16. 贅沢な魔法の無駄遣い



 ──今、彼女は魔法を使ったのか?


 ウソでしょ。そんなまさか。


 いやだって、そんなはずない。魔法を使える人間なんているはずがないんだ。


 魔力を持っているのは人間と魔族だが、道具を使わずに魔法を使えるのは魔族だけだ。


 おまけに、今このお嬢サンは風魔法と火魔法の二つを使ってみせた。


 魔族でも、使える魔法の属性は一人につき一つのはず。一人で二属性使うなんて魔族だとしてもありえない。


 そんなことができるのは魔族のなかでも、火水土風雷の五属性全てを使うという魔王くらいのものだ。


 彼女は一体何者なのか。


「…………」


「あの、ロキさん? どうかしました?」


「ああ、いや? なんでもないよ。すごいな〜と思ってただけ」


 ──分からないけど、これは使える。


「子どもたちもすっかり懐いたみたいだし、せっかくだから朝ごはんくらい食べていきなよ」


「え、でもそんな……ご迷惑では?」


 最初はすぐに帰してやるつもりだったけど、気が変わった。


「迷惑なんかじゃないよ。みんなもきっと喜ぶ」


「そうでしょうか」


 まだ遠慮している様子の彼女の背中を押して家を出る。


「ん〜、じゃあほら、朝ごはんの準備手伝ってくれればいいからさ」


 利用できるものはなんでも利用させてもらわなきゃね。


「それは、はい! 助けて頂いた御恩もありますし、お手伝いはもちろんさせて頂きます!」


「そ。ありがと〜」


 お嬢サンがまだここに居られると分かって、子どもたちもはしゃぎ出す。


「やったー! ねえねえ、もっとまほうやって!」


「そうだ、ごはんとうばんのみんなにもみせてやらなきゃ! はやくいこうぜ!」


 ムーファとケンがお嬢サンの手を引いて炊事場へと連れて行く。


 炊事場の鍋の中は、まだ切った食材を入れただけの状態だった。ここから、川で水を汲んで鍋に入れ、火を起こして煮込まなければならない。


「あ、ほら! まだひついてないよ!」


「そのまえになべにみずいれなきゃだろ」


「それでは、まずお水を入れて……」


 お嬢サンはそう言いながら、鍋に手をかざした。


 すると、驚くことに鍋の中に水が湧き出てきて、あっという間に鍋を満たした。


 子どもたちから歓声が上がる。


「お次は、火をつけますね」


 その言葉と同時にボワッと釜戸に火がついた。


 また子どもたちが大きな声で騒ぐ。


「すごいすごーい!」


「まほうつかいだ!」


 普通の火よりも火力が強いのか、鍋はすぐに煮えた。


「これは驚いたね」


 食事当番の様子を見に来たおババ様が、お嬢サンの存在に目を細める。


 彼女は毛並みと同じ灰銀色の髪に黄緑の瞳、人間で言えば五十歳くらいのマダムといった見た目をしている。


 だが実際は御歳三百五十歳になる狼の獣人で、この里をまとめる里長だ。


「見慣れない客がいると思ったら、人間の小娘じゃないか」


「あ、すみません。お邪魔しております。わたしはマリアといいます」


「ボクが連れて来たんだ」


「ほ〜う、なかなか可愛い娘っ子じゃないか。悪くないね」


 おババ様もお嬢サンのことが気に入ったみたい。まあ、この里の獣人たちはなんでもすぐに受け入れがちなんだけど。


 隠れ里なんだから、もうちょっと外界からの来訪者には警戒心を持ってもらいたいものだ。


「えっと、ロキさんに助けて頂いて……。皆さんのご迷惑にならない内にお暇致しますので」


「私はハティだ。みんなは『おババ様』って呼ぶ。まあ、そう急ぐことはないさ。しばらくのんびりしていきゃいい。ひとまず朝食にしようじゃないか」


「あ、はい。それでは、お言葉に甘えて」


 戸惑いながらも、お嬢サンは子どもたちに勧められるまま屋外に置かれた切り株の椅子に座った。


 里のみんなでスープのお椀を持ち、食事を始める。


 先程まで騒がしかった子どもたちも食べ物を口に入れている間だけは静かになる。


 黙々とスープだけの質素な食事を終えて、後片付けに移った。


 後片付けの最中も子どもたちにせがまれて、お嬢サンは魔法で水の塊を宙に浮かべ、その中で食器を洗っていた。


 そんな彼女を興味深そうに眺めていたおババ様が、その傍へ歩み寄って言う。


「ところで、お嬢ちゃんは人間なのに、私たちのことを見てなんとも思わないのかい?」


「え? いえ! とっても可愛らし……いえ、えっと、愛すべき存在だと思います!」


