に詳しいようには見えなかった。ケモ耳と尻尾が生えた人間くらいにしか思ってなさそうだったのに。


 どうして、ボクたち獣人族が獣の姿に化けられると分かったんだ。


「ふふっ、カマをかけてみましたが、どうやら図星だったようですね、クロ……いいえ、ロキさん?」


「!」


 なんてことだ。ボクとしたことがこんなお嬢サンにカマをかけられるなんて。そのうえ、驚いた隙に通信機を奪い取られるなんて。不覚。


「この通信機が男の人からの贈り物だと、貴方は言いましたね。ですが、それを知るのはわたしの誕生日パーティーに参加していた人のみ」


「……あ」


「そこに貴方はいませんでしたが、貴方と同じ黒いネコ耳に黄金色の瞳をした猫さんはわたしと一緒にいました」


 なるほど、そこからバレたのか。


「ははっ、やっぱりお嬢サンは面白いね。正解だよ」


 潔く降参して、ボクは猫の姿に化けてみせる。


「まあ、クロ! 無事だったのですね、よかった!」


 お嬢サンは意外なほど嬉しそうに猫姿のボクをぎゅっと抱きしめた。


「大袈裟だな〜。さっきからずっと目の前にいたじゃん」


「まあ! 猫さんの姿でもお話できるのですか!」


 もっと早く話しかけて下さればよかったのに! と、ピンク色の瞳がキラキラと嬉しそうに輝く。


「昨夜、わたしのあとを追ってきて下さったんですね。ありがとうございます」


「ん〜まあ、ほかにも用事があったからね」


「あの乱暴な強盗たちに何もされませんでしたか? お怪我は?」


 本気で心配そうな顔をする彼女に、ボクは呆れる。猫の心配なんてしてる場合じゃないだろうに。


「ボクの心配なんてする必要ないよ」


「何を言っているのですか。心配しますよ! 貴方を拾ったあの時から、貴方はわたしの大事なお友だちなんですから」


 その瞳が、声があまりにも真剣だったので、ボクは一瞬言葉を失った。


 彼女はただ猫を拾っただけなのに。


 馬車の前に飛び出した猫を、自身の危険も省みずに助け、家へ連れ帰り、美味しい食事と温かな寝床を与えた。


 それだけでなく、名前をつけて友と呼んでくれた。そのことがくすぐったくて、なんだかにやけてくる。


「……大丈夫だよ。あんなザコ共、ボクの敵じゃない。お嬢サンが思ってる百倍ボクは強いからね〜」


「まあ、こんなに小柄なのに強いなんて、素晴らしいです! 隠密術だけでなく、体術もぜひご指導頂きたいですね!」


「え?」


「あら?」


 ボクを抱き上げていたお嬢サンが何かに気付いて、ボクの前足を触る。


「大変です! 血が出てますよ! 怪我をしているではありませんか!」


 顔を真っ青にして痛そうに顔をしかめるお嬢サン。どれどれ、と前足を見てみると確かに小さな切り傷があった。


 強盗たちとやり合った時に武器の刃先が少し掠ったのかもしれない。


 痛みに気付かないほどのわずかな掠り傷だ。


「こんなの大したことないよ。舐めてりゃ治るから……」


 そう言って、舐めようとした傷口がほんのり白く光って、一瞬で傷がキレイに消えてしまった。


「!」


 なんだ、何が起こった?


 まさか、彼女が───?


「……あ、アンタ、本当に何者なんだ?」


 そう訊ねた瞬間、彼女の腕の力が弱まって体が傾く。


 ボクは慌てて人型に戻り、ふらつく彼女の身体を支えた。


「大丈夫?」


 さっきまでは元気そうだったから忘れてたけど、彼女の方がよっぽど大きな怪我をしているんだった。


 頭を殴られた影響でふらついたのだろうか。


 そのまま支えて、そっと椅子に座らせる。


「……すみません、少し立ちくらんだだけです。ありがとうございます」


 健気に微笑み返すも、明らかに顔色が悪い。


 だが、それよりも気になることがある。彼女は今、ボクの傷を魔法で癒したのか。


「アンタは……」


「わたしはマリアです」


「え?」


 深呼吸するように息を吐いてから、顔を上げた彼女の顔色はすっかり元に戻っていた。


「アンタでも、お嬢サンでもなく、名前で呼んで頂けると嬉しいのですが、ロキさん」


「……」


 その笑顔に、呆気に取られる。


 いや、そういうことじゃないんだけど。


 ボクが知りたいのは彼女の正体であって、名前じゃない。


 全然それどころの話じゃない、のに───。


 ボクは耐えきれずにふき出して笑っていた。


「あっはは! 分かったよ、リア。ボクのこともさん付けなんてしなくていいから、ロキって呼んで」


 ほんと、このお嬢さん───マリアは規格外で面白いんだから。その面白さに敬意を込め、愛称でリアって呼ばせてもらおうか。


「はい、ロキ」


 リアは満足そうに微笑んで、ボクの名を呼んだ。



☆ * ★ * ☆ * ★


『ほかあた』を読んで下さり、ありがとうございます!

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