14. 隠れ里のモフモフ
お嬢サンの怪我を手当てするために、とりあえずボクの家へ運び入れた。
隠れ里に荷馬車を入れてから、ボクは来た道を一人戻って念入りに馬車の轍なんかを消した。足跡を辿られないようにするためだ。
後始末を終えてから家に戻ると、里の子どもたちが興味津々な顔をして荷馬車の周りに集まっていた。
「あ! ロキだ!」
「ロキが帰ってきた〜!」
「おかえり!」
「ロキ〜! これなに? どうしたの?」
「なにがはいってるの? みたい! みたい!」
人間でいう五、六歳くらいの子どもらで、みんな獣の耳と尻尾が生えている。
「ただいま〜」
子どもたちは嬉しそうにボクの周りを囲んでしがみついてくる。
「この中には盗賊たちからぶんどったお宝が入ってるんだよ〜」
「えー! すごーい!」
「すごいでしょ〜。お宝欲しい人〜」
「はーい!」
元気な返事で一斉に手を挙げる子どもたち。キラキラ光る瞳に、ブンブンと無邪気に振られる尻尾が可愛い。
「じゃあ、この馬車から中身を運ぶの手伝って〜」
「やるやるー!」
「わたし、ロキのお手伝いする〜」
「おれもおれも!」
喜んで手伝ってくれると言う子どもたちに背中を押され、馬車の荷台を開ける。子どもたちは次々によじ登って、荷台の中身を運び出した。
大きめの機械や金庫、ぱんぱんに膨らんだ麻袋など、重たそうなものも彼らは軽々と運んでいく。
子どもといえど、人間に比べれば見た目よりも長く生きているし、体は頑丈で力も強い。
それが、ボクたち獣人族の特徴だ。
「ねえねえ、ロキー!」
「なに〜?」
「このヒトだれー?」
呼ばれて家の中を見に行くと、ベッドで眠っているお嬢サンの前に子どもたちが集まっていた。
そういえば、帰ってきてからひとまずベッドに寝かせておいたんだった。
「おっと、忘れてた。お嬢サンの手当てしてやんなきゃ」
「てあて? どっかケガでもしてんの?」
「そ。盗賊に襲われて頭殴られたみたい」
そう答えながら薬箱を取り出して、お嬢サンの怪我の具合を見る。
「かわいそ〜」
「いたい? しんじゃう?」
「ん〜。いくら人間でもこのくらいじゃあ、さすがに死なないんじゃない?」
切れたのか、こめかみに少し血が滲んでいる。立派なタンコブができてるけど、目を覚ませば特に問題はないだろう。
切り傷に効く薬草を潰した汁を塗って包帯を巻き、手拭いを水で濡らしてタンコブを冷やしてやる。
「でも、ニンゲンってすごくよわいんでしょ?」
「すぐしんじゃうっておババさまがいってた!」
「しんじゃうの? かわいそう」
「え〜! やだー! あそびたーい!」
「おれ、ニンゲンみたのはじめてだ!」
「わたしも!」
「キレイなかみね〜。おねえさん、はやくおきないかな〜」
子どもはすぐに話があっちゃこっちゃに飛ぶ。
「はいはい、お喋りはこの辺にして〜」
ボクは立ち上がり、手を叩いた。
「そろそろ朝ごはんの準備する時間でしょ? 当番の子は早く行かなきゃ、おババ様に叱られちゃうよ〜」
「うわ、ほんとだ!」
「やば! いそげ〜!」
そう叫んで、数人の子どもたちがボクの家から駆け出ていった。
「そんじゃあ、残った子はこっち片付けるの手伝って〜」
「はーい!」
「ねえ、ロキ! これなに〜?」
まったくもう。あれなに、これなにってキリがないな。好奇心が旺盛なのにもほどがあるよ。
「このしかくいハコみたいなの」
「キンコ?」
「たからばこだ~!」
「ああ、それね~……」
彼らが興味津々に取り囲んでいるのは子どもたちの背丈と同じくらいの細長い箱。正面に大きいドアと小さいドアがついている。
「冷蔵庫っていうらしいよ」
ボクも使ったことはないけど、人間たちの家にはよくある一般的な魔道具だ。
「れーぞーこ?」
「そ。食べ物とかを入れて保存するための箱。箱の中が冷たくなるから食べ物が傷みにくいらしい。氷も保存できるんだってさ」
「こおりも? すごーい!」
「じゃあ、こっちのハコはー? ちいさいれーぞーこ?」
「そっちは自動調理器。箱の中に食材を入れてスイッチを入れるだけで、あったかいご飯が出来上がる」
「うそー!」
「そんなのまほうじゃん!」
