11. 備えあっても憂いあり



 俺とリンクは額を突き合わせるようして、一枚のカードを見つめていた。


「怪盗『黒猫』が、この店を襲ったってこと?」


「カードの実物を見るのは初めてだが、噂に聞いたものと特徴は同じだ」


「確かに。真っ黒なカードに猫の足跡のマーク」


「本当に奴だとしたら、おそらく奥の部屋にある魔道具や金庫が荒らされてるはずだ」


 そう言いながら奥へ進み、部屋を覗き込む。そこは予想通り荒らされていて、金庫も魔道具も根こそぎ持って行かれていた。


「クソっ、『黒猫』め……っ」


 忌々しい強盗犯へのやり場のない怒りを、拳に乗せて壁へぶつける。


「とりあえず、状況を整理しよう」


 リンクはぼさぼさの頭を搔き、深く息を吐き出した。


「マリアさんがいなくなったのはいつ?」


「夕食を召し上がって、俺がお嬢様を部屋までお送りした。その後からメイドのミーナがお嬢様を起こしに部屋を訪れた朝の五時までの間だ」


「なるほど」


 頷きながら、リンクは腰をかがめて落ちていたランプを拾う。


「このランプは?」


 ランプの土台部分に歯車と星が組み合わさった印が刻まれている。これはマリア様のお父上であるラント様の店の象徴たる印だ。人呼んでラントマーク。


 ラント様はご自身の店の商品や所有物全てにこの印を刻む。


 つまり、ラントマークが付いたこのランプはマリア様の屋敷の物に間違いない。


「屋敷から外出用のランプが一つなくなっていたらしい。おそらく、お嬢様が持ち出したものだろう」


「ということは、やっぱりマリアさんは昨夜このお店に来ていて、運悪く強盗犯と出くわしてしまったってことか……」


 そして、金庫や魔道具と共にマリア様ご自身までも連れ去られてしまった。


「……っ」


 握りこんだ拳に爪が食い込み、無意識に食いしばった歯がギリリと鳴った。


 大破した椅子の脚についていた血痕もやはりマリア様のものなのだろうか。


 マリア様を失うかもしれない恐ろしさに、目の前が暗く陰っていく。


 いや、ダメだ。しっかりしろ、ラヴィス。我を失っている場合じゃない。


 椅子についている血痕はごく少量だ。床に血溜まりができているわけでもない。怪我をしていたとしてもおそらく命に関わるほどではないだろう。


 怪我をして、強盗犯に攫われたマリア様をお救い出来るのは俺しかいない。


 マリア様の笑顔が思い浮かぶ。


 この壊れた椅子をクロの特等席だと用意していたマリア様の楽しげな優しい笑顔。


 そういえば、あの猫はどこに行ったんだ。


 屋敷でも姿を見かけなかった。


 逃げてしまったのか。それとも、マリア様について行ったのか──。


「ああ、良かった」


 その声に顔を上げると、リンクがほっとしたような顔で通信機を見ていた。


「何やってるんだ、この非常事態に」


「マリアさんの居場所が分かるかもしれない」


「なんだと!?」


 リンクは通信機の画面をこちらに向ける。画面には地図のようなものが映し出され、中央にピンク色の丸が淡く点滅していた。


「なんだこれは」


「この丸が示している場所、この店でもなければ、マリアさんの家でもない。おそらくハザマン山の麓辺りだ」


「それがどうした」


「これは僕がマリアさんにあげたペンダントの在り処を示しているんだよ」


「なに!」


「店や部屋にペンダントを置きっぱなしにしていたらどうしようかと思ったけど、マリアさんはペンダントを身に着けてくれていたみたいだね。本当に良かった」


「じゃあ、この地図が示す場所にお嬢様がいるってことか!」


「おそらくね」


「すぐに向かうぞ!」


「うん、でも待って。この場所が強盗犯のアジトだとすると、おそらく複数人を相手することになる。それも、あのマリアさんが劣勢になるような奴らだ」


