12. カモで盗賊を釣る
第一印象は、お人好しで世間知らずのお嬢サンって感じだった。
一緒にいた従者らしき男がつけている胸元の飾りに目を細める。歯車の中に星が組み合わさったラントマークがモチーフの飾りだ。
ってことは、彼女が魔道具屋ラントの愛娘か。
ラントはこのローレンルリラ領一、いやアッカーサ王国一の魔道具屋を営む主だ。
ふーん、と口元がニヤけた。偶然だったけど、とびきり良いカモを見つけたみたい。
行きずりの剣士を見送ったあとで、お嬢サンと従者が怪盗『黒猫』について話している。
二人も『黒猫』について特別詳しい訳でもないらしく、適当なところで話は打ち切られた。
「その猫はどうするのですか? まさか連れて帰るおつもりでは」
「連れて帰るつもりですよ」
「なっ!」
「もちろん、猫さんが嫌でなければ、ですけど」
そう言ってお嬢サンはボクを地面に下ろして、怪我がないかを確認する。
「もしよろしければ、うちにご招待したいのですが、いかがでしょう?」
そう訊ねられ、ボクはもちろんお邪魔するつもりだったので可愛らしく返事をした。
お嬢サンは嬉しそうに微笑み、ボクを連れ帰ろうと抱き上げる。
お嬢サンの家は想像以上に立派な屋敷だった。
まあ、魔道具屋のラントと言えばそこらの下級貴族よりよっぽど稼いでいるから、貴族と見紛う裕福な暮らしをしていて当然だろう。
貴族といっても家柄の格式とプライドばかりが高くて、生活に困っては借金を抱える貧しい家もある。
魔道具屋ラントは専属の優秀な魔道具技師もいるし、有能な部下も多いと聞く。自分で作って自分で売るから介在するものがない分、利益も大きい。
領主に気を遣っているのか、商人らしく堅実なのか、暮らしぶりはそれほど派手ではない。
しかし、それでも十分ターゲットになりうる大金持ちだ。
ボクを拾ったその日、首輪代わりのリボンを結び、お嬢サンはボクに「クロ」と名前を付けた。
黒い毛並みの猫だからクロ、とは安直過ぎて笑ってしまう。
まあ、仮の呼び名なんてなんだっていい。ボクはまた可愛らしく鳴いてみせた。
翌朝、気になる話題が飛び込んできた。怪盗『黒猫』が人を襲ったという噂話だ。
みんながお嬢サンを心配している。特に例の従者は異常なほどに警戒していた。
「若くてお美しい上にお金持ち、三拍子揃ったお嬢様を狙わない強盗がおりましょうか⁉」
過保護な男だ。だが、従者の言うことは正しい。そうでなくっちゃ今ボクがここにいる意味がないからね。
夜になり、お嬢サンが無防備にも一人で外へ出て行ったので、ボクはこっそり屋敷を抜け出して後をつけた。
案の定というか、お嬢サンが向かった店では強盗がまさしく盗みを働いている最中で、彼女は事件に巻き込まれる羽目になった。
「あーあー、運のない子だな~」
窓から店の中を覗き込む。
「おお? まじか、あの子なかなかやるじゃん」
意外にも突然遭遇した強盗相手に、お嬢サンは見事な立ち回りを見せていた。
屈強な大男たちより、華奢でか弱そうなお嬢サンの方が優勢に見えるくらいだ。
「おもろ~」
可憐な外見に似合わないその勇猛果敢な暴れっぷりに、思わず吹き出してしまう。
ウサギみたいに無害そうな見た目して、実は怪力ゴリラだったなんて。
「やったれやったれ~」
正直、どっちが勝ってもボクとしてはどうでもいいんだけど、面白いから勝手にお嬢サンを応援する。
だが、多勢に無勢。女の子一人に男たちが寄ってたかって、卑怯な手まで使うもんだからさすがのお嬢サンもたまったもんじゃない。