「まあ、魔法みたいなもんだよ。どっちも魔力がないと使えないんだから」
「えー! じゃあ、つかえないのかよ!」
「なんだぁ~……」
そう、魔道具は人間が人間のために作った道具だ。だから、魔力がないボクたち獣人族には使うこともできない。
「あったかいごはんすぐできるのかとおもったのに」
「おなかすいた~」
「もうすぐ朝ごはんだから」
子どもらの言葉に苦笑していると、背後で何かが動く気配がした。
振り返ると、ベッドで寝ていたお嬢サンがむくりと上体を起こしたところだった。
「……ここ、は?」
「あ、おきた!」
ぼんやりとした顔で辺りを見回す彼女に、子どもたちが一斉に飛びついていく。
「おはよう!」
「だいじょうぶ? ケガいたい?」
「なあなあ、あんただれだ? なまえは?」
「おねえさんもおなかすいた~?」
怒涛の質問攻めに、お嬢サンは目をぱちくりとさせる。そりゃ、驚くよね。目が覚めたら知らない場所にいて、ケモ耳の生えた子どもに囲まれているんだから。
「おはようございます」
焦って挨拶どころじゃないだろうと思っていたボクの予想を裏切り、お嬢サンは優しく微笑んで膝の上に飛び乗ってきた子の頭を撫でた。
「はじめまして。わたしはマリアといいます。可愛らしいみなさんのお名前を訊いても?」
「わたしはムーファ!」
「トニトだよ」
「おれはケンだ!」
「マコナっていうの~」
「ムーファさんにトニトさん、ケンさん、マコナさんですね」
お嬢サンは一人ずつの顔を見ながら、確かめるように名前を繰り返す。子どもたちは、そうだよ~、合ってる、と口々に返事をする。
「まあ~、なんって可愛らしいのでしょう……!」
頬を赤く染めて両手で口元を覆い、彼女は悶絶していた。
「あ、あの、少し……少しだけそのモフモフで愛らしいお耳を触らせていただいても?」
「ダメだよ」
ボクは彼女の膝の上に乗っていたムーファを抱き上げて引き離す。
「! ……あなたは?」
「この子らの保護者みたいなもん」
「そうでしたか」
彼女は少し残念そうな顔をしながらも、大人しく手を引っ込めた。
「ところでここは? あの、わたしはどうしてここにいるのでしょうか?」
「全然覚えてないの?」
「ええと、昨夜は店に強盗が入って……たしか四人目をねじ伏せたところまでは覚えているのですが」
「ええ! すごーい!」
「おねえさんわるいやつやっつけたの?」
「まじかよ、かっけえ!」
「いえいえ、それほどでは。でも、そのあと後ろから誰かに襲われて……」
「そ。結局お嬢サンは強盗団に捕まった。そこをボクが偶然見つけて助け出したってわけ」
「きゃー! ロキかっこいー! ヒーローみたい!」
「ロキはさとでいちばんつよいんだもんね~」
お嬢サンに名乗るつもりはなかったけど、子どもの口に戸は立てられない。
「そうだったのですね。ええと、ロキさん? 助けていただいてありがとうございます」
お嬢サンはベッドから立ち上がり、改まってボクに頭を下げた。
「まあ、たまたまだからさ。気にしないで」
本当はお嬢サンが殴られる前からずっと盗み見ていただけに、素直に礼を言われるとなけなしの良心が痛む。
「ここには、お嬢サンの傷の手当てをするために連れてきただけ。無事に目も覚ましたことだし、家まで送ってあげるよ」
「えー! もうかえっちゃうの~?」
「やだやだ、おねえさんとあそびたい~」
「そうだよロキ! あさごはんくらいいっしょにたべたっていいだろ!」
「ダメだってば。早く帰らないと、お嬢サンの家の人たちも心配するでしょ」
「ちょっとくらい、いーじゃん!」
「そうだ! ねえ、おねえさん! あれつかってみてよ!」
「あれ?」
うわ、まずい。子どもってホント悪気なく余計なことをするから手に負えない。
ムーファが元気よく指さしたのは、お嬢サンの店から盗み出された魔道具だった。
☆ * ★ * ☆ * ★
『ほかあた』を読んで下さり、ありがとうございます!
隠れ里に住んでいたのは絶滅したはずの獣人族で……
毎週土曜日に更新予定です!
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