 マリア様は可憐な見た目に似合わず、腕っぷしがかなりお強い。素手だけの勝負なら俺でも負けそうになったことがあるほどに。


 そんな彼女が捕まるくらいだ。卑怯な手を使うような輩に違いない。


「こっちもそれなりの準備をしておかないと」


「そうだな。とりあえず警備隊とお屋敷に被害状況の報告とペンダントの在り処を伝えておこう」


 そう言いながらも俺は早足で店を出る。


「だが、警備隊の到着など悠長に待っている暇は無い」


 俺はいつも腰に差している剣を確かめ、リンクを振り返った。


「備えなどこの剣一本で十分だ。こそ泥など、この剣の錆にしてくれる」


「……まあ、そう言うだろうと思ったけど」


 リンクは呆れながらも、手早く警備隊へ通報する。その間に俺も屋敷へ連絡を入れた。


 ここへ来るのに乗ってきたのであろう魔動バイクに跨り、リンクが俺にヘルメットを投げてよこす。


「乗って」


 リンクは額に着けていたゴーグルを目元に下ろし、ハンドルを握った。俺はヘルメットをかぶって後部シートに跨り、リンクの肩に手をかける。


「最高速度でぶっ飛ばすから、落ちないでね」


 彼が寝起きからおよそ五分で店までやって来られたのは、魔動バイクと、それを限界速度で運転しながらも事故らない運転技術のおかげだ。


 走り出した瞬間から凄まじい重力を感じて、リンクの肩を握る手に力が入る。歯を食いしばってなんとか風圧に耐えた。


 マリア様がいると思われるハザマン山とは、アッカーサ王国の最西端の地であるローレンルリラ領のさらに端にある山で、魔王国との国境にもなっている山脈だ。


 一度踏み入ったが最後出られなくなると言われるほどの深い樹海になっている。モンスターが出現するという噂もあって、人間は誰も近寄らない。盗賊団が身を潜ませるにはうってつけだろう。


 バイクを一時間半ほど飛ばして、ようやく目的地に辿り着いた。


「此処に間違いないね」


 ハザマン山の麓にひとつの山小屋がある。どうやら、マリア様のペンダントはその中にあるらしい。


 俺とリンクはバイクを降りて小屋の入口前に立ち、武器を構える。


 中から物音はしない。俺はリンクに目線で突入することを伝え、リンクも無言で頷いた。


 小屋のドアを蹴破って突入する。


「な……っ!」


 小屋の中の様子に唖然とした。


「これは……」


 後ろから覗き込んでいたリンクも驚きに目を丸くしながら小屋の中に入ってくる。


 小屋の中には盗賊団らしき屈強な体格の男たちが二十人ほど、気絶した状態で縛り上げられ、床に転がされていた。


「一体、誰がこんなことを」


「そんなことはどうでもいい! お嬢様は何処だ!? ペンダントの反応はどうなってる!」


「ペンダントはこの小屋の中にあるはずなんだけど……あ!」


 声を上げたリンクが屈んで何かを拾い上げる。


「ペンダント……あった」


「なんだと!? ペンダントだけか!?」


「残念ながら、そうみたいだ」


「お嬢様は……マリア様は何処へ行ったんだ!」


「マリアさんがこの男たちを全員伸して、自力でこの小屋から抜け出したのか、あるいは」


「あるいは?」


「別の何者かがこの男たちを倒して、マリアさんを連れ去ったか」


 マリア様をお救いするのは俺の役目だというのに。役目を奪った上に、マリア様まで連れ去るなんて、許し難い。


 怒りに歯軋りする俺の目にピンク色のリボンが映りこんだ。


「これは……!」


 リボンを拾い上げる。間違いない。それはマリア様のお誕生日パーティで、リンクがあの黒い猫の首に結んでやったリボンだった。



☆ * ★ * ☆ * ★


『ほかあた』を読んで下さり、ありがとうございます!

次回はお嬢様と同じく行方不明の猫・クロちゃん視点でお送りします

毎週水・土曜日に更新予定です!

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