 彼女の返答に、おババ様は一瞬目を丸くしてから、ふき出して大笑いした。


 そんなおババ様に、今度はお嬢サンがきょとんと目を丸くする。


「あの、なにか可笑しなことを言いましたか?」


「ははっ、ごめんよ。私らを可愛いなんて言う人間が珍しくってね。つい笑っちまったよ」


「はあ……」


 腑に落ちない様子で返事をしながら、お嬢サンは食器を洗う水の塊を、今度は風に変えて食器を乾かす。なんて贅沢な魔法の無駄遣いだ。


「お嬢ちゃんは知らないかもしれないが、あんたらが人間と呼ばれるように、私たちは獣人族と呼ばれてる」


「あ、はい。話には聞いたことがあります。でもたしか、獣人族は百年前に絶滅したと……」


「そう。百年前の世界大戦でね」


 人間も魔族も入り乱れて、世界中の国という国が争い合う乱世だった頃の話だ。


 百年も前のことなので、平和な世に生まれたお嬢サンには現実味のない響きだろう。


「私ら獣人族は魔力を持たない代わりに、強靭な体力と並外れた身体能力を持つ戦闘民族として有名だったんでね。優秀な傭兵として人間からも魔族からも徴集された」


「そんで、人間と魔族の両方に利用されて、獣人族のほとんどは戦死した。ボクらはその生き残りってわけ。ココにいる子どもたちもおババ様が世界中を旅しながら集めて面倒を見てるんだ」


「……そう、だったのですね」


「あんたがそう暗い顔をする必要はないさ。これでも私たちはここでそれなりに楽しく生きてるんだから」


 獣人族の過去に表情を暗くするお嬢サンの背中を叩いて、おババ様が笑う。


「それに、魔法を使える人間なんて三百年以上生きてきて初めて見たよ。いやあ、長生きはするもんだね〜」


「さ、三百年、ですか?」


「おババ様はこう見えて三百五十歳なんだ」


「三百五十!? とてもそんなお歳には見えません」


「獣人族は若々しいのさ。大体見た目の七倍は年を食ってると思っていい」


「七倍……ご長寿なのですね」


「それでも魔族ほどじゃない。それに、魔法を使える人間の方がよっぽど珍しいよ」


「そうでしょうか?」


 お嬢サンは自分の特異さを分かっているのかいないのか、しらを切るような顔で微笑みながら首を傾げた。


「お嬢ちゃんはもしかして、ヴァルドラ様が遣わした聖女様なんじゃないのかい?」


「え……聖女様、ですか?」


「そう、聖女様だ。百年前、世界大戦で全てが滅び去ろうとしていた時、ある神が現れた」


 ボクは正直ほとんど記憶にはないけど、おババ様からこの話は耳にたこができるくらいよく聞かされた。


「神はその御力で、争い合うものを皆一瞬で破壊し尽くし、その一瞬あとに全てを癒して、戦争を終わらせたのさ」


「破壊してから、癒した……?」


「獣人族も人間も魔族でさえも及ぶことのない、圧倒的な力だったよ。まあ、それもそのはず。その神こそ三大最高神が一神、ヴァルドラ様だったんだからねえ」


「始まったよ、おババ様のヴァルドラ神話」


「ヴァルドラ神……わたしも聞いたことはあります。月を司る破壊と再生の神様ですよね」


「ああ、その通りだ。よく知ってるじゃないか」


 三大最高神はヴァルドラ神のほかに、太陽を司る創造の神・ヴォラフマ神、大地を司る維持の神・ハリヴィー神の二神がいる。


「ヴァルドラ様は去り際にこう仰った。『再び世界が混乱に陥ることあらば、我が神聖力を授けし聖女が、混乱を招きし者へ制裁を下すであろう』ってね」


「え? 混乱を招きし者へ制裁ですか? わたしが知っている話とは違うような……」


「話半分に聞きなよ〜。おババ様はこの話始めると長いんだ。ヴァルドラ様信者だから」


「ヴァルドラ様はくだらない戦争を終わらせ、平和な今の世を守るため聖女様まで遣わして下さると仰ったのだ。これで敬わない方がおかしい」


「はいはい」


 適当に聞き流すボクに不満そうな顔をしてから、おババ様は懐かしむような遠い目でお嬢サンを見つめた。


「魔法を使える特別な人間なんて。お嬢ちゃんがヴァルドラ様の遣わした聖女様に思えてねえ」


「ははっ、それがホントなら世界は今混乱に陥ってるってこと? こんなに平和なのにそんなわけないじゃん」


 おババ様の期待に満ちた言葉をボクはさらりと一笑に付した。




☆ * ★ * ☆ * ★


『ほかあた』を読んで下さり、ありがとうございます!

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