15. 可愛いモフモフさんには敵いません



 可愛らしいヒツジ耳の女の子ムーファさんが指さした先には、見覚えのある魔道具がいくつか並んでいました。


「あれは……」


 間違いありません。わたしの店に置いてあった魔道具です。強盗犯に盗まれたものまで取り返して運んでくれていたのでしょうか。


 強盗から助けてくれたという黒い忍装束の少年ロキさんに視線をやると、彼はどこかばつが悪そうに頭を掻きました。


「あ~……あれは、強盗をやっつけた時に拾ったんだ。戦利品ってヤツ」


「そうですか。でも、それはもともと誰かから盗まれた盗品なのでは?」


「さあね。そんなことボクの知ったことじゃないよ」


 そう嘯いて、今度は開き直ったように頭の後ろで手を組みます。


「なあ、あんた! あれつかえるんだろ?」


「おねえさん、ニンゲンだもんね」


 キツネ耳のケンさんと垂れたウサ耳のトニトさんがわたしの両手を引っ張ります。


 彼らは前世の世界で言う着物のようなものを着ていて、この世界の他の人たちとは明らかに違う服装です。


 この子たちは、もしかしなくても、獣人族というものなのでしょうか。獣人族と言えば、もう百年も前に絶滅したといわれる伝説の種族です。


 小説の中では、この世界には三つの種族が存在するとして、人間、魔族、獣人族が挙げられていました。しかし、獣人族はすでに絶滅したとされていて、登場はしなかったと思うのですが。本当はまだ存在していたのですね。


 まさか出会えるとは思いもしなかったので、この目で見られて感激です。こんなにも愛らしい姿をしているなんて。ああ、モフモフしたいです。


 両手を引っ張る小さな手にうずうずしていると、鋭い視線が突き刺さりました。


 子どもたちの保護者だという彼の黄金色の瞳がぎろりとわたしを見張っています。


 怖い顔をしていますが、そんな彼にもネコ耳と尻尾がしっかり生えているので、それほど威圧感はありません。むしろ毛を逆立たせて威嚇する猫のようで可愛いです。


 猫と言えば、毛色も瞳の色もどことなくクロに似ていますね。


 クロはちゃんと家でお留守番してくれているでしょうか。ミーナが忘れず、ごはんを上げてくれていると良いのですが。


「これすごいんでしょ~? ごはんがすぐにできちゃうって~」


 そう言って小さなリス耳と大きな渦巻きしっぽのマコナさんが自動調理器のふたを開けます。


「みたいみたい! つかってみてよ」


「あ~……えっと」


 自動調理器は、どんな家庭にも広く普及している一般的な魔道具です。形状は大体、大きな炊飯器のような形をしています。


 もちろん、我が家の厨房にもあります。ですが、わたしは使ったことなんてありませんし、使えるはずもありません。


 わたしが使うと魔道具はもれなく故障してしまうのですから。


「ごめんなさい、わたしは使えないんです」


「ええ⁉ なんで? ニンゲンなのに?」


「あ、でもわたし以外なら普通の人は誰でも使えるはずなので、ほかの大人の方にお願いすれば」


「何言ってんの? ボクらがそんなもの使えるわけないじゃん」


 不愉快そうに眉をひそめたロキさんに、わたしは首をかしげます。


「え? どうしてですか?」


「ま、世間知らずのお嬢サンがボクらのことなんか知ってるわけないか」


 彼は呆れたような目でわたしを見て、鼻で笑いました。


「この世界で魔力を持つのは魔族と人間だけ。ボクら獣人族には魔力がない。だから、魔道具なんて使えっこないんだよ」


「あ……そう、だったのですね。それは知りませんでした」


 やはり、彼らは伝説の獣人族のようです。


「それでは、獣人族の皆さんはどのようにしてごはんを作るのでしょう?」


「そんなの決まってるじゃん。自分たちで水を汲んで、火を起こして、煮炊きするんだよ」


「わたしもごはんつくれるもん!」


「おれはもうエモノもしとめられるもんね!」


「わたしはね~きのことかきのみをみつけるのじょうずだよ~」


「す、すごいです! みなさんこんなに小さいのにご立派ですね」


 わたしはまともに料理などしたことがありません。調理用魔道具を触ることもできないので。


「それでは、お掃除やお洗濯も……?」


「おそーじは~、ほうきとか~ぞうきんできれいにするよ~」


「おせんたくはかわであらうんだ。おみずはつめたいけどきもちいいよ」


「しぼるときにきたえられるしな!」


「なるほどなるほど! 大変勉強になります!」


 そうです。魔道具など使えなくても、生活することは可能なのです。魔道具屋の娘として、便利すぎる魔道具に囲まれた魔道具漬けの日常を送っていて、すっかりその考えが抜け落ちていました。


 目から鱗が落ちるとはこのことです。


 魔道具を使えるようにするのではなく、使えないなら使わなくて済む生活を送ればよかったのです。


 小さな子どもたちからこれほど大きな学びがあるとは。


「おねえさん、これもつかえないのに、そんなこともしらないで、どうやってせいかつしてたの?」


「うっ」


 身の回りのことはみな、使用人さんたちがやって下さっていただなんて、この子たちの前では情けなくて言えません。


「なんだよ、つまんね。ニンゲンのくせにまほうつかえないのかよ~」


 魔力を使って動かす魔道具はたしかに、彼らの生活から見れば魔法のように不思議で便利なものに違いありません。


 どうやら楽しみにしてくれていたらしい子どもたちの期待を裏切ってしまい、大変申し訳ない気持ちでいっぱいです。


「ご期待に沿えず、申し訳ありません」


「え~、まほうみれないの~?」


「あ、魔法なら……」


 そうでした。魔道具は扱えませんが、魔法なら使えます。人目のある所では使わないようにしてきましたが、一応こっそり魔法も特訓していたのです。


「いきますよ~」


 目についた暖炉の中を指さします。燃えカスばかりで薪も入っていません。


「えい!」


 風の力で、暖炉の横に積んである薪を暖炉にくべ、そこへ魔法で火を灯しました。離れた場所からなので、手は一切触れていません。


「な……っ!」


 ボッと赤い炎が燃え上がり、部屋の温度が上がります。それとともに、わっと子どもたちから歓声が上がりました。


「すごいすごーい! まほうだ!」


「いっしゅんでひがついたぞ! どうやったんだ?」


「まほうつかいだ~」


 喜んでくれる子どもたちに、わたしはほっと胸を撫で下ろします。今度は期待に応えられたようですね。


 世間知らずだなんだとどこかわたしを馬鹿にしていたロキさんも、これには驚いたでしょう。


 彼の反応を見ようと振り返った先で、ロキさんは思った以上に驚愕した顔でこちらを見ていたのでした。



☆ * ★ * ☆ * ★


『ほかあた』を読んで下さり、ありがとうございます!

マリアの魔法にロキの反応は……?

毎週土曜日に更新予定です!

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