最後の最後まで健闘したけど、結局お嬢サンは強盗たちに捕まってしまった。
「まあ、相手は騎士サマじゃなくて強盗だ。卑怯なのは仕方ないよね~」
その後、強盗たちは店の裏に停めていた荷馬車に盗んだ金庫と大量の魔道具、それから縄で縛ったお嬢サンを積み込んだ。
店を出る前に男たちの内の一人が、店に黒いカードを投げ込む。あれが例のカードか。どうやら、まんまと餌に食いついてくれたらしい。
「こんなに早くシッポが掴めちゃうなんて、やっぱボクの勘は冴えてるな~。本当に良いカモを見つけちゃったよ」
男たちが乗り込み、荷馬車が走り出す寸前にボクもこっそり飛び乗って、荷物の陰に身を隠す。
お嬢サンには悪いけど、もうしばらくはこのまま餌として咥えられていてもらおう。こいつらを泳がせて巣を見つける。そんで根絶やしにしてやらなきゃ意味ないもんね。
荷馬車が向かったのは、なんとハザマン山方面だった。
これは驚いた、度胸のある奴らだね。ボクは心の中で口笛を吹く。
ハザマン山を越えれば、すぐそこには魔王国がある。
山中にはモンスターがうじゃうじゃいるってことも知らないのか。
そして、なにを隠そうこの辺りはボクの庭だ。
ひとサマの縄張りで随分とまあ好き勝手にやってくれちゃって。
怖いもの知らずなのもここまで来ると笑えてきちゃうなあ。
ハザマン山の麓まで来て、荷馬車が停まった。
団体サンも泊まれそうな大きめの山小屋が建っている。ここがアジトか。
「オラ、さっさと荷を降ろせ!」
道中居眠りしていた仲間を蹴り起こし、盗賊たちが荷馬車を降りて、荷降ろしを始める。
そのどさくさに紛れて、ボクもひょいっと荷馬車から飛び降りた。
その時ちらりとお嬢サンの姿が見えた。まだ気を失ったままのようで、ぐったりと横たわっている。
「この女、よく見たらなかなか綺麗な顔してるじゃねえか」
「ラントのとこの娘だろ。コイツどうすんだ?」
「ラントに身代金でも要求すりゃ、大金をむしり取れるんじゃねえか? 一人娘を溺愛してるって話だしなあ」
「馬鹿言え。欲をかくと足をすくわれるだけだ。身代金のやり取りなんて悠長なことやってる間に警備隊に囲まれるのがオチだぞ」
「そうだな。適当に楽しんでから他国に売っちまうか」
「この髪だけでも高値がつきそうだぜ」
そう言って、男がお嬢サンの綺麗なピンクシルバーの髪を掴む。
「ああ、珍しい色だ。色のいい髪はそれだけで金になるからな」
「まあ、ひとまずは今晩楽しませてもらおうや」
男の汚い手がお嬢サンの襟元に伸びた。その時、アホみたいに鼻の下を伸ばしたそいつらは、全員隙だらけだった。
お嬢サンに触れようとしていた男の頭に、ボクは飛び乗る。そして、猫の変化を解いた。
「このクソ雑魚ゲス野郎共が」
人型になった長い脚で男の首を締め、両腕で頭を抱え込む。腕を少し捻るだけで、男は落ちた。
「なんだお前!」
突如現れたボクの存在に、動揺が広がる。
泡を吹いて気絶した男から降り、倒れたままのお嬢サンを背にして、ボクは強盗たちを見据えた。
「さ〜て、ひとの縄張りで好き勝手してくれた罪、その身をもって償ってもらうよ」
☆ * ★ * ☆ * ★
『ほかあた』を読んで下さり、ありがとうございます!
お嬢様のピンチを救ったのは猫のクロ!?
次回は水曜日に更新予定です!
応援、レビュー頂けると泣いて喜びますので、なにとぞよろしくお願い致します!
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